【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス)   作:家葉 テイク

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二話:正念場はいつごろ?

 方針を決定した俺は、ひたすら日記を読みこんだ。

 

 レイシアちゃんの日記には他にも、自分の派閥のメンバーのことや自分に刃向かう人間のことが事細かに記述されていたからだ。

 どうやら、彼女はかなり几帳面な性格だったらしい。

 この日記を熟読すれば、彼女の人間関係についてはきっちり把握できそうだ。

 …………思春期の少女の日記をガッツリ読み漁るという行為に罪悪感をおぼえないわけじゃないが、だからといって遠慮して放置していれば、人間関係を覚えていないから俺の立場が確実に悪くなるし、それは巡り巡ってレイシアちゃんにとって悪影響を及ぼすことになる。

 これに見合う成果を提示して、『その時』が来たら、レイシアちゃんに謝れば良いのだ。今は、そう思うことにする。

 

 で、熟読して読破したころには既に夕方になっていた。

 常盤台中学の食事は、普通に食堂で行われている(日記情報)。よって、食事をする為には食堂に行かねばならない…………のだが。

 ……生徒が一堂に会する場所に行くわけだ。

 当然、レイシアちゃんに悪感情を持つ者も大勢いるはず。

 食堂に行ってからが、俺にとっての正念場になりそうだ。

 

 そう考え、俺はドアノブを捻って部屋の外へと出る。と――、

 

「あ」

「おや」

 

 …………あ゛。

 

 …………俺が部屋から出たのとほぼ同時に、二人の少女も部屋から出たらしかった。

 御坂美琴と、白井黒子。

 

 ………………食堂に行ってからが正念場なんて、嘘っぱちだよ。

 

***

 

序章 肝心なのはアフターケア For_starters...

 

二話:正念場はいつごろ? First_Impression.

 

***

 

 いやいやいやいや。

 確かに美琴が隣室だってのは聞いてたよ? でもまさか鉢合わせするとは思わないじゃん。もうちょっと後になってから接触しようとは思ってたけど!

 さて目もバッチリ合っちゃってるしどう挨拶しようか――などと思っていると、美琴の方から先手を打ってきた。

 

「あ、アンタ……もう大丈夫なの?」

「…………、」

 

 大丈夫なの? …………ああ、入水自殺未遂のことか。美琴にも詳細は伝わってるのかな。…………伝わるか?

 普通、こういうのって学校側には伝わるかもしれないが、生徒には伝わらないものじゃないか? とすると、多分俺が入院した、ってことなんだろうけど……。

 

「何ぼさっとしてんのよ。……ああ、もしかしてアンタ聞いてなかったのかしら? 私が川に飛び込んだアンタを引っ張り上げたの」

 

 …………美琴さんが引っ張り上げたんスか…………。

 

「…………その、私は、あのことを謝らないわ。私が間違ったことを言ったとは思ってない。…………でも、アンタが死のうとするほど苦しんでたっていうんなら……私は、そのことに全く気付けなかった。それどころか、アンタに立ち向かうつもりで、最悪なところまで追い詰めてしまった。そのことは……ごめんなさい」

 

 美琴は、勝手にそう言って頭を下げた。

 …………話の筋が分からないぞ? ええと、この美琴の口振りから察するに、やっぱりレイシアちゃんが自殺を決意したのは美琴とのいざこざが原因で、それを助けたのも美琴、ってことか?

 で、美琴はレイシアちゃんに自殺を決意させた一件での自分の行動を悪いと思っていないが、それはそれとしてレイシアちゃんへのフォローが不十分だったことは悪いと思っている、と…………。

 ………………いやいや。そこ、美琴はちっとも悪くないでしょ。

 だって美琴の立場でレイシアちゃんがどこまで追い詰められてたかなんてのは察しようもないんだし。横暴を止めたら自殺しましたなんて展開を想像できるはずがない。まして、美琴だって一四歳の子どもなんだから。

