【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス)   作:家葉 テイク

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一五一話:たとえ何が二人を別つとも

 ──レイシア=ブラックガードは。

 

 その瞬間まで、あらゆる『最悪』を想定してきていた。

 既に、前提としてシレン=ブラックガードとの戦闘は避けられない。だが、この世の最悪はその程度の想定の底値は簡単に割るものだ。

 だから、レイシアは最悪を想定した。

 思考の足掛かりとなるものはいくらでもあった。たとえば、『正史』においてオティヌスが上条当麻に見せて幾多もの『最悪の世界』。友人たちから、そしてシレンから本物の憎悪と侮蔑を叩きつけられる可能性さえ考慮して、レイシアは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と覚悟を決めていた。

 

 ────より正確には、()()()()()()()()()というべきか。

 

 

 原型制御(アーキタイプコントローラ)

 

 世界の根幹にあまりにも深く根付きすぎたその男の在り方は、たとえば人智の悪徳を自在に操る概念を血族の形に押し込めることさえできた。

 その手腕を以てすれば──たった一人の少女の『一番大切なモノ』はそのままに、その行動を操ることなど他愛もないことだった。

 

 だから。

 

 

「レイシア、ちゃん……!」

 

「……シレン。少々痛いと思いますが、我慢してくださいましね」

 

 

 レイシアはシレンの瞳を見据えると、コンマ〇〇一秒の躊躇もなく猛獣のような速度で彼女に向けて突貫した。

 

 

「……! シレン!!」

 

「ったく、面倒臭せェ展開になってきやがったな……!」

 

 

 上条と一方通行がそれに反応するが、しかし彼らは突如現れた諸悪の根源アレイスター=クロウリーに対しての警戒を解くことができない。

 必然的に浮いた駒となったシレンは、成す術もなくレイシアと激突することになる。

 

 その身のこなしは、明らかに先ほどまでの彼女を凌駕するスペックを誇っていた。

 おそらくは、木原の書を利用して途中まで進めていた儀式を中途半端なりにレイシアの強化に回しているのだろう。シレンは迎え撃とうと右手を構えているが、どう考えてもその動きよりレイシアの攻撃の方が早い。

 

 そして──この彼女の行動は、万事一切がシレンに対する『善意』によって構成されている。

 敵対することも、それによってシレンに嫌悪されるリスクも全て吞み込み、既存の関係全てが崩壊したとしても彼女を救う。そしてシレンは、そんなレイシアの気持ちを無碍にするような人間ではないという信頼。アレイスターによってお膳立てされ方向性を操られた『信頼』は、迷いのない凶行という最悪の形で発露してしまう。

 

 

 ──その瞬間、アレイスター=クロウリーは静かにファイブオーバーの起動を命じていた。

 

 Five_Over.Modelcase_"Jagged-Edge"。

 裏第四位(アナザーフォー)の名を冠したその兵器は、シレンが操る奇想外し(リザルトツイスター)にとっては天敵となりうる。

 音の流れを調節するように『亀裂』を展開すれば、シレンがレイシアの行動を失敗させようとした一発によって今まさにアレイスターへの敵対の意志に満ち溢れた行動をとろうとしている上条と一方通行と木原の書の動きを止め、戦場に完全なる空白を齎すことができるのだ。

 そしてたった一瞬でもアレイスターに自由に動ける時間を与えたならば──今度こそ、シレンの魂を『収穫』することなど容易い。

 

 

(さて、紆余曲折あったが────)

 

 

 神の右席三人の襲撃。

 木原の書の逆襲。

 右方のフィアンマの暗躍。

 

 縺れに縺れた歴史の組紐は、しかしここにきて収束の兆しを見せる。

 

 最初にあった陰謀が、改めて鎌首をもたげる。

 

 まるで、伸びきったゴム紐が元の形へ戻っていくように。

 

 

(収穫の時間だ。臨神契約(ニアデスプロミス)

 

 

 広がり散らばった未来が、あるべき形へと収束する。

 

 

 


 

 

 

最終章 予定調和なんて知らない 

Theory_"was"_Broken.   

 

一五一話:たとえ何が二人を別つとも Undividable.

