【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス) 作:家葉 テイク
勝ち誇ったアレイスターの宣言。
奪われた第一位の能力。
戦慄する一行を相手に、統括理事長が次なる矛先に選んだのは──御坂美琴だった。
「────ッ!!」
「次は
アレイスターは、一行の後方に陣取っている美琴をゆっくりと指差す。
最早幾何の猶予もないそんな瞬間で──上条当麻は一人駆け出していた。まるで、美琴とアレイスターの間に割って入るように。
「
「間に、合え!!」
バギン、と。
アレイスターがトドメの一言を告げたのと同じタイミングで、何かがひび割れるような音が響き渡る。
──白黒の御坂美琴は、現れない。アレイスターが術式を発動したにも拘らず。
「…………魔術ってのは、突然何もないところから発生するような太刀打ちできない不思議な力ってわけじゃねえ」
右手で何かを殺した上条は、静かに言う。
きっと、彼はアレイスターが操る『堕天術式』の正体なんて知らない。ましてや、突破法など想定すらできないだろう。
だが、彼は知っている。これまでの彼の旅路で、『魔術』というものがどういうものなのかを知っている。
「術者がいて、そこから魔術は生まれる。その大前提から外れるんなら、ルーンカードとか、七面倒くさい神殿とか、
ならば、アレイスターの場合は?
何の脈絡もなく唐突に現れた
「……答えはさっき、お前自身が言っていたな」
「…………、」
「能力者から発せられる目に見えない力場! お前の術式はそこを媒介にして能力者の
上条は知らない知識だが、AIM拡散力場を探知する
つまり、AIM拡散力場とはそのくらい遠くまで広がる力場というわけなのだ。そうした広がる力場をとっかかりにして発動する術式であれば、傍から見れば『何の脈絡もなく発動した』ように見えることだろう。
ならば、その連続性を断ち切ることができたなら?
AIM拡散力場は、微弱ではあれど異能の力。
つまり、能力者とアレイスターの間に上条が割って入れば──『堕天術式』は媒介となるAIM拡散力場を打ち消されることになる。
「伊達に魔術師との戦闘経験を重ねていないというわけか。……いや、科学と魔術、私が区切った二つの世界の異能とぶつかった経験があるからこそ、異能の共通ルールに知悉し始めているというべきか……」
アレイスターは忌々しそうにも楽しそうにも見える表情で笑いながら、
「だが、それは発動前の『堕天術式』を阻止できるというだけに過ぎない。君のたとえを借りるなら、一度大きな紙の全体から引きちぎった後の一部は、直接触れることでしか殺すことはできないのだからな。それに、常に
「…………!」
一つの手を阻止した程度では、突破口にすらなり得ない。
ただし、この戦場は上条当麻によってのみ賄われている訳ではなかった。
「五分、時間をちょうだい!!」
──声を上げたのは、木原那由他だった。
「……能力の暴走。それなら、私の
「それを聞いて──私が黙って見過ごすとでも?」
「それは、『害意』でして?」
スッ、と。
滑り込むような自然さで、レイシアがアレイスターに問い返す。その一言を受けて、アレイスターの言葉が僅かに止まった。
今もまだ、散発的な
だから、実質的な効果は薄い。にも拘らず、アレイスターは止まってしまう。
(……やっぱりだ。アレイスター=クロウリーは俺の右手をとても警戒している)
実際の効力の高さ云々ではない。
そもそも、アレイスターがこれまで策していたものだって、レイシアを差し向けてシレンを倒す作戦だったり、木原の書に狙いを逸らして自分からは遠ざけたり、徹底して
あるいは、彼の計画の根幹をなす
(アレイスターにとって、この右手は未知なんだ。
実際には、他者への無理解と敵対心が強い人格が『害意』に対して、これまでの人生が『失敗』に対して、過剰の警戒を生んでいる節もあるにはあるが──シレンの分析はおおむね正確だった。
