【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス)   作:家葉 テイク

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一五〇話:祈るのは悪魔か罪人か

 ギギギ、と。

 

 木原の書の身体が、まるで操り人形のような不自然な動きでシレンの方へと向き直っていく。その瞳には既に意志の光はなく、ただアレイスターの指示のままに動く機械の様相を呈していた。

 歯噛みしたのは、今まさに木原の書との対話を望んでいたシレンだ。

 

 

「ア、レイスター……!!」

 

「そこまで忸怩たる思いがあるか? 相手は今まさに君達を害そうとしていた敵対者じゃないか」

 

「ですが、再起しようとしておりました!!」

 

 

 確かに、木原の書はやり方こそ間違えていたかもしれない。

 放置していれば世界全人類の在り方を捻じ曲げかねないやり方で、直近だけで言ってもインデックスに対してどんな悪影響があるか分からない。さらに自分の存在を破滅させうるシレンに対してもストレートな殺意を持っていた。

 だがそんな彼の根本にあったのは、『再起したい』というシンプルな望みだったはずなのだ。やり方を否定することはあっても、彼の望み自体を否定することはシレンには絶対にできない。

 だから、対話を諦めたくなかった。

 

 ……操り人形となった木原の書の無感情な瞳には、何の色も浮かばない。

 

 

「……ったく。これだから聖女サマと同じ戦場には立ちたくねェンだよなァ」

 

 

 そんなシレンの横を素通りして、一方通行(アクセラレータ)は立つ。

 

 

木原の書(あのヤロウ)にどンな事情があろォと、事実は『アイツは生命じゃない兵器』で、『この街を含めた全世界をグチャグチャにしよォとしている』だ。……こっちにだって事情がある。さっきそォ言ったよな?」

 

 

 対話を旨とするシレンとは対照的に、猫手拝借(ハプハザード)として学園都市を守る立場にいる──いや、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()身としては、一方通行も止まる訳にはいかない。

 

 

「……クソったれが。このクソガキの夢を潰させる訳には、いかねェんだよ」

 

「できると思うかね、一方通行」

 

「逆に聞くが、そォ思ってなけりゃ何の為に此処に来てンだ俺は」

 

 

 アレイスターとの応酬ののち、一方通行が右腕を無造作に振る。

 それだけの動きで発生した空気の流れのベクトルを集中変換することで生み出された空気の槍が、木原の書目掛けて飛び立った。これはあっさりとアレイスターによって防御されるが──逆に言えば、アレイスターは不死身のはずの『原典』に対してわざわざ防御という手段を選んだ。

 

 

「仰々しい宣言をしてやがったが、実際のところそいつの本格稼働には時間がかかる。……そォだろ? 学園都市の全体に散らばった天使の力(テレズマ)とやらの余剰分をかき集めるのがまずひと手間だからな。それを隠す為にオマエはわざわざ手の内を明かしてこちらの警戒を誘った。時間稼ぎの為にな。つまりこの時点でそいつを潰されりゃ……オマエ、困るだろ?」

 

「…………右方のフィアンマの差し金か」

 

「ご名答。ンでもって、分かったところでどォしよォもねェよなァ!!」

 

 

 そこで、アレイスターは気が付く。一方通行の哄笑の後ろに、木原那由他の姿がないことに。

 

 

「──!! まさか、ヤツから妨害用の術式を渡されて、」

 

「アレイスター=クロウリー!!」

 

「此処は私達がアナタを縫い留めます!!」

 

 

 消えた那由他の姿を追おうとしたところで、ステイルと神裂が滑り込むようにアレイスターと対峙する。

 アレイスターは苦々しそうに表情を歪め、

 

 

「……しまったな。流石にプロの魔術師だけあって、『自分』という駒の動かしどころは心得ているらしい」

 

 

 周辺にある象徴武器の幻影を土星の環のように配置して、言う。

 

 

「──だが、所詮は私の系統樹の末端が、少しでも私に抵抗できると思っているのかね?」

 

 

 直後だった。

 神裂が鋼糸(ワイヤー)によって展開していた結界がひとりでに歪み、そして突然爆発を起こす。

 当然爆風によって鋼糸は吹き飛ばされるのだが──仮にも神裂が攻撃に用いていたモノである。それが爆風によって吹き飛ばされれば、当然それはそれだけで脅威だ。

 

 

「がッ……!? 術式の制御が、一瞬で乱され……!?」

 

「魔道図書館の扱うそれとは違うがね。君たちが扱う魔術の基盤を誰が開発したかも忘れたか? ……生まれ持った才にかまけて魔術の鍛錬を怠るから、簡単に足元を掬われるんだ。そして──」

 

「…………!!」

 

 

 苦も無く神裂とステイルを下したアレイスターの視線は、既に那由他のことを捉えていた。

 

 

