【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス) 作:家葉 テイク
「美琴さん」
戦闘の開幕。
それに先駆け、シレンは美琴に呼びかけながら右手を掲げる。それを見た木原の書の動きは迅速だった。
「
木原の書の右腕の四原色がマーブル模様のように渦巻き、やがて黄色の色彩が表出する。直後、大気の『壁』が木原の書を守るように展開された。
無論、たとえ風による防壁を置こうとそれは『木原』の意志によるもの。どうしてもそこには害意が混在してしまうので、この防壁も
だが一方で、
このタイミングで、食蜂が動く。
風の壁によって吹き消された幻影の炎の合間を縫って、無理やり戦い続けようとするオリアナの身体を引きずって戦線から離れた。
──害意をベースにしか考えることができない木原の書は、そもそもシレンが
実際には、存在の崩壊を伴うような戦略をシレンが選ぶことなどできないにも関わらず、無駄な一手をその為に消費してしまう。
それこそが、シレンの狙いであるとも気付かずに。
バヂン!!!! と紫電の槍が木原の書を撃ち抜く。
「がッ…………!!」
「これも大したダメージにはならないんでしょうけど……どうやら動きを止めることくらいはできるみたいね!」
空気の壁は、電撃を遮ることはできない。それは
電撃の痺れから立ち直った木原の書が態勢を立て直した時、そこには既に美琴の姿はなくなっていた。しかしそれでも、木原の書はシレンから警戒を逸らすことができない。害意に従って動いている木原の書という存在の思考ルーチンでは、自分の根幹をダイレクトに揺るがすことができる脅威からマークを外すという選択を選ぶことがどうしてもできないのだ。
そして。
「俺もいるのを忘れているんじゃないか!?」
畳みかけるように、上条当麻が大気の壁へと突っ込んでいく。
ただし。
「忘れてねえよ? だからわざわざコイツを手に入れたんだしなァ!!」
木原の書も、そんなことは先刻承知の上だ。
ドウッ!!!! と突風のような一陣の風と共に数字のイメージを伴った火花が無数に散る。
ルーンカードの幻影が紙吹雪のように舞うと──上条の前に、火と重油の巨人『
「こ、れは……
「『継承』させてもらったぜ。無能な味方を恨むんだなァ、
さらに、上条の後方で風の盾をさらに展開する。こうすることで、シレンにも手出しができなくなるわけだ。
電撃の問題はあるが……こちらも先ほど展開したルーンカードを用いればどうとでもできる。
「……! チッ、仕方ないわね。ちょっとレールガンぶっぱなして色々まっさらにするわ」
「お待ちを!」
硬直状態を打ち崩すには、最大火力をぶつけるのがいい。十八番に手を伸ばしかけた美琴を、シレンが制止する。
シレンには、この盤面の先に木原の書が描いている思惑が掴めていた。
「木原の書さんが現状で最も警戒しているのはわたくしの右手ですわ。……つまり、ここまでの戦略もその無力化をゴールにしている可能性が高いとは思いませんか?」
木原の書は、既にステイルと神裂を出し抜いてこの場にやってきている。その策謀の腕については侮ることはできない。ここから馬鹿正直に選択した一手が、木原の書によって誘導された手でない保証などないのだ。
「……どういうこと?」
「『聖人』を、継承している可能性がありますわ」
シレンは端的に懸念を口にした。
「聖人。先ほどぶつかったアックアのような存在ですわ。その気になれば音速で行動することだってできる恐ろしい体質です」
「そんなものがあるなら、さっさと使えばいいじゃない」
「それだけ、わたくしの右手を警戒しているということですわね」
もし音速で移動したとしても、風の壁を出た瞬間に
「…………レールガンを私に撃たせれば、その直後は轟音で掻き消されてアンタの右手が上手く機能しない、ってこと?」
「おそらくは」
「はぁ……はぁ……。理屈力は理解できたけどぉ、それならこの硬直状態はどうするのよぉ? 上条さんだってエンドレスでアレをやられちゃったらどうしようもなくないかしらぁ?」
「アンタ、いい加減息整えなさいよ。たったあれだけの運動で……」
以前上条が
「何か……自滅に繋がるような要素を継承できればいいのですが」
「上条さんの右手とか……あとはアナタの右手とかぁ?」
「……いえ、それは無理でしょうね。我々の右手は技術ではありませんので……」
「というか、そもそも『継承』のロジックが私達には分かんないじゃない。どういう理屈で継承してるのか次第じゃ、開発した超能力だって『技術』扱いで継承できちゃうんじゃない?」
もっともな疑念を提唱したのは、実際に外的に自分の能力を使われた経験がある美琴だ。そしてそれには、
実際に相手は聖人という『体質』を継承しているのである。その可能性は十分にあった。
しかしシレンは首を横に振り、
「その可能性は考えづらいでしょう。もしそれが可能なら……『木原数多』の知識を継承している木原の書さんは、まず最初に
と答えた。
これも自明の理。木原数多の最大の功績といえば、
