【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス)   作:家葉 テイク

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一五八話:追儺されるべきモノ ①

 ヴン、とその場に集まった面々を取り囲むように、地面に光り輝く紋様が出現する。

 いざ演算を開始しようというところだった一方通行と垣根が怪訝な表情を浮かべる。

 

 

「これは……儀式魔術?」

 

「流石は魔道図書館。鋭いな」

 

 

 首を傾げつつも速やかに言い当てるインデックスに、アレイスターは特に悪びれた様子もなく頷いた。

 

 

「『窓のないビル』の『世界の拡張子』を変換して『世界の穴』を埋める。この事業は既存のどの神話体系にも該当しないが、しかし根幹に位置する技術自体は魔術サイドのそれだ」

 

 

 アレイスターはそう言って、地面に展開された紋様を一瞥する。

 

 

「ゆえに、今から準備をしているというわけだな」

 

「……なるほどね。つまり、この紋様は……」

 

「効果としては、儀式の効率化といったところか」

 

 

 語られるのは、端的な説明。

 

 

「魔術結社による儀式魔術の多くは、複数人が作業を分担して術式を構成するものだ。『黄金』においてもそれは変わらない。そしてその時に用いられるのが『思考リソースの共有』」

 

「つまり、どォいうことだ?」

 

「君と第二位の思考リソースを共有する陣だ。競争心があるのは良いことだが、全く同じ作業を並列で実行するのは演算能力の無駄遣いだからな。互いの思考リソースを共有できた方が効率的だろう?」

 

「チッ。余計なことしやがって……」

 

 

 一方通行は忌々し気に舌打ちするが、しかし思考リソースの共有が重要であるということは分かっているのか、それ以上に文句は言わなかった。 

 『世界の穴』を探す──と言えば簡単な作業のように感じるが、これは一大事業だ。何せ、世界をくまなく演算しきって一一次元では説明のできない綻びを検出しようというのだ。実際に『世界の穴』があるという前提情報がなければ、たとえ第一位と第二位の二人がかりでも気付けなかったに違いない。

 

 

「それに、第一位と第二位が最大スペックを以て『世界の穴』の座標を導き出したとして、それをきちんと第四位の頭脳で把握させるのも一苦労だ。その伝達を簡易化する役割もある」

 

 

 言外に頭脳が格下と言われた麦野がぴくりと眉をひくつかせたが、これについては傍らについていた絹旗が宥めることによって事なきを得る。

 そんな微妙なピリつきには気づかないツンツン頭は、のんきに首を傾げた。

 

 

「……大丈夫なのか? 能力者に魔術のバフなんて、危険な気がするけど。ほら、土御門みたいに……」

 

「能力者がダメージを負うのはあくまで自分で魔術を行使したときですから、心配は要りませんわよ」

 

「シレン詳しいな……」

 

 

 ぼんやりとした疑問に答えるシレンに、上条は感心した様子で呟く。

 実際、現時点ではこのあたりの関係性を把握している科学サイドの人員はそう多くはないだろう。ただしそれを『正史』の知識によって得ているシレンは少しバツが悪そうな表情を浮かべる。

 

 

「ま、まぁ慣れてますので……。科学サイドのわたくしが魔術サイドの知識を得るのは良し悪しかもしれませんが」

 

「どっちにせよ問題はねえよ。思考リソースの共有なんざあってもなくても、俺がとっとと演算を終了させちまえばいいだけの話だ」

 

「ほォ、吠えるじゃねェか第二位。オマエの仕事がなくなっちまっても怒るなよ?」

 

「大言壮語は不発に終わった後が辛いぞ、第一位」

 

 

 言葉の応酬があった後に。

 ガッ!! と、一方通行と垣根はほぼ同時に虚空に発生した『世界の亀裂』に掴みかかる。ここから、『世界の穴』の座標を逆算していくのだ。

 そしてその後ろで。

 

 ズッ、と地面から伸びるようにして、菌糸の『脳』が立ち上がっていく。

 

 

「さぁて、垣根さん。こちらの準備はできましたよぉ。『代替物』でも本命を超越できるってことを証明してやりましょう!!」

 

「……構成技術はほぼ私のものだというのに我が物顔でいやがって」「ま、まぁインスピレーションの面では相似さんの力が大きいからさ……」

 

「これは……外装代脳(エクステリア)……!?」

 

 