『害意を失敗させる』というのは、本質的ではない簡潔な説明だ。根幹プロセスである『時系列を乱し、そして均す作用』は、アレイスターの『必ず失敗する体質』とどう作用するのか分からないのである。
アレイスターの失敗体質すらも均して無効化するのか。
あるいは、均した結果にアレイスターの失敗が生じるのか。
それをアレイスター自身が見定め切れていないからこそ、アレイスターは今までシレンのことを遠ざけ続けてきた。しかし、いよいよ手駒がなくなり、アレイスター本人がシレンのことを相手せざるを得なくなった。これは、シレンが思っているよりも実はアレイスターが追い詰められているということだ。
「──ならばそちらから対処するか」
アレイスターの思いつきめいた呟きとともに、轟!! と暴風が吹き荒れた。
現象だけを見れば、ただのこけおどしか何かにしか見えない能力の発露。しかし、大気を操った経験を持つシレンとレイシアにはすぐに分かった。
「これは……!」
「……やられましたわね。まさか第一位の異能を使って音波を操るとは」
「第四位にできることなんだ。第一位にできない道理はないだろう」
彼女達の経験は、アレイスター=クロウリーが爆音に加えて超音波を駆使することで
その上で。
「その程度で封殺できると思っているのは──甘いのではありませんこと?」
ブワッッッッ!! と。
それまでの前提を無視するように。
シレンの背中から長大な白黒の翼が発現した。
「…………え!?」
これに最も驚いたのは、今まさに翼──即ちフルパワーの『亀裂』を発現させたシレンの方だった。
当然だ。そもそも、シレンとレイシアは二人で一人の
「おーおー、できましたわ。まぁわたくしの身体ですし当然ですか……」
しかし。
シレンの両肩に手を当てたレイシアは、割合あっさりとしていた。
「……能力を生み出す源は、あくまでわたくし。であれば、接触した状態であればシレンの肉体を通して
「えっえっ、レイシアちゃん、今わたくしの後ろどうなっていますの!?」
「いつも通り『亀裂』が出てますわ。あっ、何発か誤射ってわたくしの脇腹が切り出されてますが、気にしないでくださいまし」
「気にしますわよぉっっっ!?!?!?!?」
ともあれ、『亀裂』である。
その最大の応用は、超音波による物質の移動すらも可能にするほどの精密な気流操作。これがあれば、『堕天術式』による超音波の妨害を無視して
「だが、その気流操作は精密な『亀裂』の解除によるもの。ならばその前に圧倒的な破壊力で『亀裂』を破壊してしまえばいい」
だが、アレイスターの手札は別に『堕天術式』だけではない。
それに。
「──別にそうでなくとも、右手を無力化する方法なら
そんなことを嘯くアレイスターの背後に、数字のイメージを伴う火花と共に機械の蟷螂が現れる。
鎌のような銃器を両手に備えた無人兵器──ファイブオーバー。Modelcase_"RAILGUN"の名を冠したその威容が、シレンを──より正確には、その右手を狙う。
「考えてみれば、上条当麻と違いレイシア=ブラックガードに右手の『奥』はない。ならその右手を吹き飛ばしてしまえばいいだけの話だ」
アレイスターが求めているのは、あくまでも
その結果
ゆえに。
一寸の躊躇もなく、凶弾の嵐がシレンの右手を突き破った。
──
「…………?」
怪訝な表情を浮かべたのは、全てを策したアレイスター自身だった。
確かに『霊的けたぐり』は発動し、シレンの右手は肘あたりまでファイブオーダーの銃弾の嵐によって消し飛ぶはず。──にも拘らず、シレンの右手は今も健在だった。
「…………おかしいと、思っていたのよねぇ」
ぼんやりと溢すように呟いた少女が、一人いた。
蜂蜜色の髪の、人の心を操る極致に立つ少女──食蜂操祈は、得意満面な笑みを浮かべて言う。
「あれほど派手な攻撃だっていうのに、振り返ってみれば
霊的けたぐりは、そもそも相手の認識に作用した思い込みをトリガーに発動する魔術だ。
つまり、最初の認識にはたらきかける部分は、魔術でもなんでもないただの『技術』。