 できた子っていうか、できすぎた子だ。プライドの高いレイシアちゃん的には、そこが苦しかったんだろうなぁ……。そこらへんは俺も分かるよ。俺も器の小さな人間だから。

 でも、ここでプライドを刺激されて、せっかく差し伸べてくれた手を弾いていたら、何も始まらないんだよ。

 

 あと、さっきから黙ってこちらを見ている黒子の視線が痛い。

『お姉様もこんなクズ放っておけばいいのに』って感じの冷たい視線…………いや違うな。『アナタはお姉様にここまでさせておいて、それでも拒絶するつもりですの?』って感じの、こっちを試すような雰囲気を感じる。

 俺は黒子の方に軽く目礼して、

 

「顔を上げてくださいまし、御坂さん」

 

 そう言って、彼女の肩に手を置いた。

 美琴は、言われた通り顔を上げている。その表情は、やっぱり罪悪感に塗れていた。

 …………本来罪悪感をおぼえるのは俺の方なんだけどなぁ。

 それはさておき、俺はこの場で一番良い未来を掴みとる為に口を動かす。

 

「…………アナタがわたくしを助けてくれたことは、なんとなく知っていました。夢うつつの中で、わたくしを引っ張り上げてくれた誰かがいた気がしたから…………」

 

 というのは嘘だが、そういうことにしておけば更生に繋がる理由づけにもなるはずだ。

 …………レイシアちゃんの感情を捏造することになってしまうが、許してほしい。これっきりにするから。

 

「それで、わたくしの愚かさに気付きました。わたくしが、どれほど手前勝手に生きていたのか。それで、どれほどの人を傷つけたのか……、後悔しても、もう遅いかもしれませんが……、」

「そんなことないっ!!」

 

 ――それでも、これから出来る限りの償いをしていく。と続けようとしたら、美琴がフライングで俺の手をがっちりと掴んでいた。

 その瞳は、なんか決意の炎に燃えていた。

 

「遅いなんてことない。アンタが変わろうと決めたんなら、結果も絶対についてくるわ。私だって手伝う。黒子だって、手伝ってくれるわよ!」

「ちょ!? お姉様、わたくしはこんな女の為に一肌脱ぐなど…………」

 

 言いながらも、黒子は別に満更でもないって感じだった。

 しかし、妙に美琴が協力的すぎる気がする。いや、お人好しだってのは知ってるけど。

 あー…………ひょっとして、アレか? 俺があの日記を読んで思ったことを、美琴も考えてたとか? それも、『当事者だったのに気付けなかった』みたいな自責の念もセットにして。

 うわあ、難儀な性格だな、美琴…………。もうちょっと肩の力を抜いて生きてもいいのに。

 

「…………ありがとう、ございます」

 

 ただ、そんな内心は隠して、俺はそう言って(こうべ)を深く垂れた。

 それから顔を上げて、美琴の目を見て言う。

 レイシアちゃんは今表に出て来れないから、代わりに俺が、けじめをつける。

 

「ですが、これはわたくしが撒いた種。どれほど辛い道のりになろうとも、わたくしの手で償いをしたいのですわ」

「…………、」

「ほう」

 

 黒子が、意外そうに声を上げた。

 …………いや、手伝ってくれるのは嬉しいんだけどね。美琴みたいに優しい人たちだけじゃないからね、世の中。そんな中、美琴のようなお人好しを味方につけてこれまでの清算をしようとしても…………後ろにヤクザをつけて謝って回ってるみたいな感じになるじゃん? それで誠意が伝わるわけないじゃん?

 というわりと実利的な話なのだ。

 やんわりと美琴の申し出を断った俺は、改めて頭を下げる。

 

「それと、御坂さん、白井さん。これまでずっと、ご迷惑をおかけして…………本当に、申し訳ありませんでした」

「そんなの、もう気にしてないわ。何か困ったことがあったら、遠慮なく言って。私も、力になるから」

「アナタが反省しているのなら、わたくしはもう何も言いませんわ。その気持ちを大事になさってください」

 

 そう言って、二人は食堂の方へ歩いて行く。

 二人とのファーストコンタクトは、まずまずって感じだ。さて、後は派閥のメンバーだが…………。

 

