【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス)   作:家葉 テイク

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一五九話:追儺されるべきモノ ②

 作戦開始から、十数分が経過した頃のことだった。

 

 それぞれ『亀裂』に手をかけて解析作業を行っていた二人の超能力者(レベル5)達が、ややあって手を止める。

 垣根と一方通行(アクセラレータ)は、それぞれが同時に顔を上げて言った。

 

 

「「解析完了だ」」

 

 

 と同時に、その場に展開されているモニターに何やら球状の3Dモデルが展開され、その球の表面上に一つのポイントがマーキングされる。

 この球状モデルこそが、今のこの世界の全域を表現する図であり──マーキングされた『点』が、今回の原因である『世界の穴』なのだった。

 

 おそらくアレイスターが行っていた『思考リソースの共有』を応用して演算結果を反映したのだろうが、最早科学も魔術もない有様だった。もっとも、その分断を引き起こした張本人が此処にいるのだから、そうなるのも仕方がないのだが。

 

 ものの十数分で作戦の根幹を成立させた一方通行(アクセラレータ)と垣根は互いに不満げにしながら、

 

 

「イージーモードすぎんだよ。やっぱ第一位(コイツ)、要らなかったんじゃねぇの?」

 

「あァそォだな。モニタ上の進捗率だと俺の貢献度の方が上みてェだが」

 

「お? ほんの数%の誤差を勝ち誇るたぁ第一位サマは随分と泥臭せえ性分みたいだな」

 

「その数%を『ほンの』なンて捉えているから、オマエはいつまでも第二位なンじゃねェか」

 

 

 無言で火花が散りだしたところで、二人の間に那由他と相似が割って入る。

 

 

「一方通行のお兄さん、喧嘩してる場合じゃないんだよ! ミサカネットワークの集中演算協力体制を停止しないといけないんだから、そっちの手を動かす!」

 

「こちらとしても接続した外装代脳(エクステリア)の権限関連を処理しないといけませんからねぇ、喧嘩を始められちゃうとかなり困るんですよぉ」

 

 

 仲裁に入られた二人の超能力者(レベル5)は互いに顔を見合わせる。世界を救う礎を築いた英雄たちとは思えないくらい、締まらない表情だった。

 

 

「……で、弾の方はどうなった? 確かウチの連中が下ごしらえをしに行っていたはずだけど」

 

『それならば心配要らない』

 

 

 ビル壁に背を預けながらの麦野の言葉に応じたのは、通信越しの木原脳幹だ。

 風を切る音を通信に紛れさせながら、脳幹は答える。

 

 

『二人なら無事に確保した。危うくロケットブースターで火葬されるところだったがね』

 

「はぁ? 何でただのお遣いでそんなことになってんだあの馬鹿ども……」

 

 

 麦野は首を傾げつつ呆れるが、これは致し方なかった。この世に楽な英雄のなり方なんてないのだ。

 ともあれ、フェーズ1は完了し、フェーズ2の下準備も整った。次は、下準備をした『窓のないビル』の『世界の拡張子』を変換する工程だが──

 

 

「こっちも、問題ないんだよ!」

 

 

 迎電部隊(スパークシグナル)の介入によって射出シークエンスが始まっている『窓のないビル』であったが、その程度で狂うほど魔道図書館の計算はやわではなかったらしい。

 木原の書やステイル、神裂、オリアナ、ショチトルといった魔術サイドの面々を従えて何やら魔法陣のようなものをこしらえていたインデックスは、明るい顔でそう言い切った。

 

 

「『世界の拡張子』の変換……っていうと仰々しいものだけど、要するに認識の切り替えなんだよ。向かい合う二人の横顔と壺の騙し絵みたいに、ものの見え方を切り替える錯覚が基本。そのパラメータを、木原の書に渡してあげればいいかも」

 

