【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス)   作:家葉 テイク

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二〇話:人形の意思

「――――あー」

 

 その男は。

 暗闇でソファに腰掛けていたその男は、退屈そうにそう呟きを漏らした。あるいは、必要のない呟きを漏らすのも、退屈さを紛らわせるための何かなのかもしれない。

 顔の上半分を覆いかくすような機械製のゴーグルを装着したその男は、天井を見上げるような姿勢のまま、ぼんやりと遠くの世界を眺めたまま、こう言う。

 

「にしても、アレイスターの野郎も妙な指示を出してくるモンだよなぁ。あのガキ用の玩具に細工しろとかよぉ。……まぁ、こんな面白れぇモンが見れるなら、休日返上で給料無しの残業なんてブラックな仕事も楽しめるがなぁ?」

 

 唯一見える男の口元は、愉悦の形に歪んでいた。

 

***

 

第二章 失敗なんて気にしない Crazy_Princess.

 

二〇話:人形の意思 "Sisters".

 

***

 

「――――な、ンだよ、こりゃあ」

 

 最初に状況を理解して呟いたのは――美琴でも、上条でも、ましてやレイシアでもなく、彼女達の敵であるはずの一方通行(アクセラレータ)だった。

 

「ははっ、なンだよこりゃ、オイ、オマエら分かってやってンのかァ!? コイツらは、この馬鹿は人形のオマエらをわざわざ助けてやろォってこの最強に喧嘩売りに来てンだぞ!? それを、オマエら、ギャハハ! クソ、面白すぎて笑いが止めらンねェ……実験に邪魔な『異物』だって排除しよォってのかよ!?」

 

 一方通行(アクセラレータ)は笑っていた。

 彼にも、何を笑っているのかは分からない。助けに来た相手に今まさに殺されそうになっている滑稽なヒーロー気取りの馬鹿共か、差しのべられた手を弾くどころか砕き割ろうとしている無機質な人形か……あるいは、そんな悲劇を許容しているこの世界か。

 哀れな騎士様達に最後の引導を渡そうと、一方通行(アクセラレータ)は哄笑のままに続ける。

 

「こいつァ傑作だ! 助けに来たってのに、肝心のヒロイン様がヒーロー気取りの馬鹿どもを殺すって訳かよ!? 何だこれ! 何なンだこの世界ってのはよォ!? あはぎゃはは、これで分かったかピエロども。こいつらは、実験の為なら四肢だろォが臓物だろォが生命だろォが逡巡せずに投げ出せちまう、どォしよォもなく救いよォのないただのクローン人形なンだよ!!」

「――――そう思いたい、だけでしょう?」

 

 その哄笑を断ち切るように。

 一人の令嬢が、不敵な笑みを浮かべながらその言葉に切り返す。

 

 彼女自身、実は美琴や上条ほど、妹達(シスターズ)に対する思い入れは存在していない。

 彼女も彼女で妹達(シスターズ)を救いたいという思いはもちろんあるが、結局のところ妹達(シスターズ)は、人間としてみるならばとても歪な存在だ。感情らしい感情を見せず、自分のことを実験動物だと認め、そして死に対して抵抗しない。『人間としての』彼女たちを救いたいという気持ちは、レイシアには乏しかった。

 レイシアが彼女たちを救いたいと思ったのは、()()()()()()()()()()()()()彼女たちがそのまま殺されていくのは、あまりにもアンフェアだと思ったからだ。

 彼女たちの歪さは実験の中で『そうなるように』育てられてきたのが原因であって、その結果を以て『彼女達は実験で死ぬのを嫌がっていないのだから殺すのは悪いことではない』とするのはアンフェアだ――とレイシアは考えているのだ。

 

 ただ逆に言えば、レイシアが上条や美琴への助力、自分に迫る危険の排除以外に妹達(シスターズ)を救いたいと考えているのは、その程度の動機でしかなかった。この時点では。

 外部から見ても、原因は不明とはいえ彼女達の一人に一度は問答無用で昏倒させられたのだから、当然の反応ではあるだろう。

 

 その彼女は今、静かに怒っていた。

 彼女は、この場において()()()()()()()()人間だ。

 妹達(シスターズ)が生きる意味は確かに希薄で、御坂妹ですら上条や美琴に生きていてほしいと願われたから生きる意志を見せているにすぎない。だが、彼女達は本質的にとても優しい人間なのだ。仔猫を助け、上条や美琴をおちょくってみせて、誰かのことを思いやることのできる人間なのだ。少なくとも、助けに来た人達の手を払うどころか、鉛玉で返礼するようなことができる人間では、絶対にないのだ。

