【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス) 作:家葉 テイク
そして次の瞬間、レイシア=ブラックガードがとった行動は、その場の全員の想像を完全に凌駕していた。
「――――
耳につけていたマイクに指をあてて通話回線を再起動させた彼女は、そう一言呼びかけた。
先ほどまでは、美琴の張っていた妨害電波によって、レイシア=ブラックガードと彼女の配下は分断されていた。しかし、予想外の
『彼』は美琴に対する配慮もあってか、彼女たちへの助力の依頼を渋っているようでもあったが……残念ながら、この
ただひたすらに、自分のやりたいことを押し通すために突き進む。それだけだ。
…………もっとも、その根底にある精神性については、大きな変化があるだろうが。
『何でしょう、我らが女王』
突然の呼び出しだっただろうに、打てば響くような電話口の声。
畏まっているはずなのに親しみすら感じさせる、おどけたような声色に、レイシア=ブラックガードは少しだけ、自嘲するように笑みを浮かべ、すぐさまそれを勝気な笑みで以て塗りつぶす。
「映像は既に伝わっているかと思いますが……敵は学園都市中の風を操ってプラズマを生成しようとしています! 対抗するためには、こちらも同じように風を操らねばなりません!!」
『……はぁ!? 学園都市中の風ぇ!? 何言ってやがんですか! そんなデタラメにどう対抗しろと!?』
「わたくしの力を舐めるんじゃありませんわよ。この力を以てすれば、逆賊の小細工など容易に粉砕してみせましょう。…………ただし、わたくし一人の演算能力ではヤツには追いつけません! そこで、アナタがたの力が、必要なのです!!」
他力本願。
レイシア=ブラックガードの精神性では、絶対にありえなかったであろう選択肢。もちろん、今の彼女にもそれを忌避する傾向は存在している。だが、それを乗り越え、彼女は言った。『助けてほしい』、と。
自分の弱さを認め、仲間に力を求めることが、できた。
それは、余人から見れば些細な前進かもしれない。だが、少なくとも、この少女にとっては、偉大なる一歩だったのだ。
『…………それで、あたくしたちは何をすればっ……?』
「演算を」
レイシア=ブラックガードは、端的に言う。
「この街中の風の流れを、演算しなさい。そして、その結果をわたくしに伝えるのです。…………あとは、わたくしがそれを遂行してみせます」
『……はぁ、レイシアさんが御坂さんにやられた真相を探るために行動していたのが、なんでいつの間にやらそんなアルビノ野郎と対峙してやがんだか、まったくもって意味不明で聞きたいことは山積みなんですが――――』
電話口の刺鹿は、そう言ってため息を吐く。
だが、声色は喜色が隠しきれていない。大切な友の力になれる。そんな力強さが、端々から溢れていた。
『他ならぬ我らが女王の「お願い」、聞かないわけには、行かないでしょう! みなさん!!』
『ええ!!』
派閥のメンバーの威勢のいい声を耳にしながら、レイシア=ブラックガードは静かに微笑む。そして、内心にいる『彼』にも笑いかけた。
(…………ふぅ、……少し、疲れました。あとは、やるべきことは分かっていますわね。わたくしが目覚めた、以上、魂が……同調……能力の、出力も、上がる……はず…………うまく、合わせます、から…………主導権、は…………アナタ、に…………、…………)
(………………ああ。ありがとう)
眼に涙すら浮かべ、レイシアは笑っていた。
カッコ悪いな、とレイシアは内心で自嘲する。
彼女のためにと動き回っていたくせに、結局彼女に手助けをしてもらった。これでは、どっちが助けてもらったのだかわかったものではない。
――だからこそ、これだけは自分の手でやらねばなるまい。
最後の仕上げくらいは、きれいに片づけなければなるまい。
「……演算の準備はよろしいですか、みなさん」
『? ええ、はい……あれ? レイシアさん、何か雰囲気が……?』
「――――では、行きますわよ」
瞬間。
レイシアの背後に、白と黒から成る九八対の長大な天使の翼が顕現した。
――――否、それは天使の翼などではない。進化したレイシアの能力だ。成長し、光すらも切断するようになった能力は、光を遮断し乱雑に跳ね返す『白い面』と、光が完全に遮断された『黒い面』を持った亀裂を生み出すに至ったのだ。
まさしく、
最大分岐数は一九六本。一本の分岐の最大延長距離は五〇〇メートルを超える。これまでは亀裂全体で五〇〇メートルが限度だったのに、だ。
さらに、進化した能力は分岐ごとの個別解除すらも可能にした。つまり、これまでとは桁違いの風を、連続的に、有機的に…………展開することができる。
それはもう、
この街の、頂点の一角。
「…………上条さん。わたくしを信じて、ただ突き進んでください!」
であればこそ、レイシアの突然の指示にも、上条は黙って頷けた。
吹っ飛ばされたと思ったら誰かと会話しだし、そして今までよりも明らかに成長した能力を振るっているのは、確かに奇妙だ。奇妙だが――――上条に、レイシアを疑う余地などこれっぽっちも存在していない。
信じて、突き進む。
…………そうしているとき、上条当麻は誰より強くなる。
「――――A-1、クリア。A-3、クリア。A-4、クリア。B-2、クリア。C-14、クリア。……バック、B-3、クリア!」