「あとは、その認識を『思考リソースの共有』で作業メンバーに伝達してやりゃあ解決って訳だ。……皮肉だよなぁ、『木原』の『認識』を共有することが、世界を救う近道になるってんだからよ」

 

「……広義の意味では魔道書の知識に当てはまるし、『木原』のこともあるからきちんと無毒化してあげないとダメなんだけどね。まぁ、そのあたりは私達はプロフェッショナルだから!」

 

 

 そう言って、インデックスは胸を張る。

 脇に侍る神裂とステイルも同様に誇らしげなあたり、対策が万全というのは疑いようのない事実のようだった。

 

 その横で。

 

 

「俺はやることないなぁ」

 

 

 バカ学生こと上条当麻は、錚々たる面々が力の限りを尽くしている様をぼけーっと眺めていた。

 異能を殺す右手を持っていようと、学園都市最強の能力者を倒そうと、上条当麻の価値が変わるわけではない。変わらずどこにでもいる平凡な高校生である上条には、世界を救う一大事業に関われるような特殊なスキルなどなかった。

 ただ、

 

 

「私達は疲れたわー……」

 

「御坂さんはミサカネットワーク関連の調整で、私は外装代脳(エクステリア)関連の補助で、それぞれてんてこまいだったものねぇ……。……っていうか相似とかいう木原、アイツなんなの? 此処で潰しておかないと色々危険力が高すぎる気がするんですけどぉ」

 

「アイツはシレン達の仲間らしいしそのへんは大丈夫だろ」

 

 

 暇そうにしている上条に寄ってきた疲労困憊の少女二人に、上条は気楽そうに答える。

 それから『亀裂』の向こう側、モノクロの世界の中にいるシレンとレイシアに視線を向けて、

 

 

「それに、暴走しそうになってもシレン達がなんとかしてくれるよな?」

 

「そうですわね。……正式にわたくしの指揮系統に取り込むとなると、それはそれで準備が必要そうではありますけど。うーん……『メンバー』の枠組みをそのまま青少年更生組織として再構成できないかしら?」

 

『勘弁してくれよ。確かに、暗部を消滅させていく関係上僕達の身の振り方についても考えなくてはいけないのはその通りだが……』

 

 

 シレンの呑気な台詞に、馬場から呆れたような色の通信が帰ってくる。

 シレンがそうして『今後』の展望についてあーでもないこーでもないと思い描いていると、

 

 

 ビシィ!! と、その場の全員の脳裏にとあるイメージが叩き込まれる。

 目の前のものに何か透明なフィルターが重ねられたような、そんな不可思議な感覚だった。上条が反射的に右手を頭にやろうとしたところで、

 

 

「待て。今君の右手で頭に触れると、全員分の『思考リソースの共有』が解除されて『拡張子』の変換も失敗するぞ」

 

「うおっあぶねえ!?」

 

 

 アレイスターに声をかけられて、上条は慌てて右手を頭から離した。

 あともう少しで、全員の足を引っ張る大戦犯になるところだった──上条は静かに胸を撫で下ろす。

 

 

「……っていうか、俺を共有の対象外にしとけばよかったんじゃないか?」

 

「仲間外れは嫌だろう、君」

 

「…………、」

 

 

 図星であった。

 というよりは、アレイスター=クロウリーという『人間』に少年が抱えるそのへんの機微を理解できたのが意外だった、という沈黙でもあるかもしれないが。

 

 

「諸々の準備は整ったみたいね」

 

 

 ひと悶着は起こりかけたが──なんにせよ、これにてフェーズ2も完遂であった。

 残るは、計画の最終段階、フェーズ3のみだ。

 

 

「さて」

 

 

 その事実を認めて、ビル壁に背を預けていた麦野は歩き始め、『亀裂』の向こう側のモノクロの世界にいるシレン・レイシアと視線を交わす。

 

 

「準備はいいか、裏第四位(アナザーフォー)。……世界を救う時が来たわよ」

 

 

 


 

 

 