 カンニングであっても、レイシアはそのことを知ってしまっている。

 

「おかしいとは思いませんの? 妹達(シスターズ)の総意が、本心がこれ? なら此処にいる御坂妹さんは、一〇〇三二号は――何故このタイミングでこちらを攻撃してこないのです? いくらこの負傷であったとしても、御坂さんはともかくわたくしや上条さんのことくらい昏倒させられるはずではないですか?」

 

 だから、結論ありきの名推理を行うことができる。

 こんな胸糞悪い茶番なんて簡単にひっくり返せる。

 

「洗脳、でございます」

 

 だからこそ、こんなにも怒りに震えている。

 

「この実験は、そもそも二万回の戦闘を重ねていくことで、電磁ネットワークによって二万回の成長を遂げた妹達(シスターズ)を倒し、それによって一方通行(アクセラレータ)に経験値を蓄積させるというもの。……つまり、妹達(シスターズ)には脳を密に繋ぎ、時にその判断能力にまで干渉できるほどのネットワークがあるということになりますわ」

「……そ、れがどォし、」

「…………御坂妹さんはこの実験中、あらゆるベクトルを反射する一方通行(アクセラレータ)の傍にいました。そして今は、強力な電撃使い(エレクトロマスター)である御坂さんの傍に。 だから、ネットワークの同期から外れてしまっていて洗脳の影響を逃れたのです。……そう考えれば、今此処にいる御坂妹さんだけが妹達(シスターズ)全体の意思から外れて我々の味方をしている理由も説明ができるでしょう?」

 

 人形扱いをするのは、ある意味では仕方ないとレイシアは思う。正常な倫理観としては完全に狂っているとはいえ、研究者達は悪意を持ってやっているわけではない。『クローンも人間も同じ生命だというなら、モルモットもクローンも同じ生命だろう、そっちは良いのか』――なんて反論されてしまったら、レイシアも反論に窮するところはある。上条あたりは、即座に反駁しそうだが。

 だが、これは違う。都合が悪くなれば意図的に彼女達の意思を捻じ曲げ、自分達の思い通りに動かすやり方は――それはもう倫理観の狂った研究者どころの話ではない。ただの、悪党のやり口だ。

 

 ……そうだ。どんな理由があっても、人の心を自分の都合で捻じ曲げる行為は、その時点で邪悪と見做される。

 

「そして、洗脳するということは、そうしなくちゃいけない理由があるということですわよね?」

 

 刺すように。穿つように。抉るように。

 レイシアは、一方通行(アクセラレータ)の瞳を見据えて言う。

 

「たとえば」

 

 本当は、お前だって分かっているんだろう――とでも言いたげに。

 

妹達(シスターズ)が本当は、出来ることなら殺されずに生きていたいと、自分の生命にも価値があると思い始めている、とか」

 

 決定的な一言を、言った。

 

「うるせェェェえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!」

 

 雄叫びと同時に、暴風が吹き荒れた。いや、それは暴風なんかではなかった。癇癪みたいに一方通行(アクセラレータ)が地面を踏みしめた瞬間、そのベクトルが爆裂してさながら暴風のように石の礫を撒き散らしたのだ。

 

「そンなのオマエの妄想だろォが! 外から操られている? だったら話は簡単だろ、ソイツらには最初っから『自分』なンてなかったんだよ! 誰かに操られてるだけの、中身のねェ人形だったってことだろォが! そォに決まってんだろ――――――じゃねェと、」

「――だったら何で」

 

 そこまで言ったところで、上条が口を開いた。

 砂礫の爆発を止める為に展開されていた白黒鋸刃(ジャギドエッジ)の盾に触れ、粉々に砕き割った上条は、未だに怒り散らす一方通行(アクセラレータ)に向けて、妹達(シスターズ)の方を指差し、そして言う。

 

「…………だったら何でアイツらの瞳から、涙が零れ落ちてんだよ!!」

 

「………あ?」

 

 その指先。

 未だに無表情な妹達(シスターズ)は、全員が全員大粒の涙を零していた。

 

 それは、洗脳からくる多大なストレスを受けて単に体が拒絶反応を起こしているだけかもしれなかった。あるいは脳に対するハッキングに痛みが伴っていて、それで生体反応として涙を流しているだけかもしれなかった。

 でも、彼にとってそれは、感情を封じられた彼女たちができる唯一の訴えに見えてしまった。

 

「…………………………は、」

 

 瞬間。

 一方通行(アクセラレータ)の致命的な部分が、決壊した。

 

