【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス)   作:家葉 テイク

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一四六話:藍より出でるは極彩

『まずいぞ、事態が進展している』

 

 

 そんな連絡を入れたのは、トンボ型の小型ロボットから放たれた馬場の声だった。

 

 

「どうなさったんですの、馬場さん」

 

 

 レイシアの声を筆頭に、上条、美琴、食蜂の四人がトンボ型のロボットに意識を向ける。

 T:DF(タイプ:ドラゴンフライ)。空中静止が可能な通信用の小型ロボットだ。馬場は現在、これと同タイプの機体を数十機ほど飛ばして街の戦況把握に努めていた。

 

 

『インデックスのことを追跡していた機体からの情報だ。あのオリアナとかいうヤツの動きのせいで追跡がかなり大変だったが……』

 

 

 馬場はぼやきながら、

 

 

『インデックスのところに木原の書が現れた。ギリギリのところで仲間の魔術師らしき連中が合流したお陰で戦闘に入ったようだが……』

 

「いけませんわ!! 馬場さん、すぐにそちらの機体と通信を繋いでっ!!」

 

 

 ──木原の書は、あらゆる技術や知識を『継承』する。

 個別に協力を要請していたステイルと神裂が間に合ったのはシレンにとっても朗報だが、此処でステイルや神裂の魔術を木原の書に継承されれば、より手を付けられない化け物になってしまうだろう。

 倒すならば、科学サイドの超能力のような『継承しても再現のしようがない異能』でないといけないはずである。

 

 

『ちっ……人遣いが荒いな! 繋いだぞ、シレン!』

 

「ステイルさん神裂さん、聞こえていますか!? その『原典』の能力は知識の継承です! 魔術を使えば、きっとその技術は見ただけでコピーされますわ! 魔術を見られてはいけません! 戦わない、」

 

 

 バギャ!! と。

 シレンの言葉は、最後まで言い終わることなく破砕音によって中断させられる。

 

 

『……クソっ。向こうに送っていた機体が破壊された。これじゃあ向こうの戦況が分からないな……』

 

「馬場、座標を教えてくれ。俺達もそっちに向かう。木原の書相手なら、科学サイド(おれたち)の方が戦えるんだろ!?」

 

『いや、座標は教えなくても問題ないだろうね』

 

 

 馬場がそう言うと同時だった。

 ふわり、と白衣のような制服から羽衣が伸びたような白黒の印象の少女が、空から舞い降りてきた。

 

 

「ひいっ……怖かった……。……あ、や、やぁ」「──待たせたな、シレン。戦場までの輸送くらいなら任せてくれ」

 

 

 操歯涼子、あるいはドッペルゲンガー。

 彼女の頭上には──真っ白な糸によって構成された『空飛ぶ船』があった。

 

 

「…………渡りに船、ってことかしらぁ?」

 

「それもしかして上手いこと言ったつもり?」

 

 

 直後に始まった取っ組み合いの喧嘩は、いい加減面倒だったので奇想外し(リザルトツイスター)によって失敗させられたとかなんとか。

 

 

 


 

 

 

最終章 予定調和なんて知らない 

Theory_"was"_Broken.   

 

一四六話:藍より出でるは極彩

Bluer_Than_Indigo.

 

 

 


 

 

 

 

 ──同時刻、第七学区のとある街道にて。

 

 

「…………行ったか?」

 

「ええ。インデックス達は戦闘区域からは離脱したようです。これで心置きなく戦えますね」

 

「ああ、とはいえ──」

 

 

 ステイルと神裂は、互いに言い合いながら目の前に佇む男を見る。

 『原典』。

 『継承』。

 シレンからの通信は断片的だったが、それでも目の前にいる存在が一筋縄ではいかない障害であることは明確だった。

 

 

「そもそも、人の形をした原典というのは僕も聞いたことがないんだけどね?」

 

「おーそうか? 俺の目にゃあ、さっきのクソガキも似たようなモンに見えたがよ」

 

「……()()()()()()()()()()

 

 

 吹き出すように、ステイルから殺気が放たれる。

 それを窘めるように横に並んだのは、神裂だ。彼女は二メートルもある腰の令刀に手を掛けながら言う。

 

 

「ステイル……挑発に乗ってはいけません。先ほどの通信を聞いていたでしょう? ヤツは術式を模倣する。弱点を割り出すまでは、術式の使用を極力抑えて時間を稼ぎましょう」

 

「甘いな神裂。なぜ僕たちがヤツのペースに付き合わなくてはいけないんだ?」

 

 

 直後、ステイルと神裂の姿がまるで水の中に溶かした絵の具のようにぼやけていく。

 まるで、木原の書とステイル達との間に透明の幕が展開されていくかのように。そして完全に掻き消えた景色の中から、ステイルは言う。

 

 