 フェーズ3の所要時間は、文字通り一瞬だ。

 フルパワーの白黒鋸刃(ジャギドエッジ)によって一次元の点が切断され、〇次元の極点が発生したタイミングで、麦野がそれを掌握する。以前の戦いで実施したその流れを、今度は二人が協力して実施する形だ。

 そして〇次元の極点を掌握し終えたら、今度はそれを使って『窓のないビル』を指定された座標へと吹っ飛ばす。そうすれば拡張子が変換された『窓のないビル』は、勝手に『世界の穴』と癒着して穴を埋めてくれるという寸法である。

 

 

「……じゃあ、レイシアちゃん。始めようか」

 

 

 モノクロの世界の中にいるシレンは、そう言って傍らのレイシアに呼びかける。

 

 

「ええ。では、行きますわよ」

 

 

 レイシアはシレンの合図に頷くと、シレンの手を握った左手をすっと前に掲げる。

 その、握られた手の先から。

 

 ビシィ!! と。

 

 世界の崩壊を象徴する不吉なそれとは違う、白黒の『亀裂』が展開された。

 白黒の『亀裂』はそのまま虚空を走ると、麦野の眼前まで一目散に伸び──

 

 

「ご苦労。極点は『収穫』したわよ」

 

 

 それを掴み取るようにして腕を振った麦野の手の中には、煌々と輝く真っ白い『何か』があった。

 ──とある歴史において、麦野はこの光を使って世界全体をミクロの大きさに圧縮するという壮大な『自殺』を敢行したことがある。だが、この歴史においてはその未来は訪れないだろう。

 そもそも木原数多によって演算方式を改造されていない麦野では恒常的に〇次元の極点を掌握し続けることができないというのもあるが──それ以前の問題として、彼女がそれを許さない。たとえ〇次元の極点を真の意味で掌握したとしても、麦野はとある歴史と同じ選択肢は選ばない。

 『自殺』から這い上がって再起した好敵手を前にして、自分が世界に絶望して自殺するなど──そんな『負け』を認めるにも等しい選択肢は、彼女のプライドが許すはずがないのだから。

 

 

「これにて、作戦完了だ」

 

 

 直後。

 ドウッッッ!!!! と、第七学区に聳え立っていた白亜の巨塔が『消失』した。

 

 それは、単なる位置関係だけの話ではない。形而上学的な観点で観測して初めて確認できる存在となった『窓のないビル』は、光速をも超えた『瞬間移動』で世界の果てへと到達し──そして、『世界の穴』へと突き刺さる。

 その様子は、『窓のないビル』の消失という形以外でもシレン達に観測できた。

 

 

「こ、れは……亀裂から光が……!?」

 

 

 美琴が驚く声が、最初だった。

 見ると、そこら中に生まれていた『世界の亀裂』の全てが、まるで木漏れ日のようにその奥から光を放っている。

 それだけではない。徐々にだが、『亀裂』自体も小さくなっているようだった。

 

 

「や、やりましたわ! これって、『世界の穴』がふさがりつつあるっていうことですわよね!?」

 

「ああ。どうやらサイコロの出目が良い方向に出てくれたらしい」

 

「ちょっと待ってくださいましなんで万全の準備だったのに運が良かったみたいな総括になっていますの???」

 

 

 ほっと胸を撫で下ろしているような雰囲気のアレイスターに青筋を立てながら首を傾げるシレン。

 ともあれ、『世界の穴』についてはこれで修復される──とシレンも一息ついた。この時期に『窓のないビル』が消失してアレイスターが放逐されるという異常事態こそ発生しているものの、世界崩壊の危機が回避できたこと自体は喜ばしい。

 もう『正史』の知識とかは粉々になって使い物にならなくなってしまっているだろうが、そのことはもう明日考えよう──と気楽な心持になっていた。

 

 ただし。

 

