【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス) 作:家葉 テイク
それから数分後。
上条、シレン、レイシア、木原の書の四人は、潜伏していたファーストフード店から出てアレイスターのもとへと向かっていた。
「でも、ちょっと怖いというか予測できない部分はありますわよね……」
その道すがら。
後方を走るシレンの口から、弱気な言葉が漏れた。
「しょうがないことではありますが、相手はアレイスターですもの。準備する時間を与えたら、戦力が数倍になっていました──なんてことも全然あるのではないかと」
ただ、シレンの懸念は真っ当な懸念でもあった。
何せ今まであれだけ不屈の精神で策を練っては戦力を補充してきた相手だ。ちょっと目を離したすきに何をしでかすかなんて分かったものではない。
今から気が重くなってくるというのが、正直な感想だった。
しかしそんな懸念を笑い飛ばすように、
「それに関しては、問題ありませんわ」
先頭を走る木原の書の、その後ろを走っていたレイシアが答える。
「アレイスター=クロウリーは、別に化け物ではありませんからね」
それは、アレイスターと実際に行動を共にするというこの世でもごく少数しか得られない経験をしたレイシアだからこそ発見できた事実だった。
「アレイスター=クロウリーは、本質はどうあれ本人の自認としては策謀家なんですのよ。つまり、立てた計画に従ってことを進めたがるタイプです」
「…………確かに」
そしてそれは、シレンも頷けるところだった。
だからこそ『
「木原の書だって、アレイスターは結局シレンを動かすことで対処しようとしたでしょう? そのシレンにしたって、対処するのはわたくしをぶつけることで賄おうとした。根本的にアイツは、『自分が矢面に出る』展開は避けたがる男なんですのよ」
では、そんなアレイスター=クロウリーが実際に自分しか動かせる駒がなくなった状態で、目下の襲撃のリスクがなくなったとなれば──次にとる行動はなんだ?
「アレイスターは、十中八九手駒を増やそうとします」
レイシアは、迷いなく断言した。
「ファイブオーバーか、別の暗部か。ただ、わたくしや木原の書といった鳴り物入りの手駒を軒並み失った今、アレイスターとしても手駒を増やす『タネ』が空っぽなのですわ。だから正確には、アレイスターは手駒を増やす『準備』をするはず。何かこの事件で起きた悲劇を拾い上げて誰かに都合のいい情報を吹き込むとか、そういう手管で、ですわ」
実際に似たような手口で手駒にされかけただけに、レイシアの言葉には重い説得力がある。
確かに、アレイスターの今までの行動を考えればその可能性は大いにあった。
ならば。
「だから、今なら間に合いますわ。アレイスターが悲劇を利用して誰かを操るその前に、わたくし達が強襲を仕掛ければ、ヤツはまた自分自身を駒にして戦わざるを得なくなる。例の白黒のモヤの隠された新機能とかですわね。そしてアレイスターがリカバリーを完遂する前に、叩き潰すのですわ!」
力強く言うレイシアの言葉は、シレンの懸念を払拭するには十分すぎる力を持っていた。
走るシレンは、静かに口元に笑みを浮かべる。
(……ああ、やっぱりいいな。俺はどこかで弱気になっちゃうけど、こうしてレイシアちゃんがいればすぐに気持ちを立て直せる。なんだか、今日初めて息を吸ったような気分だ)
そしてそれは、単なる安堵だけではない。
レイシアの指摘を通じて、『正しい歴史』を知るシレンだからこそ思い出せる事実もある。
「……アレイスターが他者を動かす方向性で盤面を支配しているというのは、確かに思い当たる節がありますわね。だとするならば──現状のアレイスターが真っ先に手を伸ばすのはおそらく……『木原脳幹』。あのゴールデンレトリバーですわね」
木原脳幹。
アレイスター=クロウリーの旧友にして、彼の理解者。正史においては上里翔流に敗北させ木原唯一を動かすのに利用したが、しかし蠢動や魔神にも差し向けていたことを考えると、『新約』以降の動かせる手駒が少ないアレイスターの数少ない手札だったのは間違いない。
そこから察するアレイスターの打ち手としての傾向は、『困ったときは木原脳幹を起用する』である。
「……ああ? お前、脳幹の野郎のこと知ってたか?」
「ええ、少し。手札は知っていますわ」
もちろん、レイシア=ブラックガードが本来知り得る情報の中に、木原脳幹に関する情報はない。こんな言動をとれば、シレンの持つ『正しい歴史』についての知識は遅かれ早かれ公開せざるを得なくなるし、そうなればシレンの情報アドバンテージも失われるだろう。