「目視で技術を盗み見る程度の機能だろう。その程度で攻略できるほど、魔術師(ぼくたち)は簡単ではないだろうが」

 

 

 ぶわっっっ!!!! と。

 ステイルの言葉と共に、透明の幕は──否、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()は加速度的に広がっていく。

 

 

「おーおー……そんなのもできんのか。火炎系の能力者でもこんだけ大規模な蜃気楼なんか出せば本人が先に蒸し焼きになりそうなモンだがよ」

 

「それが魔術だよ。少しは勉強になったかい?」

 

 

 虚空からステイルの声が届き、

 

 ドボアッッッ!!!! と、赤熱してドロドロに溶けたアスファルトが木原の書に降り注いだ。

 

 

「うおっ!? こいつは……()()()()()()!!」

 

 

 間髪入れずに木原の書の右腕が蠢き、四原色のマーブル模様に渦巻く。

 ガキリ、と歯車が噛み合うようにも聞こえる音が鳴ると、木原の書の左手に銀色の杖が浮かび上がった。

 

 ──虚空に散らばる、数字のイメージを伴う火花。

 

 赤熱したアスファルト──ステイルの炎魔術によって溶けた街道の残骸は、それであっさりと吹き散らされてしまった。

 

 

「……チッ、やはりこの程度では効果なしか。だが、警戒して足を止めはしてくれたようだ」

 

 

 そして、蜃気楼領域の中でステイルは()()ごちる。

 木原の書からは姿を消したようにしか見えないステイルだが──彼はこの異常な領域でも、木原の書の姿を捉えることができていた。

 

 そもそも、この蜃気楼は『魔術によって生み出した炎による温度差によって蜃気楼を生み出す応用』ではない。『蜃気楼を生み出す魔術』なのである。

 当然その蜃気楼は科学的な性質には沿わないし、『敵対者からは幻のように姿をくらますことができ、味方からはきちんと風景を見ることができる』というような特殊なオプションを備えることだって可能だ。

 つまり──

 

 

(魔術を見せられない以上、僕からはさっきみたいなちまちました攻撃しか出せない。だが、君は知らないだろうな。()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「この形に持ち込めれば、あとはこちらのものですッ!!」

 

 

 ──木原の書は姿の見えない音速の強襲に晒され続けるということだ。

 

 ガギンギンギギギン!!!! と、硬質な音が連続する。

 おそらく、神裂の刃が木原の書を削る音だった。仮にも『原典』だからか、防御力については見た目通りとはいかないらしい。しかしそれも、いつまでも続く拮抗ではない。

 

 

(そもそもヤツは魔女狩りの王(イノケンティウス)を最初に見ている。にも拘らずアレを模倣して来ないということを、『見た現象を自分の手持ちの材料で再現する』類の機能ではなく、本当にそのままの意味で『体感した技術を己のモノとして会得する』機能といったところか……。ならば僕の技術に関してはルーンを見せなければ問題ない。視覚的な欺瞞だけで十分事足りるな)

 

 

 忘れられがちだが、ステイルは必要悪の教会(ネセサリウス)のエージェントであり、彼自身も凄腕の魔術師である。

 そして魔術戦とは、互いが研鑽した技術をぶつけ合わせる競り合い。目に見える現象だけでなく戦いの中で生じる些細な情報から()()()()()()()()()を予測しながら戦うことも、必要なスキルには含まれる。

 

 

(そしておそらくは聖人の身体能力についても同義。ヤツが『聖人』のカラクリに気付かない限りは模倣……いや『継承』されることはないとみていい)

 

 

 たとえ未知の能力、未達の分野だとしても既存の知識や技術を足掛かりに正解に辿り着くことができる能力がなければ、此処に至るまでのどこかの戦場で死んでいるだろう。そしてもちろん、彼にはそれが備わっている。

 

 

(そして、ルーンさえ見せなければいいなら──)

 

 

 ゴボボ、と。

 まるで泡立つように、ステイルの眼前で火と重油が寄り集まり、巨人が再生されていく。

 体躯は二メートル。まるで溶岩を人型にくり抜いたようなその異形は、手に炎の十字架を握り、

 

 

「突き刺せ!! 魔女狩りの王(イノケンティウス)!!!!」

 

 

 木原の書目掛け、勢いよく投擲した。

 神裂の猛攻を受けきるので精一杯だった木原の書は、寸前で十字架の飛来に気付く。そして身を躱そうと体を捻るが──

 

 

「……その十字架が()()()()()()()()()()とどうして思った?」

 

 

 ──身を捻ったその時には、既に炎の十字架は木原の書の胴体に突き立っていた。

 

 蜃気楼。

 魔術によって生み出されたそれは姿を完全に掻き消すこともできれば、微妙に結像をズラすことで音との齟齬で回避能力を阻害することもできる。

 

 

