【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス)   作:家葉 テイク

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一六話:マリオネット・レイダー

「申し訳ありません、少々野暮用があって遅れてしまいましたわ」

 

 と、俺はそんなことを言って常盤台中学の一角にある研究室を訪れていた。

 ――『GMDW』の面々と和解した、その次の日。

 和解したということはみんなはレイシアちゃんの保有する施設を好きに使っても良いということであり、つまり『GMDW』の集合場所も中庭ではなく元々の研究室に戻っていたのだった。

 ちなみに、集合時間についてはあんまり具体的に決まっていないのだが、基本的に三時くらいまでには来るように、という目安は存在する。いわゆる不文律というヤツだ。そこらへんなぁなぁでやっておきながら、実は厳密な規律であるという感じは、なんとなくお嬢様社会らしいなと思う。

 

「具体的な時間が決まってるわけでもねーんで別に構いやしませんが。……何かあったんですか?」

 

 研究室で俺に代わって人員の監督をしていた夢月さんが、俺の方へやって来る。

 もう、『GMDW』はいちいち俺の許可をとらないと関連施設を使えないなんてことはない。一応元鞘って感じに落ち着いた今回の件だけど、だからって歪んだ体制を改善しない理由にはならないからな。

 責任者、組織のトップは俺――というかレイシアちゃんのままだけど、権利関係についてはワンマン管理じゃなくて夢月さんと燐火さんにも一部委託する形になっている。……と言っても、二人とも三年だから、俺の後釜も含めて後継者についてはこれから決めていかなくちゃいけないんだけども。これについても、研究の合間に一緒に話し合うことになっている。和解した後も、やることは山積みだ。

 ……それに、それ以外にも気がかりはあるしな。

 

「いえ、大したことはないのです。ただ、ノートを切らしてしまっていまして。新しく買いに行っていたら予想以上に時間をとってしまったのですわ」

「……レイシアさん、一か月前も買っていやがりませんでしたっけ?」

「確かに買ってましたが…………なぜご存じなんですか?」

「いやほら、あの時は色々警戒してたもんで……監視とかしてたりしてなかったり……」

「ああ、なるほど」

「……そ、それはともかくっ! レイシアさんってばタブレット派じゃなかったでしたっけ?」

「たまにはアナログというのも、なかなか便利なんですのよ」

 

 怪訝そうな顔をする夢月さんをよそに、遅れて入室してきた俺に一斉に視線を集める『GMDW』の面々に向けて言う。

 

「さあ、きりきり進めていきますわよ! 夏休みもそろそろ後半戦、『学究会』に向けて我々に相応しい完成度の『自由研究』を、完成させてみせましょう!」

 

 その号令に、『GMDW』の面々は一斉に返事を返してくれる。

 ただ、そこにあるのは俺への服従なんかじゃない。

 共に同じ目標に邁進する、仲間の連帯感があった。

 

***

 

第二章 失敗なんて気にしない Crazy_Princess.

一六話:マリオネット・レイダー Terrible_Hacking.

 

***

 

 根本的に、学園都市の学生――の中でも高位能力者――は科学者としての側面を持っている。能力の関係上先進技術まで学んでいるケースが多いのだ。美琴なんかは多分学園都市で一番すぐれた電磁気学の学者でもあるだろう。

 かく言う俺も、レイシアちゃんの知識のお蔭で分子間運動力に関しては多分世界で五本の指に入る知識の持ち主だったりする。まぁ、そのくらいでないと能力者なんてものはやってられないんだけれども。

 ただ、困ったことに研究の世界というのは知識をいくら詰め込んでもそれで最高の科学者になれるわけじゃない。

 このあたりは、乱暴に言えば美術や文学の世界と同じかもしれない。美術の技術や文学の技術といった知識があればそれだけ有利になるが、必ずしも最高峰のそれを持っていなくても成功するヤツは成功するし、最終的に一番重要なのはインスピレーション、ということだ。

 

 で、具体的に研究って何してんの? という話だが。

 

「――ふぅ。計測結果はどうでしたの?」

「はい。能力発動時に、余波のような電磁場の乱れが確認できやがりましたね」

「なるほど。これで()()()()()()()()()()()()()()も随分と現実味を帯びてきましたわね」

 

