【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス)   作:家葉 テイク

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一五七話:世界を救う為に

 

 

 そうして。

 『亀裂』の向こうで繰り広げられていた戦争が、あっさりと停止した。

 

 

 


 

 

 

最終章 予定調和なんて知らない 

Theory_"was"_Broken.   

 

一五七話:世界を救う為に Best_Solution.

 

 

 


 

 

 数千を超えるファイブオーバーが一斉に待機状態に入り、それと相対していた能力者達も手を止める。

 機械に埋め尽くされた空の最前線を駆っていた木原脳幹は静かに葉巻を燻らせ始め、それと相対していた魔術師達も肩の力を抜く。

 それを見て、ツンツン頭の少年と今や表舞台に立った『人間』は互いに頷き合い、どちらともなく握手を交わす。

 

 やがてその場にいたすべての者達の視線が、『亀裂』の向こう側にいるシレン達に目を向けられた。

 

 

『シレンさん! レイシアさん! 無事でいやがったんですね!』

 

 

 『亀裂』を通して空間的に繋がったからか、無線越しに刺鹿の声が届いてくる。

 それ自体は喜ばしいことだが、シレンはそこで首を傾げた。

 

 

「……此処、歴史の『円周領域』とかって場所なんだよね? 『亀裂』のお陰で空間的に繋がったからって、ちゃんと通信が繋がるものなのかな? いやいや、電波が通らないとかそういう意味じゃなくって……なんだっけ、世界の拡張子とかなんとかで」

 

「ああ、もちろん通じてないわぁ」

 

 

 『魔女』はのほほんと言って、

 

 

「だからほら。お隣のレイシアちゃんはさっきからずっと首を傾げまくっているでしょう? アナタが通じているのは、臨神契約(ニアデスプロミス)があるからってことなのよ」

 

 

 言われてシレンがレイシアの方を見てみると、確かにレイシアは良く分からなさそうに首を傾げているばかりだった。

 

 

「あっごめんレイシアちゃん……。もう、肉体(なか)に入っちゃおうか。バラバラでいる意味もないんだし」

 

「いえ。せっかくですし、もう少しこのままで。──シレンの『横』に並び立って世界を救う機会なんて、この先滅多にないでしょうし」

 

「……はは、確かにそりゃそうだ」

 

 

 レイシアの言葉に笑って、シレンは頷いた。

 先ほどからお嬢様とはかけ離れた男性口調で話してしまっていたが──おそらくこれも、臨神契約(ニアデスプロミス)によって補正されているのだろう。思えば、シレンはそもそも一分の隙もなく自分を偽ることができるような器用な人間ではなかった。

 その彼女が今までボロを出していなかったということは、それだけ特殊な体質による補正があったと考えてしかるべきである。レイシアは人知れず、自分の察しの悪さに臍を噛んだ。

 

 

『……シレンさん?』

 

「ああ、いえ。わたくしも安心しましたわ。皆さん、ご心配おかけしましたわね」

 

 

 シレンが応じると、無線の先にいる『GMDW』の面々もほっと一息ついたようだった。

 その反応と入れ替わるようにして、通信の相手も変わる。

 

 

『こちら馬場。シレン、レイシア。無事なのは分かったが、そちらの状況を教えてくれないか? こっちの本部にもいくつか「亀裂」が出てきていて、……正直生きた心地がしない』

 

 

 馬場の声は聞いてすぐ分かる程度に震えていたが、しかしそれでも彼は逃げ出さずにGMDWを率いてくれているらしい。その事実に、シレンは暖かい気持ちになりつつ──ある意味でシレンとレイシアしか把握できていない状況を全体に共有する意味も込めて、声を張る。

 

 

「簡潔に説明するならば──現在、世界は崩壊の危機に直面しております! わたくしの『発生』と時を同じくして生じた『世界の穴』が徐々に広まっていることが、その原因です。このカタストロフを回避する為には、『世界の穴』をどうにかして修復するほかありませんわ!」

 

 

 そうして、その場の全員に事態が共有される。

 無線の先では、当然どよめきがあった。その内訳には、『世界の穴』がシレンの『発生』と同期しているという事実も関係しているだろう。正直なところ、そのあたりの事情は説明が難しいのであえて伏せておいた方がよかった部分もあるのだが──シレンとしては、そこまで赤裸々に語るのが此処まで道を共にしてきた仲間への礼儀だと思っていた。

 

 

「(……ハァ。バカ正直ですわねぇシレンは)」

 

「(そうでもないよ。俺だって都合の悪いところは黙って、アレイスターを誘導しているわけだし)」

 

