【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス) 作:家葉 テイク
そもそもが、分不相応な未来だった。
シレンの境遇だけじゃない。
レイシア=ブラックガードが享受している現状こそ、道理にそぐわない未来だと言えるかもしれない。
本来は歴史の表舞台にすら存在していなかった人物が、厚かましくも歴史上にのさばり、あるべき歴史の姿を捻じ曲げて、勝手自儘に本来のレールから外れた形で歴史を運行する。あまつさえ本来結ばれるべき縁を軽視して、自分の利益の為にその席を奪わんとする。それは、ある面から見れば許しがたい大罪だろう。
『正しい』歴史。
彼女の道行きは、どう足掻いてもそこから逸れていくしかないのだから。
そういう意味では、この展開はある意味ではこの上なく慈悲深い。
歪みに加担したレイシア=ブラックガードではなく、その根本原因であるシレンのみを消去して、歪みが存在していなかった場合の未来へと緩やかに軌道修正していく運命の流れは、レイシアを巻き込んだ抹消よりはよほど優しい。
それだけでも、シレンが必死になって戦ってきた意味がある。
きっと、シレンが失われればレイシアも歴史の表舞台からは遠ざかっていくだろうけれど。
それでも、シレンが遺した縁は、レイシアを強くする。歴史は穏やかな形へと修正されるけれど、レイシアの幸せも認められる。そんな未来は、『魔女』なんてものに変貌するバッドエンドに比べれば、ずっと幸せな未来と言えるのだから。
………………………………。
──なんて。
「
静かに。
しかし激しく、シレンは怒りを露わにした。
本来存在しない席に座って、歴史の脚光を浴びる。そんなものは許されていないから、歴史は『レイシア=ブラックガードが歴史の表舞台に立たない未来』へと自然と収束されていく。それがあるべき形なのだと、そういう風にルールが決まっているのだとして。
──そんなルールがあったからといって、それがなんだというのだ?
「偉そうに上から目線で設定されたお行儀のいい『お約束』に、『正しい歴史』なんかに……俺達が従わなければならない理由なんて、一ミリも存在しない。たとえそれがあるべき姿だったとしても、そんなもの知ったことか!!」
きっと此処で自ら犠牲になるのが世界の為の最適解なのだろう。レイシアもこの世界で出来た親しい人たちも、確実に救うのならこの選択が一番正しい。
そう自覚した上で、シレンはその在り方に反逆する。
そんな『正しい』だけの未来よりも、自分もレイシアも歴史の表舞台に立ち続け、世界を謳歌する──そんな未来の方が『最善』だと信じているから。
良識に、善徳に、倫理に、道義に。
そうした『良きもの』に反逆して、どこまでも自分勝手に己の望むものに手を伸ばす。それが──
「それが、俺の知っている『悪役令嬢』なんだから!!!!」
シレンには、このカタストロフに対抗するような才能も、技術も、経験も存在しない。
歴史を均す
でも、向こうの世界にはたくさんの仲間達がいる。その仲間達の力を借りても──本当にこのカタストロフは克服できないのだろうか。
「なぁ、『魔女』」
「無理よ」
呼びかけると、気付けば濁灰の装いをした『魔女』はシレンの後ろに佇んでいた。
「わたし達だって、最後まで諦めなかった。二人で頑張った! でも……だからこそ
『魔女』は、真実引き留めるようにシレンに呼びかけた。
「ただでさえ、まだ向こうにはアレイスターが健在でいるのよ!? 一番上手くいった可能性ではアレイスターの撃退には成功していたけど、結局は『わたし』になった。まして、今回はそれすらできていない! 分かっているかしら。最善の状況を構築しなくちゃいけない状況だっていうのに……この未来は、最善ですらないのよ!」
「いいや、最善だよ」
『魔女』の言葉に、シレンは即座に答えた。
「……最善、
この選択は次善なんかじゃなかった。失敗も失点も、全てが最善の未来に連なっているのだと──胸を張れる未来なんだと言い切る。その為に成すべきことを考えればいい。
シレンには、答えが見えていた。
「だから俺は諦めない。『魔女』にならず、世界も滅ぼさせない──そんな未来を掴んで見せる!!」
シレンは握った右拳に視線を落とす。
まず、シレンが今いるこの空間。
この『とある魔術の
一見すると異世界のような事態も実際には異能によって拡張されただけで、実際には本物の世界とは地続きになっている。だとすると、この異世界のような空間も、何らかの概念によって
で、あるならば。
材料は、既に揃っている。
「この右手──
であるならば、応用次第では『害意を失敗させる右手』として以外にも運用できるのが道理だ。
そもそも、シレンはもともと『可能性の収束を選ぶ』という形で、既に
(右手に収束した因果を、解く)
右手に意識を集中しながら、シレンは考える。
この世界がいかなる概念によって元の世界と分かたれたものだとしても──此処が『とある魔術の
ならば、引き寄せてしまえばいい。
望んだ可能性を。レイシア=ブラックガードが隣にいるという未来を。
世界を隔てていようが引き寄せられるだけの
たとえば、
これは、シレンの知らない物語。
それでも、シレンは辿り着ける。
確かにこれまでの道筋は最善ではなかったかもしれない。だが、これまでにあったピースは無駄でないと信じるからこそ、シレンはそのすべてを利用し尽くせる。己が望む最高の未来へと、繋げることができる!!
