【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス)   作:家葉 テイク

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おまけ:それぞれの後日談

 同時刻、どこかの場所。

 暗闇の中に星の光のようにモニターの発光が点在する空間で、一人の男が安っぽいソファに深く腰掛けていた。

 男は顔の上半分を覆うようなヘッドギアを身に着けていた。

 ヘッドギアからは無数のケーブルが伸びており、そのケーブルの先には冷蔵庫よりも一回りは大きな機材がいくつも繋げられていた。

 まるで、チンピラの寝床を無理やり高尚な研究施設に仕立て上げたような――――ヘッドギアからちらりと大きな刺青が覗いているこの男の印象が部屋自身に染みついているかのような部屋だった。

 

「――――あー…………」

 

 ぼんやりとうめき声を上げながら、その男はヘッドギアを取り外しながら、心底つまらなさそうに、こう呟く。

 

「……くっだらねぇモンに付き合わされたなぁ」

 

***

 

第二章 失敗なんて気にしない Crazy_Princess.

 

おまけ:それぞれの後日談

 

***

 

「まったく、くだらねぇ」

 

 荷物をまとめ、データを回収し、ついでに内部回路を薬品で念入りに焼く――――つまるところ『後始末』をしながら、木原数多は不満げに呟いていた。

 不満というなら、この作業そのものが彼にとっては不満だった。妹達(シスターズ)を操っていた電波をあの戦闘の中で逆探知していた御坂美琴が、遠からず攻めてくることは数多も理解していた。

 だがもちろん、数多は美琴を迎え撃つこともできた。電撃だの磁力だの超能力者(レベル5)だのは、木原数多には関係ない。ただのモルモットなど、真正面からでもいくらでも倒せる。……が、この時点での美琴との接触は、木原には許されていなかった。

 だからこその撤退である。格下相手に逃走しなくてはならないことの屈辱。この不条理こそ、数多を不機嫌にする要因の一つでもあった。

 特に、美琴については先の戦闘でも随分と苛立たされた。一万という数を使って押しつぶしてやろうとしたら、拡散力場として放出している電磁波を利用して動きを止められたどころか、接近するだけで電波をジャックされて洗脳が解除される事態に陥ったのには、数多自身がいっぱい喰わされたのもあってかなり不愉快な出来事だった。

 

 しかしながら、彼の機嫌を最も損ねていたのは、そこではない。

 

()()()()()

 

 彼の目に浮かぶ不満には、怒りの色彩――というより、羨望の色彩が強く浮かび上がっている。

 

「いいなぁ。あんなモルモット、そうそう手に入るもんでもねぇのに。脳幹のクソ犬とアレイスターのヤツ、あんな実験動物(モン)使って楽しそうなことしやがって。挙句あのクソガキの実験はついで扱いと来た。…………こりゃあ、『プラン』のほかに色々と遊んでいやがるな」

 

 そうした余計な遊びとは無縁の男のはずだったのだが、と数多は内心で訝しがる。

 確かに、レイシア=ブラックガードは面白い逸材だ。ぱっと見るだけでも、素養格付(パラメータリスト)の超越。多重人格系のサンプルにもなりそうだし、何よりあの能力。数多が理論だけ組み立てて実現の方策で行き詰っていた()()()()()()にも使えそうな代物だ。

 あの能力は、さまざまな使い出がある。……これでアレイスターの玩具でなければ、二もなく手を出せたのだが。

 

「これじゃ、あの野郎の実験動物自慢に付き合わされただけじゃねぇか。くだらねぇ。ああクソ、腹立つ。憂さ晴らしに時限爆弾でも仕込むか?」

 

 美琴の放つ微弱な電流に反応して即座に起爆する爆弾の作成など、科学者らしすぎる科学者である数多にとってはお茶の子さいさいである。……が、ここで第三位を自分の怒りのままに殺すのは、研究者にあるまじき行為。しぶしぶ矛を収めると、数多はとっとと準備を終わらせ、そしてそれまで使っていた隠れ家を後にする。

 

「………………しっかし、あれだけの逸材だってのに…………期間限定ってのは、なんか勿体ねぇなぁ。どうせなら、永続化する実験でもやってみりゃいいのに。……確か、アレなら……」

 

 ――ぶつくさ呟きながらも、木原数多は夜の闇に消えていった。

 

***

 

「と~う~ま~?」

 

 そして上条当麻は、窮地に立たされていた。

 彼の目の前にいる純白のシスターは、頬を膨らませながら彼のことをねめつけていた。

 