「(そこに若干負い目を感じているところが特にバカですわ)」

 

 

 冷たく切り捨てるレイシアだったが、握られた手の力がぎゅっと強められたあたり、そこにある思いは言葉通りではないらしい。

 ──確かに、もう少しこのままでもいい。それどころではない状況なのは百も承知で、シレンはふいにそう思った。

 

 

「──結局、重要なのは『世界の穴』でしてよ」

 

 

 全員の注目を一身に背負ったシレンは、そう言って授業でも進めるみたいに話し始める。

 

 

「この事態──そして世界の滅亡は、『世界の外郭』に空いてしまった穴が放置され続けたことで徐々に広がってきたことによって起きています。逆説的に言えば、この穴さえどうにかすればカタストロフは終結する」

 

「……世界の穴なんてどうやって埋めるんですの? まさかホームセンターで世界の穴を埋める用の布でも売っている訳じゃあるまいし」

 

「そこは、創意工夫ですわよ」

 

「──そうか。()()()()()()を利用するのか」

 

 

 シレンが説明する前に、世界最悪の魔術師が同じ結論に辿り着いた。

 

 

「世界の穴は、この世界と『真なる外』の境界に発生している。この世界の物質では『真なる外』の拡張子に適合できないが、この世界の物質を『真なる外』の拡張子に変換してやれば『穴埋め』の素材としては十分になる」

 

「その通りですわ。この世界の物質の拡張子を、『真なる外』の拡張子に変換する。そうすれば理論上、世界の穴を埋める為の素材を用意することができるはずなのです」

 

 

 シレンはそう言って、ぴんと人差し指を立てる。

 

 

「策はありますわ」

 

 

 世界を救う為に、()()()()

 己が望む未来を掴み取る為に、結果的についでに世界を救うことを決めた悪女は、不敵に微笑み、

 

 

「この作戦には幾つかのフェーズがあります。まず、フェーズ1。『世界の穴』の位置を特定します。場所が分からなければ、穴を埋めることすら覚束ないですもの」

 

 

 『世界の穴』と言っても、それが三次元的な座標で説明できるとも限らない。

 今発生している『亀裂』は世界中で散発的に発生しているようだが、そこから算出できるかどうかも微妙である。とにかく、あらゆる可能性を考慮して『世界の穴』の座標を突き止める必要がある。

 

 

「次にフェーズ2。この段階で、『世界の穴』を埋める為のものの拡張子を変換し、『真なる外』の拡張子に合わせることで『栓』を作り出します」

 

 

 座標を特定し、拡張子を変換することで『世界の穴』を埋める『栓』を作り出す。

 ここまでが上手くいったとしても、まだ難題は残る。最大の難関は、次のフェーズ3だった。

 

 

「そしてフェーズ3。……そうして創り出した『栓』を、『世界の穴』へ移動させます。わたくしの考えが正しければ、これで『栓』は『世界の穴』と癒着し、現在発生しているカタストロフは収束するはず」

 

「──私も特に言うことはないな」

 

 

 シレンの提案(プレゼン)に、世界最悪の魔術師は腕を組みながら答えた。

 それは、シレンの提唱した作戦が大筋で問題ないことを証明していた。──しかし、肝心のシレンの表情は明るくない。

 

 

「ただし、問題が一つあります。それも、大きな問題が」

 

 

 シレンは悩み事を話す前みたいな調子で嘆息し、そして自分が直面している難題を素直に白状した。

 

 

「大体の方針が決まっているのはいいのですが…………具体的な実現方法が全く思いつかないのですわ」

 

「ダメダメではありませんのっ!?!?」

 

 

 即座に横にいたレイシアがツッコミを入れる。

 ──しかし、言ってしまえば当然の帰結である。シレンは転生者とはいえ、その本質は技術者でもなんでもないただの一般人。レイシア=ブラックガードの肉体の知識を参照する形で分子間力については専門家並の知識量を持つが、世界の成り立ちとかそういうものを解決できるような知恵者ではない。むしろ、大枠とはいえアレイスターも納得できるような作戦を考えることができただけでも立派なものだった。

 もっとも、この世界で『どこにでもいる平凡な学生』をやる為には、そのくらいやれないとどうしようもないのだが。

 

 しかしそこでシレンは開き直る。

 

 

「できないものはできないので仕方がありませんわ!! ですから、助けてくださいまし! この場にいるすべての皆さんの力を使って、『世界の穴』を塞ぐための具体的方法案を生み出してほしいのです!!」

 

 

