【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス) 作:家葉 テイク
力を借りる――といっても、俺に彼女たちを矢面に立たせるつもりは毛頭ない。
というか、そんな状況になったら俺は多分気が気じゃなくて自分のこともおぼつかなくなると思う。それじゃ却って逆効果だ。なので、彼女たちに任せたいのはそうした戦闘方面ではなく、単純に人手が必要な調査方面だった。
そして―――その方面だけに限ったとしても、十分俺の力になるってことは、俺自身が一番よく分かっている。彼女達の力は、万一の時の自衛に使ってもらおう。
「――という方向で、刺鹿さん達はそちらに。苑内さん達は刺鹿さん達のバックアップと、もしもの時にわたくしのサポートをお願いしますわ」
指示を出し終えた俺は、そのまま病室を出た。
すでに常盤台中学の制服に着替えてあるし、退院手続きは終わらせてあるので、俺は自由だ。
ついでに派閥の面々といつでも連絡をとれるよう、俺はバイザー型のカメラをスマートフォンに接続している。こうすることで、通話先の相手に自分の映像を見せることができるのだ。ああ素晴らしきかな、学園都市のハイテク技術と派閥のコネ。ものの数分でこんなのが手元に揃うなんて。
ちなみに、派閥の面々に任せたのは、主に美琴の動向の確認とその周辺の出来事の調査。あとはまぁ……いろいろだ。
……今日あたり
記憶が曖昧だから(そもそも小説で何度も言われまくってたならともかく、何日にどの事件があったとかそんな考察じみたこと覚えてるはずもない)まだ事件は先の話なのかもしれないし、最悪もうすでに終わっているかもしれない。
……どちらの場合にしても、今後のための情報収集は必須のはずだ。もちろん、今日が当日だった場合でも。
***
***
「……お願いですから、間に合ってくださいまし……!」
そして俺は、『今日が本当に
美琴は誰にも居場所を告げずに動いていたらしいが、監視カメラにその姿が記録されていたらしく、そのあとを追うことができた。美琴は憔悴しきっていたが特に外傷は見当たらず、健康状態に重度の問題はないそうだ。
つまりこの時点で、『既にイレギュラーな状態で事件が起こり、美琴が死亡した』という考えうる限り最悪の可能性のうちの一つは消えたということになる。……ひとまず安心だ。
…………本来の美琴であれば、隠れて行動するつもりなら監視カメラなんて簡単に偽装できそうなもんだと思うのだが、それをするほどの余裕がなかったということなのだろう。そう考えると、やっぱり今日が
現在時刻は……七時半。実験が何時から始まるのかは知らないが、もうそろそろ始まっていてもおかしくない時間だ。
確か、小説だと美琴は鉄橋の上で上条とぶつかったあと、操車場に行ったんだったっけ……? と思いつつ、派閥のメンバーの指示通りに動いてみているが……。
「…………これは」
メンバーの指示通りに動いた結果、俺の目の前には、おそらく美琴と上条の戦闘があったであろう大規模放電の傷跡が広がっていた。
電熱で焼けた土や空気の匂いが、あたりに立ち込めていることから――おそらく、まだそんなに遠くには行っていないはず。
しかし、そこは小説で美琴と上条が衝突した鉄橋ではなく――――何の変哲もない河原だった。
……小説にはいなかった『何者か』が事件に関与していたのだし、ひょっとすると実験の場所も変わっているのかもしれない。まずいな……なんだかんだ言って知っている知識の通りに動けば間に合うと心のどこかで高をくくっていたが、これは派閥のメンバーの指示がないとどうにもならんぞ……!
「刺鹿さん! この先は!?」
『す、すみません……そこで強力な電磁波の放出があったようで、監視カメラの類は全部馬鹿になっちまいやがっているようです!』
「く、流石に御坂さん、一筋縄ではいきませんか……!」
やばい、となると……どうする!? この先、美琴の行く先に心当たりなんかないぞ!? どうすれば……。
『そうだ、レイシアさん!