「……とはいえ、確かに継承のロジックが分からないというのは事実ですわね……」
「……お姉さんから提案が一つあるんだけど」
そこで座り込んだオリアナが口を開く。
その視線の先には、一人で
「木原の書は『原典』。なら、あの子にそれを解析してもらうのはどうかな。そうすれば『原典』は読者に対して攻撃をしづらくなるから、行動にバグが発生するわ。……それだけじゃない。記述を読み解けば、防衛機構に対するカウンターだって生み出せるはずだよ」
「それは駄目だよ」
──と。
そこで、少女の声が決まりかけた流れに待ったをかける。
そこに佇んでいたのは、金髪の女子小学生だった。
長い髪をツインテールにしてまとめ、背中には赤いランドセルを背負っている。その腕には、
「那由他さん!」
「……それこそが数多おじさん──いいや、『木原の書』の目的だからね」
木原那由他。
木原一族の一員でもある少女が、この局面で現れた。
「木原の書の目的は、木原数多からの脱却。そこまではいい?」
「ええ。わたくし達もそこまではアタリをつけていましたわ」
シレン達が頷くと、那由他は頷き返して続ける。
「確かにその認識は間違っていないと思う。でも結局、木原の書は木原数多から連続した存在であって、そこからの脱却はできない。……これは木原の書が自己変革に選んだ手法が木原数多と同じ『継承』という時点で分かるよね?」
残酷なようだが、これも事実だった。
木原数多から脱却しようとして『木原数多以外の色』を集めたところで、その手法が木原数多と同じなら、その可能性は木原数多の域からは出ない。これは、カードゲームで考えれば分かりやすい。いくら無数のカードがあっても、そこからカードを選ぶ時にどうしてもプレイヤーの癖は出てしまうし、これを消すことはできないのと同じだ。
「これは、木原の書自身も同じ結論を出しているはず。なら、どうやって木原数多からの脱却という目的を達成すればいいと思う?」
那由他はどこか焦燥の色を滲ませながら、その場の五人に問いかける。
答えたのは、渦中にいるインデックスだ。
「……木原の書という『原典』の本質は今見えているあの人型の存在ではなく、その内部に記述されている知識そのもの。……継承し継承される知識の理──それ自身が『木原の書』の本質。そういうことだね」
「そう。つまり彼の目的は、どう足掻いても『木原数多』という枠組みから脱却できない自分自身という器から抜け出し、禁書目録のお姉さんに自らを『継承』させること……魔道図書館に、『木原の書』を所蔵させることなんだ」
それは、つまり。
「『木原』を……植え付ける……ということですの……!?」
奇しくも、シレンはそれと同じ事象を幾つか知っている。
木原相似は、前方のヴェントにああも容易く悪意を植え付けた。木原唯一は薬味久子に思考パターンを植え付けていたし、上里勢力にも同様のことをしていた。厳然たる事実として──『木原』は伝染する。
まして、『木原』の思想が色濃く記述された魔導書を解読などしてしまえば──いかにインデックスが魔導書の毒から身を守る術を持っていたとしても、どうなるかは分からない。
インデックスはハッとしたように、
「そうか……! どうして気付かなかったんだろう。そもそも『原典』は自らの知識を広めたがる性質を持っている。だから、木原の書も自分で知らず知らずのうちに方針が『魔道書の本能』の影響を受けていたんだ……!」
確かに、木原の書自身の『想い』は木原数多からの脱却、自己の確立にあるのだろう。しかしそれが原典としての本能によって歪められた結果、インデックスに自身の知識を『継承』させるという行動に出力されているのだ。
もっとも、このあたりには『木原』としての思考の歪みも加わっているだろうが……。
「理屈は分かったけど、でもインデックスに解析してもらって弱点を探るっていうのがダメってことなら、結局話は進んでないじゃない!」
「大丈夫。それを何とかする為に、私
「…………達?」
那由他の言葉に、その場の全員が首を傾げた直後だった。
ボバッッッ!!!! と、風の槍が上条と肉薄していた
その轟音に添えるように、トッ、とささやかな足音が響いた。
その少年は、白濁したような白い髪を片手で乱雑にかき上げて、うんざりしたように言う。
「勝手に突っ走るンじゃねェよ。こちとら電源を節約しなくちゃならねェンだっての」
「ごめんごめん──
──
純白の最強を見て、木原の書の眉がぴくりと震える。
「……オイオイオイオイ。なんだよクソガキ、随分似合わねぇポジションに立っちまってるじゃねぇか」
「ああ、まったく我ながら柄じゃねェとは思うンだけどよォ」
対する
「こっちもそこのガキに強請られちまってな。今回限りだが──」
そこから、続きを引き継ぐように木原那由他は
「
「
片や、使命感に溢れ。
片や、形ばかりの適当さで。
しかし両者ともに、真っすぐに前を見据えながら、こう言い切った。
「「この街を、守りに来た」」
あるいは、どこかの誰かが死ぬまで言うことができなかった一言を。