 これに真っ先に反応したのは、類似の技術を知っている食蜂だ。

 ──ドッペルゲンガーの操る菌糸によって生成した巨大な脳に、機能を代替する木原相似の『科学』が組み合わさったことによって実現した、簡易『外装代脳(エクステリア)』。これが、垣根の頭脳に接続されているのだ。つまるところ──機能の底上げ。

 

 ただし。

 

 

「さっすが相似お兄さん。でも、こっちだって一方通行のお兄さん一人に全部をこなさせている訳じゃないよ!」

 

 

 ヂヂヂ、と那由他の指先から紫電が迸り、その直後一方通行の首筋から天に向かって黒い稲妻が放たれる。

 

 

「一方通行のお兄さんはミサカネットワークに既に接続しているからね。幻生おじいさんのようにわざわざ不正アクセスしなくていい分、より自由度の高い形でその演算領域を利用できる。……ミサカのお姉さん達も、世界の危機だからってことで快諾してくれたよ」

 

 

 此処に至り、第一位と第二位の実力は伯仲。

 互いに競い合うようにしながら、二人の演算は最終局面へと到達していた──。

 

 

 


 

 

 

最終章 予定調和なんて知らない 

Theory_"was"_Broken.   

 

一五八話:追儺されるべきモノ ① Misfortune.

 

 

 


 

 

 

 一方その頃、窓のないビル。

 今回の『世界の穴』を塞ぐ作戦において、『世界の穴』を塞ぐための直接的なファクターとして選出されたこの窓のないビルだが──そこに、二人の男女の姿があった。

 

 

「……んで、毎度毎度だがこういう細けえ作業は俺達に割り振られるんだよな」

 

「仕方がないでしょ。魔術サイド? とかいう連中は『変換』にかかりきりだし、結局木原だの超能力者だのは向こうで仕事があるんだし」

 

「仕事なさげだったツンツン頭の大将くらいはこっち来てもよくねえか?」

 

「アレイスターのヤツに『君は此処にいろ』ってじきじきに使命されてたじゃん」

 

 

 ぶつくさ言いながら、男女──フレンダと浜面は窓のないビルの内部へと入っていく。

 もちろん、通常であれば窓のないビルのセキュリティは二人にはどうしようもない堅牢さを誇っている。彼らが侵入できているのは、アレイスターがあらかじめそうしたセキュリティを一時的に停止しているからである。

 

 そして、彼らがそうしてまで窓のないビルに潜入した理由は──。

 

 

「……確かに『窓のないビル』は世界の果てへと飛ばす『記号』を有している。ただし、そのままでは儀式に転用するには心もとない……だっけ?」

 

「相変わらず良く分かんねえ理屈だな、『魔術サイド』の話って」

 

「まぁ、そもそもこれがロケットっていうのがピンと来ない事実だしねえ。結局、儀式とやらに使えるようにするにはロケットモードに変形させとかないとダメってのは筋は通ってると思う訳よ」

 

 

 窓のないビルの地下。

 特殊なコンクリートで覆われたその空間は、常に一定の角度を保つ下りのスロープだった。広大な空間。ドーム球場が比較対象として思いつくようなだだっ広い空間には、しかし支柱の一本も立っていない。

 代わりにあるのは、鍾乳洞やつららのように天井から伸びた金属製の大きな筒。それを見上げ、フレンダは呻くように言った。

 

 

「ほんとにロケットだよ……」

 

「あの統括理事長、最終的には宇宙に学園都市を移設する気だったのか?」

 

「あるいは、この事態を最初から想定していたのかもしれないけどね」

 

 

 アレイスター=クロウリーの真意は分からない。ただ、現実としてこの『窓のないビル』は本当に大気圏を突破して宇宙航行をする機能を有しているらしい。

 その事実を改めて確認したフレンダと浜面は、続いて事前に指示を受けていた通りの手順で渡されていた端末を操作し、窓のないビルに干渉していく。

 

 

「しっかし」

 

 

 フレンダが端末を操作している横で、浜面は()()()()()()()()()()に視線を落としながら言う。

 

 

「これだけ科学的なガジェットの塊みてえなとこなのに、それでもこんな古臭いオカルトっぽいものが転がってるあたり、やっぱ統括理事長も『魔術サイド』なんだなぁ」

 

 

