【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス)   作:家葉 テイク

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三〇話:災い転じて

 前略、美琴はやってきた御坂妹を認識した瞬間雷光を撒き散らし周囲の目を潰し、御坂妹の放つ電磁波に電磁力で干渉して思いっきり病院の屋上に吹っ飛ばした上で、自分も同じく吹っ飛んで強制的に場所を移すという人間離れした行動を一秒未満のうちに成し遂げていたのであった。

 

「…………これでよし、と。…………よしじゃないけど……。……レイシアさんのフォローに期待しよう……大丈夫かなぁ」

 

 携帯でもってレイシアに事情の説明とフォローの依頼をし終えた美琴は、改めて目の前の少女――御坂妹に向き直る。

 

「……んで、いったいどうしたのよ?」

「お姉様の早業に、マジかよこの人化け物か? とミサカは驚愕の色を隠しきれません」

「んで! いったい! どうしたのよ!」

「そう焦るな焦るな、とミサカはせっかちなお姉様のことをなだめます。どうどう」

 

 既にぷるぷるし始めている美琴だが、コイツらは根本的にこういうヤツらである。ここで怒っては話が進まなくなる。

 

「……話、というのはですね」

 

 一転、真面目な表情になった御坂妹は、すぅっと息を吸い込み、そしてこう切り出した。

 

「『人格励起(メイクアップ)』」

 

 その口から紡がれるのは、聞き覚えのない――――しかし、何か不穏な響きの単語。

 

「その実験の為に、一九九九〇号がさらわれてしまいました」

 

***

 

第三章 勝ち逃げなんて許さない (N)ever_Give_Up.

 

三〇話:災い転じて Not-just_Pick_Upper.

 

***

 

「どうでしたか、レイシア?」

「……呼び捨てですの?」

「貴方が呼び捨てなら、私がさんづけする理由もないでしょーに」

「…………まぁいいですわ」

 

 一方そのころ、レイシアサイド。

 非常に不服そうな――とはいえ、実はその口元の笑みが隠しきれていないのが丸分かりな――レイシアは、とりあえず送られてきた連絡をそのまま読み上げる。

 

「『ウチの後輩が暴れそうだったから、緊急回避した。刺鹿さんには謝っといて。私は屋上にいるから』……だそうですわよ」

 

 レイシア的には『そんな誤魔化し方ねーだろ』という気持ちだったのだが……どうやらそれは、岡目八目ゆえの聡明さだったらしい。彼女の『熱狂的ファン』を間近で見て知っている刺鹿以下常盤台連中は、『ああ、例の白黒さんみたいなのね……』みたいな感じで同情モードに入っていた。

 

「……上条、行ってあげては? 彼女だけでは話も長引くでしょう。例のカエル顔さんから話を聞くだけなら、わたくし達だけでも十分ですわ」

「でも、そうするとインデックスがなー……」

 

 宙ぶらりんになる、という懸念であった。

 いや、とくに気まずくなる心配とかはインデックスに限って無用なのは間違いないが、彼女はこれでなかなか破天荒なところのある少女である。上条というガードがない状態で、中学生の少女たちに制御できるかという部分は疑問だった。

 

「――――その件については、お任せください」

 

 なんてことを上条が考えていた、まさにその瞬間だった。

 まるではかっていたかのようなタイミングで、ポニーテールの女性――神裂火織が、その場に合流した。

 

***

 

 やった――――――!

 

 神裂を見た瞬間、レイシアは思わず心の中でガッツポーズをした。

 現在科学サイドからシレンのことを復活させようとしているレイシアだが、正直なところ、科学サイドからの処方についてはそこまで期待していなかった。精々、科学サイドの技術は場を整える為のサポートとして使える、くらいにしか考えていなかったのだ。

 だから、どこかのタイミングで魔術サイドに連絡を取るつもりではあった。具体的には上条に土御門からの協力を取り付けさせるよう誘導する方向で。

 

 何せ、この問題はシレンの『魂』をどうにかするというもの。

 主な処方は、魔術サイドの技術が必須になるだろうと思われたからだ。

 もちろんその魔術のピースには科学サイドの技術を使うことで、原作の『グレムリン』のようなハイブリッドでもなんでも使ってオーバーキル気味にシレンの魂を復活させてやろうという算段だったので、科学サイドからの働きかけが全く無意味というわけではないのだが。

 

 …………科学サイドの先進技術を使った魔術の使用を制限するための『条約』? そんなもの、こちら側の人間が情報を握り潰せば『公的には』どうとでもなる。公私混同万歳。コネを使ってルールをぶち破り自分のわがままを通すのは、悪役令嬢の特権だ。

 

 そんなわけで、神裂の合流はレイシアにとっては大歓迎だった。

 当然、レイシアは速攻に出た。

 

「事情は伺っています。『あの方』を助ける助力であれば、」

「では、お任せしますわ! 上条、神裂さんに携帯をお渡ししてくださいまし。三手に別れて連絡を取り合うことにしましょう。インデックス、神裂さんに詳しい事情説明よろしくお願いします!」