 シレンは知らなかった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 アレイスター=クロウリーは、何を成そうと確実に『失敗』する。遠い昔に、我が子の復讐の結果そうなる呪いを背負っている。

 で、あるならば。

 アレイスター=クロウリーを味方に引き入れた時点で、『それ』は必然だった。

 

 

 ミシ──と。

 上空全体が、まるでたわんだ下敷きのように歪む。

 

 

「な、あれ……は!?」

 

「──余波、みたいね」

 

 

 思わず声を上げるシレンの背後で、『魔女』が答えた。

 

 

「大元の『世界の崩壊』に比べたら、まだまだ可愛いものじゃないかしら? 精々第七学区を吹っ飛ばす程度よ、アレじゃ。…………まぁ、外にいるみんなはひとたまりもないでしょうけど」

 

「なん、で!? どうしてこんな事態に!? 世界の崩壊は無事に食い止められたではありませんの! 今更こんな……」

 

「それが、アレイスター=クロウリーだからよ」

 

 

 当惑するシレンに、『魔女』は答える。

 

 

「……んーまー、()()()()だけど……いっか。アレイスター=クロウリーには、娘がいたの。この娘さんは病気で死んじゃったんだけど……その原因は、遍く魔術の副作用として発生する小さな『運命の歪み』。そしてその発生を容認していた主犯である『黄金』を、アレイスターは呪ったの」

 

 

 それこそ、アレイスターが背負う『失敗』の呪い。

 だからアレイスターが為すことは妨害され失敗するし、アレイスターは失敗しようが成功しようが前へと進むように計画を構築している。

 

 

「『黄金』──そう、当時はその一員だったアレイスター本人をも巻き込む形でね」

 

「な……!?」

 

 

 確かに、この状況はアレイスター=クロウリーの協力なしには構築できなかっただろう。

 『世界の果て』の記号を持つ『窓のないビル』の調達もそうだし、その下準備にもアレイスターの協力が要った。儀式全体の進行を助ける『思考リソースの共有』に関しても、アレイスターの手によるものだ。

 ただ、だからこそ──運命は最後に牙を剥いてくる。

 

 

「ですが、第七学区全域が吹っ飛ぶ程度なら、まだ大丈夫でしてよ! 超能力者(レベル5)の力を集結させれば対抗は十分にできるはずですわ!」

 

「……アナタ達が直面しているのは、『世界の崩壊の余波』じゃないの。『失敗』という結果自体よ。もし余波を相殺したとしても、『失敗』自体は動かないから、別の何かが発生するわ」

 

 

 レイシアが勝気に返すが、『魔女』から告げられるのはさらなる絶望だった。

 まるで、奇想外し(リザルトツイスター)。『失敗』という結果そのものを押し付けてくる、最悪の必殺兵器。──今更になって、シレンは本当の意味で理解した。どうして、アレイスターがシレンの右手に対してあれほどの警戒を抱いていたのか。

 ずっと前から、アレイスターは知っていたのだ。『失敗(それ)』がどれほど己にとって脅威となるのかを。

 

 そして。

 

 

「──なら、作戦が一つありますわ!」

 

 

 アレイスターが抱える『呪い』が、全ての元凶であるというのならば──シレンには一つ、現状を打破する心当たりがあった。

 

 

「当麻さん!」

 

 

 ──それは。

 この作戦においては役立たずでしかなかった右手だった。

 『世界の穴』の位置を演算することはできないし、『世界の拡張子』を変換することもできなければ、世界の果てまで『栓』を送り付けることもできない。あまつさえ、あわや作戦全体を無に帰しかねないような──そんな役立たずの右手だった。

 

 ただし。

 その右手はかつて、『黄金』という世界最大の結社にてこう呼ばれていた。

 

 とある聖者の右手を素材に製造された究極の追儺霊装。

 位相同士の衝突が生み出す運命の火花から人を守る傘。

 ブライスロードの秘宝。

 

 ──幻想殺し(イマジンブレイカー)

 

 

「あの歪みを。……いいえ、このクソったれな運命を!!」

 

 

 静かに右拳を握り締めているツンツン頭の少年に向けて、シレンは騎士に命ずる女王のように、あるいは助けを求める少女のように、言った。

 

 

「その右手で、ぶち殺してくださいまし!!!!」

 

 

 


 

 

 

最終章 予定調和なんて知らない 

Theory_"was"_Broken.   