……!
そうか!
そして、上空から町中を見渡せば米粒くらいの大きさであっても美琴の姿を確認することは可能。あとはそれを派閥のメンバーに解析してもらえば、美琴の居場所を確認することができる!
そうと決まれば……!
ズッ!! と、俺が念じた瞬間、足元から『道幅』五メートルほどの透明な空中回廊が展開される。透明だが……当然、展開している俺はどこに道があるのかはっきりとわかる。緩やかな階段状に展開したそれの上を一気に駆け上がると、俺はその頂上から街を一望する。
……どうでもいいけど、高いなここ。道幅は広めに設定しているから落ちる心配こそないけど……ここはもう高度一〇〇メートルくらいはありそうだし、普通に風が強くてあんまり目も開けていられない……。派閥のメンバーの協力がなかったらここまで登れても何もわかんないな……。
「刺鹿さん、どうですの!?」
『ちょっと待ちやがってください……え、桐生さん見つけやがったんですか!? ええ、はい……レイシアさん、確認できました! レイシアさんが今向いている方角から、一一時の方角です! 見えやがりますか!?』
「バイザーの隙間風がきついですが……な、なんとか」
ええと……あ、いた! 美琴だ! めちゃくちゃ走ってる! くそ……レイシアちゃんの身体で走ると胸が痛くて微妙に走りきれないんだよな。……今から降りて走っても、多分追いつかないぞ……あの速さ!
でも、ここから新たに
「……こうなれば」
静かに決意した俺は、意を決して上空一〇〇メートルからの跳躍を敢行した。
『レイシアさん!? 何をっっ!?!?』
「そして同時に――
思わず恐怖で目をつぶりそうになるが、そんなことしたら死、あるのみだ。
落ちながら自分の真下に
『っ!! レイシアさん! 御坂さんが貴女の接近に気付きやがったみたいですよ!』
「ありがとうございます。無用な衝突は防がないといけませんわね……御坂さん、わたくしですわ! レイシア=ブラックガードですわ!」
俺がそう言うと、今にも電撃を放ちそうなくらいに警戒しきっていた美琴はハッとした表情で少しだけ警戒を緩め、そしてその間に俺は着地を成功させた。
……ちょっとよろめきかけたが、そこは瀟洒な令嬢であるレイシアちゃんの誇りにかけて踏みとどまった。
「……レイシアさん、どうしてここに? 倒れたはずじゃ……」
「それはわたくしのセリフですわ、御坂さん」
「…………、」
そう切り返すと、美琴はとても苦しそうに目を伏せた。……なんで美琴がそこでそんなリアクション? 美琴の視点からだと、精々知れたとしても俺が電撃を浴びて昏倒したってことくらいだよな……。派閥の面々も美琴の顔をした人間にやられたと言った時は驚いている様子だったことから、下手人の正体は未だに掴めていないんだろうし。
…………もしかして、美琴は俺を襲ったのが
「……御坂さん、わたくし、
「!! な、なんで私じゃないって……」
「…………わたくしを舐めないでくださいまし。仮にも
俺はそう前置きしておいて、
「その上で……御坂さん、アナタ何に巻き込まれていますの?」
「……」
御坂は数秒ほど俺の目を見てじっくりと考えていたようだが、やがてふっと表情を緩めると、こう言った。
「その前にアンタの取り巻き達はここで退場してもらうわよ」
何か言う間もなかった。
バヂッ!! と紫電が迸ったかと思うと、通信でも妨害されたのか、それまで通話していた夢月さんの通話が途切れた。
美琴はばつが悪そうにしながら、
「……悪く思わないでよね。これは、私の問題。……既に巻き込まれているアンタだから話すんだから」
……まぁ、妥当か。
仕方がない。今は…………受け入れよう。
「承知しました。ではお聞かせください、この数日、アナタに何があったのか」
***
……そうして、美琴から話を聞き終えた。