「もう、あんまり怪我がないから怒るに怒れないんだけど、それでもやっぱり無茶は無茶なんだよ! というか、レイシアの方が怪我が重いのが問題かも! とうまはなにしてたの!?」

「面目次第もございません…………」

 

 その点に関してはレイシアに庇われてしまった上条としては、もう何も言えないのだった。

 

「ていうか、いったいどういう経緯でレイシアもついてきてたの!? レイシアがいるなら私がいてもよかったよね!? なんで私だけのけ者だったの!?」

「いや、のけ者というかなんというか……レイシアも別口で騒動に巻き込まれてたみたいで、御坂と一緒に来ていたというか……」

「やっぱり私がのけ者になってるー!! これは断じて抗議するんだよ!! 私だってとうまの役に立てるかも!」

「……いや、悪いけどそれはない。だってインデックス、科学の知識とかまったくないだろ?」

「うっ」

 

 真顔で切り返され、インデックスは返答に窮する。魔術の分野ではこれ以上ないほど頼りになるインデックスだが、科学サイドは専門外だ。そういう意味でも、巻き込むわけにはいかない。上条は、そう思う。

 

「……………………でも、心配なんだもん……」

 

 …………思うのだが、それは少しインデックスには酷な発言だったな、と、目の前の少女を見て反省するのだった。

 相手の立場になって考えてみれば、分かる。

 自分が知らない間に、インデックスが危険に首を突っ込んで、自分はそれを知らずのうのうと平和に過ごして…………その上で『とうまは魔術についてはド素人だから、巻き込むわけにはいかないんだよ』と言われたら。

 …………きっと、とても傷つくだろう。

 

「…………本当に、無事でよかった」

 

 だが、インデックスは、そこでそう言える少女だった。

 上条のTシャツの裾を申し訳程度につまんで、心底からほっとしたような表情を浮かべられる少女だった。

 

「……ごめん、インデックス」

 

 だから、上条はその頭を撫でて、正直な気持ちを伝える。

 

「心配してくれて、ありがとう」

「……ん。あと、あとでレイシアにもお礼を言った方がいいかも。なんだかんだで、今回一番お世話になってるのはレイシアだと思うしね」

「ああ、そりゃもちろんな」

 

 何やら女友達らしき集団にもみくちゃになりながらさらわれてしまったが、今度会うことがあったなら正式にお礼を言おう、ついでになんで合流してきたのかも問い質そう、と上条はひそかに心中で誓う。

 

「…………女友達、か」

 

 そこで、ふと上条は気づく。

 レイシアの周りに、ごく自然に女友達がいたことに。おでこが出たお嬢様、縦ロールが異常に長いお嬢様、ほかにもさまざま――全員がお嬢様である、という共通点こそあるが、個性豊かな友達が、きちんと彼女の周りにはいた。

 そして、もみくちゃにされながらも――――彼女たちは、みんながみんな、楽しそうな笑みを浮かべていた。

 禍根なんて、まったく感じさせないで……普通の女子中学生そのものの、屈託のない笑みを。

 

「なんだ。ちゃんと仲直りできたんじゃないか、あいつ」

 

 ――だから上条当麻は、すがすがしい笑みを浮かべるのだった。

 

***

 

「…………アンタか」

 

 ふと、病院の隅で振り返った美琴は、脱力してそうつぶやいていた。

 

「いきなり『アンタか』とはご挨拶ですね、とミサカはお姉様の態度に呆れ返ります」

 

 それに対し、言葉を投げかけられた張本人――――御坂妹は少しも応えた様子なく、むしろ肩をすくめて美琴のことをおちょくる余裕さえ見せて、そう返してきた。

 大怪我を負っているはずだというのに、まったくそれを感じさせないポーカーフェイス――否、無表情っぷりだ、と美琴は思う。

 

「アンタ、もう大丈夫なの? 昨日の今日なのに」

「大丈夫ではありませんが、院内を徘徊する程度は許されています、とミサカは胸を張って答えます。それに……お姉様にご挨拶もしたかったので、とミサカは照れをみせつつ答えます」

 

 きゃっ、と無表情のまま両手で顔を覆う姿は、いっそのことおちょくっているといった方が適しているだろう。だが、美琴は知っている。彼女たちのこういった言動は、限りなく本心に近いものだと。

 

「……そ。私も、アンタの平気そうな顔を見られてひとまず安心だわ」

 

 疲れたようにそう言って、美琴は壁に体重を預ける。

 御坂美琴にできるのは、ここまでが限界だ。クローンの寿命を延ばすのも、彼女たちの研究をするのも、美琴にはできない。

 なんて中途半端なのだろう、と美琴は自身を嘲る。一万人を死なせた原因を作った大罪人のくせに、その半数弱を救い出すことしかできず、あまつさえその半数を救い出すことすら、他人の手を借りないと覚束ない。

