【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス) 作:家葉 テイク
***
「と、いうわけで」
そう言ったレイシアの前には、十数人の少女と一人の少年が集っていた。……完全なる女所帯だったが、黒一点こと上条当麻はまるで気にした様子を見せない。さすがのハーレム耐性っぷりであった。
いや、これでこの少年、しっかり色欲の類は備えているのだが、不幸な自分にそういうイロコイが舞い込むわけがないというシアワセ思考回路の持ち主なのであった。
それはともかく。
「これより、作戦会議をしたいと思います」
威風堂々と、レイシアは宣言した。
「はい」
「なんですの、刺鹿」
「……呼び捨てですか?」
「シレンと同じでも芸がないでしょう。こっちの方がしっくりきますわ」
「………………私の方が先輩なのに……」
「文句は体のサイズでわたくしに勝ってからどうぞ。どことはいいませんが。どことは」
「きしゃー!! きしゃー!!!!」
「まぁまぁっ……」
明らかに『胸』を張っているレイシアに怒りの炎を巻き上げていた刺鹿は、苑内の仲立ちでもってなんとか冷静さを取り戻し、
「……ったく。んで、こっちのツンツン頭の殿方は覚えがあるんでいーですが、こっちの真っ白シスターさんはどちら様なんです?」
「ああ……彼女はインデックス。上条当麻の同居人……? ですわ」
「居候! 居候ねレイシアさん!! 誤解を招く表現は慎もう! あと俺のことはフルネームで呼ばなくていいから!」
「では上条、と。さて、話を進めますわ」
「ぐぬぅ……シレンの態度がいかに貴重かわかる一幕……」
傲岸不遜なのはデフォである。
なんてことをぐだぐだ言いつつ、作戦会議なのであった。
その場に集まっているのは、刺鹿、苑内をはじめとしたGMDWの面々一〇人に、御坂、上条、インデックス、それにレイシアを合わせた一四人。基本的には、この一四人でシレンの人格を復活させる手がかりを探る。
「その前に」
そこで、不意に美琴が声を上げた。
「前提条件を確認したいわ。アンタ達は、これまで二か月弱の間レイシアさんとして活動していた人格――シレンさんを復活させたくて、活動している。そいつはわかってる。……でも、それって猶予はどれくらいあるの?」
美琴の懸念ももっともだろう。今ここには、今すぐにでも問題を解決してやるぞ――という意気込みの面々が何人も集まっていて、まさにこれから行動を開始する雰囲気があるが……猶予があるというのなら、何も無理に今すぐ動く必要はないのだ。
二重人格についての研究はないわけではないし、そういったところから人格に関する資料を集めて、万全の準備を整えてから動いた方が、最終的な成功率は上がるはずだ。
しかし、レイシアは目を伏せて、
「……あまり、時間は残されていませんわ」
「どういうこと?」
「二重人格の影響で、わたくしの能力は大幅に強化されていました」
紡がれるのは、その場の全員にとって初耳の情報。しかし同時に、以前の彼女の能力を知る者は合点がいく。確かに、能力の急成長ではあったのだ。それが二重人格というイレギュラーによって起こったものならば、納得もいく話だ。
「……しかしわたくしの能力は、あの日――
「そんな……!」
つまり、
こんな手がかりも何もない状況から今日中に問題を解決しろというのは、なるほど確かに絶望的な提示かもしれない。
しかし。
「…………なるほど、やってみるしかねぇか」
上条は、それ以上特に感慨を抱いた風もなく拳を握る。まるで、そんなことは問題にすらならないとでもいうかのように。
それを見てだろう、派閥の面々も、負けてなるものかと決意を新たにする。なんだかんだで周囲の流れを変えていく少年だ、と状況を俯瞰しているレイシアは思う。
「さて。ではどういった方法でシレンを呼び起こすか、ですが……」
もっとも、ここにいる面々は二重人格のことなどまるで詳しくない。ゆえに、まずすべきはその『人格』の研究の権威を仲間に取り入れること、だろう。しかし……。
「……布束博士は今、学園都市にはいない、と……」
その他の研究者に情報を開陳するには、信頼度が足りなさすぎる。この情報は、誰にでも知られていいものではないのだ。
「はいはいっ。レイシアさんっ」
そこで、苑内が挙手をした。目線で発言を促すと、それがちょっと怖かったのか、苑内はおそるおそる発言しだす。
「そのっ、第二人格のシレンさんが弱まっているのでしたら…………似たような刺激を再度加えてみるというのはどうでしょうっ? ……あっ、いえっ。もちろんレイシアさんがどういう経緯でそうなったのかは理解していますがっ、あくまでっ、刺激という点だけを考えてっ……」
「ふむ……」
なるほど、二重人格が治りかけているならば同じ衝撃をもう一度、というのは、まぁ単純だがわからなくもない考えだ、とレイシアは思う。
しかし前提としてレイシアは二重人格ではないし、それ以前にこの発想には問題があった。