 

一五九話:追儺されるべきモノ ② Misfortune.

 

 

 


 

 

 

『準備ならば、既に済ませて各員配置についていやがります!!』

 

 

 女王の号令に対して答えたのは、通信越しの刺鹿だった。

 見れば──第七学区の街並みに、先ほどまでいた食蜂の『最大派閥』の姿がない。──いや違う。ないのではない。各所に散っているのだ。

 

 

『食蜂さんの派閥の人員に我々の方で指示を出しました。彼女達の能力で、上条当麻──アナタを空へと送り届けます!!』

 

「……勝手なことを……と言いたいところだけど、緊急力の高い事態だし見逃しておいてあげるわぁ」

 

 

 呆れたように言う食蜂の横で、トッと足音を立てて着地する影があった。

 食蜂派閥──ナンバー2、帆風順子。

 紫電を迸らせた彼女は柔らかな笑みを浮かべて、

 

 

「途中まではわたくしがお運びします。さ、どうぞ」

 

 

 そう言って、帆風は何やらカゴのようなものを差し出してくる。どうやら、上条を運ぶことを想定して幻想殺し(イマジンブレイカー)対策の乗り物をあらかじめ準備していたらしい。

 

 食蜂派閥。

 GMDW。

 

 いずれも、彼女達の力量自体はこの場に集まる一線級の実力者には劣るだろう。窓のないビルを使い潰すことを決断する権限も、世界全てを演算し尽くす頭脳も、世界の外を計算にいれた秘法を編み出すことも、銀河の果てまで物質を吹っ飛ばすことも──彼女達には、そんな世界全てを揺るがすようなことはできない。

 世界を救うなんて英雄の所業は、成し遂げられない。

 でも。

 別に、そんなことができなくても。

 みんなで助け合うという当たり前のお題目を当たり前に積み重ねることで、誰かを守ることができる。

 

 

「ああ。……せっかくここまで皆で頑張ったんだ。最後の最後まで、ノーミスクリアのハッピーエンドを掴み取ってやろうぜ!」

 

 

 世界が──とまではいかずとも、第七学区が、そこに住むすべての人々が滅ぶかどうかの瀬戸際だというのに、不思議と上条の顔には笑みが浮かんでいた。

 

 右手は、役立たずだ。

 テストで良い点をとることもできなければ、喧嘩に勝つこともできず、女の子にモテる力だって存在しない。

 ただ、右手は便利だ。

 

 みんなの夢を、この手で守ることができるのだから。

 

 

「……終わらせるんだ。俺達の手で」

 

 

 ドウ!! と。

 上条を乗せたカゴが、急速に上空へと動き出す。電磁力によって空中へと飛び立った帆風の移動によるものだ。

 急速な移動の慣性についていけず、上条はカゴの中で思わずもんどりをうつ。カゴの外の景色は急速に後ろへと流れていくが、やがてその速度も少しずつ落ち着いていく。

 電磁力によって加速していた帆風の跳躍の勢いが止まり、少しずつ重力に囚われ始めているのだ。

 しかし、当然手はそれだけでは終わらない。

 おそらく能力によって撃ち出しているのだろう。ビルの物陰から、帆風の足場になりそうな瓦礫が次々と飛び出してくる。帆風はその上をまるで踊るように飛び跳ね、上条を運び、そして──

 

 

『──っ、帆風様っ、ここまでがあたくし達のサポートの限界ですっ』

 

 

