【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス)   作:家葉 テイク

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一四七話:魔道書の本能 ①

「チッ……。蜃気楼は無意味。その上音速で動き回るとは……随分厄介になってくれたものだね」

 

 

 言いながら、ステイルは手に炎剣を持ち構える。

 もちろん、聖人の身体能力を手に入れた時点でステイル達に勝ち目などない。そもそも魔道書の『原典』という時点で分の悪い戦況だったのだ。もうこうなってしまえば、ステイル達に待っているのは無惨な敗北のみ。

 だが、それでも彼らは退かない。

 

 

「おいおい、良いのかテメェら。このままだと死ぬが?」

 

「それがなんだ? ……ああ、科学者風情には、魔法名を名乗った魔術師に命を対象にした脅しなど無意味だと分からないか」

 

 

 

 今まさに死の瀬戸際に向かっているというのに、それでもなおステイルは笑っていた。

 それに対し、鏡映しのように炎の剣を構えたところで──木原の書の動きが止まった。

 

 

「…………どうしましたか。まさか我々相手に今更臆した訳でもあるまいし」

 

「いやァ…………()()()

 

 

 ニタァ、と。

 木原の書は粘つくような笑みを浮かべ、そう答えた。

 

 

「思い返せば不審な点はあったんだ。最初から此処で俺をぶっ潰すつもりなら、魔道図書館を戦場から引き離す必要性はねえ。蜃気楼で囲って時間を稼いでいるうちに魔道図書館に俺の性質を解析させちまえば、真っ当な魔術でも俺を殺すなり封印する方法は見つけることは十分できただろ」

 

 

 そもそも魔術戦においてインデックスはジョーカーだ。

 神裂の戦力を攻撃ではなくインデックスの防御に充てれば、彼女の安全を確保したままその頭脳を利用することだってできたはずだろう。そして間違いなく、ステイルと神裂が有する戦力の中ではそれが最善手だったはずだ。

 しかしその手を使わなかったということは。

 

 

「テメェらはその上で、ヤツを戦場に引きずり出さねえって選択をした。つまり、テメェらはそこで『ある決断』をしたはずだ。──あの魔道図書館を戦場から引き離し、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とかなァ」

 

「!!」

 

 

 ──たとえば。

 もし仮に、木原の書が聖人の原理を『継承』するのも最初から想定の範囲内だったとしたら?

 そしてそうなった場合の次善の策として、ステイルがその身に対聖人用の術式を宿して木原の書と相討つ覚悟を決めていたとしたら?

 

 

「図星かね。いやーあぶねえ。このまま戦い続けていたらこっちが手に入れた最強アイテムのせいで『原典』の不死性を貫通してぶち殺されるところだったって訳だ」

 

「…………!! 神裂! 逃がすな!!」

 

「いやァ逃げさせてもらうぜ。だよなぁ、()()()()()()!!!!」

 

 

 轟!! と。

 木原の書との間を遮るようにして、全長二メートルにもなる炎と重油の巨人が立ち塞がる。一人の天才が編み上げた、最強の名の所以。いかに聖人といえど、それをすぐさま抜けることはできず。

 

 

「……クソ……!! 突破された…………!!!!」

 

 

 ──木原の書は、音速で戦線を離脱した。

 

 

 


 

 

 

最終章 予定調和なんて知らない 

Theory_"was"_Broken.   

 

一四七話:魔道書の本能 ①

Goodwill_Bearer.

 

 

 


 

 

 

 ──一方その頃、オリアナとインデックスは街中の陰を抜けながらシレン達の許へと急いでいた。

 

 

「オリアナ、どうして遠回りするの? 早くシレン達と合流した方が……」

 

「あの二人がきちんと木原の書を足止めしてくれているなら、その方が良いんでしょうけどね」

 

 

 オリアナは油断なく周辺を伺いながら言って、

 

 

「相手は『原典』だよ。いかにイギリス清教のプロが二人がかりとはいえ、抑えきれるとは限らない。まして『原典』の方に積極的にその場で戦う意志がないとしたら、その場に縫い留めていられる時間なんて天井のシミを数えている間に過ぎ去ってしまうわね」