「あはははははあはははぎゃはぎゃははははあはは!! あ――――はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!!!!!」

 

 ――――そして。

 

「…………ブッ殺す」

 

 風が、光となって渦巻いた。

 レイシアが一瞬早く白黒鋸刃(ジャギドエッジ)を展開していなければ、全員がその暴風に吹き飛ばされて死んでいたことだろう。それほど圧倒的で暴力的な破壊の渦だった。

 しかし、レイシアの盾ですら完全というわけではない。彼女の盾があらゆる物質を切断できるのは、あらゆる物質に勝る力があるからというわけではない。その強力(マクロ)な力を、分子間結合というミクロの世界に直接叩き込むことができるからこその能力なのだ。

 そしてつまり、マクロの世界では――白黒鋸刃(ジャギドエッジ)の力は、何も最強ということにはならない。

 第一位の暴風に加え、そこに無尽蔵の銃弾を叩き込まれては、いつまでも防壁が持つわけがないだろう。

 レイシアは、額に冷や汗をかきながら言う。

 

「わたくしと御坂さんは妹達(シスターズ)の洗脳を解く方法を探ります! 上条さんはその間なんとか――」

「アンタも、この馬鹿と一緒に一方通行(アクセラレータ)の方に行ってなさい。こっちは、私一人で十分だから」

 

 そこで、美琴は立ち上がりながらそんなことを言った。

 

「しかし……、」

「いいから」

 

 拘泥しようとするレイシアを断ち切るように、美琴は言う。

 その表情は、宵闇で暗く隠されていたが――――

 

 彼女の怒りの発露だろう、バヂッッッ!!! と弾けた紫電の光で、一瞬だけだが、その表情が映し出される。彼女の表情はまさに――――妹を守る『姉』のものだった。

 

「…………あれ?」

 

 そこで、レイシアはふと気づく。

 今まで、当たり前のように会話を続けていたが……それはよく考えてみればおかしい。そもそも、一万人の妹達(シスターズ)が今まさにお前を殺しますと言わんばかりに襲撃をかけてきていたのだ。嵐のような銃撃音が響いて会話が成立しないのが当然の流れのはずである。

 しかし、そうはならなかった。まるで清流のような静寂の中で、今まで会話が繰り広げられていた。銃撃を一切しなかったのである。最強ゆえの傲りと少年ゆえの幼さを持つ一方通行(アクセラレータ)ならともかく、学園都市の暗部に操られている妹達(シスターズ)がそうなるのはおかしな話だった。

 そう、おかしいということは、そこには特大の原因があるということだ。

 

 たとえば。

 

 レイシアの横で、静かに怒りに震えているとある少女、とか。

 

「あの子たちは、私に任せて」

 

 

 端的に言って。

 妹達(シスターズ)の持つ銃器は、全てが全て機能停止に陥っていた。

 理屈は、レイシアにも分からない。ほとんどおとぎ話の中の光景だった。おそらく、妹達(シスターズ)の所持している銃器の中の鉄製部品を磁力で操作し、捻じ曲げたのだろうが――一つならばともかく、それを、一万個近く、銃撃されながら行う……そんな芸当を、この少女はやってのけたのだ。

 超能力者(レベル5)は、一個師団の軍隊と戦うことができる、と認定されれば付与される称号だ。

 その中の、第三位。

 そんな肩書を背負っている少女は、息ひとつ切らさずに言う。

 

「アンタも、そっちに行ってなさい」

 

 御坂美琴は、常盤台の超電磁砲(レールガン)は、確かに第一位の一方通行(アクセラレータ)に比べれば、比較にならないくらい弱いだろう。無力もいいところだろう。

 だが。

 それは、彼女の本来の力量を貶めることにはならない。

 敗北しようが、その矛の輝きが鈍るわけではない。

 学園都市の頂点に君臨する七人の一角。

 最強の電撃使い(エレクトロマスター)

 あらゆる電子を、機械を、人間の文明の最先端を掌握する能力者。

 その彼女にとって、一万などという数字は()()()()()()()

 

「私も私で、いい加減自分の『妹達』を好き勝手されすぎて、頭に来てんのよね」

 

 紫電を迸らせるただ一人の『姉』は、傍らで倒れている御坂妹を一瞥する。

 

「全部、私に任せときなさい。こんなくっだらない茶番、アンタのお姉ちゃんが欠片も残らずブッ壊してあげるから。………………こんなことでチャラになるなんて、微塵も思っちゃいないけど。……それでも、今度こそ。全員残らず――――私が救ってみせるから!!」


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