 上空一〇〇メートルに届くかという高所。

 流石にここまでくると建物の屋上もそうそうなく、いかに高位能力者といえども能力の射程が届かない。ただし──

 

 

「ここまでありがとうございました! ──上条様、ご準備はよろしいでしょうか」

 

「ああ、問題ない」

 

 

 上条の答えを受けて、帆風はカゴを構える。

 明らかに人間が持ち運びするようにはできていない大きさのそれをまるで投球フォームのように構えると、そのまま空中で電磁力による空中制御で留まりながら、

 ドギュ!! と。

 カゴごと、まるでメジャーリーガーが放り投げる速球のような勢いで上空の『歪み』へと投げつけた。

 

 

 ──かつては、姿勢を保つだけで精いっぱいだったこの作戦。

 今回は準備が整っていることもあり、ツンツン頭の少年はしっかりと眼前の歪みに視線を合わせ、右手を構えることができていた。

 

 

 友人の体質から端を発した世界滅亡の危機の末に発生した、この歪み。

 最終的に仲間達の協力を受けて、たった一人で右手を構える上条当麻の心には──

 

 ──静かな、怒りがあった。

 

 だって、そうだろう。

 皆が、本当に皆が──街の奥に鎮座する黒幕さえも協力して、世界を守る為に戦ったのだ。

 なのに。そうやって無事に世界を救うことができたのに、こんな形で頑張った者達に追い打ちをかけるなんて──そんな現実、あんまりじゃないか。

 だから。

 

 

「もしも──この物語(せかい)が、」

 

 

 上条当麻は、怒るように願う。

 

 

神様(アンタ)の作った奇跡(システム)の通りに動いているっていうんなら!!」

 

 

 上条当麻は、祈るように叫ぶ。

 

 

 

 


 

 

 

「ねぇ、シレン」

 

 

 その時。

 純白のシスターは、空で神に啖呵を切る思い人を見上げながら、シレンに呼びかけていた。

 

 

「……ええ」

 

 

 そして、シレンもまた、言われずとも分かっていた。

 

 世界の歪みの『余波』の威力は、第七学区をまるごと吹き飛ばすほど強大だ。

 そして、街を更地にしてしまうような威力の『異能』は、いくら幻想殺し(イマジンブレイカー)といえども打ち消しきれるものではない。アレイスターの『失敗』そのものは打ち消すことができただろうが──あの現象そのものをその身に受ける上条当麻の無事を保障するものでは、ないのだ。

 

 二人の脳裏に、かつての夜が思い起こされる。

 

 それは、一人の少年の死。一つの物語の、望まれない結末(バッドエンド)

 二人にとっては──苦い敗戦の記憶。

 

 

「わたくしは、あの失敗を悔やむつもりはございません」

 

 

 シレンはそう言って、前を見据えた。

 

 

「あの出来事があったからこそ、今の当麻さんがいて、その後の歩みがあり、わたくし達がいる。──あの記憶を乗り越え前向きに未来を歩む為に、わたくしは過去を悔やみません」

 

 

 ですが、と。

 そこでシレンは、反逆に繋がる言葉を紡ぐ。

 

 

「それは、同じ結末を容認するわけではありませんわ。ねえ、そうでしょう? インデックス!!」

 

 

 シレンの叫びに応じて、大量のファイブオーバーが、一斉に空へと銃口を向ける。

 

 シレンはかつて、美琴に警告した。

 アレイスターがこの局面で盤上に並べた以上、ファイブオーバーには魔術的な細工がされている可能性がある、と。もし仮に動かそうものなら、それによって美琴は『魔術を使った』ことになってしまい、ダメージを受ける可能性がある、と。

 で、あるならば。

 ()()()()()()()()()()()

 

 一〇万三〇〇〇冊を所蔵する魔道図書館の少女は、それすら操ることができるのではないか。

 

 

「ちょろーっと。そんな玩具の電磁力だけじゃ、力が足りないんじゃない?」

 