 …………挙句の果てに、その『半数を救う』という選択肢すら、あの少女がいなければ選び取ることすらできなかった。

 

「お姉様? とミサカは突然黙ってしまったお姉様がなんか悪いモンでも食べたんじゃないかと心配げな表情を作ってみせます」

「……アンタは平常運転よねぇ」

 

 ピンとそこはかとなく失礼なことを言った御坂妹の額を人差し指の腹で突きつつ、美琴は苦笑する。

 これは、美琴が背負うべき十字架だ。この先一生、命尽きるその時まで、悔い続けなければいけない罪過だ。それはきっと、とても苦しいことなのだろうけれど――――でも、原因を作ってしまった美琴が、背負わなければならないのだ。

 

「…………お姉様」

 

 そう考えていた美琴の前で、ふと、御坂妹が背筋を正した。

 

「……どしたの?」

「ありがとうございます、とミサカは改めて素直にお姉様に頭を下げます」

「は?」

 

 突然の礼に、きょとんとする美琴。

 それでも第三位の頭脳は、『御坂妹が助けられたことに恩を感じているのでは?』と常識的な推測をたたき出し、『こんなの、当たり前のことよ』と反射的に答えようとして――、

 

「私たち妹達(シスターズ)をこの世に生み出してくれて、ありがとうございます。とミサカはいまいち察しの良くないお姉様に呆れながら言葉を補います」

 

 次に御坂妹から放たれた言葉の意味が、理解できなかった。

 

「加えて言うなら――私たちのことを妹と言ってくれて、ありがとうございました。と、ミサカは重ねてお礼を言います」

「……ぁ、ぅ、そ、それ、はっ……私は! 私はアンタ達が実験動物みたいに扱われて、殺されていくような環境を作る原因になっているのよ!? それを、アンタ……ありがとうって……! いまさら、あんなことで……」

「確かに、原因と言うならお姉様がDNAマップを研究者に提供したのがすべての始まりだったでしょう、とミサカは理性的に分析します。ですが」

 

 動揺のあまりそれ以上二の句も継げなくなっている美琴の様子になどまったく気づかず、御坂妹は淡々と続ける。

 

「その始まりは、今ここにある私達の現在にもつながる起点であった、とミサカは補足します。であれば、その判断に私達は感謝しなくてはなりませんと、ミサカは、」

「そんなの違うっ!!」

 

 振り絞るように、美琴は声を荒らげた。

 それは、罪悪感の発露だ。ほんの一四歳の少女が抱えるには、あまりにも重すぎる――そして大きすぎる十字架に対する、等身大の御坂美琴の悲鳴だった。

 

「確かに、私のあの言葉でアンタ達は生まれたのかもしれない。あれがなかったら、アンタ達は生まれなかったかもしれない。……でも、そのあとにアンタ達は散々苦しめられた! 生んだ子供にひどいことした親が『それでもその子を産んだのは正しいことだった』なんて理屈で許されるわけない! まして私はっ、あの子に、ひどいことをっ……」

「――――ミサカ達の知識は、ミサカネットワークに保管されています。とはいえ、完全に共有されているというわけではありません」

 

 そんな濁流のような言葉に分け入るように、御坂妹は一言、そう呟いた。

 

「九九八二号がお姉様と接触したこと、一〇〇三一号がお姉様やあの人と接触したことなどは、ネットワークに共有されています。……しかし、それ以上の情報は、確かに共有できていません」

「何を……、」

「――――ですが、私は何故だか、思うのです。お姉様と一緒に猫とじゃれて、一緒にアイスを食べて、バッヂをプレゼントしてもらって……そんな行為をしてみたい、と」

「…………っ!!」

 

 それは――――美琴自身が、実際に九九八二号としたことだった。

 ミサカネットワークの情報共有は、あくまで記録に留まるものなのかもしれない。記憶の共有までは、二万の個体の情報共有ということを考えると、だいぶあいまいなものになってしまっているのは想像に難くない。

 だが……それでも、こうして一人の個体が、九九八二号の思い出を好ましいものととらえているということは。

 

「そして、お姉様が()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と」

 

 そして、()()()()()を――――『その声で、その姿で、私の前に現れないで』……なんてことを言っても尚、そんなことを考えていてくれているということは。

 

「ここから推察できるのは、きっと、死んでいった個体も私と同じような気持ちだっただろう、ということです。とミサカは論理的見地から推察します。つまり」

 