「……アナタの使っている『現象』は、攻撃対象の認識を媒介にして発動している。なら、そもそもその認識自体を書き換えてしまえば?」
そして──単なる正常な脳機能の働きの領域ならば、それは
つまり。
「もう、アナタのその妙な『現象』は通用しないわよぉ……!」
同時に、ボバババババ!!!! という爆撃音が連続した。
「……アイツがやった手が能力の暴走に対して有効なら、えーと、テレズマ?っていうのにも同じことが言えるわよね」
雷雲をまるでソファのように従えた美琴は、アレイスターの周辺を物質化したAIMで攻撃しながら続ける。
「アンタと、テレズマってやつの間。そこに攻撃をぶちまけてしまえば、接続が切れて爆撃も満足に使えなくなるんじゃないかしら?」
飛車角落ち。
頼みの綱の『堕天術式』にしても、上条当麻は二人の異能を守るようにしっかりと射線上に陣取っている。もはや手札は、白黒の
「抜かりましたわね、アレイスター=クロウリー! シレンが能力を使えないからと『堕天術式』の対象にしてこなかったのはミスでしてよ! アナタの敗因は、シレンの右手と私の能力の相性の良さを甘く見たことですわッ!!」
その間隙を貫くタイミングで、『亀裂』の解放によって放たれた暴風の槍が、超音波の幕を貫く。
──そもそも、
「…………なるほど、確かに相性がいいのは間違いないらしいな」
「
──アレイスターの傍らには、白黒の令嬢が佇んでいた。
「『堕天術式』は、『その時点での
白黒の令嬢の背後から、白黒の『亀裂』が伸びていく。
それを見ながら、アレイスターは続けて、
「私が君達を『堕天術式』の対象にしてこなかったのは、警戒を解いていたからではない。逆だよ。
害意を失敗させる音に、気流操作を極め音を操るに至った能力。
その二つが組み合わされば、この世のあらゆる害意は簡単に失敗させられてしまう。アレイスターが、それを警戒しないはずがないのだ。だって彼は、この世で最も失敗に近しい『人間』なのだから。
「だから、君達が能力を発動した瞬間に『堕天術式』を起動できるように準備をしていた。確実に
全て、掌の上。
これこそが、統括理事長。最悪の魔術師にして、最高の科学者──アレイスター=クロウリー。
大量の『亀裂』が、空いっぱいを覆い尽くす。完璧に害意を失敗させる右手を封殺し、白黒の
パァン!! と。
白黒の
その立役者は、一仕事終えたあとのような清々しさで言った。
「……お待たせ。どうやら間に合ったみたいだね」
「ったく、もったいねぇなあ。どうせなら鹵獲して研究に回してェところだったんだがよ」
二人の『木原』が、並び立つ。──時間は、既に五分を経過していた。
確かに、アレイスターはその言葉通り、シレンとレイシアの協調に対して最大限の警戒を敷いていた。だからこそ、その策略は完璧に実を結び、
だからこそ──彼女達が刃を通す隙が、生まれた。
能力の暴走。堕天の系譜。二つのエッセンスを持つ『木原』は──見事、アレイスターの、世界最悪の魔術師の虎の子の術式を打ち破った。つまり。
「──ああ。確かに、
ズゴドガガギギギンガガガガガガガガガガガガ!!!!!!!!!! と、鉄の暴風が吹き荒れた。
那由他と木原の書は一瞬早く能力を取り戻していた
それほど、圧倒的な破壊だった。──第一位の異能がなければ、と戦慄してしまうほどに。
『やぁ、待たせたかね。アレイスター』
「いいや、ジャストタイミングだ。わが友よ」
そこにいたのは。
戦闘機のようなシルエットの兵器を背負った、ゴールデンレトリーバー。
木原、脳幹。
彼が指揮をする、数千にも及ぶ機械の群れ。
それがまるで、蝗害を成す飛蝗の群れのように大量に空を埋め尽くしている。
「なるほど、どうやら『堕天術式』は失敗だったらしい。認めよう、君達の連携は私の策謀を上回り、私の最後の手札は崩壊した」
アレイスター=クロウリーは己の最後の頼みすらも失った状態で、しかしなおも不敵に笑う。
まるで、世界全てを敵に回すような笑みで。
「だが、こうは考えなかったのか?