「……召喚には、ラインが必要だ。だからアレイスターはAIM拡散力場を使った入れ物を用意して、レイシアちゃんの魂をそこに招来した」
本来は、シレンの魂を引き込む想定だったのだろう。
だが、AIM拡散力場は世界の外からやってきたシレンは持たないものだ。だからシレンを引き込むつもりが、レイシアの方が先に引っ張られてしまいアレイスターの計画は失敗した。
ならば、シレンもまた同じことをしてやればいい。
「ラインは、既にある」
それは、シレンの魂が宿っているこの肉体。
そもそもこれはレイシア=ブラックガードという少女の肉体だ。魂と肉体の間には深い関係性があるから、当然この肉体はレイシアとの強い繋がりとなる。今回は──その縁をラインとする。
──シレンは気付かない。
数多在る可能性の中から、望む未来を引き出すチカラ。それこそが、学園都市で開発されている『超能力』と呼ばれる異能の根幹であることを。
歴史というマクロな事象を歪めることで、望むミクロな事象を引き寄せるその技術体系が、『全体論の超能力』と呼ばれていることを。
「あとは解きほぐした因果を使って──レイシアちゃんを、引き寄せる!!」
右目の奥が赤熱するような感覚が、シレンを襲う。
まるで火花が散るかのような視界の明滅と共に、シレンは頭蓋を後方へと貫くような軸をイメージする。その軸に垂直に差し込まれた無数の歯車たちがギチギチと周り──そして、噛み合う。そんな感覚が、シレンの中に芽生えた。
その、直後だった。
ピシリ、と世界に再び亀裂が走ったのは。
シレンは、その亀裂の中に迷わず右手を突っ込む。
亀裂の向こう側でも、その手は迷わず掴まれたようだった。
そして改めて、シレンはその人物へと詫びる。
「…………ごめん、レイシアちゃん」
いつしか──そこには、白黒のナイトドレスに身を包んだ金髪蒼眼の令嬢、レイシア=ブラックガードの姿があった。
その無二の相棒に対し、シレンは苦笑を浮かべながら問いかけてみた。
「相談なしで喚んどいて悪いんだけど……俺のいない安全な未来よりも、俺と一緒の危険な未来を選んでくれない?」
「……わたくしがその問いに『NO』と言うとでも思いまして?」
言葉を交わし終え、二人の
一方は白黒のナイトドレスに身を包み。
一方はボロボロの常盤台の制服を纏い。
自らを一切疑わず、世界の摂理に反逆する。それは、見様によっては愚かにも映るだろう。自らの欲望の為に道理も良識も無視して勝手自儘に振舞い、挙句の果てに世界すらも危険に晒す在り方は、ある意味ではやがて破滅に向かう悪役令嬢と本質的には同じ、エゴの塊ともいえる。
ただし。
その不敵さはどこか、かつて一人の少女を守るために神様の定めた奇跡に唾を吐いた少年の面影を感じさせた。
無二の相棒と並び立ちながら、二人で一人の
「なぁに、何も難しいことはないよ」
まるで。
「──
世界全てを敵に回すような不敵さで。
画:おてんさん |
「────で、この後どうするつもりなわけぇ?」
ふと。
気付くと、二人の横合いで魔女は亀裂に腰かけて、呆れの境地に到達していたようだった。
「うわっ、シレン。コイツなんなんですの?」
「
「まぁ、此処は世界の外郭だからねぇ。歴史をゴムの紐で例えるとしたら──この空間はゴム紐の『円周』にあたる場所。同じ時代でありながら明確にズレた座標に位置する未来。時間軸の『外郭領域』ってところかしら」
「うわー。言われてみれば、得意げな説明とかめっちゃシレンっぽいですわ」
「なんか『魔女』を介して俺のことをディスってきた!?」