「サイボーグならではだな。生体情報を意図的にカットすることで背景物に溶け込む第六感狙いの迷彩か。確か、『スクール』にも似たような才能の持ち主がいたはずだが……タネが分かっていれば看破は容易い」

 

 

 那由他に向き直りながら杖を手放したアレイスターの手に、数字のイメージを伴う火花と共にフリントロック式の拳銃の幻影が生み出される。

 

 

「させるか……!!」

 

 

 攻撃の予兆に対し、一方通行は即座にカバーに入る。

 

 ……木原那由他は、能力者である。そして彼女がフィアンマから託された堕天阻止の術式とは、当然ながら自立稼働する類のものではない。つまりその行使には、大なり小なりリスクが存在するのだ。

 だが、那由他はそのリスクを受け入れた。街を守るために、結果自分が死のうとそれはそれで構わないという選択をした。

 

 そんな選択をすることのできる『ヒーロー』の夢を潰す訳には、いかない。一方通行(アクセラレータ)のような悪人に人を救うことはできずとも──そんなヒーローの夢を後押しすることくらいなら、この血塗られた能力でも使えるはずなのだ。

 でなければ──この戦場に足を踏み入れた意味がない。

 

 

「那由他!! やれェ!!」

 

 

 気流が竜のようにうねり、瞬時にプラズマ化してアレイスターを襲う。

 

 対応するように、数字のイメージを伴った火花が散った。

 70、2、200、1、4、700、70。

 

 これは虚空に生み出された『白黒の亀裂』によって、白熱した龍の一撃は遮られてしまう。

 役割を果たして虚空に溶けた白黒の亀裂を眺めながら、アレイスターは感慨深そうに言う。

 

 

裏第四位(アナザーフォー)のファイブオーバーはコストが高くて連発が難しいのだが、この兵装の真価は私の魔術で再現することによって発揮される。何せ元手は相手のイメージのみだからな。いくら撃ってもタダだ」

 

「チィ……!! インチキ能力にも程があンだろォが……!!」

 

「能力ではない。術式だ」

 

 

 そして、銃声が連続する。

 フリントロック式の拳銃は本来連射できないのだが、それは幻影である『霊的けたぐり』によって生み出された銃撃には関係ないことだ。サイボーグの那由他も、一旦足を止めて防御に徹さなくてはならない。

 

 

「那由他!!」

 

「うぐ、そんな、もう少しなのに……! もう少しで、この街を守れるのに……!!」

 

「………………、」

 

 

 そして、その間はあまりにも致命的だった。

 

 

「──さて、時間だ」

 

 

 身体からまるで羽化でもするみたいに真っ黒なモヤを漂わせ始めた木原の書を睥睨しながら、アレイスターは言う。

 

 

「……随分遠回りをしたが、概ね盤面は計算通りに落ち着いた。最後の詰めに入るとしよう」

 

 

 


 

 

 

最終章 予定調和なんて知らない 

Theory_"was"_Broken.   

 

一五〇話:祈るのは悪魔か罪人か

"K"'s_End.

 

 


 

 

 

 だから、つまり。

 

 ──特大の計算外は、その直後に発生した。

 

 

 

「………………?」

 

 

 全ての準備が整い、フィアンマによって提供された術式を保有した那由他を退け、一方通行の猛攻も抑えたこの状況、最早アレイスターのウイルスを投与された木原の書が『堕天』を始めない理由など存在しない。

 そのはずなのに──木原の書は、未だに沈黙を保っていた。

 

 

「どうした? 既にコマンドは入力しているはずだ。『堕天』はすぐにでも始まるはずなのに……」

 

「やな、こった……」

 

 

 一言。

 

 木原の書の口から、絞り出すような言葉が漏れた。

 木原の書という()()が持つ機能では、決してありえないはずの挙動を。

 

 

「馬鹿な……。拒絶だと? 分かっているのか? 私の操作はお前の機能を拡張することだ。お前の知識を適切に管理し、広める一助になる。魔道書の『原典』としての機能とも矛盾しないはずだ。この流れを拒否するということは、変換機原典への移行が上手くいかずに存在の根幹に致命的なバグを生むということだぞ」

 

「あーあー、分かってる。分かってんだ、そんなことは」

 

 

 木原の書は──いや、そう呼ばれるに至ってしまった一人の男は、くだらないものを笑うように口元を歪め、そして完全に静止した。

 

 

「…………分かってんだよ。こんな人間のクズが、今更ヒーローの側に立とうなんて思うのは馬鹿げているってことくらいはよぉ」

 

 

 木原の書にしたって、一連の会話はきちんと耳に届いていた。

 だからこそ、木原の書はある一つの決断をくだした。

 

 

「まったく、甘すぎだよな。自分でも虫唾が走るぜ」

 

 

 操り人形と化していた木原の書の両腕が、四原色のマーブル模様によって彩られた。

 バギン!! と歯車が狂うような音と共に、木原の書の動きから自然さが取り戻される。

 

