【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス) 作:家葉 テイク
「……なるほど、ほかにも協力を仰ぐ、と?」
問いかける刺鹿に、レイシアは自信ありげに頷いた。
何も、協力を要請したのはGMDWの面々が特別というわけではない。特別と言うならば、一番最初に彼女たちに協力を要請した理由だろう。レイシア=ブラックガードが最初に助けを求めるべき面々。そこに、彼女たちは位置している。
しかし事実として、この問題に対して強大な役割を担えるのは、彼女たちではない。
「ええ。瀬見さん達、御坂さん達、それに……上条当麻。とにかく、わたくしがあたれる人脈全てに協力を要請するつもりです」
「……そいつは、かなりの大所帯になりますね」
「ですが、そのくらいしなくては。そして、それら全員を率いて、あのバカを出迎え、説教をしてやるのです。それでこそ、わたくしの勝利が達成されます」
その情景を想像しているのだろう。ふふん、と鼻を鳴らす姿は、思わず笑みがこぼれてしまうほどに勝気そのもの。稚気じみた意地かもしれないが……そこからは、悪意や邪気といったものが極限まで削ぎ落とされていた。
つまりは、これがレイシア=ブラックガードという少女の可能性の一つだったのだろう。
これが、彼女の本性であるなんて刺鹿は思わない。
でも、
第二人格のような、自分たちを引っ張っていくリーダーとは違う。
しかし、別の意味で放っておけない、妹のような感覚が、今の刺鹿には感じられていた。
「…………そーいえば、第二人格第二人格って言ってましたけど、彼女には名前ってあったんです?」
「……名前、ですか」
そういわれて、レイシアはふっと考え込むような態度を見せた。
「――シレン。シレンと、彼女は名乗っていたと思いますわ」
「シレン……試練、ですか。なるほど、皮肉のきいた名前をしていやがりますね」
まるで、レイシアが引き受けるべき
……試練。
そう、試練だ。
「……………………まずは、糸口。そこからして、何も掴めやしてませんからね」
***
***
一旦GMDWの面々と別れたレイシアが次に向かったのは、自身がいつも利用している開発用の研究所だった。
つまり――瀬見達のいるところである。
そして、彼女たちの協力を仰ぐのは、今回の必須事項だったといってもいい。何せ、彼女たちはレイシアの開発を一手に担ってきたプロ。つまり、レイシアの人格を誰よりも知り尽くしているということなのだから。
「…………そう。それは……おめでとう、というべきかしらね」
「……は?」
だからこそ、レイシアは瀬見にかけられた言葉が、一瞬理解できなかった。
自分が今まで多重人格状態だったこと、同時に申し訳ないと自分も思っていることを伝えた結果、真っ先に出てきた瀬見の言葉が、それだった。
「で、ですから、わたくしの今までの言動は、全部もう一つの人格のもので……っ」
「どの人格も、レイシアさんであることに変わりはないでしょう?」
慌てて言い直すレイシアに対し、瀬見はさっぱりとした笑顔で言った。
それで、レイシアはすべてを理解した。
瀬見は――
だから、多重人格が精神疾患であるということを認識しているし、そうである以上どちらの人格もレイシア=ブラックガードという人間の『一側面』であると思っている。
「それに……貴方が多重人格に限りなく近い症状を持っていたことなんて、私たちは全部、最初から理解していたわよ」
そのうえ、この事実だった。
「当然でしょう? 私たちは、貴方の脳を見るプロ。……演算パターンの変化、脳機能の作用分布の異変、あらゆる異常は最初から観測できていたわ。もっとも、覚悟がなかった当時の私たちは、それによって生まれる能力の変動を恐れて、最初のうちは実験すらままならなかったほどだったけどね」
そう、自嘲する。
つまり、最初から彼女たちは、レイシアのことを多重人格者と扱っていたのだ。きっと、開発を通じてレイシアの自己肯定感を成長させ、それによって多重人格の治療を試みようなどと考えていたのだろう。
そうなると、この展開は彼女たちにとって、待ち望んでいたハッピーエンドの一端ということになる。
役目を終えた余分な人格が消滅することで、全てが丸く収まったという、そんな物語の。
「……ごめんなさいね。下手に刺激して悪化させてはいけないと思っていたのだが、それほど思いつめているのだったら、最初から説明しておけばよかったわ。全く、本当に私たちは失敗してばかりね」
でも、と言って、瀬見は呆然としているレイシアの頭を撫でる。
大人が、子供にするように。
「今までよく頑張ったわね、レイシアちゃん。もう、貴方がそれほど思い悩む必要は、どこにもないのよ」
優しい言葉。
それだけで、涙が浮かぶレイシアだったが、しかしそれとは別の意味で、レイシアは今泣きたい気持ちになっていた。
彼女の言動が示すのは、即ち『協力的』という意味にはなりえない。
だって、彼女は第二人格の――シレンの消滅を、多重人格という精神疾患の快癒、良い兆候として受け止めているのだから。
この状況で、第二人格を助けたい……なんて言っても、きっと優しく諭され、受け入れてもらえるはずなどない。レイシアのことを大事に思う大人の彼女たちは、今度こそ、
「ありがとう、ございます」
かけられる言葉は温かく、レイシアは心の底からうれしい気持ちになった。
