【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス) 作:家葉 テイク
「ははっ」
レイシア=ブラックガードとシレン=ブラックガードの和解。
その事実は、単なる戦力の増強以上の成果を齎していた。
「ははははははっ!! そりゃそうだよな、お前らは
「……まったく。レイシアとシレンはいっつもこうなんだから。せっかく手助けしようと思ったのに、自分たちでどうにかしちゃうんだもん」
「でも……これで構図は随分分かりやすくなったわ」
「黒幕力は、たった一つ。……注力すべき場所も明確になったわねぇ」
「チッ。だからこんな役回りは御免だったンだ。場違いったらありゃしねェ」
シレンと協力していた少年少女達の雰囲気が、明らかに好転していく。
たった一人味方が増えただけだ。相手は未だ謎の戦力を有するこの街の王。全く予断を許さない状況にも拘らず、彼らは単なる戦力増を超えたパフォーマンスの向上を見せる。
「まるで、既に勝ったみたいな物言いだな?」
それに対し、アレイスターは銀色の杖を振るうことで応える。
200、200、90、40、300、6、40、10、8。
数字のイメージを伴った火花がまるで花火のように高速で連続した。そしてアレイスターがパントマイムによってその虚像を浮かび上がらせようとした、その瞬間。
「
インデックスの言葉に背中を押されるようにして、上条当麻が突貫する。
そして、まだ爆発する前の幻影に右拳を叩きつけ、アレイスターのことを真正面から見据えた。
「……既に勝ったみたいな物言い? 可愛い後輩が、こんな見事な逆転劇を見せてくれたんだ。それに応えられなきゃ、嘘ってもんだろうが」
上条当麻が。
インデックスが。
御坂美琴が。
食蜂操祈が。
『正史』を彩ってきた掛け値なしの
右拳を握り締め、その筆頭たるツンツン頭の少年はこう断言した。
「覚悟しろよ。この先テメェには何一つ──俺の後輩の幻想は殺させねえ!!」
「この先何一つ、と来たか」
上条の啖呵に対しアレイスターは何一つ動揺せず、軽く杖を振るう。霊的けたぐり──先ほどと同様に数字から相手の攻撃を先読みする為に上条がインデックスの言葉に意識を集中する横で、一方通行が動いた。
「敵の動きに対処していくンじゃ、じり貧だろォが。この手のアホは何もさせず潰すに限る」
無造作に振るった右腕が生み出した気流が、透明な四本の槍となってアレイスターへ突き出される。
アレイスターはそれに対し、指揮でもするように右手を振って応じた。
火花として散るイメージは、8、6、90、50、9、10、2、200、300。
「……? 『指揮棒』……?」
その数字の意味を解析したインデックスの眉が、怪訝そうに顰められる。
霊的けたぐりは、アレイスターのパントマイムに応じて相手に『パントマイムのイメージ』を押し付ける術式だ。アレイスターの場合はこのパントマイムの精度が常軌を逸している為、クラスター爆弾のような現代兵器や、果ては存在しない空想上の兵器に至るまで再現が可能だが──それゆえに、『指揮棒』という一見すると何の攻撃性も持たないイメージの意図は不明だった。
しかし次の瞬間、インデックスはその『意味』を理解することになる。
ゴバァッ!!!! と。
突如虚空が爆裂し、一方通行が展開していた空気の槍がまとめてなぎ倒されたからだ。
「な…………ッ!?」
「チッ……! よくよくびっくり箱のネタが尽きねェラスボス様だな!!」
舌打ちした一方通行はそのまま爆撃の狙い撃ちを嫌って空中の高速移動戦法に舵を切ったが、目を丸くしたのはインデックスだった。
何が起こったのか分からなかったから──ではない。何が起こったのか分かったからこそ、理解ができなかった。
「アレイスターの使う術式は、何となくだけど分かるんだよ。あの人は自らが行ったパントマイムで武装のイメージを
「プラシーボ効果みたいなもんか……?」
首を傾げる上条だったが、恐ろしいのはそこではなかった。
「でも、この術式は『存在しない武器の幻影を作り出す』ものじゃない。あくまでも実態は存在しなくて、ダメージは自分のイメージとリンクさせた対象にしか発生しないんだよ。……つまり、
だが、アレイスターはその制約を解除して一方通行の攻撃を『爆撃』によって相殺した。おそらくは、霊的けたぐりの制約を無視する『何か』を介した攻撃によって。
そしてその術式の核となるのは、おそらく──
「……あの白黒のモヤ。アレが何かしているはずなんだけど……」
インデックスの知識を以てしても未だに正体の特定ができない謎のモヤは、未だにアレイスターを守るようにかの『人間』の周辺を漂っていた。
「……厄介ですわね。前触れもなしに空間を爆破できるとなると、アナタの右手でも失敗のタイミングが掴みづらいでしょうし」
「というか、アレイスターもそれを念頭に置いてアレを運用している気がしますわね……」
レイシアとシレンは、互いにそう話し合う。
普段は一心同体の二人が個別に会話をしている姿は、当たり前の光景のはずなのにどこか奇妙だったが──しかし二人はそれが昔から続けてきたことだったかのように滑らかなコミュニケーションを発揮する。
「わたくしが前に出ます。頭を破壊されなければ三発くらいは耐えられるでしょう」
「はぁ!? もう……無茶すぎましてよ!」
叫ぶシレンを背に、レイシアは走り出した。AIM拡散力場によって構成された肉体は、通常の人体ではありえない猛獣並みの敏捷性を与える。純粋に狙いを定めることすら難しい機敏な動きは、それだけで一定の防御力を備えていた。
しかし──レイシアの頼みはそこにはない。
「その程度で私の攻撃を搔い潜れると?」
「もちろん、思っていませんわ」
レイシアのことを援護するように、甲高い柏手の音が響き渡った。
「──レイシアちゃん!