「救うんでしょぉ? 当麻さんを。なら、私達にも介入力を発揮させなさいよぉ」

 

 

 そこに、美琴と食蜂の声がかかる。

 電磁掌握(フェーズ=ネクスト)

 雷神のように紫電を迸らせた美琴は、無数に展開されたファイブオーバーの銃口それぞれに電磁レールの補助をしていく。

 超能力者を超えた機体(ファイブオーバー)とは言っても、それはあくまで超能力者(レベル5)を比較対象にした場合。次の領域に足を踏み入れた美琴たちの力量の方が、遥かに高い。

 

 

「…………そう、ですわね。やるのならば、一緒に」

 

 

 直後、だった。

 

 ズガゴガガガガガガガギギギギギギギギギギ!!!!!! と。

 無数のファイブオーバー達が、天に向かって強化された無数の銃弾を放っていく。

 

 その銃撃の嵐は、余波だけでも守るべき上条の身を削りかねないほどの威力だっただろう。だが、空中で歪みに右手を伸ばす上条には、銃弾はおろかその余波によるダメージすら届かない。

 何故か?

 ──その余波からツンツン頭の少年を守る、白黒の『亀裂』が浮かび上がっているからだ。

 

 

 その立役者たるシレンは、傍らに立つレイシアと強く手を握り合いながら言う。

 

 

「今度は、一緒に。完全に完璧なハッピーエンドを掴み取ってこそ、わたくし達の再起(リベンジ)も完了するというものですわ!」

 

 

 高らかに歌うように、シレンは宣言する。

 そして、上空で神様の奇跡に立ち向かっている少年の右手が、上空の『歪み』と衝突した。

 

 

「────まずは、そのふざけた幻想をぶち殺す!!!!」

 

 

 


 

 

 

 

 そうして、正真正銘世界は救われた。

 

 

 一人の少年の『死』。

 そんなものなど、必要としないまま。

 

 

 


 

 

 

 ただ、ここに語られていない問題が一つあった。

 

 

「さて……『世界の穴』の問題が収まったことで、必然的に臨神契約(ニアデスプロミス)の暴走も収まってきたわけなんだけど……」

 

 

 ぽつりと、呟くようにシレンが呼びかけるのは、傍らに立つレイシア。

 レイシアは照れくさそうにしながら、

 

 

「これ、閉じちゃいますわねぇ」

 

 

 目の前の閉じかけた『亀裂』を見ていた。

 元々の時点で少々無理をしないと潜り抜けられない程度には狭かったのだが、『世界の穴』がふさがった後も余波や上条の安全な着地などでフォローをしていた関係上、向こう側に脱出するタイミングがなかったのである。

 その結果、これだ。

 

 

『いやいやいやいや!? 何でそんなに落ち着いているのよ!? 世界の穴の問題が解決してしまったら、「亀裂」だって自然と消えてしまう。そうなったらアナタ達は世界の外郭であるこの拡張領域に取り残されてしまうのよ!?』

 

 

 背後で慌てる『魔女』も、もはや先ほどまでと同じように確かな存在感のある姿ではなくなっていた。

 まるで潮が引くようにゆっくりと存在感が薄らいでいるあたり、本当にカタストロフは回避されたらしい。

 もっとも、そのせいで別の問題が浮上しているのだが。

 

 ただ、狼狽する『魔女』とは裏腹に、シレンとレイシアはあまり慌てた様子も見せなかった。

 

 

「大丈夫ですわ。アナタも既に見ているはずですわよ?」

 

 

 そう言って、レイシアは肩の力を抜く。

 まるで、何かを待っているかのように。

 

 

「俺は、臨神契約(ニアデスプロミス)の可能性を手繰り寄せる能力を使って、縁を辿ってレイシアちゃんを召喚した。まぁ俺にはこの体質に対しての知識がそんなにないから、レイシアちゃんを引っ張り寄せるのが精一杯だったんだけどさ」