 清々しいまでの丸投げ。

 ヒーローが聞いて呆れる暴挙。

 

 しかし、それを語るシレンの目に迷いはない。そして実際に、彼女の呼びかけに応じる形で一つの戦争は終結した。もちろんこの中には、腹に一物抱えた者もいるだろう。本当の意味で和解や平和が成り立ったわけではなく、それぞれの利害によって一時的に腰を落ち着けているだけの状況に過ぎない。

 だが、現実として彼らは争いの手を止め、互いに協力しあうことを決めた。一人一人が、それぞれ物語の主人公になってもおかしくないほどの傑物が、である。──これだけ状況が整っていて、それでも世界の一つも救えないなんてそんなバカな話があるわけがない。

 

 

「──なら、『世界の穴』の特定は一方通行(アクセラレータ)のお兄さんがやるしかないね」

 

 

 そこで真っ先に応じたのは、風紀委員(ジャッジメント)としてこの街を守る為にやってきた木原那由他だった。

 

 

「……オイ。役者なら十分揃ってるだろォが。っつか、世界を救うなンてのはガラじゃねェ。隕石が降ってくンならともかくな。ヒーロー様にでも任せてりゃイイだろ」

 

「この中で、お兄さん以外に世界全てを手中に収めるような演算が可能な人員がいると思う?」

 

「…………、」

 

「いるぜ? 此処にな」

 

 

 那由他の問いに一方通行(アクセラレータ)が答えに窮したと同時に、応じる声があった。

 ──声の主は、三対の白い翼を携えた少年。『スペアプラン』垣根帝督だった。

 

 

「異物を交えた世界全てを演算する性能。それがなきゃあ未元物質(ダークマター)は扱えねえ。()()()()()()()()()()()()()()って言ってる情けねえ第一位サマの代わりなんざ、いくらでもいるよ。この場にはな」

 

「……あァ?」

 

「なんだ、事実を言われてキレたか?」

 

 

 しばし、両者の間に無言の時間が続く。

 第二位──スペアプラン。所詮は『代替品』。それらの称号は、永く一人の少年にとっては呪いのような肩書だった。

 だが、それは同時に、『本物』の価値を脅かす競合相手としての資格を持っているということをも意味する。

 

 

「──面白いですねえ。足りないモノは僕が『代替』して差し上げますよぉ」

 

 

 不敵に笑う垣根の後ろで、薄っぺらな笑みを浮かべた木原が佇む。

 第一位と、それを支える『木原』。

 第二位と、それを支える『木原』。

 奇しくも同じ構図が相対したところで、無言を貫いていた一方通行(アクセラレータ)は軽く噴き出した。

 

「く、ひゃははは! 面白れェ。イイぜ第二位。その喧嘩ァ買ってやるよ」

 

 

 ただし、その対立は闘争には繋がらない。

 まるでそういう風にこの場のルールが整っているとでも言うかのように、二人の『科学の頂点』は矛を交えることなく『競い合う』。

 

 

未元物質(ダークマター)未元物質(ダークマター)の手札で」

 

一方通行(アクセラレータ)一方通行(アクセラレータ)の手札で」

 

 

 『最強』達は並び立って、シレンとレイシアに告げる。

 

 

「「世界を救う為の土台はこちらで用意してやる。美味しいところはきっちり決めろよ、ヒーロー共」」

 

 

 ──第一フェーズの問題は、此処に解決した。

 

 

「んじゃ、変換は俺に任せてもらおうかね」

 

 

 気軽にそう言い放ったのは、黒い衣装の上に白衣を纏ったチンピラのような科学者──『木原の書(プライマリーK)』だった。

 

 

「知っての通り、俺は善徳を悪徳に『変換』する機能を持った魔道書だ。なら、その機能の変数をいじっちまえば『世界の拡張子』を変換することだってできるんじゃねえか? ま、必要な変数情報は必要になるがよ」

 

「それじゃあ、変数関係の変更は私達魔術師の仕事だね」

 

 

 それに手を貸すのは、インデックスを筆頭にした魔術師達。

 

 

「『木原の書』の基礎は私が構築した原典のそれを踏襲しているものね。基本構造を知っている技術者がいれば大分作業もスムーズになるはずよ?」

 

「木原が有しているという知識の毒については、我々がフォローしましょう。これでもイギリスという国家から異端審問官を任ぜられているプロフェッショナルですから、我々は」

 

「……あの子がやると言っているんだ。僕達がそれに協力しないわけにはいかないね」

 

 

 魔術師達の協力はあれど──しかし、インデックスはさらなる懸念を提示する。

 

 