「生憎、離れていてもわたくし達は一心同体! アナタがどれほどの伏せ札を備えていようが、関係なく此処で叩き潰しますわッ!!」
アレイスターの首を刈り取るようなハイキック。
これ自体は読んでいたのか屈むようにして回避するアレイスターだったが──行動のスピードが違いすぎる。屈んだアレイスターが次の行動に移る前に、レイシアはハイキックから身体を一回転させてダァン!! と大地を踏みしめて態勢を立て直した。
そしてそのまま右手を振りかぶり──アレイスターの顔面を掴み、そのまま思い切り地面に叩きつける。
「…………うわ、あれは酷いわねぇ」
遠巻きに見ていた食蜂が、思わず呟いてしまう。
顔面への殴打はもちろん感覚器全般へのダメージが大きいが、言ってしまえばダメージを与える瞬間は一瞬だ。その点、『頭を掴んで地面に叩きつける』のはその膂力を余すことなく後頭部にぶつけることができる。殺傷力で言えば、下手に顔面を殴るよりも圧倒的に高い。……分かりやすすぎる『殺す気の一撃』であった。
いや、レイシアも一応は表の人間なので、『このくらいやらないとダメージすら与えられなさそう』という警戒の賜物ではあるはずなのだが。
「…………チィ、しくじりましたわね」
そして実際、その判断は正しかった。いや、
見ると、レイシアの右腕は肩口のところで切断され──アレイスターの方は、後頭部をモロに地面に叩きつけられ大地に真っ赤な花を咲かせるということもなく、普通に倒れこんだだけだった。
「レイシアちゃん!?」
「直前に地面を踏みしめる音で残響が掻き消されていなければ……私にトドメを刺せていただろうな。実際惜しかったよ、レイシア=ブラックガード」
──至近距離。
必殺の刹那、レイシアを救う為にもう一度
「那由他さん!? 一体……」
「
「アレイスターの手に『指揮棒』が!! 次が来るよ!!」
ゴヒュ!! と突如発生した暴風によってレイシアの身体が上空数十メートルまでフッ飛ばされた直後、周辺一帯を巻き込む大爆発が発生する。
上条の右手と、一方通行の能力。それと那由他や美琴の尽力もあり、その大爆発ではさしたる被害も発生しなかったものの、アレイスターは一定の距離と時間を稼ぐことに成功してしまっていた。
そしてこの『人間』にとって、僅かであっても時間を与えるのは厄介この上ない。
「レイシアちゃん、大丈夫!?」
「腕が飛んだくらいなんてことありませんわ。ほら、この通り。修復可能でしてよ」
合流してすぐにレイシアの身を案じるシレンに、レイシアは逆再生のように元通りに戻っていく右腕をひらひらと動かして答える。心臓に悪い光景だったが、レイシアは自分の身を大事にしていないとかではなく純粋に『自分という駒』を便利に扱えるだけ扱っているだけなので、きちんとリカバリーまで計算に入れているのであった。
まぁ、ただの中学生の少女がそんなあっさりと自分を計算に入れられている時点でおかしいのだが……。
「ところで」
そして。
暴風によって巻き上げられた戦塵が散った後、戦場にはとある変化が生まれていた。
「…………なんか補充されてるんだけど」
「しかも、何やら面倒くさい連中ですわね……」
──Five_Over.OutSider Modelcase"MENTALOUT"。
丸い大きな頭に、タコやイカのような機械の触腕を備えた、人造第五位のもう一つのカタチ。
どこに準備していたのか、霊的けたぐりによる幻影ではなく実体を持った兵器として、アレイスターによって戦場に導入されていた。
『正史』によって導入された形式では人体が『纏う』形で運用されていたが、異なる歴史を歩んだせいか、アレイスターが導入した兵器の中には人間らしい姿はない。
そしてその真価は、即座に発揮されることとなる。
ザア──と。
アレイスターの姿が、まるでテレビ画面に走ったノイズのように掻き消されてしまう。
磁性制御モニター。
簡単に言えばプロジェクションマッピングを恐ろしく高精度にしたもので、本来はこれによって人の心の外部を徹底的に作り替えることで『自分の認識が間違っているのではないか』と思わせ精神操作を行う『
アレイスターの手札には、座標を問わない爆撃攻撃が存在している。現在地さえ隠すことができれば、シレン達はアレイスターのことを攻撃できないが、アレイスターからは一方的にリスクを冒すことなく攻撃を仕掛けることができるという無敵の状態を維持することができる。
「美琴さん!!」
「ダメ……! アイツ、妨害電波も同時に流してるみたい。お陰で電磁波から相手の位置を探知しようとしても、全然分からない……!」