レイシアは、届いてくる演算のすべてを処理していく。GMDWの面々は、やはり優秀だ。学園都市全体の風の流れを演算するだけでなく、それを処理しやすいようにブロックごとに分けて伝達してくれるのだから。
レイシアの背後で、長大な亀裂が生物のように蠢いては消え、そして浮かび上がっていた。それらは一瞬にして強力な暴風を生み出し、そしてプラズマを生み出している気流そのものへとダイレクトに干渉していく。
「……な、ンだこの気流……!? 俺の気流をバターナイフみてェに切り分けるこの風の流れはなんだってンだ……!? ……オマエか、金髪ゥ!?」
先ほどまでは口ほどにもなかった下等生物の反逆。
それを目の前にして、一方通行の目に動揺の色が浮かぶ。
…………そして、心の乱れは能力の乱れでもあった。
レイシアは――否、レイシア達は、その一瞬のスキを見逃さず、トドメの一閃を叩き込む。ブワァ!! と一方通行の頭上に展開されていたプラズマが消え失せ、あたりに夜の闇が戻っていく。
つまり。
盤上に残っているのは、上条当麻の右手、ただ一つ。
「――――ふぅ」
力尽きたように、レイシアがその場にへたり込む。
時を同じくして、彼女の背後に展開されていた神々しい翼のごとき亀裂もまた、消え失せる。
「
すべての手札を失った一方通行は、それでもまだ不敵に笑う。
…………いや、違う。
これは、不敵な笑みなんかではない。
ひきつり、ひくつき、それでも口角を笑みの形に吊り上げているだけのこの表情は――――紛うことなく、恐怖の表情だった。
ゆえに、一方通行は拳を握る。
自分はもう引き下がれないから。『それ』を認めてしまったら、自分は本当に殺人者になってしまうから。
「――――最っ高に面白れェぞ、オマエ!」
もはや高電離気体は無意味。そう悟った一方通行は、地面をける足の力の『向き』を変更し、地面を爆裂させながら上条のもとへと近づく。
だが、正史のように息も絶え絶えという有様ではなく、十分に余力を残した上条は、それを迎え撃つようにとびかかる余裕すらあった。
面喰った一方通行が、急ブレーキついでに地面を蹴り、瓦礫を爆裂させる――が、上条はそれを予測し、身を屈めてそれを回避。
まずいと感じた一方通行は気流を操作し、上条を吹き飛ばそうと試みるが――――、
「……わたくしがもう舞台から退場したと、本気でお思いで?」
その足掻きは、不敵に微笑むレイシアによって吹き消される。
疲労困憊といった体のレイシアの指先からは、いまだに長大な『亀裂』が展開されていた。
「こッ、このクソ野郎ども――――」
思わず激昂しかけたその瞬間、上条は一方通行の懐に潜り込んでいた。
「ッぐ――――!?」
それでも、一方通行にはまだ両手が残されている。その両手で、上条の顔面を薙ごうと狙うが――――一発目は首を動かすだけで回避され、二発目も右手で簡単にはじかれて終わる。
「歯を食いしばれよ、
かくして、広がり散らばった未来は、一つの決着へと収束していく。
まるで、引き伸ばされていたゴム紐が、もとの位置に戻るかのように。
「――――俺の
瞬間。
上条当麻の拳が、一方通行の顔面に突き刺さる。
渾身の一撃を受けた白い少年は、そのまま地面を数メートルも吹っ飛んでいき――――そして、それからぴくりとも動かなくなった。
直後、試合終了のゴングを鳴らすみたいに、巨大な電気の号砲が轟いた。
***
***
…………結局、上条は正史と違って軽傷。
むしろ風をもろに食らって吹っ飛んだ俺が全身に無数の擦り傷やら打撲やら。まぁ軽傷の範疇ではあるんだけど、見た目がボロボロだったせいで病院に駆けつけてきた夢月さん達にしこたま心配された。
ほんとは、どうやら解放されたらしい
派閥のメンバーには実験関連のことだけ伏せて、あとはなるべく正直に話すことにした。それが、俺に協力してくれた彼女たちへのせめてもの礼儀だと思ったからだ。
「……ったく。なんだってあんな無茶しやがったんだか……レイシアさんは最近無茶しすぎです。病み上がりだってのに、少しは自重しやがってください」
「本当ですよっ。途中でいきなり通信が途絶したときは、本当に生きた心地がしなかったんですからっ……!」
「……ふふ、ごめんなさい。もう、これで最後にしますから」
「約束ですよっ? 本当の本当に、約束ですよっ……? 破ったら、泣いちゃいますからねっ。…………夢月さんが」
「なーんで私が泣くことになりやがってんですか!! 私はそんな涙もろくなんかありません!! むしろ泣かします! 私がレイシアさんを泣かします!!」
「とかなんとか言ってっ、さっきレイシアさんの能力が成長しているのを見たときなんか大号泣してたくせにっ、」
「アー!! アーアーアー!! アーアーアーアーアーアーアーアー!!!!」
わたわたと手を振りながら叫ぶ夢月さんと、それをからかう燐火さん。そして、その周りであれこれと言い合っている、GMDWの面々。
……その中心で、楽しそうに笑っている俺――いや、レイシア。
あの時……俺は、激痛で意識が朦朧としていて、ほとんど無我夢中で動いていた。だから、正直なところ、あまり記憶に自信はない。
もしかしたら、極限状態の俺が都合のいい幻聴を作り出してしまっていたのかもしれない。
でも、俺は確かに、聞いた気がしたんだ。
――――レイシアちゃん。君の、お蔭なんだな? ……もう、終わりは……近いんだな?