 

 

 シレンは真実種明かしをするように、

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 『亀裂』の向こう側にいる仲間達。

 いずれもシレンやレイシアと浅からぬ『縁』があり、そしてシレンとは比べ物にならないほど魔術に対する知識も持ち合わせている。

 体質からくる異能で無理やり魔術の真似事をするしかなかったシレンと違って、きちんと異界の法則を管理して、望む結果を導き出せるプロがあちらには大勢いる。

 ということは。

 

 

「此処までやりきったんだ。最後のハッピーエンドに俺達だけ不在なんて、そんな間の抜けた展開は考えていないよ」

 

 

 ──うっすらと。

 シレンとレイシアの存在が希薄になっていく。

 より正確には、二人の存在が、『拡張領域』から元の歴史のスケールへと戻っていく。

 

 

『…………ああ、そうだったわね。あんまり長い時が経ってしまったから、忘れていたわ』

 

 

 それを見て、『魔女』はうっすらと微笑む。それは、どこか寂し気な笑みでもあった。

 思えばこの『魔女』とは、奇妙な関係性だった。シレンとレイシアの存在が融合し、そして一つになった規格外の存在。シレンの可能性だから、なんて理由だけで因果を無視してシレンの前に現れた彼女がいなければ、きっとシレンは成す術もなく失敗していただろう。

 だから。

 シレンは『魔女』に伝える。

 

 

「ありがとう。どこかの未来の俺達」

 

「……そうですわね。今回は、本当にアナタに助けられたようですし……。わたくしも、お礼を言っておきますわ」

 

『ふふ、いいのよ~。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。わたしにとっては未来、アナタ達にとっては過去の時間軸で』

 

「「…………???」」

 

 

 突如出てきた謎の証言に首を傾げてしまうが、元々この『魔女』はシレン達が迎えることのなかった未来の存在である。

 時系列も、その認知も、シレン達の常識では理解できない領域にあるのだろう。そう考えて、深く考えることをやめる。

 そんな二人の様子に、『魔女』はふっと笑ってから、

 

 

『じゃあね。いやいや、またわたしが出てくるような大ピンチには、襲われないでよ?』

 

 

 ──その発言は、ある種のフラグなのではないか。

 

 そんな指摘をする間もなく、二人の視界が歪み──シレンは咄嗟に、レイシアを抱き寄せる。

 そして、次の瞬間。

 

 


 

 

 

「──あ! 無事に成功したみたいだよ!」

 

 

 意識がはっきりとして最初に耳にしたのは、そんな天真爛漫なシスターの明るい声だった。

 ……こうして目を瞑っていると、なんだか長い長い夢を見ていたような気さえしてくる。でもこの身体に蓄積された痛みや疲れは錯覚なんかではなく、やっぱり今日一日の激闘が現実だったことを()()に伝えてくる。

 

 

「まったく。最後の最後で詰めが甘いかも。私達がいなかったらどうするの?」

 

「……ふふ。そんな未来(IF)、考えたことありませんでしたわ。だってわたくしには、現にアナタ達がいるんですもの」

 

 

 目を開けば、そこには純白のシスターがいる。

 それだけじゃない。

 ツンツン頭の少年も、自らが率いる派閥の面々も、同学の友人達も、魔術師の仲間達もいる。

 出会いは敵同士だった人達も、態度はどうあれ俺達のことを出迎えてくれていた。

 

 それらの仲間達を代表して、当麻さんが言う。

 

 

「おかえり。シレン、レイシア」

 

「ただいま戻りましたわ、皆さん」

 

 

 一緒に答えて──それから俺は、胸に手を当てて、その中に確かに感じる自らの半身に呼びかけた。

 

 

《おかえり、レイシアちゃん》

 

《おかえりなさいませ、シレン》

 

 

 長く激しかった一日を締めくくるように、穏やかに。

 

 

 

《ただいま》


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