ただ、シレンももうこの期に及んでそんな展開を恐れることはなかった。というか、アレイスターが好き勝手暴れている上に右席が全滅してるのである。もうロシア編もあるかも分からないし、一〇月中にオティヌスとバトルする羽目になる可能性すらもシレンは考えていた。ならば、こんなところで出し惜しみをする意味はない。
「
「ああ……『俺』を殺したヤツか」
シレンの説明に、木原の書は呑気に返した。
目を丸くしたのは、説明したシレンの方だ。
「ええ!? 木原の書さん……既にアレを見て……!? っていうか、脳幹さんが出てくるレベルなんですのね……あの事件……」
「そりゃな。
「まぁ自業自得ですわね」
驚愕するシレンとは裏腹に、テキトーそうな表情で首肯するレイシア。落差がひどかった。
しかし実際にA.A,A.と相対したことがある人員というのは貴重である。シレンも知識はあるが、それと実際にぶつかった経験であれば当然経験の方が有用に決まっている。
「……さて、そろそろインデックス達が調べてくれたクロウリーの居場所に辿り着くぞ」
走りながら、上条がガラケーに表示した地図を見て言う。
アレイスターの現在地は、魔力を感知できるインデックスや魔術師の戦略に詳しいステイル、神裂、オリアナのサポートで既に割り出しが完了している。
──場所は、第七学区の大通り。
四車線が並ぶ車道の真ん中で、アレイスターは意外にもどこかに隠れるとかいったことなくそこで待機していた。
「……意外ですわね。てっきりまた例のファイブオーバーで隠れて奇襲をしかけるものと思っていたのですが」
「ああ、必要がなくなったのでね。そちらが態勢を整えている間に、こちらの準備も完了している」
そう言って、手術衣を纏う『人間』は手に銀色の杖を呼び出す。そして瞬時に視線を走らせ、
「……いない
アレイスターは冷静に、一つ一つ戦場を読み解いていく。
実際、アレイスターの手駒としてファイブオーバーを大量に運用してくる可能性はシレン達も考えていた。それを先ほど俎上にも上げていなかったのは、それに対して既に手を打っていたからである。
「だが、分かっているのか? これでそちらの手札の『魔術サイド』は木原の書一人。つまり……魔術に対する防御が圧倒的に甘くなるということを」
「アナタこそ、忘れているのではありませんの?」
しかし。
シレンはそんなアレイスターに対し、あくまでも挑戦的に笑いかける。
その裏側では────
同時刻。
学園都市、某所。
とある倉庫の屋根が、ガパッという音を立てて呆気なく開かれる。
倉庫の中にいたのは、夥しい数の昆虫を模した兵器だった。
その一つ一つが、出力だけでいえば
それに対し。
「……やれやれ。あの女、相変わらず無茶ぶりをしてくれる。このボロボロの身体をおして、能力者の頂点を超える出力を持つ機械の群れを叩き潰してくれ、だと?」
「ですが、シレンはこうも言っていましたよ。科学は『常識の外』には脆い。同じ土俵に立たなければ勝つのは容易だ、と」
「信頼されているって素晴らしいわよねぇ。お姉さんってばガラにもなく張り切っちゃうな」
「まったく……せっかく今回もとうまと一緒に思う存分戦えると思ったのに」
そこにいたのは、四人の魔術師。
いずれも浅くない傷を負い、それでもなお科学サイドの最高峰と相まみえるという厳しい戦況に放り込まれているが──しかし彼らは、その程度ではブレない。
「だから三人とも!! 私が指示するから、さっさとこんな機械の群れは倒してとうま達のところに合流するんだよ!!」
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………、」
「ステイル。ステイル。顔、顔ですよ」
「うふふ☆ 青春って素晴らしいわよねぇ!」
ヒーローが、守るべきものの為に戦うときに一番強くなるというのなら──
「
「
「……
「
──
「──
シレンの宣言の直後、だった。
ズドガガガガガガガ!!!! と、天空から大量の『雷』が降り注いでいく。
否、それは雷ではなかった。正確には、それを起点にして物質化したAIM。即ち──
「そして
それに対し、アレイスターは指揮棒を振るい虚空を爆発させることで対応していく。
しかし当然、それだけでは終わらない。
「よォ理事長サマ。第三位程度にその体たらくじゃ、この先が思いやられるンじゃねェか?」
背に気流の翼を背負いながら、一方通行は嗤う。
虚空で生じる爆発も、一方通行を捉えることはできないようだった。──当然だ。狙いを定めているのがアレイスターならば、その認知を超えればいい。
指揮棒を振るうアレイスターの認知を超え、一方通行はいともたやすく『人間』へと肉薄する。