「でも、問題は『栓』の素体かも。いくら変換機を介するとはいえ、『世界の穴』を埋めるとなれば、素材は何でもいいわけじゃない。相応の記号を持っているものじゃないと……」

 

「……フム、それならちょうどいいものがある」

 

 

 そこで応えたのは、アレイスター=クロウリーだった。

 

 

「……ちょうどいいもの?」

 

「要は、世界の果てへと辿り着く為の記号が欲しいのだろう? 今ある場所を飛び立ち、そして遥か彼方へと辿り着く為のアイテム──即ち、スペースシャトルだ」

 

「……そんなもんどこにあるんだ? 第二三学区にはあるかもしれないけど……」

 

「あるだろう、すぐ傍に」

 

 

 怪訝な表情をする上条に対し、アレイスターはあっさりと答える。

 シレンもまた、そんなアレイスターの意図は理解できなかった。──それもそのはず。この事実は、彼女がかつて読んだ物語の『先』に位置する事実なのだから。

 アレイスターは平然と、かつての歴史では彼の陰謀の最終局面まで伏せられていた事実を語った。

 

 

「『窓のないビル』。アレはスペースシャトルとしての機能も有していてね。アレならば、『世界の穴』を埋める為の記号としては十分だろう」

 

 

 ──窓のないビル。即ち、この街の王の居城。

 それが最後のピースになると、アレイスターは宣言する。

 

 

「……? 窓のないビルが、スペースシャトル?」

 

「知らなかったか?」

 

「逆に何故知っていると思いましたの!?!?!?!?」

 

 

 声を上げたのはシレンだが、その場にいた者達も一様に絶句している。何故ならそれは──居城がロケットになっているということは、アレイスター=クロウリーはそのうち宇宙への突入すらも視野に入れていたことになる。

 どこまでも、スケールの大きすぎる『人間』だ。シレンは素直にそう思った。──ただし、この場においてはその荒唐無稽加減が力になるのも事実。

 

 

「さて、これでフェーズ2の問題点も解決したな。残るは、フェーズ3の実現策だが──」

 

「んなもん、考えるまでもないでしょうが」

 

 

 忌々しさを隠そうともしない女の声が、アレイスターの言葉を遮った。

 

 

「世界の外郭。まともな方法でやれば何光年分の距離があるんだか分からない場所まで『栓』を送り込む技術なんて、私はこれを除いては思いつかないわね」

 

 

 年齢に似合わない大人びた雰囲気を持つ少女。

 第四位、原子崩し(メルトダウナー)の能力を持つ超能力者(レベル5)

 ──麦野沈利。

 

 

「……それって」

 

「分かんねェのか? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 応じるシレンに、麦野は鼻白んだ様子でつづける。

 

 ──〇次元の極点、という技術があった。

 一次元の点を『切断』することによって発生する『極点』は、その一点で世界全てをあらわす。この『極点』を介せば、世界のどこからでも好きなものを取り寄せられるし、世界のどこへでも好きなものを送り付けることができる。

 たとえそれが──『世界の外郭』であったとしても。

 

 

臨神契約(ニアデスプロミス)なんてモンはどうでもいい。私にとって『お前ら』は白黒鋸刃(ジャギドエッジ)。重要なのはそこだ」

 

 

 『とある歴史』と違い、木原数多の調整を受けていない麦野沈利に独力による〇次元の掌握は不可能だ。

 そして白黒鋸刃(ジャギドエッジ)にしても、一次元の点を切断して『〇次元の極点』を生み出すことはできても、それを持続させることはできない。だが、二つの第四位が力を合わせれば──その実現は可能となる。

 『栓』を『世界の穴』へと飛ばすことも。

 

 

「……感謝しろよ。私がテメェらに手を貸すのなんざ、これが最初で最後だからな」

 

「ええ、分かっておりますわ」

 

 

 忌々しそうに言い切る麦野に、シレンは優し気に微笑んで、

 

 

「照れ隠しにツッコミを入れるほど、わたくし野暮ではありませんわよ」

 

「いっちばん最低のほじくり方しやがってこの性悪女ァ!!!!」

 

 

 ──ともあれ、これでフェーズ3の懸念も解消された。

 

 材料は全て揃った。

 あとは全員で、世界の危機を救うのみ。

 

 

「さぁ、作りましょう」

 

 

 その場に集った数多のヒーローを眺めながら、シレンは言う。

 

 

「わたくしたちにしかできない、最高のハッピーエンドを!!!!」




『亀裂』の向こう側の人物の発言は、後ろにいる『魔女』がレイシアに通訳してくれています。

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