 

「そんなの……!」

 

「しっ」

 

 

 なおも言い募ろうとしたインデックスを抑えて、オリアナは息を潜める。

 ──遠くから、かつん、かつんと足音が聞こえてきた。

 

 

「(木原の書よ)」

 

「(……なんで分かるの?)」

 

「(これでもお姉さんもプロよ? 逃げる対象の足音くらい記憶しているわ。……こっちへ)」

 

 

 言いながら、オリアナはインデックスの手を引いて足音から遠ざかるように走っていく。

 インデックスからしたら意味不明なスキルだったが、それこそが追跡封じ(ルートディスターブ)たるオリアナ=トムソンの本領である。実際に、木原の書の足音はどんどん遠ざかり、そして目的地であるシレン達の現在地へは近づいていた。

 しかし、それでもオリアナの表情は明るくならない。

 

 

「お姉さんの勘から言って──多分、今回は逃げ切れないわ」

 

「ええ!? どうして!?」

 

 

 驚愕するインデックスに、オリアナは冷や汗をひとつ垂らしながら、

 

 

「追跡が悠長すぎるからね。おそらく、お姉さん達の大まかな居場所は既に何らかの魔術で特定されている。まだ襲撃を受けていないのは、正確な位置を特定できていないからかしら。無差別攻撃をすれば、シレン達からも私達の居場所が分かっちゃうものね」

 

「そんな……」

 

 

 驚愕の事実に、インデックスは当惑することしかできない。

 それも仕方がない。逃走が既に相手の掌の上ということなら、此処からどう動いても無駄という意味だ。追跡を撒くプロですらそうなのであれば、インデックスにその状況をどうこうするようなスキルは存在しない。

 そんなインデックスの不安げな横顔に笑いかけて、オリアナはそこで立ち止まる。

 

 

「だから、此処からは二手に分かれましょう? 大丈夫。ここまで来ればアナタ一人でもシレン達のところまでは到達できるはず」

 

「……! それじゃ、オリアナはどうするの!?」

 

「お姉さん? そうね、お姉さんは──」

 

 

 単語辞書のような『速記原典(ショートハンド)』を手で弄びながら、オリアナは悪戯っぽい笑みすら浮かべてこう言う。

 

 

「ちょっと、『原典』と喧嘩でもしてこようかしら☆」

 

 

 直後、だった。

 バヂィ!! とオリアナの持つ速記原典(ショートハンド)がはじけ飛んだかと思うと、それが彼女の全身にまとわりついて行く。ただでさえ露出度の多かった衣服は紙が焼け焦げるように消え落ちていき、元々の質量を無視して広がった速記原典(ショートハンド)のページが彼女の全身を肉抜きされたレオタードのように覆い尽くした。

 

 

「……『原典』オリアナ=トムソン、もう一人の『Basis104』が出した答えは、しかと見届けた。だから私は魔導師として、彼女の答えを、結末を語り継いでいく必要がある」

 

 

 その姿は、かつてインデックス達と戦ったもう一つの意志ある『原典』──オリアナ=トムソンそのままだった。

 

 

「その姿は……」

 

「お姉さんだって、成長するんだよ? 魔術とは奇跡の模倣。……なら、あの奇跡を模倣できないようじゃ魔術師の名折れよね」

 

「──おおー、原典、原典、原典かよ。どこもかしこも原典まみれじゃねえか。原典の図書館か此処は? ……ああいや、そりゃお前だったか」

 

 

 と、近くのビルの屋上から声がかけられる。

 地面にヒビを入れながら降り立ったその男──木原の書は立ちはだかるオリアナとインデックスを見て、

 

 

「時間稼ぎって訳か? そいつに逃げられると面倒だからよぉ……ここで潰すが、問題ねえな? 原典紛い」

 

礎を担う者(Basis104)。どうせなら名前で呼んでくれるかしら? 原典さん」

 

 

 言葉の応酬を皮切りに、四原色の渦がほぼ同時に爆裂した。

 ──木原の書は、そもそも『原典』オリアナ=トムソンをもとに生み出された『原典』。そして今のオリアナの『原典』を纏った姿も、『原典』オリアナ=トムソンをもとに生み出した術式である。