 

 

 


 

 

 

()()()()()()()()()

 

 

 

 ────収束する、はずだった。

 

 

 だからアレイスター=クロウリーは、パァン──という乾いた音が意味することが何なのかを理解するのに数舜の時間を要した。

 そして、それがレイシアとシレンが互いの掌を叩いた音だと気付いた瞬間には、最早、全てが手遅れとなっていた。

 

 掌と掌を叩き合わせた音。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

 

 ガッジャアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!! と。

 空から撃ち下ろされた『ファイブオーバー』の薬莢が、空中分解しながら地上へと降り注いでいく。──『亀裂』の展開に『失敗』したのだ。

 

 それだけじゃない。

 

 アレイスターが原型制御(アーキタイプコントローラ)によってその行動を操っていたはずのレイシアは──シレンと戦うこともなく、何故か彼女の傍らで、一緒に横並びになってアレイスターの方を見据えていた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「な、んだ…………?」

 

 

 それは、絶対にありえない展開のはずだった。

 

 アレイスターとて、失敗続きの人生だ。何かの拍子でレイシアにかけていた思考誘導が解除される可能性は、もちろん考えていた。だが、それに至る情報をここまで与えていない。

 仮にレイシアがそれに気付くとしても、それはある程度の言葉を交わした後であるべきで、二人はまだろくに言葉も交わしていない状態だ。それこそ、互いに視線を向け合った程度。レイシアがアレイスターの術中から逃れるには絶望的なまでに情報が足りていないはずなのに。

 

 

「何故、そちらにつく!? 君は覚悟を決めていたはずだ! たとえシレンと敵対したとしても、彼女を正しい方向に導くと! そういう風に思考を研ぎ澄ませていたはずなのに、何故この土壇場で彼女の側につくことができる!?」

 

 

 覚悟がブレたなんてくだらない展開ではない。

 レイシアは、確たる信念を持って──それでもなお、シレンの側に立つことができていた。アレイスターの術中から、未だに逃れていないのに。

 

 

「決まっているでしょう」

 

 

 正真正銘信じられないものを見ているようなアレイスターに対し、レイシアは心外とばかりに不満げな調子で鼻を鳴らし、簡潔に言った。

 

 

「わたくしを誰だと思っていますの? シレンの真意くらい、目を見れば一発で分かりますわ」

 

 

 ──お前の小細工など、この絆の前では何の意味もない、と。

 

 答えは単純。

 レイシア=ブラックガードは確かに激突の直前まで原型制御(アーキタイプコントローラ)の術中から逃れることはできなかった。その価値観と善悪はそのままに、アレイスターに都合のいいように行動を操作される状態から抜け出すことはできなかった。そして、それを打ち崩す程の材料も存在していなかった。

 しかしそれでも、レイシアの信頼はたった一回視線を交わしただけで『シレンの正気』を確信できるほどまでに強かった。

 

 ただ、それだけの話なのだ。

 

 

「どこを見ていますの」

 

 

 そんなレイシアの気迫に意識を向けすぎていたからか。

 アレイスターがまともな警戒心を取り戻した時には既に、シレンがアレイスターの眼前にまで迫ってきていた。

 

 

「くっ──!!」

 

「この因果は捻転する」

 

 

 パチン、という指弾の音と共に、戦場に空隙が生じた。

 すぐさま術式を発動して対抗しようとするアレイスターだが、その動きは即座に奇想外し(リザルトツイスター)によって失敗させられ、内臓系へのダメージとして返される。

 そして。

 

 

「言いたいことは、色々とありますが──」

 

 

 金髪緑眼の令嬢は、右拳を力いっぱいに引き絞りながら、叩きつけるように叫ぶ。

 

 

「まずは、我々の絆を安く値踏みした分です!!」

 

 

 ゴッガンッッッ!!!!!! と、巨悪の顔面に令嬢の右拳が叩き込まれた。

 

 

 ──手を差し伸べるだけでは救えない相棒?

 

 確かにそうだろう。

 

 視線を交わすだけで勝手に救われる囚われの御姫様(ヒロイン)など、わざわざどうやって救えばいいというのだ。

 

 

 


 

 

 アスファルトの地面を転がるようにして、アレイスターの身体が吹っ飛ばされていく。

 全身の体重をかけた拳は流石に負担がかかったのか、シレンは自らの右手首を軽く抑えながら肩で息をしていた。

 ただ、少女の細腕とはいえ全体重をかけた一撃だ。それを無防備な顔面に叩き込まれたのだから、さしものアレイスターも多少のダメージは残るはず。

 

 

「………………やれやれ、これも失敗か」

 

 

 そう思っていたものだから、存外冷静なアレイスターの言葉を聞いた時、シレンも流石にぎょっとした。

 

 

「シレン!!」

 

 

 庇うようにして白黒のモヤを帯びたレイシアが前に立つのと、衝撃波がシレンを襲ったのはほぼ同時だった。

 ドゴァ!!!! という爆風は、もしもレイシアがカバーに入るのが遅かったらシレンの身体を数百メートル先までゴルフボールのように軽々と飛ばしていただろう。

 