 ──それは、問答型思考補助式人工知能(リーディングトート78)と呼ばれる『窓のないビル』に備え付けられた機能、その中枢であった。

 『窓のないビル』それ自体はプランの推移に応じていくらでも使い潰せる代物でしかないが、しかし一方でこの問答型思考補助式人工知能(リーディングトート78)については替えが効かない。

 『儀式』に先立っての下準備という意味ももちろんあるが、今回フレンダと浜面が『窓のないビル』に遣わされた理由の幾分かはこの機能の回収も含まれている。

 なお、二人は気付いていないが、上条がこの場に選出されていなかったのは彼の右手が『タロットカードの集まり』という問答型思考補助式人工知能(リーディングトート78)と相性が悪かった為である。

 

 

「まぁでも、ある意味気楽だよな。こうやってやることが明確な仕事をこなすだけで、俺達も世界を救った英雄たちの仲間入りだ。核ミサイルのボタンを握る仕事より栄誉で気楽だぜ」

 

「全く同意って訳よ。いい加減神様とやらも私達の苦労っぷりに同情して割のいい仕事を振ってくれたんじゃないの?」

 

 

 適当なことを言いながら、フレンダと浜面は作業を進めていく。

 ただし。

 そんな彼女達は気付いていなかった。

 

 アレイスター=クロウリーを取り巻く『失敗』の運命について。

 そして、そんな『人間』が出した指示に、一片の不具合もないことなどありえない──ということについて。

 

 

 作業開始から十数分。

 だだっ広い空間で端末を操作し『窓のないビル』を儀式に使用できる状態に調整していたフレンダと浜面だったが、その作業自体は特に妨害もなく恙なく完了することとなる。

 問題は、その『後』だった。

 

 

「設定完了、と。これで『窓のないビル』はいつでもロケットとして稼働できるような状態になったって訳よ」

 

「へへっ、どうやら俺達は歴史に名を残すことになっちまったようだな……。英雄なんてガラじゃねえがよ」

 

 

「────ああ、そうだなぁ」

 

 

 声が。

 広大ゆえに反響する地下空間で、明らかにフレンダと浜面以外の声がしていた。

 反響する声の主は、一人の男だった。──フレンダも、浜面も、その人物に心当たりはない。それどころかきっと、シレンだってレイシアだって彼が何者かなんて分からないだろう。

 

 だが、よくよく事件を紐解いていけば、一つ未解決の要因があることが分かる。

 事の発端を思い出せ。

 アレイスター=クロウリーがシレンの臨神契約(ニアデスプロミス)を確保しようとしたことを端に発する一連の事件とは別のレーンで、上条当麻はとある事件に巻き込まれていた。

 食蜂操祈を拿捕した蜜蟻愛愉が囚われのヒロインとなった、とある事件。その事件の黒幕は、『ブロック』と蠢動剛三と迎電部隊(スパークシグナル)が手を結んだ集団だった。

 このうち、『ブロック』の中枢たる山手と佐久、そして蠢動は『木原の書』によって始末されてしまい、組織の頭脳が失われたことで彼ら自身の脅威も実質的に無力化された。

 ただし。

 頭脳が失われたとしても、迎電部隊(スパークシグナル)や『ブロック』の下部組織といった集団自体は、多少の損耗はあれど残り続けている。その後は戦場が先鋭化するにつれて、彼らは事件の表舞台から外れていたが──それでも『学園都市の王位の簒奪』という彼らの目的自体が頓挫した訳ではない。

 

 

 たとえば。

 

 

 フレンダと浜面が侵入する為にセキュリティ強度が一時的に弱まった『窓のないビル』に潜入し、アレイスターの居城にして権力の象徴である『窓のないビル』を勝手に撃ちあげて地球上から消してしまえば?

 

 アレイスターを知る者であればそんな程度でヤツの陰謀が終わるわけがないと断言できるだろう。

 しかし、アレイスター=クロウリーを知らない者であれば、それがアレイスター体制に対して一定のダメージを与えるものと考えてもおかしくはない。

 

 

「……テメェ、何者だ?」

 

「あ!? 何これ、急に『打ち上げシークエンス』とか表示され始めたんだけど!?」

 

「ハハッ、迎電部隊(スパークシグナル)は電子戦を主とする組織だぞ。セキュリティ強度を下げたのは明確なミスだったな、アレイスターの狗ども。一瞬でも時間があれば、このビルの機能を一時的にハッキングすることくらいは容易いぞ」