でも。
その一方で、レイシアはまさに絶望を感じさせられていた。
***
「…………
不意に、その名前が出てきた。
当初は美琴を頼るつもりなどなかったの(矜持の問題ではなく、カバーストーリーであれあまり大勢に広めていい性質の情報ではないと判断したため)だが、しかし彼女の能力は非常に優秀だ。瀬見達の協力が得られなくなった今、彼女に協力の打診をしない手はない。
「……となれば、善は急げですわね」
スマホでGMDWの面々に結果を報告し、レイシアは歩き出す。現在時刻は、午後一時過ぎ。シレンの意味記憶によれば、確か八月三一日はイベント盛りだくさんで、ちょうど昼頃には美琴と上条が海原(偽)という男と戦闘をしているという感じだった……はずだ。
今から騒ぎがありそうな場所に向かえば、ちょうどよく二人と遭遇できるかもしれない。
はたして、そんなレイシアの思惑は確かに正解だった。
「……んじゃ、付き合わせて悪かったわね。こっちの問題は、そういうわけで片付いたから。アンタはアンタの問題をどうにかしときなさい」
「おう。んじゃ、またな、御坂」
「ぅぅっ。…………ま、まぁ、また、ね」
……何やら青春の残滓が感じられるやり取りだったが、レイシアは完全に無視する。なんだかんだで成長したとはいえ、彼女はそうした事情を斟酌しない傲慢さを備えているのだ。
そうして別れて立ち去ろうとしている二人に向けて、
「お二方!」
渾身の力を込め、言う。
「「助けて!」……くださいま、し?」
何故か、上条と声がハモった。
***
いわく、宿題が全然終わってなくて死にそう、とのことだった。
それに対し、レイシアは『今はどうでもいいことですわね』と断じた。清々しいまでの傲慢っぷりであった。いや、上条の方も事情を聞けばコンマ一秒もなく決断するだろうことだが。
「ど、どうでもいいって……上条さん死活問題なんだぞ! その言いぐさはあんまりじゃないか!?」
「そんなもの用が済めば後でいくらでも見てあげます。それより今はこちらの話を聞いてくださいまし」
「ちょ、レイシアさんいつもと雰囲気が……この感じ、前の……っつか! なんでナチュラルにアンタがこの馬鹿の面倒をみることになってんのよ!」
「ですから! わたくしに話をさせてくださいまし!!」
放っておいたらどこまでもコメディを展開しかねない二人を制して、レイシアは怒鳴る。
その剣幕に、二人は話が一切の遊びを挟む余地がないことを察し、すっと表情を真剣なものに切り替えた。
それを見て、レイシアは目を伏せながら話しだした――――。
「分かった、それで何をすればいい?」
そう二人が答えたのは、まさしく同時だった。シレンの視点から二人と接していたレイシアもまぁ無下にされることはないだろうと思いつつ、それでも快諾してもらえるかどうかは自信がなかったところだったのだが、そんな予想を覆す快諾だった。
思わずぽかんとしてしまったレイシアの表情が気に食わなかったのか、上条は犬歯をむき出しにするように言う。
「なんだ。まさか俺が、人格が違うから赤の他人なんですとか言い出すとでも思ったのか? ……バーカ、そんなわけないだろ。アンタはレイシア――いや、シレンを通してずっと俺や御坂のことを見てきて、それで、俺や御坂ならって信頼して声をかけてくれたんだろ? ……なら、無下になんかできるかよ」
上条は拳を握る。
もちろん、上条は理解している。この物語におけるヒーローが誰か。それは、誰かに言われるまでもなく承知している。
この物語は、くだらない節理とやらを盲信して死んでいこうとしている馬鹿を、そんな馬鹿に救われた少女が引っ張りあげるもの。一人の少女の再起、その最終章。
上条当麻は――そんな少女を助けるために召集された、脇役Aでしかない。
そのことを理解したうえで、上条当麻は、脇役Aでしかない少年はこう思う。
――ああ、こんなに嬉しいことはない、と。
「……それに、シレンは、アイツは俺の友達でもあるんだ。そいつを助ける……そんな素敵な幻想の手伝いができるんだ。断る理由なんか、どこにもねぇ。……そんなの、当たり前のことだろうが」
「私も、この馬鹿に同じね」
そんな上条の隣に立つ美琴は、上条と違ってレイシアの過去の悪行を知っているが、それでも同じように不敵な笑みを浮かべていた。
「……罪滅ぼしとか、そんなつまんないこと、考えてないわよ? っつーかあの人……シレンさんには借りばっかり作っちゃってるからね。功績を分離させてくれたおかげでむしろ接しやすくなったっていうか。……ともかく! 今こうして私たちに助けを求めてるアンタを拒絶する理由も、勝手に死にに行ってるあの人を助けない理由も、私にはないってことよ!」
行かない理由が、ない。
彼らは、二人とも一様にそう語った。そこが、ほかの人物とは違う点だ。
ヒーローの、ヒーローたる所以。レイシアには、いや、多分シレンでも、この境地には至れないだろう――そう思い、レイシアは悟る。
「(……なるほど、だから彼女は、あんなに眩しそうにしていたんですのね)」
「?」
「ふふ。心強いですわ、と言ったんですのよ」
二人して首を傾げるヒーローたちに、レイシアは笑いながら言った。
結局のところ、解決策はまだ見つからない。
だが。
こんな頼もしいヒーローに加え、彼女には優秀すぎる友人たちまでついているのだ。
突破口を暴くためには、十分すぎる。