 

「…………!!!!」

 

 

 上条と一方通行も、それぞれ今の衝撃波を切り抜け、近場の仲間達を守っていたようだが……しかしアレイスターの攻撃はそれでは終わらなかった。

 

 

「飛沫」

 

「……がっ……!?」

 

 

 アレイスターが一言呟くと同時に、シレンの腹部にボディブローを叩き込まれたかのような衝撃が発生する。

 力なく蹲りそうになるのを二本の足で堪えながら、シレンは前を見据えた。

 

 

「術式を、二個並行で……!?」

 

「なるほど勘が良いな。起きた事象の分析としてはそれでも及第点だ。もっとも、理解の浅さは如何ともしがたいがな」

 

 

 そこで、シレンは気付く。

 彼女の目の前に立つレイシアの身体から、白と黒のモヤが消えていることに。

 そしてそのモヤが、アレイスターの傍らに移動していることに。

 

 

「ともあれ、力の方は無事に回収できた。そして──折よくあちらも終わったようだ」

 

 

 ゴグン、と。

 まるで巨大な生物が喉を鳴らしたような不穏な胎動と共に、アレイスターの傍らにある白黒のモヤが巨大化する。

 

 

「…………チッ。どォやら間に合わなかったみたいだな」

 

「ああ、シレンの協力者が上手くやってくれたらしい」

 

 

 舌打ちする一方通行と、不敵に微笑みアレイスター。

 二人のやりとりを裏付けするようなタイミングで、シレンの持つ端末に通信が届いた。

 

 

『もしもし。シレン?』

 

 

 ──フレンダ=セイヴェルン。

 今まさに後方のアックアとの戦闘を繰り広げていたはずの少女は、のんきな調子でこう続ける。

 

 

『アックアは派手に吹っ飛ばしたわ。こっちは終わったっぽいけど、結局そっちはどうよ?』

 

 

 つまり、アックアの撃破宣言。

 そうなってくると、シレンの方も状況が大体読めてくる。

 

 白と黒のモヤ。そして『堕天』。

 魔術サイドの知識は門外漢なシレンだが、しかし『正しい歴史』の知識はある種のパターンをシレンに教えてくれる。

 つまり、神の右席を倒すことで彼らの操っていた天使の力(テレズマ)を掌握する何かが、アレイスターによって行われていたのだろう。

 それが一方通行の警戒していた『堕天』というわけだ。

 

 もっとも、それ自身は木原の書の反逆やレイシアの行動によって当初思い描いていた形からは程遠くなっているようだが──。

 

 

「あー……こちらの方は、少々状況が変わりまして。……ええと、結論から言うと、アックアさんを倒しちゃったの、だいぶまずいかもしれませんわ」

 

 

 ──つまり現状は、アレイスターにとっては弾が全て揃ったに等しい状況ということになる。

 

 

『はぁ!? それ結局どういうこと!? 何かあったの!?』

 

「いえ! こちらはこちらで何とかしますわ! ご協力ありがとうございました!」

 

 

 ブッと通信を切り、シレンは目の前の敵に集中する。

 ステイルと神裂はオリアナと共に上条、美琴、食蜂、インデックスに庇われる形でいるようだが、アレイスターを前に鎧袖一触。一方通行は那由他と消耗した木原の書を庇っている形であまり前衛で高速機動をするわけにもいかないらしい。

 今ここで積極的に動けるのは、後ろに誰もいないシレンとレイシアのみ。アレイスターの策略は悉く失敗し状況は好転しているが──それでも、かの『人間』の牙城を完全に崩すには至らない。

 

 その状況をあらわすかのように、アレイスターは深刻さを感じさせない様子で──レイシアと行動を共にしていた時の憎たらしい不敵さそのままに言う。

 

 

「さてどうするか。少し困った状況になってきたな」

 

 

 しかし。

 レイシアとシレンもまた、それに負けないくらいの不敵な笑みを浮かべる。

 

 それこそ──まるで世界全てを敵に回すように不敵な笑みを。

 

 

 

「笑わせないでくださいまし、アレイスター=クロウリー」

 

「──まさか、まだ今が底とは思っておりませんわよね?」

 

 

 一撃必殺の策があるわけではない。

 不安材料が取り除かれているわけではない。

 

 しかし、彼女達の笑みはその程度では剥ぎ取れない。

 

 

 根拠は一つで十二分。

 

 二人で一人の悪役令嬢(ヴィレイネス)が、此処に揃っているのだから。


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