即座に美琴に呼びかけるシレンだったが、アレイスターがその程度の探査に対して何の対策もしていないはずもなく。
力なく首を振る美琴を見て一刻の猶予もないと判断したシレンは、とりあえずアレイスターへの牽制として
ドォン!! と、その機先を制するようにデタラメな場所で爆発が発生する。
それを意味するところを悟り、シレンは思わず息を呑んだ。
(しまった──!! 『音』で先手を打たれた! あの爆音が生きている間は、
不可視。
不可避。
二つの不可能が迫りくる瞬間──シレン達の窮地を救ったのは、四原色の竜巻だった。
「!? この術式は……!」
「間に合ってよかった……みんな! 一旦撤退するよ!」
そこにいたのは、『原典』を纏った状態のオリアナ=トムソンだった。
「今は
オリアナに呼びかけられ、シレン達は互いに頷き合ってその場から離れる。
アレイスターとの第一ラウンドは、互いに痛み分けという形で終わった。
「オリアナ、もう大丈夫なのか?」
あっさりとアレイスターとの戦場から退避することに成功した一行は、放棄されたハンバーガーショップに一旦身を寄せていた。
そこには、木原の書やステイル、神裂といった面々も揃っている。いずれもある程度は消耗しているようだったが、既に動ける程度には回復しているようだった。
オリアナ=トムソン自身も、炎の戦場によって酸欠の症状で極度に消耗していたはずだが──
「まぁね。そこの赤髪の坊やに治療してもらって」
「坊や呼ばわりはやめろ焼き殺すぞ。……炎による酸欠なら、治療術式くらいは備えている。僕の専門分野が何か忘れたか?」
皮肉げに言うステイルだが、ステイルの尽力がなければアレイスターの爆撃をモロに受けていただろう。そういう点ではMVPの一翼を担っているのはステイルということになる。
それよりもシレンが気になっていたのは、あの一幕だった。オリアナは四原色の竜巻で周囲を遮ることで『爆撃を防いでいる』と言っていたが、あの言い方だと『防ぎ方』を知っているということになる。
「それより、オリアナさん……」
「ああ、アレイスターの扱っている術式の正体ね。それなら──あのコに聞いてみるのがいいんじゃないかしら?」
問いかけようとしたシレンに対し、オリアナは店内奥へ視線を向ける。
息を荒くして床に座り込んでいる金髪の男──木原の書は、視線を受けて口を開く。
「……ま、元々は俺の機構を通して実現しようとしていた機能だからな。心当たりくらいはある」
木原の書は肩を竦めて言って、
「
そう、端的に言った。
「テメェら、
「…………えーと……」
当然、明確に知る者などインデックスを除いていない。
『正史』の知識を知るシレンとレイシアですら、
「……かつて神の右席に座していた存在。やがて『誤作動』を起こし、それによって天界の戦力の三割が引きずられるように誤作動を起こしたっていう…………あ」
「そう。ヤツが再現したのは
堕天。それによって引き起こされる、大きな場の混乱。
あの白黒のモヤが引き起こしているのは、それ。たとえば戦闘の影響によって撒き散らされた
虚空が突然爆発したように見えたのは、目に見えない
「場に残る
「…………腑に落ちないところ?」
「いかに現在の魔術基盤を開発したアレイスター張本人といえど、私の一〇万三〇〇〇冊は伊達じゃないかも。その私が何回も術式を見ても原理を看破できなかったということは……
「科学サイド由来の『隠された能力』がある。……そういうことですの?」
問いかけたレイシアの言葉に、インデックスは黙って頷く。
いかにも考えられる可能性だった。あのアレイスターが生み出した術式だ。この程度の悪辣さで終わるとも思えない。
「……だが、相手がどんな隠された能力を用意していようが、問題はねぇよ」
言って、木原の書はゆったりとした動きで立ち上がる。
「さっきも言ったろ。元々は俺の機構を通して実現しようとしていた機能だ。つまり俺の機能をフルに使えば、機能に対してジャミングだって可能なはずだ。……だから
アレイスターの野郎もあの場で俺のことを始末する予定だったんだろうが、生憎俺の肉体を整備できる魔術師がこっちにいたから、死に損なっちまった」
オリアナ=トムソン。
木原の書と同系の『原典』を制作し、今となっては纏う形で運用することすらできている『魔導師』ともなれば──応急処置くらいは問題なく行えるといったところか。
木原の書は、やはり悪辣な笑みを浮かべながら、しかし今までとは違った温かさを纏って言う。
「『堕天術式』の無力化は俺に任せろ。テメェらは、虎の子の術式を潰されてお得意の暴走を始める前にアレイスターにトドメを刺しちまえよ」