「確かに理屈としてはそうなるでしょうが……不可能でしょう。そもそも二重人格とは脳内のネットワークが一部隔離され、独立して動き出すようになったものですわ。もう一度ネットワークを隔離させたとしても、それはまったく別の第三人格を生み出す結果にしかならないでしょう」
そうバッサリ言われて、苑内は俯くしかなかった。レイシアはそんな苑内にぎこちなく微笑みかけ、
「……も、もちろん、やりようによっては、たとえば意図的に脳内の同じ部分を隔離するなどすれば不可能ではない話ですわ。ただ、それをするにはそれこそ
そう、フォローを入れることすらできていた。これまでのレイシアならばできなかった行動だ。彼女自身は自覚していないが、レイシアは確かに成長していた。
「……一応、あいつとのパイプはあるといえばあるけど……、……ダメね、リスキーすぎる。仮にもアンタは派閥の長なんだし、アイツがだまって治療だけするとは思えない。何かしらの爆弾を植え付けられてもおかしくないわ」
だから、
「あ、じゃあ俺も提案」
上条は手を挙げて、
「要するに、シレンが目覚めればいいんだろ? 何かしらの方法でシレンに声を伝えやすくしたうえで呼びかけてみる、ってのは」
「…………………………まさか、精神論でして?」
「い、いや、まぁ」
信じがたいものを見たような目で見るレイシアに、上条は目を逸らしながら言った。まぁ、上条のような馬鹿学生にあれこれといった科学知識の応用は不可能なのでしょうがなくはあるが……。
「…………盲点でしたわ」
しかし、意外にもレイシア、これに好印象を抱く。
「え、ありなのか?」
むしろ、言った張本人である上条の方が怪訝な表情を浮かべているが、しかし考えてみればこれは自明の理でもあった。
何せ、レイシアが今こうして目覚めている理由が、そもそも精神論の賜物である。シレンがその行動によってレイシアを元気づけ、それによってレイシアが自分で生きる気力を蓄えていったからこそ、今の状況がある。
つまり、レイシア自身が何かしらの働きかけを行うことでシレンの人格に活力を与える、という方針は間違いではないということになる。
もちろん、それでいいならば今頃シレンは勝手に復活しているだろうし、そもそも能力の減衰が人格の休眠より先に起こっていたあたり、それ以上の根深い問題もあるのだろうが。
「まぁ、アプローチの一つとして有効、ということですわ。単なる精神論だけではなんともなりません。実際に、能力の減退という形でシレンの消滅は観測されつつあるわけですし。しかし、きちんと科学的なお膳立てをすれば、ということです」
こほん、と取り繕うように言ったレイシアの言葉に、美琴はぴくり、と反応する。
能力の減退。……同じ肉体的条件にも関わらず、何故か能力に変動が起きるという現象を、美琴は知っている。
研究資料によれば、彼女たちは
肉体の条件は同じだが性格が違う美琴と
そして、そう仮定すると。
彼女らに詳しい人物ならば、何かしらの情報を知っているのではないだろうか?
「…………一人、心当たりがあるんだけど」
美琴は挙手をしながら、口を開く。
その人物。
「例の、カエル顔の医者。あの人なら、何か話が聞けると思うの」
***
「……っつーか、御坂もあの先生と知り合いだったのな」
第七学区の病院に移動している最中。
上条はふと、そんなことを言っていた。上条にとってはなじみ深い例のカエル顔だが、そういうところで繋がりがあるのは意外なのだった。
美琴は普通にうなずき、
「ま、以前の事件でちょーっとね。つか、そりゃこっちのセリフよ。アンタこそ、あの先生とどういう経緯で知り合ったんだか。かなりの名医っぽい雰囲気だったけど」
「あー……まぁ、いろいろな。けがとかよくするし。腕とか斬れるし……」
最後の方はぼそぼそ言っていた上条だったので、そこのところを聞きとがめられることはなかった。知識として何があったのか知っているレイシアはそこはかとなくジト目だったが。
「……さ、馬鹿話はその程度に。上条も墓穴を掘るのはほどほどにしなさいな」
「はい……」
ちなみにレイシアは『記憶喪失のことに繋がりそうな話題はやめとけよ』という冷ややかなツッコミなのだが、上条にその裏の意図は伝わらない。
とはいえ、集団の雰囲気はだいぶ改善されていた。もちろんまだ糸口が見つかると決まったわけではないが、彼女たちの中でカエル顔の医者がなかなかの腕というのはかなり周知の事実である。
何せ
ただ、世界は、そう単純には回ってくれない。
「つきやがりましたよー。さぁ! いざ、シレンさん救出の手がかりを得に――――」
「お、お姉様! 助けてください!」
意気揚々と病院の敷地に入ろうとした刺鹿は、勢いよく病院の敷地から出てきた少女に突き飛ばされ――
「と、ミサカは妹らしくストレートにお姉さまに、」
「ふぉああああァァァあああああああああああああああああああああああああッッッ!!!!」
瞬間、機密保持のためにやむなく行使された