 

 

 つまり。

 

 ハッキングされた『窓のないビル』は、間もなく勝手に打ち上げられる。

 それ自体は、計画の大筋には影響はない。そもそも『窓のないビル』は〇次元の極点によってテレポートさせるのだからどこにいようが儀式に支障はないし、アレイスターによって『窓のないビル』から切り離された問答型思考補助式人工知能(リーディングトート78)は『原典』でもある為ロケットブースターの直撃を浴びても燃え尽きない。

 ただ一つ問題があるとするならば、今まさにロケットブースターの真下にいる浜面とフレンダが絶賛丸焼き予定ということである。

 

 

「ば……おい馬鹿野郎!! 余計なことしてくれやがってこのままだと新妻の失敗料理みてえな有様になっちまうぞ!?」

 

「別にこちらはこちらでそれでも一向に構わない。『窓のないビル』に直接細工を施すほどの人員だ。此処で道連れにして殺せば、それだけでアレイスター体制にダメージを与えられるだろう」

 

「壮絶な勘違いをされてるって訳よ……!!」

 

 

 そこで、フレンダと浜面は気付く。

 広大な空間の中に、いつの間にか自分達と下手人の男以外の気配が大量に発生していることに。

 

 

「…………!!」

 

「障害物はない。この人数差だ。無事に抜けられるとは思うなよ、アレイスター=クロウリーの狗が」

 

 

 ガチャチャチャチャ!!!! と銃器を構える音が響き渡る。

 逃走は不可能。そもそも数秒後に発生するであろう銃撃を生き延びる術すら覚束ない極限状況下で、フレンダと浜面は思わず息を呑む。

 そして、その次の瞬間。

 

 

 ゴガッッッッ!!!! と、馬鹿二人を取り囲んでいた集団がボウリングのピンのように冗談みたいな勢いでフッ飛ばされた。

 

 

『……やれやれ。よくよく彼の仕事は詰めが甘い。まぁ、だからこそ私がいるのだが』

 

 

 そこにいたのは、ガチャガチャと種々のガジェットを操る──長毛のゴールデンレトリバー。

 木原脳幹。──アレイスター=クロウリーの『狗』である。

 

 

『ともあれ、だ。助けに来たぞ、お若い二人。さっさと此処を脱出してしまおう』

 

 

 颯爽と登場した脳幹がそう言うと、背に負ったA.A.A.がひとりでに動き出し、マニピュレータがフレンダと浜面を確保する。

 間一髪で命を救われた馬鹿二人は半べそをかきながら、

 

 

「うわーんお犬様大好きぃ!!」

 

「チクショウ、登場がカッコ良すぎてなんで犬が喋ってんだとかそういうツッコミをする段階じゃなくなってやがる!!」

 

『……一つ忠告しておくが、私はお若いレディならともかくムサイ野郎に自慢の毛並みをもふもふされる趣味はない。途中で落とされたくなければそれ以上はやめておけ』

 

 

 凄まれては仕方がないので、すごすごともふもふを断念する浜面。フレンダはこういうときに全然許されるのだから美少女は得だよなぁ、とどこか納得いかない気持ちが残る浜面なのであった。

 

 

「……まぁ助かったけどよ。アンタ、確かアレイスター側の人員だったろ? なんで俺達のフォローに回ってくれたんだよ?」

 

『少し誤解があるな。確かに私はアレイスターの部下という立ち位置ではあるが、一挙手一投足を彼の指示通りにこなす程自由のない立場というわけでもない。相応の裁量は任されている』

 

 

 脳幹はダンディに葉巻を燻らせながら言って、

 

 

『今回の場合、アレイスターはシレンへの対応にかかりきりで、宙ぶらりんとなった迎電部隊(スパークシグナル)の始末に手が回っていないことを思い出してな。万一の場合も考えてサポートに向かったわけだ。案の定だったな』

 

 

 こうした機転の利き具合も、脳幹がアレイスターの力を行使する武装──A.A.A.を保有することを許されている要因である。

 速やかに二人を回収した脳幹は、A.A.A.のロケットエンジンを吹かしながら最後にこう付け加えた。

 

 

『それよりも、だ。君達の仕事の結果を受けて、向こうの方でも事態が進展しているぞ』

 

 

 ──フェーズ1はほぼほぼ完了し。

 作戦は、フェーズ2に差し掛かろうとしていた。


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