 

「確かに」

 

 

 笑みを浮かべながら。

 しかし今までの嘲りとは違う、別の何かをその笑みに滲ませながら──木原の書は続ける。

 

 

「確かに、俺やテメェは最低のクズ野郎だ。クズ野郎が好き勝手暴れた結果、別のクズ野郎に利用されて破滅する。当然の摂理でしかねえ。でもよぉ……」

 

 

 ──ギャルル!!!! とその両腕が膨張した。

 

 

「コイツらは、関係ねぇんだよなあ!!!!」

 

 

 巨人の腕と化してアレイスターを襲う木原の書の腕は、しかし即座に展開された銀色の杖の一撃によってあっさりと消し飛ばされてしまう。──自動再生機能があるはずの木原の書は、しかし今はアレイスターの言う『中途半端な移行の停止』によってか、きちんと回復すらされていないようだった。

 むしろ。

 いつしか、木原の書の頬には不穏なヒビすら走っていた。

 

 

「それでコイツらの『何かを守りたい』って意志が、踏み躙られていい訳ねぇんだよなぁ……!!」

 

 

 木原の書の。

 

 

「それによぉ」

 

 

 いいや。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の心に、再び火が灯る。

 

 

「やるだけやってみろって、そこのクソアマに言われちまったしな。……言われっぱなしじゃ、腹が立つんだよ!!!!」

 

「──この程度で制御を失うような脆弱な計画だと思われているとはな、心外だ……!!」

 

 

 ボコボコと無理やりに再生した四原色の右腕に対し、アレイスターは四つの象徴武器を空中に漂わせながら対応する。

 両者の術式が衝突するその瞬間に、

 

 

「──この因果は捻転する!!!!」

 

 

 パチィン、と。

 シレンが指を弾く音が、その場に響き渡った。

 

 

「な……に……?」

 

 

 その音を聞いて愕然としたのは、アレイスター=クロウリーだった。

 それは、ありえない一撃のはずだった。

 確かに奇想外し(リザルトツイスター)の使用は可能な状態だった。空気の壁も最早存在していないし、音も届く距離だ。だが、根本的な問題として、その音は木原の書の存在すらも破壊してしまう諸刃の剣だったはず。

 ただでさえ不安定な今の木原の書であれば、一撃で完全に存在が崩壊してしまうだろう。そんな手をシレンが打つはずがない。そんな計算もまた、アレイスターにはあった。そのはずなのに──

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「馬鹿な……!? 木原の書は、死んだ木原数多の悪意を引き継いで存在している!! 奇想外し(リザルトツイスター)を受ければ、()()()()()()()()()()()()()()()()()存在が崩壊するはずだったのでは……!?」

 

「……今の彼の在り方を見て、その存在が悪意によって構成されていると、本当にお思いですか?」

 

 

 言われて、アレイスターは改めて木原の書の姿を見る。

 

 両腕を失い、顔にヒビが入り、今にも崩壊しそうな姿で──それでも確かに二本の足で大地を踏みしめるその男は。

 

 

「恥も外聞も投げ捨てて、誰かを守りたいという願いの為に拳を振るう男のどこが……『悪意』で構成されているというのですか!!」

 

 

 ──木原数多の再起は、此処に成った。

 

 だから。

 

 

「…………仕方がないか。認めよう、『堕天計画』は失敗だ」

 

 

 アレイスターは、驚くほどあっさりとそれを認めた。

 

 そして。

 

 

 ゴゴン!!!! と、アレイスターと木原の書の間の空間が起爆し──地面に光の紋様が描かれる。

 気付けば周辺は一片五〇メートル程度の青白い立方体に空間を切り取られていた。

 

 

「な……なんだこれ……!?」

 

「……! 儀式場だよ! おそらくは『何か』を召喚する為の……!!」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……無事、召喚成功だ」

 

 

 そして。

 

 一瞬にして儀式場を展開したアレイスター=クロウリーの傍らに佇んでいたのは。

 

 

「…………これ、どういう状況ですの?」

 

 

 白と黒で構成されたナイトドレスに身を包み。

 さらにベールのように白と黒の()()を帯びた。

 

 

「見て分からないか? 木原の書は追い詰めたのだが、多勢に無勢でな。端的に言って、負けそうだ」

 

「……まったくこのダメラスボスは…………」

 

 

 ────レイシア=ブラックガード。

 

 

「だが私はまだ諦めていない。精一杯の強化も施したわけだし、小言は勘弁してくれないかね?」

 

「……仕方がありませんわね。やりますか」

 

 

 その善意を弄び、操るのはアレイスター=クロウリー。

 

 

「というわけで」

 

 

 最低最悪の召喚師は、ぬけぬけとこう宣言する。

 まるで、第二ラウンドの開幕を告げるかのように。

 

 

「手を差し伸べに行こうか。君の半身を救う為に」


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