開口一番散々なレイシアへのツッコミはさておき、気を取り直したシレンは最初の『魔女』の問いかけに答える。
「……別に、俺達がこれ以上特別な働きかけをする必要もないさ」
意外にも、シレンの回答はあっさりしたものだった。
というか。
「
シレンの言葉を待たずに、レイシアを引きずり出した『亀裂』が、人の背丈よりも大きく広がっていく。
まるで、何者かによって押し広げられたかのように。
亀裂から覗き見る向こう側の世界はまさに戦争状態だった。
空を埋め尽くす機械の大群に対し、雷神と化した美琴が物質化したAIMの槍を叩きつけ、戦闘機のような機構を纏った木原脳幹の一撃を
遠景に見える頂上決戦から視線をずらし──手前の方を見遣ると。
「……よかった成功した! レイシア、シレン、大丈夫だよね!?」
意外と近くから、聞き覚えのあるシスターの声。
『亀裂』の傍に立つ人影を見ると──そこには、冷や汗をかきながら何やら両手を掲げて構えるオリアナ=トムソンと、それに何かしらの指示をしていたらしいインデックスの姿があった。
「なんだか急に世界中亀裂まみれになってて、かなりひどいことになってるかも! とうまとアレイスターの戦いも全然決着がつかなさそうだし……!」
世界中亀裂まみれ──と言われて視線を巡らすと、確かに空や地面、果ては虚空にまで謎の『亀裂』が発生し、一部の建造物はそれに巻き込まれて倒壊すらしている有様だった。
「………………」
予想以上の終末世界っぷりに、シレンの顔がやや引き攣った。
さらに、それだけではない。
インデックスの言葉に視線を下に向けると──そこには、ツンツン頭の少年に押し倒されて胸倉を掴まれた銀髪緑眼の『人間』があった。
おそらく、上条当麻相手に下手に術式に頼る戦い方では負ける可能性があると判断して、徒手空拳メインでの戦いに移行したのだろう。それでも案の定失敗して馬乗りになられているようだが。
『コイツ、マジで何なんだ』──そう言いたい気持ちをグッとこらえ、今まさにいがみ合っている最中の二人に向けて、シレンは咳ばらいを一つする。
「お二人とも」
シレンとレイシアが顔を出したことに気を取られていた隙を突かれてマウントポジションから跳ね飛ばされた上条と、さらにそこからマウントポジションを取り返したアレイスターに向けて。
「……
「ぶっ!?」
突然の宣告。
それを聞いて、シレンとレイシアにしか見えない『魔女』の吹き出す声がした。
──最善の未来、黒幕たるアレイスター=クロウリーを撃退した未来でも、バッドエンドは回避できなかった。『魔女』は、確かにそう言った。
つまり『魔女』は、今まで一度もこの決断を選んで来なかった。そんなことなど考えもしなかったはずなのだ。
「じょ……冗談でしょ? 思いついても、普通やる? だって……だって、そいつは」
「確かに、実際問題どれだけ意気込みがあったとしても、『
本当のことは──シレンの犠牲を許容すれば世界の滅亡は回避できるということは、あえて話さない。性悪な令嬢は、自分が望む未来を掴むためなら平気で真実を隠すのだ。
これに対し、銀髪の『人間』とツンツン頭の少年は互いに顔を見合わせて、そして全く同じタイミングでこう答えた。
「「仕方がない。一時休戦にするか」」
──確かに、ヒーローならば目的の為とはいえ、最低の悪党と手を結ぶことなどできないかもしれない。
だがこの物語は、ヒーローの物語なんかではない。
これまでの失態も、失点も、全てを呑み込んで──自分たちが歩んできた道こそ正しかった
この物語は。
そんなどこまでもしぶとい