【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス) 作:家葉 テイク
「――――あー」
その男は。
暗闇でソファに腰掛けていたその男は、退屈そうにそう呟きを漏らした。あるいは、必要のない呟きを漏らすのも、退屈さを紛らわせるための何かなのかもしれない。
顔の上半分を覆いかくすような機械製のゴーグルを装着したその男は、天井を見上げるような姿勢のまま、ぼんやりと遠くの世界を眺めたまま、こう言う。
「にしても、アレイスターの野郎も妙な指示を出してくるモンだよなぁ。あのガキ用の玩具に細工しろとかよぉ。……まぁ、こんな面白れぇモンが見れるなら、休日返上で給料無しの残業なんてブラックな仕事も楽しめるがなぁ?」
唯一見える男の口元は、愉悦の形に歪んでいた。
***
***
「――――な、ンだよ、こりゃあ」
最初に状況を理解して呟いたのは――美琴でも、上条でも、ましてやレイシアでもなく、彼女達の敵であるはずの
「ははっ、なンだよこりゃ、オイ、オマエら分かってやってンのかァ!? コイツらは、この馬鹿は人形のオマエらをわざわざ助けてやろォってこの最強に喧嘩売りに来てンだぞ!? それを、オマエら、ギャハハ! クソ、面白すぎて笑いが止めらンねェ……実験に邪魔な『異物』だって排除しよォってのかよ!?」
彼にも、何を笑っているのかは分からない。助けに来た相手に今まさに殺されそうになっている滑稽なヒーロー気取りの馬鹿共か、差しのべられた手を弾くどころか砕き割ろうとしている無機質な人形か……あるいは、そんな悲劇を許容しているこの世界か。
哀れな騎士様達に最後の引導を渡そうと、
「こいつァ傑作だ! 助けに来たってのに、肝心のヒロイン様がヒーロー気取りの馬鹿どもを殺すって訳かよ!? 何だこれ! 何なンだこの世界ってのはよォ!? あはぎゃはは、これで分かったかピエロども。こいつらは、実験の為なら四肢だろォが臓物だろォが生命だろォが逡巡せずに投げ出せちまう、どォしよォもなく救いよォのないただのクローン人形なンだよ!!」
「――――そう思いたい、だけでしょう?」
その哄笑を断ち切るように。
一人の令嬢が、不敵な笑みを浮かべながらその言葉に切り返す。
彼女自身、実は美琴や上条ほど、
彼女も彼女で
レイシアが彼女たちを救いたいと思ったのは、
彼女たちの歪さは実験の中で『そうなるように』育てられてきたのが原因であって、その結果を以て『彼女達は実験で死ぬのを嫌がっていないのだから殺すのは悪いことではない』とするのはアンフェアだ――とレイシアは考えているのだ。
ただ逆に言えば、レイシアが上条や美琴への助力、自分に迫る危険の排除以外に
外部から見ても、原因は不明とはいえ彼女達の一人に一度は問答無用で昏倒させられたのだから、当然の反応ではあるだろう。
その彼女は今、静かに怒っていた。
彼女は、この場において
カンニングであっても、レイシアはそのことを知ってしまっている。
「おかしいとは思いませんの?