「え? わ、分かったんだよ!」

「あっ、ちょっと! 待ってくださいレイシアさん、まだ何も話していないのに――」

「みなまで言わなくても分かっていますわ! あとは頼みます!」

 

 神裂に二の句を継げさせず、とっとと病院の方へと走っていくレイシア。GMDWの面々も少し困惑気味だったが、レイシアの剣幕に押されてそのまま流されていった。

 ……レイシアがこうしたのには、理由がある。というのも、あまり科学サイドの人間と魔術サイドの人間を接触させたくはなかったのだ。言ってみれば、魔術サイドとはそれ自体が科学サイドで言う暗部と同レベルの闇。すでに片足を突っ込んでいる自分はともかく、GMDWの面々まで踏み込ませるわけにはいかないだろう。

 というわけで、とりあえず強引に押し切って、レイシアの口から神裂の素性についてねつ造し、携帯を通じて口裏合わせをする、という算段なのであった。

 

(状況は、わたくし達に有利に回っている。ふふ、上手くいかないと喚き足掻いていた頃とは真逆ですわね)

 

 あとは、冥土帰し(ヘヴンキャンセラー)の助力を得ることができれば、準備は完了だ。時刻は現時点で午後三時。余裕はないが、魔術師の協力があることを考えれば十分に間に合う時間帯であるといえるだろう。

 

「……ん?」

 

 と、そんなレイシアの携帯に、美琴から着信が入った。電話ではなく、メールだ。

 ちくり、とレイシアの心のうちに、嫌な感覚が走った。

 

 そしてメールの文面を開いたレイシアは、それ見たことか、と自分の予感を恨むことになる。

 メールには、こうあった。

 

『あの実験は、まだ終わってなかったみたい。ごめん、私、この流れを見逃してアンタに協力を続けることはできないわ。詳しい事情は、移動しながらまたするわね。とりあえず、今は取り急ぎこれだけ』

 

 焦っているのが、これでもかというくらいに分かる文面だった。

 どうやら……またシレンの行動の結果、歴史に乖離が生まれたということらしい。あの一件だけでは実験は完璧には終わらず、それによって何かしらの事件が動いているようだ。

 美琴が情報を出していないせいで細部は分からないが、彼女がここまで慌てているという時点で、妹達(シスターズ)に深刻な危険が迫っていることくらいは分かる。

 

(……そういえば、シレンの記憶によると、番外個体(ミサカワースト)とかいうのが絶対能力進化(レベル6シフト)の後継計画……だったかで作られたんでしたっけ? 肝心のシレンの記憶がボケボケなのであやふやですが……)

 

 小説の方でそうしたことが起こっているなら、レイシアの介入によって別の計画が動き出してしまうというのも、ありえない話ではないだろう。

 ……いや、というより。

 

(……今、こうして考えていること自体が無駄ですわね。御坂さんの一時離脱は確実。……ここは、上条をつけてイレギュラーの早期解決をはかったほうが得策ですか……彼女の情報検索能力を失ったのは痛手ですが)

 

 手の中にあったはずの流れが、いつの間にか半分ほどこぼれている。この感覚は、いつ感じてもあまり気持ちのいいものではない。少々のいら立ちを覚えながらも、レイシアはそれを握り潰すように拳を握りしめる。

 そして、今得た情報と決めた行動方針を全員に共有しようと口を開く。

 

「……イレギュラーが発生しました。美琴さんが別口で事件に巻き込まれたらしく、しばらく協力は難しそうです。上条を事態の早期解決のために同行させようと思いますが、構いませんか?」

「問題ないと思いますよ」

「あたくしもっ、大丈夫だと思いますっ」

 

 その後も、派閥のメンバーからは了承の声が返ってくる。実際のところそれが最善なので確認の意味は乏しいのだが、それでも皆と足並みを揃えようとする意識は、レイシアの成長の裏付けでもある。

 

(それに、冥土帰し(ヘヴンキャンセラー)の協力さえ得られれば)

 

 シレンのノートにも、本当の本当に困ったときは彼を頼れ、という言葉が書いてあった。正直なところ、レイシアは冥土帰し(ヘヴンキャンセラー)の敗北――上条当麻の記憶――を知ってしまっているから、そこまで盲信することもできないのだが……しかし、現状一番有力な協力者候補であることに間違いはない。

 最悪、彼の協力だけになってしまったとしても、まだ成功の芽が潰えたわけではないのだから。

 

(さあシレン、もうすぐ会えますわよ……!)