 つまり、根幹にある技術は同じ。いくら木原の書が今のオリアナを『継承』しようと、結果は何も変わらないのだ。

 

 ただし。

 

 

「スタートラインが同じってだけで勝ち誇ってんじゃねえぞ。こちとらアレから機能を拡張してきてんだ!!!!」

 

 

 ドッ!! と、木原の書の姿が掻き消える。

 聖人の仕組みを『継承』したことによる音速機動。それは、いかにオリアナが『原典』の機能を獲得したからといって追いつくことができない『差分』だ。

 当然、オリアナがその移動に気が付くよりも先に木原の書は後ろに回り、

 

 ゴッギィィィィィン!!!! と、その凶手は四原色の渦によって受け止められた。

 

 

「何…………!?」

 

「あは、今のお姉さんは()()()()()()()()()()()? そもそもの前提として、原典には自動防衛機能が備わっている。魔術師オリアナ=トムソンは音速で動くことはできないけれど、纏った速記原典(ショートハンド)となれば話は違う。お分かりいただけたかしらん?」

 

「なら……」

 

「戦線を離脱してインデックスを襲う? でも残念」

 

 

 再び音速機動でインデックスに飛びかかろうとした木原の書のことを、四原色の渦から発生した緑色の巨腕が叩き落す。

 まるで、『原典』そのものが守ろうとするかのように。

 

 

「────あの子は、既にこの本の『読者』よ」

 

 

 『原典』は、本能として知識を広めることを目的としている。

 だから記述を読み広めようとする『読者』を守るし、それを害する者を排除する。そしてインデックスは、既に『原典』オリアナ=トムソンとなった速記原典(ショートハンド)の成れの果てを読んだ実績がある。記述が荒く読めなかった魔道書の原典を、それでも様々な方法を駆使して解読してくれた。──そんな優良な読者を、『原典』が保護しない訳がない。

 そんな『原典』の意志を代弁するように、オリアナは言う。

 

 

「あの子には、手を出させない」

 

「……クク、なるほどな。魔道書の原典をそこまで飼い慣らすかよ。流石は魔導師ってヤツだ」

 

 

 自動防御機能の拡張によってインデックスに手が出せなくなった木原の書は、追い詰められているはずなのにそれでも笑顔を見せる。

 すると、木原の書の周辺でアーク放電のように数字のイメージを伴った火花が散る。同時に、ルーンカードの幻影がまるで紙吹雪のように周辺に舞い散った。

 

 

「……インデックスの仲間の魔術師から『継承』した魔術を使おうって訳? 生憎、防衛機能はその程度では突破できないよ」

 

「分かってるっての。焦るな。そもそも突破するのは『原典』じゃねェ」

 

 

 轟!!!! と。

 次の瞬間、周辺は火の海に包まれた。

 

 

(……!? 自ら逃げ道を潰して……? 一体どういう……)

 

「霊的けたぐりってのは、要するに相手の認識に働きかける術式だ。だから『原典』みてぇな()()()()()()()には通用しねえ。だがコイツは面白くてな、現実には存在していない炎でも、イメージを押し付けるだけで本当に火傷するし、熱された空気を熱いと思っちまう。実際にはそんなことねえのにな」

 

 

 木原の書の言葉を聞いているうちに、だった。

 オリアナの身体から、力が抜けた。カクリ、と身体が傾きかけ、纏った『原典』の制御がなければ思わず膝を突いていたところだっただろう。

 

 

「他にはあー、ほらアレだ。──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「…………!! 無駄よ。たとえお姉さんが酸欠で死のうが、速記原典(ショートハンド)は読者を守る為に戦い続ける。此処を抜けることはできないわ!」

 

「ああ、『原典』はそうだろうな。……だが、さっき逃げたあのガキはどうだ?」

 

 

 カッと。

 オリアナの背後──幻炎の向こう側に、一人の少女の影が映る。

 

 

「逃げなさい!! コイツの目的は、おそらくアナタで……!」

 