ここまでの状況は、途中までは原作と大差なかった。しかし、最後の最後で大きな変化点が生まれている。それは――『
本来
考えてみれば、俺は
そうなると、あの一戦で墜ちているはずの
……その事実を聞いた時は、さしもの俺も肝を冷やしたが――しかし、状況は幸いにも大きな乖離には至らなかったらしい。
というのも――
たとえば――スタンドアロンネットワークというものがある。
原始的なネットワークで、まだパソコン同士の通信もできなかった黎明期の頃、人の手でデータを持ち運びするしかなかった頃に使われていた形式である。
だが、原始的ゆえにハッキングなどの技術が差し挟む余地がなくなっている為、今も重要な機密情報はこのやり方でやりとりされている。
まぁ――それは完璧に余談だが。
「…………とにかく、実験は止まらなかった。だから、私自身があえてあっさりと
「……ツンツン頭の少年に止められた、と」
「…………あの馬鹿は…………そのまま行っちゃって……」
「…………なるほど、それで御坂さんはその殿方を追っていたというわけですわね」
幸いなことに、現状の流れは俺の知っているものとほぼ変わらない形に落ち着いたらしい。
…………いや、幸い……なのか? だって、
……ええい! 今は一刻を争う! 考えてる時間はない!
「了解しましたわ。では、現場に向かうとしましょう。位置は把握しておりますの?」
「…………は? アンタ、何言ってんの?」
「……? ですから、これから実験を止めるのでしょう? ならばわたくしも同行しますわ」
「いやだから!」
美琴は意味不明とばかりに首を振って、
「さっきも言ったように、アイツの作戦は、何の能力もない
「……あぁ、そういえばそんな話も……」
あったな。そういえば、それが上条の理屈だったか……。
「…………相変わらず。あの方らしい、自分ばかりに負荷の矛先を持って行く浅知恵ですわね」
俺は呆れて呟く。
そんなことは先刻承知済みだ。だから、俺も一応理論武装は済ませてある。これが本当に小説で起きた筋書通りの展開だったなら、俺が事件に介入するのはむしろ邪魔でしかないだろう。
だが、実際にこの事件の顛末を『読んだ』俺は知っている。
……しかし、そうなると
さて、ここで問題。
ここに今いる俺は、数日前、誰に手も足も出ず敗北したでしょう?
「その理屈で言うなら、御坂さん。アナタのクローンに完膚なきまでに敗北したわたくしは、
「…………!」
「それに――そもそも、彼の言い分が一〇〇%何もかも正しい黄金比率を保っているというわけではありませんわ」
そして、俺はさらに言ってやる。
上条当麻一人の力で
その為に、
…………よくもまぁ、そんな都合の良い台詞を捻り出せたものだ、と思う。
小説を読んでいたときは、俺もその理屈で納得していた。だが、実際にこの世界で生活し、上条当麻という人間と肌で接し、彼という人間の良い面と悪い面を見て来た俺には分かる。
それは、詭弁だ。
そもそも、
これが意味しているのは、どういうことか。
「
そして、そんな詭弁を弄した理由は――おそらく、ヤツが自分一人で問題の解決に当たりたい
「それじゃ……」
「ええ。別に実験を潰すのに彼一人が矢面に立つ必要はございません。我々にも、できることはあるはずです」
つまり、正史の流れと違って、美琴や俺の介入は許される、ということになる。
もちろん積極的介入じゃあないが、小説における御坂妹の役割くらいは、十二分にこなせる立ち位置だ。…………ただでさえイレギュラーがある状況だからな。バックアップの手は多いに越したことはないだろう。
「理屈は、お分かりになりましたか?」
「アンタ…………一体……いや。そう、ね。……一七学区の操車場。そこで、実験が始まるはずよ」
「では向かいましょう! 時間がありませんわ――わたくしの能力で、近道をしていきます!」
そう言って、俺は
さぁて――――俺も、腹をくくるか……!