【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス) 作:家葉 テイク
これは単なるおまけであり、猥褻描写は一切ございません。
ただ、TS憑依を銘打っている以上、これをやらなきゃ嘘になると思ったのです。
俺は――――おそらく、最大の危機に陥っていた。
昨日は、色々あったし、殆ど動いていなかったから汗もかかなかったので適当に眠って済ませた。
だが、今日はそうはいかない。
日中、暑い中ぶらぶら歩いて買い物しまくったし、夕方には上条と一緒に特売戦争に出向いたし、何より『二日連続』はあり得ない、と現代人としての感性が訴えている。
つまり――――俺のやらなければならないことというのは。
「……………………!!!!」
――――『お風呂』。
そして、俺が向き合わねばならないのは…………この身体。レイシアちゃんの、中学二年生とは思えないくらい発達した『女の子の身体』である。
***
***
風呂に入る。
そう意気込んで、俺は脱衣所も兼ねている洗面所に向かった。
しかし、そこで、勝負は風呂場に入る前から始まっていることに気付いた。
俺の正面には、巨大な鏡。
そして左手には、脱衣籠。レイシアちゃんの『知識』は言っている。この脱衣籠に服を入れ、あとで係の人に出せば服は勝手に洗濯してもらえると。
だが………………そのためには、俺は脱がなくてはならないのだ。今日一日、着替えているときは他に色々と考え得ることが多かったから『手続記憶』でささっとやってしまえていたこの服を。
…………じゃあ考え事でも何でもして『手続記憶』の手癖でやっちゃえばいいんじゃね? と思う人もいるかもしれないが、逆に想像してみて欲しい。
今まで手癖で何となくやってきたことを、『じゃあそれ改めてやってよ、あ、意識とかはしないでいいから!』って言われたら、どうするか。
手癖でやろうと思っても、なんか意識するだろ。むしろ意識しないでやることなんか無理だろ。
それが、今の俺の状態だ。
だが、脱がねばなるまい。
流石に真夏の炎天下を一日中歩き回った後にお風呂に入らないのは、女の子的に致命的だ。匂いフェチの人なら喜ぶかもしれないが、生憎俺はそこまで業の深い趣味は持ち合わせていないし、仮に持ち合わせていたとしてもレイシアちゃんを巻き込むのは人間の屑の所業だ。
するり……と。
身に着けていたサマーセーター(服装は常盤台の制服だ。私服を着てたのが寮監にバレるとまずいので戻って来る前に着替えた)を脱ぐ。
衣擦れの音だけで、自分が何かとてもマズイことをしているのでは? という気持ちにさせられ、なんだかすごいドキドキする――が、次の瞬間別方向からドキドキは加速させられた。
…………ワイシャツを持ち上げる、確かな膨らみ。
しかも、サマーセーターのせいで気付かなかったが、汗でじんわりと滲んでいて、その下の黒いブラまで若干透けていた。…………黒て! よりにもよって黒て!
今朝はまるで意識していないうちに全て片付いてしまったからアレだったが、あまりにも…………大人っぽすぎる。
鏡の中のレイシアちゃんは、顔を真っ赤にしながらもこちらの胸元あたりを凝視していた。ああ…………なんと、なんと浅ましい姿か。でも仕方ないじゃん。中の人は普通の男なんだし。思わず見ちゃうよ、そりゃ。
「…………!」
だが、ここで立ち止まっていては仕方がない。レイシアちゃんの自我が目覚めるまで、この身体のケアは俺がやらねばならないのだ。留守を預かる身として、適当なことはできない。
そう、これはレイシアちゃんの為でもあるんだ…………!!
そう考え、俺はワイシャツのボタンに手をかけていく…………!!!!