「だとしても!!」

 

 

 戻ってきたインデックスは、遮るようにして声を張り上げる。

 

 

「私を守るためにオリアナが一人で死ぬなんて、そんなの間違ってる!! そんな片手落ちのバッドエンドを選ぶくらいなら、私はリスクを冒してでもみんなが生きて帰れるハッピーエンドを掴み取りたい!!」

 

「馬鹿な子……!!」

 

 

 守るべき対象は危険の中に舞い戻り。

 そして自分自身は劣勢──そんな状況にも関わらず、オリアナの口元には薄い笑みが戻っていた。

 こんな馬鹿な少女だからこそ、命を張る価値があるのだ。彼女のような善良な何かの礎になる為に、オリアナ=トムソンは魔術師を志したのだから。

 

 

「纏う原典、速記原典(ショートハンド)の本質は、四つの属性を自由な配分で構成することによる変幻自在の魔術現象。()()()()()()()()()()()()()()。だからお願い、私に力を貸して、オリアナ」

 

 

 幻の炎のすれすれまで後退したオリアナの背に、ガラス越しに声をかけるようにインデックスは言う。

 その言葉に()()()()()()()が頷いた瞬間、オリアナの背に四原色の翼が花開くように現れた。──否、それは翼ではない。正確には、巨大なパレットだ。四つの色彩が折り重なるように存在している、一枚のパレット。

 

 

「白紙に描くは朋友。色彩にして黄、数価にして5、200、2、8。方角にして西。風を跨ぎ我が友人を喚びこの地へ召し出せ!!」

 

 

 ──変幻自在の魔術のパレット。

 ──一〇万三〇〇〇冊の頭脳。

 

 そんなものが揃ってしまえば、この世にできないことなどない。

 この場合──こんな結果が引き起こされた。

 

 

「うわっ!? なんか急に違うとこに来たぞ!?」

 

「魔術……? 当麻さんの右手を考慮したモノとなると、相当の術者だと思いますが」

 

「待って! ……どうやらけっこうな鉄火場みたいよ」

 

「えぇ……私じゃ自衛力足りすぎないかしらぁ……?」

 

 

 上条当麻。

 シレン=ブラックガード。

 御坂美琴。

 食蜂操祈。

 

 

「…………あ゛ー、クソが。面倒になってきやがったじゃねえか」

 

 

 四人のヒーローが、『原典』と対峙した。

 

 

 


 

 

 

 ──同時刻。

 

 窓のないビルの中で、その『人間』は動き始めた。

 

 

「……さて。そろそろ頃合いだ」

 

 

 立ち上がる緑の手術衣を身に纏った『人間』から少し離れた壁には、白黒のナイトドレスを身に纏った金髪碧眼の令嬢が腕を組んで背を預けていた。

 白黒の令嬢へ視線をやったアレイスターは、手に銀色の杖を宿しながら言う。

 

 

「私はそろそろ向かうとするよ」

 

「そうですか。では、精々シレンの為に頑張ってくださいまし。わたくしも合図があれば動きますので」

 

 

 そっけないレイシアの言葉には、しかし一定の親しみや信頼感が宿っている。

 それを獲得するだけの積み重ねを、この『人間』はしてきて()()()()いた。

 

 破壊された窓のないビルの穴から外界へと出たアレイスター=クロウリーは、内心でほくそ笑みながらこう思う。

 

 

 

 最早、状況は()()()()()()()()()では解決できない局面に到達した。

 

 さて。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()




・白紙に描くは朋友。色彩にして黄、数価にして5、200、2、8。方角にして西。風を跨ぎ我が友人を喚びこの地へ召し出せ
 カバラ系の魔術。属性は風。
 対象となる人物(集団も可)までの空間を一時的に異空間に移動することで、疑似的にテレポートを行う術式。
 対象選択は『地面に足をつけている者』。地脈伝いに生命力を感知して対象を指定しているらしい。
 空間がなくなった結果瞬時に移動しているので幻想殺しに関係なく行使できるほか、魔術で性質を歪められた物理的挙動なので慣性などによる悪影響もない。

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