だから、結論ありきの名推理を行うことができる。
こんな胸糞悪い茶番なんて簡単にひっくり返せる。
「洗脳、でございます」
だからこそ、こんなにも怒りに震えている。
「この実験は、そもそも二万回の戦闘を重ねていくことで、電磁ネットワークによって二万回の成長を遂げた
「……そ、れがどォし、」
「…………御坂妹さんはこの実験中、あらゆるベクトルを反射する
人形扱いをするのは、ある意味では仕方ないとレイシアは思う。正常な倫理観としては完全に狂っているとはいえ、研究者達は悪意を持ってやっているわけではない。『クローンも人間も同じ生命だというなら、モルモットもクローンも同じ生命だろう、そっちは良いのか』――なんて反論されてしまったら、レイシアも反論に窮するところはある。上条あたりは、即座に反駁しそうだが。
だが、これは違う。都合が悪くなれば意図的に彼女達の意思を捻じ曲げ、自分達の思い通りに動かすやり方は――それはもう倫理観の狂った研究者どころの話ではない。ただの、悪党のやり口だ。
……そうだ。どんな理由があっても、人の心を自分の都合で捻じ曲げる行為は、その時点で邪悪と見做される。
「そして、洗脳するということは、そうしなくちゃいけない理由があるということですわよね?」
刺すように。穿つように。抉るように。
レイシアは、
「たとえば」
本当は、お前だって分かっているんだろう――とでも言いたげに。
「
決定的な一言を、言った。
「うるせェェェえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!」
雄叫びと同時に、暴風が吹き荒れた。いや、それは暴風なんかではなかった。癇癪みたいに
「そンなのオマエの妄想だろォが! 外から操られている? だったら話は簡単だろ、ソイツらには最初っから『自分』なンてなかったんだよ! 誰かに操られてるだけの、中身のねェ人形だったってことだろォが! そォに決まってんだろ――――――じゃねェと、」
「――だったら何で」
そこまで言ったところで、上条が口を開いた。
砂礫の爆発を止める為に展開されていた
「…………だったら何でアイツらの瞳から、涙が零れ落ちてんだよ!!」
「………あ?」
その指先。
未だに無表情な
それは、洗脳からくる多大なストレスを受けて単に体が拒絶反応を起こしているだけかもしれなかった。あるいは脳に対するハッキングに痛みが伴っていて、それで生体反応として涙を流しているだけかもしれなかった。
でも、彼にとってそれは、感情を封じられた彼女たちができる唯一の訴えに見えてしまった。
「…………………………は、」
瞬間。
「あはははははあはははぎゃはぎゃははははあはは!! あ――――はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!!!!!」
――――そして。
「…………ブッ殺す」
風が、光となって渦巻いた。
レイシアが一瞬早く
しかし、レイシアの盾ですら完全というわけではない。彼女の盾があらゆる物質を切断できるのは、あらゆる物質に勝る力があるからというわけではない。その
そしてつまり、マクロの世界では――
第一位の暴風に加え、そこに無尽蔵の銃弾を叩き込まれては、いつまでも防壁が持つわけがないだろう。
レイシアは、額に冷や汗をかきながら言う。
「わたくしと御坂さんは
「アンタも、この馬鹿と一緒に
そこで、美琴は立ち上がりながらそんなことを言った。
「しかし……、」
「いいから」
拘泥しようとするレイシアを断ち切るように、美琴は言う。
その表情は、宵闇で暗く隠されていたが――――
彼女の怒りの発露だろう、バヂッッッ!!! と弾けた紫電の光で、一瞬だけだが、その表情が映し出される。彼女の表情はまさに――――妹を守る『姉』のものだった。
「…………あれ?」
そこで、レイシアはふと気づく。
今まで、当たり前のように会話を続けていたが……それはよく考えてみればおかしい。そもそも、一万人の
しかし、そうはならなかった。まるで清流のような静寂の中で、今まで会話が繰り広げられていた。銃撃を一切しなかったのである。最強ゆえの傲りと少年ゆえの幼さを持つ
そう、おかしいということは、そこには特大の原因があるということだ。
たとえば。
レイシアの横で、静かに怒りに震えているとある少女、とか。
「あの子たちは、私に任せて」
端的に言って。
理屈は、レイシアにも分からない。ほとんどおとぎ話の中の光景だった。おそらく、
その中の、第三位。
そんな肩書を背負っている少女は、息ひとつ切らさずに言う。
「アンタも、そっちに行ってなさい」
御坂美琴は、常盤台の
だが。
それは、彼女の本来の力量を貶めることにはならない。
敗北しようが、その矛の輝きが鈍るわけではない。
学園都市の頂点に君臨する七人の一角。
最強の
あらゆる電子を、機械を、人間の文明の最先端を掌握する能力者。
その彼女にとって、一万などという数字は
「私も私で、いい加減自分の『妹達』を好き勝手されすぎて、頭に来てんのよね」
紫電を迸らせるただ一人の『姉』は、傍らで倒れている御坂妹を一瞥する。
「全部、私に任せときなさい。こんなくっだらない茶番、アンタのお姉ちゃんが欠片も残らずブッ壊してあげるから。………………こんなことでチャラになるなんて、微塵も思っちゃいないけど。……それでも、今度こそ。全員残らず――――私が救ってみせるから!!」