だって、レイシア自身が言っていたではないか。
アレイスター=クロウリーは自分で戦うのを避ける。次に行うのは手札の準備。だからこそ、それが完了する前に叩かなくてはならない──と。
「こんなの、私がまとめて操って……!!」
「いけませんわ!!」
そこで、先走りかけた美琴のことをシレンが制止する。
「……この局面で、アレイスターが美琴さんの能力を警戒していない訳がありません。ハッキングで操作しようものなら、魔術を並列起動してしまい美琴さんにダメージが及ぶ……そのくらいの悪辣さは用意しているはずですわ」
それは、『正しい歴史』において脳幹が操っていたA.A.A.が実のところは魔術によるものであった──という知識を知っているシレンだからこそ辿り着けた推理だ。
言われて、美琴もその危険性が高いと判断したのか、ハッキング自体は一旦中止する。
「でも、じゃあどうすんの!? あの量相手じゃ、私や第一位はまぁいいとしても……アンタやあの馬鹿はどうしようもないじゃない!?」
「ちょっとぉ御坂さぁん、何気にMVP候補な私の方にも心配力を向けてほしいんだゾ?」
「それについては、わたくしに用意がありますわ。……時にアレイスター」
シレンがそう宥めたのと同時、だった。
キュガッッッ!!!! と地上から放たれた絶滅を帯びた極光が、上空を舞う機械の群れの一部を消し飛ばしたのは。
「おーおー楽しそうなことやってるわねぇ。ちょうど暇だったし、私らも混ぜてくんないかしらァ!?」
──麦野沈利。
それだけではない。彼女を中心として、『アイテム』が。
「……さて、此処でようやく合流だ。ところでアレイスター、直接交渉権の件は忘れてねえよな? ま、此処で殺しちまいそうな勢いだがよ」
垣根帝督率いる『スクール』が。
「シレンさん、レイシアさぁん! よ~やく雑務が終わって合流できましたよ~!」
「あ、あの……ひょっとしてこれ、私みたいなのがいたらマズイ局面では……?」「今更だな『私』。もう今更レールを外れるのは不可能だから腹を括れ」
木原相似が、操歯涼子とドッペルゲンガーが。
「間に合ったっ!! アレイスター=クロウリーは『黄金』の魔術師。私達だって、力になるんだよ!!」
「…………………………………………………………………………、」
「ステイル。だから顔、顔ですよ」
「ん~~、タマらないわねえ、青春☆」
インデックスをはじめとした魔術師達が。
「……女王が前線に出ているのです。もちろん、我々も協力しますよ」
紫電を迸らせる帆風順子と共に、『最大派閥』の面々が。
「さて、此処からが大一番だ。準備はいいか? お嬢様がた」
『ええ! もちろんですよ! シレンさん、レイシアさん、演算関係は我々に任せやがってください!!』
『安心しろ、シレン、レイシア。こちらの手札とあちらの手札で勝率の試算は済んでいる。勝てる戦いだよ、これは』
メイド服姿のショチトルの通信に答えるように、『GMDW』の面々と馬場の激励。
その陰に隠れるように、『メンバー』の正規人員──査楽や『博士』が暗躍する。
それは、二人で一人の少女がこれまで紡いできた物語の結晶たち。
『正しい歴史』では、殺し殺された関係もあった。顔を合わせる間もなくこの世を去った関係もあった。救いきれず、再びまみえる機会も失われた関係もあった。
別に、此処までをシレンが求めた訳ではない。だが自然と、彼らはシレンの状況を鑑みて、自ら此処にやってきてくれた。
それこそ、シレンという鎹がなければ次の瞬間には争いを始めかねない、そんな不確かな勢力。まさに、これまでの軌跡が象徴するようなごちゃまぜの仲間達を背にして、シレン=ブラックガードは笑いかける。
「助勢の用意は、本当にそれで充分ですの?」
そして、両軍が衝突する刹那。
──最後の難題が、『亀裂』の形を伴って世界に顕現した。