 そっと。

 柔らかい何かで包まれた感覚をおぼえた美琴は、一瞬遅れて、自分が抱きしめられているのだということに気付いた。

 

「あなたが悲しそうな顔をしているのは、見ていたくない。できることなら、一緒に笑っていたい――――と、ミサカは恥を抑えて正直な気持ちを告げます」

「………………っ」

 

 そこが、美琴の我慢の限界だった。

 全ての荷を一旦外して、一人の少女は本来そうであるべき通りに、涙を流した。

 

***

 

「祝勝会をやりましょう!!」

 

 そう喜色満面で言ったのは、GMDWにおいてレイシアのサポートをする二人の副長の一人、刺鹿(さつか)夢月(むつき)だ。

 刺鹿は上機嫌極まりないテンションのまま、室内狭しとせわしなく(しかし無意味に)歩き回りながら、

 

「私達はよく事情を知りませんが、とりあえず窮地に追いやられていた御坂さんを救うために、あの第一位と戦って勝利しやがったのでしょう? それはもう……祝勝会しかありえません! ここぞとばかりにパーティです!!」

「いやあの……」

 

 確かにそうなんだけど、テンションおかしくない? と言いたかったレイシアなのだが、流石にそれを言うのも憚られるくらい、刺鹿のテンションは高かった。もう一人の副長苑内(えんない)燐火(りんか)に目を向けてみるも――、

 

「そうですねっ! 今日ばかりはぱーっと騒いでもいいでしょうっ!」

 

 普段は刺鹿の抑えに回っている苑内も今日はハメを外したい派なのであった。

 レイシアとしてもパーティは構わないのだが、ノリについていけていないのであった。おじさんはもうJCのノリにはついていけないよ……と内心でおじさんぶってみるレイシア。忘れられがちだが、内面上のレイシアは二〇代中盤くらいのいい年した大人である。

 

「しかし、祝勝会をやるとはいえ、準備が……門限まで時間はありますが、何も用意していない状態ですよ? せめて日を改めた方が……」

「だいじょーぶだいじょーぶですって! 準備なら昨日レイシアさんが寝やがっている間に私達が手配しておきましたから!」

「なっ!? なんですのそのサプライズ!? というか、皆さんそれが事実なら寝不足なのでは……」

 

 あ、この妙にテンションが高いのは徹夜明けのハイテンションなのか、と遅まきながら察するレイシア。そこまで頑張らなくても……と思わなくもないのだが。

 

「何を言ってやがんですか! 私達は元気も元気! 今以て気炎万丈ですよ! レイシアさんは余計な心配なんかしやがらないで、祝勝ムードに乗っかっていやがればいいんです!」

「は、はぁ…………」

 

 年長者の威厳はどこへやら、といった調子で、レイシアは完全に押し切られて頷くばかり。

 そんな感じで、レイシアはGMDWの面々に連れられ、レクリエーション用に借りたらしいカラオケボックスの一室にやってきていた。

 このお嬢様達に、パーティにカラオケボックスを使う発想が……と少し意外に思わないでもなかったレイシアだが、その印象は受付で悪戦苦闘する彼女たちを見て打ち消されていた。

 どうやら彼女たち、慣れないパーティをやるためになれないことをしようといろいろ頑張っていたらしい。なんて可愛らしい気遣いだろう、と深く感じ入りながらもなんかいろいろ見てられなかったので結局自分が受け付け関連を全て片づけてしまったレイシアは、周りのメンバーから『なんで一番世間知らずそうなのにさくっとこなせちゃってるの??』と疑問視されていることには気づいていない。

 

「じゃあ、レイシアさん! 乾杯の音頭をとりやがってください!」

「え、えぇ……? わ、わたくしがですか……」

「それはもちろんっ、レイシアさんは、我々の『女王』なのですからっ」

 

 ほぼほぼサプライズ同然でここまで連れてこられたのに……と思わないでもないレイシアだったが、一方でこうして自分をリーダーとして立ててくれる刺鹿や苑内は、ひいてはそれになんら不満を表さないメンバーは、組織内の序列を完全に肯定しているということでもある。

 加えて、こうやって無茶ぶりをする程度には、レイシアに心を許している証左だ。

 であればこそ、レイシアは慣れないなぁと思いつつも、わざわざドリンクバーではなく注文して持ってきてもらったアイスティーの入ったグラスを持ち、掲げる。

 

「こほん。では、失礼して。――――みなさん、今回はご苦労様でした。わたくしの手足としての働き、見事だった、と称賛いたしましょう。…………本当に、本当に助かりました。ありがとうございます」