やがて、ワイシャツの隙間から、満を持してまろび出た、
黒くて、大人っぽいデザインの、
***
少々お待ちください。
……外科医は人間にメスを入れても、他者を傷つけているとは考えないものですよね。
あくまで全く関係ない余談ですけど。
***
「はぁー…………! はぁー…………!!」
俺は憔悴していた。
現在の俺の格好は、黒いブラジャーに黒いパンティ……さっさと脱がないと風邪を引きそうだが、ここから先に行くのにはかなりの『力』が必要だった。
下着姿だけでも、この破壊力…………鏡の中のレイシアちゃんは既に目が血走って、息を荒くしていた。非常に見苦しい姿をさらしてしまい申し訳ない限りだ。
「くっ…………」
苦しみながらも、俺は両腕を背中の後ろに回す。レイシアちゃんの『手続記憶』があるので、緊張していてもブラの外し方はよく覚えている。カチリ、と小さな音がして、胸を締め付ける感覚が一気に緩和された。
…………ひょっとしてレイシアちゃん、ブラきつくなってんじゃない?
俺はするりとそれを脱ぎ捨て、籠の中に入れる。
それはつまり、自分の胸を直視する自殺行為だが――――俺は学んだ。
――――目を瞑れば、裸を見る心配はない、とッ!!!!!!
しかも、目を瞑っていても『手続記憶』のお蔭で服の脱ぎ方くらいはマスターできている。目さえ開けなければ、あとは体に染みついた記憶というヤツでどうとでもできるのである。すごいね、人体。
そうと決まれば、俺はパンツもするっと脱いで籠の中に投擲。これも成功。目を瞑ったまま手探りで風呂場に続く扉を開け、中に入って行く。
後ろ手に扉を閉めると、手探りでシャワーを探り当て、それから蛇口をひねって水を出す――――、
「
うん、出てきたのは水だった。
思わず目を開けそうになったがこらえ、シャワーの向きを捻って身体から逸らす。危ないところだった……。思わず心臓が飛び出るかと思ったわ。この季節は冷水ありがたいけどね。
しばらく待ち、お湯になってから身体に浴びる。
あ゛ぁ~~~~、あったけ~~~。
と思わず口に出しそうになったが、流石にレイシアちゃんのボディでそこまでやるのは気が引けたので堪えた。
身体の汚れを軽く洗い流した俺は、そのまま備え付けの湯船に足をつけようとして……ガッ、と湯船の蓋にそれを阻まれた。
………………そりゃそうだ。沸かしてるんだから蓋してるよね。
ごそごそと、目を瞑りながら風呂場の蓋を外している様はまさに変質者であったが、他に見ている人はいないので問題ない。
………そういえば、『
……………………だ、大丈夫だよな?
まぁ、別にこの場面を見られても俺が果てしなく恥ずかしいだけで、特に危険視されるようなことはない…………と思うけども。
そんな危機感はさておいて、俺は湯船の蓋を外し、脇にどかしてから足をつける。暖かさが沁み渡る。やっぱり夏だからって水風呂というのは邪道だ。夏こそ、暑いお湯! これだね!
順調に全身をお湯の中に鎮める……前に、背中まである髪の毛を前もって手首に巻いていた髪ゴムでまとめ、風呂に浸かる。慣れた動作だったので、これも見なくてもできる。
あ゛あ゛ぁ~~~~、生き返るわぁぁ~~~~。
いやあ…………ここまであまりにも順調すぎて、見どころなさすぎるなぁ~。
湯船の中でちゃぱちゃぱしながら、俺は至福の時を楽しむ。そういえば、なんだかかぐわしい香り的なものが鼻腔をくすぐる。
多分、入浴剤か何かなんだろう。俺は準備とか一切してないんだけど、やっぱ常盤台だし自動で出て来てるのかな? あるいは俺が留守の間に準備してくれる人がいるんだろうか? どっちもありそうだから困る。凄いぞお嬢様学校。
いやいや、これは本当にすごい。
前世で入浴剤なんか、『花×』の『×ブ』を、人生で片手の指の数ほど使ったくらいだしな~。しかもこれ、明らかにそれとは値段の桁が違う。違いすぎる。三つくらい違ってそうだ。
まさに至福…………俺もうここで暮らしても良いわ…………。
目を閉じながら極楽気分に浸って表情が緩むこと数分。
…………そろそろ熱くなってきたな。
長風呂しすぎて湯あたりしてもよくないし、さっさと身体洗って出るか……。
先程までと真逆のことを考えた俺は、そう考えて湯船から上がる。
と、こ、ろ、で。
話は変わるが、料理を作った結果分かったのは、『手続記憶』に関しては俺のものも引き継がれる、という点だ。
前世の一人暮らしで鍛えた料理スキルは、問題なく引き継げていた。しかも、意図しない形で使える。つまり、俺の『手続記憶』とレイシアちゃんの『手続記憶』は一緒に脳の中に保管されていて、どっちかが追い出されている、というわけではないということだ。
…………では、此処で一つ疑問が生まれる。
同じ事柄に対して、俺とレイシアちゃんの二人、それぞれが別の『運動の慣れ』を持っていたら、どうなる?