「なァ、神経電流と血流、どっちを逆流してほしい?」
右の毒手と、左の苦手。
まるで悪魔のような禍々しさで構えた一方通行は、しかし問いかけながらも答えは待たなかった。
そのどちらも回避するように咄嗟に屈んだアレイスターに対し、
「どっちも使うか馬ァ鹿!! オマエなンざ足で十分だってンだよ!!」
ゴッ!!!! と、屈んだアレイスターの腹に勢いよく蹴りを叩き込む。
まるでゴルフのボールのように空へと吹っ飛んでいったアレイスターを見送る一方通行の背後に、ひょこりと顔を出す少女が一人。
「……さっすが一方通行のお兄さん。ちゃーんと、風紀委員の協力者らしく『殺さない解決』を選んでくれたね」
「……関係ねェよ。俺はただあの野郎を虚仮にしてやりたかっただけだ」
憮然として言う一方通行だが、那由他は変わらず嬉しそうに笑っていた。
それに対し、一方通行は鼻を鳴らして言う。
「…………それに、あの程度じゃダメージにもなってねェ。蹴りの感触的に、何かでガードされたみてェだったからな」
その言葉を証明するように。
蹴り飛ばされたアレイスターは空中で動きを整えると、そのままゆっくりと地面へと降り立つ。
その身体には白黒のモヤが纏わりつくように寄り添っていたが、それはやがてあっさりと空中へと戻っていく。
「全く、本格稼働の前に随分と好き勝手やってくれたな」
アレイスターは、自らの傍に漂う白黒のモヤを横目で見ながら、呆れたように溜息を吐く。
その瞬間、バヂヂ!! と白黒のモヤが、青白い火花を散らしたのを、その場の全員が見た。
「……あぁ?」
首を傾げたのは、木原の書だった。
木原の書は、アレイスターに『堕天術式』の核として利用されかけた経験から、白黒のモヤによる『堕天』の仕様を理解していた。
天使の堕天──即ち暴走を人為的に引き起こし、
だが。
「何を呆けている。この私が、科学の街の王が操る術式が、オシリスの権威の凋落程度で留まるはずもないだろう」
その木原の書を以てしても、目の前の現象は理解ができなかった。
青白い火花を伴った白黒のモヤが、まるで粘土をこねるみたいにして『人型』へと変化していくこの現象は。
「堕天とは即ち、プログラムされた指令が混線し、本来用意された座から天使が脱落し暴走することを言う。これを縮小再生産するのが、オシリスの劫の限界だ」
アレイスターは、なおも虚空の爆破で美琴の攻撃を相殺しつつ言う。
「十字教基盤で発生する大規模な命令系統の混線を、他の法則に適用したらどうなるか。単一の宗教法則ではなく、包括的な『世界』全体の動きで理を見つめ直すこと。それが、魔術の奥義と知り給え」
学者のように深淵な表情で。
しかし子供のように無邪気な声色で。
男のようにも女のようにも、聖人のようにも罪人のようにも、化け物のようにも人間のようにも見える『そいつ』は言った。
「──たとえば。AIM拡散力場において『堕天』を引き起こしたらどうなるかな?」
バヂバヂバヂバヂ!!!! と。
火花の嵐と共に──『その少年』は立ち上がる。
白と黒に包まれたその少年の姿は、どこか真っ白な少年にも似ていて──
『
産声のように、笑みを浮かべた。
「答えは簡単。
「なッ────」
一方通行の動きが、鈍る。
否、鈍ったのではない。『止まった』のだ。まるで──能力に逆らわれたかのように。
「このッ……馬鹿野郎!!!!」
次の瞬間に一方通行が死ななかったのは、美琴が寸でのところで白黒の少年が放った衝撃波を相殺したのと──那由他が一方通行を担いで安全圏に移動したからに他ならない。
逆に言えば、そのどちらかが失われていれば、一方通行は死んでいた。
かつてメインプランとしてアレイスターの遠大な『
「これの素晴らしいところは、離反した能力自体は解除されるまでは独立しているという点だ。これまでは人格に支配されていた能力自体が、独立した存在になって行動してくれる」
それはまるで──かつて『正しい歴史』において、『新約』の最後に立ちはだかったとある少年のような現象。
能力の、反逆。
それによって第一位があっさりと無力化したという状況で、アレイスターは尚も絶望的な事実を突きつける。
「……さて、第一位の無力化は完了したな。
──つまり、対象は一人とは限らない。
「なぁ、上条当麻」
アレイスター=クロウリーは、戦慄しているツンツン頭の少年を一瞥して言う。
あるいは、残酷な現実を突きつけるかのように。
「教えてくれないか。私にこの先何一つ──
学園都市、統括理事長。
その真価が、今改めて牙を剥く。
奇想外しなんですが、虚空の爆破と美琴の迎撃で音が散らされちゃって何もできない状況です。