 

 そう言うと、周りからわいのわいのと合いの手が飛んでくる。本当にこの子達お嬢様かな? とレイシアは内心首をかしげつつも、いつまでも湿っぽいあいさつに終始するのもよくないだろうと、意識的に声を張って言う。

 

「それでは、皆さんの尽力と、我々の勝利を記念して――――乾杯!」

 

 かんぱーい! と。

 ノリノリでそれに答えた少女たちの歓声が響き渡る。

 

***

 

「…………疲れましたわぁ」

 

 ――なんて呟いてみるが、その声色は、自分で聞いてもわかるくらい、意外にも喜色が滲み出ていた。たぶん、疲れたけれど、それ以上に楽しかった……ということなんだと、思う。

 カラオケボックスにやってきただけあって、いろいろと歌ったりなんだりしていたしな。歌のチョイスがお嬢様だなって感じではあったけど、まぁそこはそれだ。

 

「……しかし」

 

 ほかに誰もいないのをいいことに、俺の口からは呟きがどんどん漏れていく。存外、まだ浮ついた気分がなくなっていないのかもしれない。一応、流石に一方通行を相手取った今の俺がアレイスターに全く監視されていないと考えるのはあまりにも不用心すぎるので、危険視されそうなことは言わないくらいの自制心は働いているけどな。

 

「無事、勝てましたわねぇ…………」

 

 考えてみても、かなりぎりぎりのラインだった気がする。

 ぎりぎりのラインだった……が、でも、行って正解だった、とは思う。もしも俺があそこで参戦していなければ、妹達(シスターズ)が敵に回った状態で戦いが始まっていたわけだから……一方通行を倒す手がなかった。それどころか、一方通行の突風を突破できずに詰んでいたわけだし。

 いや本当に、目覚めるタイミングが間に合ってよかった。あと一時間でも遅かったら、本当に大変なことになっていた。まったく、ここまで都合がいいと何かの作為を感じるレベルだ。

 …………何もないよな? うん、だって……小説じゃレイシアちゃんは全然登場人物に勘定されてないし。いや、俺の憑依によってレイシアちゃんが素養格付(パラメータリスト)を超えた成長をしているのに、アレイスターが目をつけている可能性……?

 

 ………………………………。

 

 …………ありえない話じゃない。

 いやいやいやいやいや。

 なんで気づかなかったんだ、俺は? 確かに小説じゃあ、能力の予定外の成長はレアケースではあるが確かにあった。滝壺とか、名前忘れたけど食蜂と対になってたあいつがそれにあたる――――が、それらは『レアケース』なんだよ。アレイスターに目をつけられない理由にはならないじゃないか。

 迂闊。あまりにも迂闊すぎだ。もしアレイスターに目をつけられていたとしたら、今回の俺の昏倒や、そこから介入するという流れだって、アレイスターの誘導にまんまと俺が乗っかったっていう可能性も――――……。

 

 ………………いや、考えてみたけど、それ、あるかぁ?

 

 だって、アレイスターの視点から見たら、俺が転生者だってことは分からないわけで。

 俺が今までやっていたことといえば、レイシアちゃんの関係修復と、上条関係とのやりとりと、あと少々ってくらいで、外部から見て転生者だー! なんて読み取れるようなことは何一つとしてないと言い切れる。流石の俺でも、そこは最低限配慮してるから間違いない。

 アレイスターが心の声を読み取れるとか、異世界からの転生って概念をすでに知っているとかなら話は別だけど……そういうことまでできたら、もうそれって全知全能だろ。流石にそれは小説の描写からしてありえない。

 で、だとすると、アレイスター的には俺は『自殺未遂したあと能力が予定外の成長を遂げた人』って扱いになるわけだけど……それだと、俺ってアレイスターがなんかいろいろやってるプランとかいうのには全く関係ないわけで。

 研究者からちょっかいを入れられる可能性は、もちろんある。でもアレイスターの方からレイシアちゃんにあれこれしようって動機は生まれないんだよな。

 もちろん、俺にはよくわからないような有用性を見出してるって可能性もあるけど、今回の場合は『素養格付(パラメータリスト)の存在を知る研究者がレイシアちゃんの予定外の成長を目の当たりにしてパラノイアによる攻撃性の矛先を向けた』って説明の方が筋が通ってるし、現実的だと思う。

 

 ……まぁ、なんにしても。

 

「…………これで、あともう少し」

 

 打てる手は、打っておいたことに越したことはないよな。

 

「…………もう少しで、終わりますわ。だからあと少しだけ、待っていてくださいな…………レイシアさん」


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