***

 

 俺が食堂に入ると、一気に空気が変わったのを感じた。

 それまでお嬢様らしく談笑したりしながら優雅に食事をとっていたのが、さあっと静寂に支配されたのだ。……勘弁してくれ、結局食堂に来るまでに結構迷って疲れてるんだから…………。

 …………とはいえ、仕方がないかなと思う気持ちもある。

 詳細は分からないが、自殺を決意するほどプライドが傷ついたのだ。美琴にやられただけでなく、それを色んな生徒に見られた的な事情があるはずだ。

 既に、レイシアちゃんの敗北は常盤台中に知られているはず。

 言うなれば、俺の登場は敗将の出現ってわけだ。みんなどう動くか気になるはずだよな。

 と…………、

 俺は、独りでテーブルに座って食事を開始した。

 情けない話だが、派閥メンバーと接触することができなかったのだ。

 ………………彼女達の顔を知らないから。

 当たり前だよな。名前が分かってても、顔が分からないんじゃ誰が誰だかなんて分かるはずがない。しかもみんなぎょっとしてるから、顔で判別するのも不可能だし……。

 仕方がないので、俺はもくもくと食事をとりながら周囲の様子を視線だけで観察する。

 美琴はなんか見るに見かねて俺に助け舟を出そうとして、黒子に抑えられているが…………他は、特に何をするでもない俺から視線を外している。

 まぁ、あんまりじろじろ見るのはお嬢様的にもNGなんだろうな――と思っていると、不意に俺の方をガン見している集団に気付いた。

 俺の左側、五メートルくらいの位置のテーブルについている少女達の集団だ。

 異常に長い縦ロールの少女とか、デコ出しで眼鏡の少女とか、個性的な少女達が軒を連ねている。耳を澄ませてみると…………、

 

「…………『あの方』はどういうおつもりでいやがるんでしょう?」

「噂によると、あの後体調を崩して入院していらしたとか……」

「わたくし達への報復は?」

「………………分かりません…………」

「で、でも! もう『あの方』には屈しないとみんなで決めたではありませんの!」

「そ、そうですわ……。わたくし達は、もう『あの方』からは逃げません!」

「み、みんなで立ち向かうのですわ…………!」

 

 ………………………………。

 ……なんだか、巨悪に立ち向かう勇敢な一般市民みたいな悲壮な覚悟を決めていらっしゃる。

 この子達にしてみても、レイシアちゃんが自殺しようとしたなんて夢にも思わないよなぁ……。日記を読んだから分かるけど、レイシアちゃんって唯我独尊を地で行く暴君だったし。

 それだけに、一度折れたら本当にどん底まで落ちちゃう性格だったんだろうけど……。

 でも、どうしようか……。あの子達がレイシアちゃんの派閥に所属していた子達だってのは分かったけど、まだ名前と顔が一致していないし、何よりあの団結の仕方はなぁ……。

 ここで俺が『反省しました、ごめんなさい』と言って通じる感じじゃない。なんというか、盛大な肩すかしを喰らった後、どう動くか予測ができない感じだ。

 今日のところは、あんまり刺激しない方がよさげかな。

 

 などと思っていると、夕食は食べ終わった。

 帰ったら、メールだのを全部漁って、顔と名前を一致させる作業を始めなくては……。派閥の論文とか探せば、なんか分かったりしないかな。

 そんなことを考えながら立ち上がった俺は、未だに俺の方を見ている少女達の方を一瞥して、一礼する。

 まだ本格的には動けないけど、こっちの気持ちを伝える努力くらいはしないとな。

 

「………………い、今のは?」

「わたくし達に頭を下げたんですの?」

「……どういう意図で?」

「謝罪?」

「えー…………それは、ないでしょう…………」

「じゃあ、新手の宣戦布告かしら?」

「ひぃぃぃぃ…………………………」

 

 …………まぁ、気持ちがしっかり伝わるまでは、まだまだ時間がかかるみたいだが。




Q.『Villainess』の読み方って、『ヴィラネス』が一般的じゃないの?
A.ネイティヴ発音です。

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