「うおああァァあああああああああああッ!?」

 

王手(チェック)だ、紙束。確かに『原典』は今の魔術では破壊できないが、それならそれで打つ手など星の数ほど用意されている!!」

 

 

 木原の書に突き立った炎の十字架が、まるで解けるように無数の炎の紐へと変貌する。それはまるで拘束具のように木原の書の全身に巻きついていくが──

 

 

「──なぁんて、な。なるほど、そうやって景色を歪めてんのか」

 

 

 全身が炎に覆われる刹那、ステイルは木原の書と()()()()()

 直後、だった。

 

 

 バヂヂヂヂヂィ!!!! と木原の書の周辺で無数の()()()()()()()()()()()()()がアーク放電のように散り、そして()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「な………………!?」

 

「なぁオイ、忘れたか? 俺は『原典』だっつの。大前提として、地脈とかいったフィールドから力を検知し汲み上げる機能ってのが俺には備わっている。テメェがバラまいて陣を形成している紙切れがその地脈に一ミリも影響を与えねえとか思ってんのか?」

 

 

 ──原典による感知機能。

 それを使って地脈への影響を逆算する形で、木原の書は知覚に頼らずルーンカードの存在を認識したのだ。

 そしてその存在を知ることができたならば、原典『木原の書』は問答無用でその技術を『継承』することができる。

 即ち。

 

 

()()()()()()()()()()()()

 

「っ!!」

 

 

 バギィ!!!! と、ひび割れるような音と共に炎の呪縛が蹴散らされる。

 ただし、この程度のイレギュラーでぶれるほどステイルと神裂の戦略も甘くはない。炎の呪縛を蹴散らした直後の木原の書に追いすがるように、神裂の鋼糸(ワイヤー)が陣を描き拘束を引き継いでいく。

 急場とはいえ、その行動速度は音速。当然ながら木原の書に対応できるような速度ではない。

 ……ないのだが。

 

 

「見えてるっつってんだろ。分かんねえヤツだなぁオイ」

 

 

 ──音すらも超える瞬きの世界の中で、木原の書は確かに()()()

 

 

「────!?」

 

「聖人は『継承』できねえと思ったか?」

 

 

 ゴギン!!!! と、木原の書の右腕が七閃を確かに受け止める。

 

 

(この男、既に聖人に関する情報を……!)

 

 

 音速の世界で、木原の書はこう言った。

 

 

「俺の継承元(オリジナル)はそもそも近代西洋魔術の系譜たるオリアナ=トムソンが偶発的に生み出した自我を持つ原典だぞ。当然、天使の力(テレズマ)や聖人に関する情報くらい初期設定(プリセット)されてあるに決まってんだろうが。そしてたかが『天使の力(テレズマ)』をその身に宿す身体特徴程度、地脈から力を吸い上げる流れを調節すりゃあ再現なんか容易にできる。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、天才」

 

 

 砲弾が撃ち込まれたような音が一つ、響き渡った。

 蜃気楼を生み出していた魔術の熱すらも弾き飛ばされるような衝撃のあとで、神裂は地を滑りながら勢いよく後ろに吹っ飛ばされる。

 

 

「………………!!!!」

 

 

 無論、聖人が天使の力(テレズマ)をその身に宿す原理が理解できたからといって、それを模倣できるはずがない。

 そもそも聖人が天使の力(テレズマ)を宿せるのは、『神の子』に似た身体特質を持って生まれているから。聖人を模倣する為には、原理云々以前にその『類似している「神の子」の身体的特質』を割り出す人体への理解が必要不可欠となる。そんなものを瞬時に読み取る魔術師など、存在するはずがない。

 

 だが、この『原典』は違う。

 

 木原数多として人間を開発し尽くした知識を持つこの『原典』には、違法則と同じようにこの世の法則もまた修められている。もっとも、その記述については歪み切っているが。

 その歪み切った知識を以てすれば、割り出すことができる。『聖人』という、魔術サイドにおける秘奥の一つを。

 

 

「神裂!」

 

「大丈夫です!! ……しかし、面倒なことになりました」

 

 

 ──吹き飛ばされた神裂は、既に両手で七天七刀を構え臨戦態勢に入っている。その足取りに危うさはなく、戦意にも陰りはない。

 しかしその頬には、殴られたような赤い打撃の痕が残っていた。口端を拳で拭った神裂は、焦燥の汗を流しながら呻くように言う。

 

 

「…………どうやら我々は認めねばならないようです。世界初の、『原典』の聖人を」






【挿絵表示】

画:まるげりーたぴざさん(@pizza2428
同じくとあるオリ主二次小説『とある科学の流動源力-ギアホイール-』を連載中の同志まるげりーたぴざさんより、レイシアのドット絵を頂きました!
ありがとうございます!!そして皆さん是非読みましょう。


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