 俺達が研究しているのは、現時点では能力を使わないと、大掛かりな装置を使ってミクロな領域にしか発揮できない『分子間運動力に干渉する技術』を、マクロな領域に拡大する技術の研究だ。

 その為に派閥メンバーの能力を計測し、その『余波』を調べて行くことで『外枠から本丸の能力現象を再現する足掛かりを掴む』という研究をしているわけなのである。

 …………要するに、派閥メンバーの能力を科学で再現する研究、ということだ。

 特に俺の白黒鋸刃(ジャギドエッジ)は現時点では地球上の殆どの物質を切断することができる最強の刃なわけで、これを再現できたなら、人類の科学技術は一気にブレイクスルーを迎えるはずだ――ということで、『GMDW』の目玉研究みたいな立ち位置にある。

 ………………こういう能力の有用さも、派閥のイニシアチブを握る上でレイシアちゃんの助けになってたんだろうなぁ。本当、あの子の一番不幸な部分は、野心や傲慢さに見合うだけの有能さを備えてた部分だったんだろうなぁとと今にして痛感する。

 

「しかし、流石に八月下旬までになんとかという感じですわねっ……」

 

 資料を見ながら、燐火さんが焦燥の色を見せる。八月下旬に何があるか――というと、学園都市研究発表会、通称『学究会』である。学園都市の成績優秀者が参加して、毎年この時期に研究成果を発表するイベントなのだが――――本来、俺達、もといレイシアちゃん達もここに参加する予定で進めていたらしいのだ。

 ところが一か月前の件があったので研究も止まっており、その遅れを巻き返す為に今こうして急ピッチで作業を進めているのだった。本来だったら俺も朝から夜まで研究室に詰めてなくちゃいけないのだが、まぁ一日とはいえ欠かすわけにもいかないしなぁ。

 

「とはいえ、概ね必要なデータは揃っています。あとはここから理論を組み立てていくだけですわ。…………これなら、あとは人海戦術でデータを掻き集めれば何とかなるでしょう」

「一時はどーなりやがることかと思っていましたが、意外となんとかなりやがるモンですわね……」

「納期に余裕がないと、生きた心地はしませんけどねっ」

 

 とりあえずの目途が立ったからか、研究室の中は気持ち和やかなムードが出来ている。

 

「安心するのは、まだ早いですわよ」

 

 そこで、俺はメンバーの気を引き締める為に一声かける。

 いや、安心してもらうのはいいんだが、まだ予断を許さない状況だしな。それに――

 

「今年の学究会は、有冨春樹が何やら躍起になって動いているそうですし、栄えある常盤台の生徒として、恥ずかしくない成果に仕上げなくては」

 

 という、面子の事情もある。…………いや、俺としては面子とかどうでもいいんだけどね? それでも学校内での風聞というのはやっぱり付きまとってくるもので、有体に言って、半端なモンを出したら『GMDW』のメンバー全員が馬鹿にされることになる。

 これは悪いことというわけではなくて、そのくらい俺達が周りから高く評価されてるということだ。『え~、あの人達凄い優秀だと思って実力を買ってたのに、仲間割れした挙句この程度の研究成果しか出せなかったの?』なーんて、みんなの努力を知らない外野から好き勝手言われるのは、やっぱり癪じゃないか。

 そうならない為には、やっぱり頑張って相応の成果を出すしかないのである。俺もそのために超努力していくつもりだ。

 

「レイシアさん、そう肩の力を入れていても仕方がねーですわよ」

 

 と、鼻息荒く研究資料を集めて今後のスケジュールやらなんやらを見つつデータを纏めていると、ぽん、と肩に手を置かれた。夢月さんだ。

 

「……夢月さん?」

「そう焦りやがらなくても、確かに余裕はねーですが、それでも十分な作業ペースは確保できていますよ。それこそ、ここからレイシアさんが急病で倒れてもしっかり纏められるくらいには。あまり根を詰め過ぎても、レイシアさんはただでさえ病み上がりなんですから、よくねーです。ちょっと一息入れやがってはどーです?」