 

***

 

「……来たみたいね」

 

 レイシアに言われ、屋上で上条を待っていた美琴は、ツンツン頭の少年の到着を視界にとらえて呟いた。

 しかし、その声色はやはり常のそれとは違っていた。

 

「……? なんだ、そんな顔して。それより、御坂妹、なんであそこで現れたんだ?」

 

 対して、まだ事情を知らない上条は、何かがあるという直感から表情こそ硬いものの、怪訝そうな目で二人を見ていた。

 美琴は、重々しく溜息を吐くと、横にいた御坂妹に水を向けてやる。

 

「……そうね。聞かないことには、分からないでしょう。こいつにも話してあげなさい、人格励起(メイクアップ)計画のこと」

「――はい、とミサカは既に訳知り顔なお姉様に生温かい目を向けつつ頷きます」

「オイコラ」

 

 こめかみに青筋を立て始める美琴は無視して、御坂妹はさらりと話し始める。

 

「事の発端は、実験中止に反対する研究者の声でした――――」

 

 御坂妹が口にした一連の流れは、まさしく『自暴自棄の末の暴走』と表現すべきものだった。

 

 結論から言って、絶対能力進化(レベル6シフト)計画は凍結された。

 最強であるはずの一方通行(アクセラレータ)が、確実に勝てる格下の第三位、ただの無能力者(レベル0)、そして異能力者(レベル2)に昏睡させられるような大能力者(レベル4)に敗北してしまったのだ。

 念のために樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)に試算させてみても、本来であればこの組み合わせに敗北する確率は〇%。あり得るはずのない敗北が、実際にありえてしまっていた。

 このことから、樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)の条件設定に何らかの致命的エラーが生じている可能性が提示され、その原因究明が終わるまで関連計画の一切が中断されることになった。

 なお、樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)のエラー計算には膨大な時間と費用がかかることも判明しており、当該機械を備えた衛星は近く機能を停止し、バラバラに分解したうえで大気圏に突入させ、廃棄することが決定しているのだとか。

 

 閑話休題。

 

 ともあれ、そんな風に完膚なきまでに凍結された実験だったが、研究者達は自分たちの首がかかっているのだから納得できるはずがない。バグが生じているのは『予定外の因子』のせいで、それを取り除けば元通りに戻る、あるいはさらなる予定外を加速させればマイナスにマイナスをかけるとプラスになるように、元通りに戻るはずだ、などなど。

 さまざまな珍説奇説を並べ立てて、実験の凍結に反対しだしたのだ。

 その中で、今回動き始めたのは、『予定外の因子』をさらに生み出し実験にかかわらせれば、マイナスにマイナスをかけてプラスにするように、あるいは物質と反物質が衝突して対消滅を起こすように、『予定外の因子』の影響だけを消去できる――とする奇説を唱えていた一派だった。

 

 彼ら曰く、レイシア=ブラックガードは『人格』を特殊な手順で励起させることにより、能力の強度を大幅に上昇させているらしい。

 つまり、レイシア=ブラックガード同様、『人格』を何らかの方法で励起させた妹達(シスターズ)を使ってもう一度実験を行えば、『予定外の因子』の影響を消し飛ばした『本来の実験結果』が手に入る、ということらしい。

 

「…………なんだよ、それ」

「ま、カルト宗教みたいなモンよ。人間って、そもそも宗教的な生き物だからね。私たちだって、これだけ科学に身を浸していても神頼みだとか、オカルトの影響は完全には切り離せない。追い詰められた連中が、オカルトに縋ってしまうのもおかしくはないわ」

「それで、その科学者たちの思惑と誘拐された一九九九〇号に、何のつながりがあるってんだよ!?」

「『感情』です、とミサカは端的に答えます」

 

 あまりにもあっさりと答えられ、上条は思わず面喰ってしまう。

 

「『人格』の励起とは、簡単に言えば脳が吐き出す感情の絶対値を大幅に吊り上げ、それによって自分だけの現実(パーソナルリアリティ)を自前の感情だけで自壊させることです、とミサカは解説します」

「それじゃあ、普通廃人に……!」

「ですので、自壊のさせ方を工夫するわけです。たとえば、都合よく能力が成長する形に、とか、とミサカは補足説明します」

「…………、」

「そうなるように、計算して感情の絶対値を吊り上げる。そのための特殊な関数データを、感情に注入するというわけです。そしてそのためには、布束博士によって感情データを入力されたために、感情の絶対値がほかのミサカよりもわずかに高い一九九九〇号が最適である、と判断されたわけです、とミサカは事のあらましを説明します。ですが」

 

 無表情だった御坂妹は、そこまで言って言葉を切る。

 他人事ではない。確かな『感情』の色を瞳に宿して、言う。

 

「ミサカたちは――もはや、実験に協力する意思を持ちません。自分たちの人生を生きたいと、思っています。わけのわからない実験によって、自分だけの現実(パーソナルリアリティ)を自壊させるような危険な集団にとらえられた妹を救いたいと思っています。……ですが、ミサカだけではそれは不可能です、だから……協力してください、とミサカは誠心誠意お願いします」

「任せろ」

 

 帰ってきたのは、即答だった。

 

「せっかく、これからだってんだ…………それなのに、くだらねぇ連中の自己満足に、お前らを付き合わせたりなんか、絶対しねぇ」

 

 こんなものは、ただの障害物でしかない。

 いやむしろ。

 ひょっとすると、人格に関する実験のデータは、シレンを助けるための突破口にすらなりえるかもしれない。

 

「さっさと終わらせて、レイシアのもとに戻る。それだけだ!」


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