たとえば、風呂に入るとき。
俺はリラックスして、ふぅぅ~~と溜息を吐きながら目を瞑るのが入浴の時の習慣だった。これはもちろん、身体に沁みついた『運動の慣れ』――『手続記憶』として保管されている。
レイシアちゃんの場合、そういったことをする習慣はない。『特別な習慣を持たない』という習慣がある、と言い換えられるかもしれない。
これまでは、『女性用服の着替え』という、そもそも俺が経験したことのない運動の『手続記憶』だったが、俺が経験を持つ運動の『手続記憶』と競合した場合、いったいどういう結果になる?
「……………………あ」
答え。
ついうっかり俺の『手続記憶』で動いちゃうこともある。
つまり……俺は、『風呂桶に浸かるときは目を瞑って溜息を吐く』習慣がある。溜息を吐くとかはおっさんくさいので、意図して我慢した。
だが、その後はリラックスして、自分の行動を意識し忘れた。結果、俺の習慣に基づく行動が出てしまう。
…………そう。『目を瞑った』状態から普通に動く為に、習慣的に目を開けてしまう、という行動が。
初めて
暖色系のタイルで覆われた浴室内は掃除が行き届いているのか、カビ汚れは一つもみられない。気付かなかったが風呂場は真っ白いお湯で、中には少々バラっぽい花びらも浮かんでいる。
そして――シャワーの近くには、よせばいいのに曇り防止のコーティングがなされた鏡が設置されていた。
俺は、その中にいた、全裸の少女と目が合う。
ぽかん、という表情がぴったりな、アホっぽい表情を浮かべていた。
髪ゴムで長い髪をまとめた彼女は、湯船のふちに手をかけて湯から上がろうとしている真っ最中という感じだった。
その為下半身はお湯に浸かっていて見えないが、上半身に関しては――特にその大きな胸が――丸見えだった。
かあっと、少女の頬が一気に紅潮するのが分かる。
それから、俺のことを見つめていた視線は、自分の胸元に降りて行き――――。
***
――――映像が乱れています。少々お待ちください。
***
……いやぁ、入浴は強敵でしたね。
うっかり鏡越しに自分をガン見してしまった俺は、恥ずかしさとか申し訳なさとかで死にそうになりながらもどうにかこうにか持ち直し、何とか身体を洗い尽くすことに成功した。
それはもう、洗っている最中も(敏感な部分とか)色々と壮絶だったが……『手続き記憶』のお蔭で洗い方が分からないとかいうこともなく、無事(?)に洗い終えた。
結果として…………なんか、慣れた気がする。
もう一生分ビビったし、恥ずかしかったし、申し訳なかったし、なんかもう、大丈夫だ。俺は、誰にも負けない強さを得た。
今日買った、普通のパジャマを身に纏い、
…………でも、何か大事なものを失った気がする、と。
ここまででお察しの方もいるかと思いますが、中の人の頭はちょっとゆるめです(馬鹿です)。