「病み上がりと言っても、入院したのはもう一か月も前の話ですが…………」

「そ、れ、で、も、です!! っつーか、レイシアさんのメンタルに関しちゃ、私から言わせてもらえば未だに不安アリなんですからね! 勝手に吹っ切って成長した感じになりやがってますけど、こちらの方で安定していると確認がとれるまであまり無茶はやめやがってください!」

「…………りょ、了解しましたわ…………」

 

 そう言われると、なんとも逆らい難い。実際には中身が変わってるのでメンタル的には大丈夫といえば大丈夫なんだけれども、そういえば(自殺を含めた)事情を知らない人達からすれば、俺って『美琴にこてんぱんにされたのちに入院し、その後なんか良く分からないけど派閥のメンバーにかなりの負い目を感じている』って感じに見えているわけで、そりゃメンタル不安定の烙印を捺されるわな…………。

 …………あと、こうやって夢月さんが物おじせず俺に意見を言ってくれるというのが、なんか地味に嬉しい。なので、ここはあえて夢月さんの意見に従おうと思う。

 

「それではお言葉に甘えて。ちょっと気分転換に外の空気を吸って来ますわ」

 

 そう言って、俺は一旦席を立った。

 

 

 思えば、この時の選択で――それからの俺の未来は、決定したのかもしれない。

 

***

 

「ふぅ……」

 

 研究室からコーヒー入りの紙コップを持ち出して、俺は研究室を出ていた。

 季節は流石に夏真っ盛りと言うべきか、クーラーのきいた研究室と違って蒸し蒸しした暑さを感じるが、不思議とそれ以上に解放感も感じた。多分、自分でも気付いていないうちに大分根を詰め過ぎていたのだろう。

 それを自覚して、改めて思う。俺は万能なんかじゃない、と。

 一応前世では社会人をしていたし、嫌なことがあっても子供のすることだからと流すことはできる。広い視野ってヤツで物事を考えることも、まぁ出来ると思う。これで学生時代の俺がレイシアちゃんに憑依してたら、多分レイシアちゃんに感情移入しまくって派閥のメンバーを悪と断じていただろうし。

 ただ、それで俺がなんでもお見通しの凄いヤツということにはならない。

 っていうか、もしそうなら今頃俺はもうちょっとスマートに派閥の問題も解決できてたろうし、上条のこともきちんと救うことができただろう。

 

 俺自身は、本当にちっぽけな存在なんだ。

 今は派閥も上手く回ってくれてるが、それは俺がちっぽけな存在なりに、自分のできる範囲で頑張っていたからで、あんまり無理したら、今度は俺が倒れるハメになるんだよな。

 自分の限界値をきちんと見定めないと、それであっさり倒れちゃったらしょうがないもんなぁ。

 

 そう、俺は自戒する。今度からは夢月さんに言われる前に自分で気付けるようにしよう。

 

「んっ……」

 

 そう考え、コーヒーを飲む。暑い中で冷たいコーヒーは、まさしく清涼剤だった。実はコーヒーって苦いからあんまり好きじゃなかったんだが、レイシアちゃんの舌的にはOKなのかな?

 

「さて……」

 

 そうして紙コップを空にした俺は、さあ研究室に戻ろう、と踵を返して、

 

「あら? 御坂さん」

 

 目の前に、美琴の存在をとらえた。

 そういえば今日は朝から見かけなかったけど、帰って来たんだろうか?

 

「ごきげんよう、このあたりに来るなんて珍しいですわね」

「――――Insert/あぁ~面倒臭せえなこの仕様」

「!?」

 

 その声を聞いた瞬間、俺の中のスイッチが入る。

 これは――この感じは、美琴じゃない……!? …………ハッ、そうか、コイツもしかして妹達(シスターズ)……いやでも、こんなイレギュラーな口調どうして……? …………って、考えてる場合じゃねえ!!

 

「くッ、アナタ何者で、」

「Insert/だからまぁ、大人しく寝といてくれや」

 

 白黒鋸刃(ジャギドエッジ)を展開した、その次の瞬間。

 あらゆる分子を分断する鉄壁の盾――――その数少ない天敵である『電子』の波を浴びせられた俺の意識は、あっけなく断絶した。


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