【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス) 作:家葉 テイク
「…………フム、なるほどな」
戦況を睥睨して、アックアは尚も冷静に頷いた。
フレンダの攻撃により手持ちの水量も大幅に削られ、人数差も相当なものとなったはずのその状況で。
「……七対一か。確かに、戦況はこちらが不利と言わざるを得ないようであるな」
麦野沈利。絹旗最愛。フレンダ=セイヴェルン。浜面仕上。垣根帝督。誉望万化。獄彩海美。いずれも学園都市の『闇』の奥底で一線級に位置する面々を相手にしながら、アックアは静かにその事実を認める。
しかしそれは、敗北を認めたわけではなかった。
そもそもの問題として。
「ならばこちらも、本気を出させてもらうとしよう」
アックアが操っていた氷が、環の形になって彼の頭上で圧縮された──その直後。
ドバオッッッ!!!! と。
セレストアクアリウムの中から、膨大な水が飛び出した。高層ビルの入り口や窓──あらゆる外気との接続口から、押し出された
頭上に浮かぶ環、そして三対の翼。
熾天使。
それを見て、同じく三対の白い翼を持つ垣根は不敵な笑みを浮かべながら言った。
「…………おいおい、随分メルヘンな風体になったじゃねえか。似合わねえぞ、ゴリマッチョ」
「心外である。『神聖』と、そう訂正してもらおうか」
水────
後方を司る熾天使の力を帯びた使徒が、猛威を振るう。
「どっわァァあああああああああああああああああああああああああああああ!?!?!?」
浜面が、数メートルも宙に浮く。
本日四度目の飛翔は、垣根の翼によって受け止められた。
「す、すまねえ……」
「別に構わねえよ。……っつか、お前よくそのザマで生き残れていたな」
「浜面ァ!! 勝手に『スクール』に助けられてんじゃないわよォ!!」
「ひい! 理不尽!!」
──戦況は、再び混迷を極めていた。
『スクール』の乱入によって一時は優勢となっていた戦線だが、セレストアクアリウムの設備を破損することで得た大量の水流が全てアックアのものとなってしまったため、一気に相手の戦力が増強された形だ。
しかも、セレストアクアリウムの水は今もまだ流出しており、アックアの戦力は未だ留まるところを知らない。
「クッソ、いったいどんだけ水を操れるっていうのよ……!? 結局、もう
「戦場においてスペックシートなど参考程度の意味合いにしかならないが」
巨大な水の翼を適宜鎗や斧などの形に作り替えながら戦場を少しずつ押し流しているアックアは、あくまでも冷静にそう付け加え、
「範囲にして半径五キロ、質量にして一万トン。……私がその気になれば掌握できる水の最大量である。無論、術式を用いて制御を向上すればさらに大量の水を手中に収めることも可能だ。この意味が分かるであるか?」
メキメキメキメキ、と。
水が、音を上げて軋みながら氷の大剣へと変貌していく。
「貴様達が相手をしているのは、一介の能力者ではない。一万トンにも及ぶ大量の水塊。即ち『自然』を相手にしていると心得るべきである」
「自然だァ? 調子こいてテキトー吹いてんじゃないわよゴリラ野郎ォ!!」
ギャオッッッ!!!! と電子の渦が煌めき、巨大な腕となってアックアの手に収まった五メートルにもなる氷の大剣を消し飛ばさんと蠢く。
が、
ゴイィン!! と鈍い音が響き、
「なァ……ッ!?」
「その光、歪ではあるが雷の類だろう。ならば相応の術式を用意すれば対策には事足りるのである」
十字教において、雷とは『神の怒り』と解釈されることがある。
そして
であれば、アックアの宿す『聖母の慈悲』を以てすると『
いかに能力によって引き起こされた現象とはいえ、学園都市製の能力は物理法則に則って発動するものだ。
──無論、それはあくまで理論上の話であり、一瞬の判断ミスが命取りになる実戦で敵が扱う現象に対してぶっつけ本番で干渉し無力化することが誰にでも可能かと言われれば、首を横に振らざるを得ないが。
「チッ、訳の分からないオカルトに私の能力を巻き込むんじゃないわよ!!」
叫ぶと同時に
攻めあぐねる麦野と入れ替わるように動き出したのは、垣根だ。
彼は白い翼をはためかせながら言う。
「ならこいつはどうだ?」
言葉と同時に、
透き通るような突風がアックアの操る水の翼に触れた瞬間、ボゴン!!!! と水の一部がまるで泡立つように歪に膨らむ。
「テメェがどんな方法で水を操ろうと、そいつは所詮水でしかねえ。水素と酸素が化合したことによって生まれた液体だ。なら、その法則を捻じ曲げることくらいは俺には造作もねえよ」
「……その異能。やはり魔術の領域に足を踏み入れた能力者も、この街にはいるのであるか」
しかし。
ガギィ!!!! と、まるで歯車が軋むような音と共に、無秩序な水の暴走は唐突に止められることになる。
「……なんだと?」
「いかなる神話体系かまでは不明だが、場に用意された札の制御の奪い合いは魔術戦においてはポピュラーである。
ギャルン!! と泡立ち濁った水の一部が逆再生の映像のように元の透き通った色を取り戻す。さらに返す刀の形で、水の奔流が空を飛ぶ垣根のことを叩き落とす。
声を上げたのは、戦況を見守っていた浜面だ。
「第二位!!」
「くだらねえ心配なんかしてんじゃねえ……! こっちは無事だよ!!」
見ると、垣根の方は
ただし、その表情は明るくない。垣根は自分の内部から骨が軋むような音を聞いていた。
(クソったれが……!! こちとら可視・不可視の両面から『力』をぶっ放してるってのに、押し返すどころか徐々にこっちが押されてるってのはどういうことだ……!?)
垣根には知る由もないことだが、アックアは聖人の性質を同時に二つ発動する『二重聖人』という特性を持っている。
一人分の力で戦っている垣根とは、そもそも『力』のリソースの段階からして異なっているのだから、劣勢となるのはある意味では当然なのだが──
「……ナメやがって。この程度で潰されるほど、この街の『
その瞬間、だった。
なんの前触れもなく、バスッ!! とアックアの頭上に浮かぶ天使の環に小さな亀裂が走る。
その傷跡は、何かにたとえるならば────
「そういえば訂正し忘れてたな、七対一じゃねえ。
ゴギンッッッッ!!!! と一瞬の隙を突いた
暴風だけで、人がミンチになるほどだった。
咄嗟に物陰に飛び込んだ浜面とフレンダにしても、判断があともう少し遅ければ上空数十メートルまで一気にフッ飛ばされてリタイヤしていただろう。
アックアはセレストアクアリウムの施設を幾つかぶち抜きながら、ノーバウンドで数十メートルも一気に吹っ飛んでいく。
「……これでも死んでねえか。こっちの全力の一撃を叩き込んだってのに血煙になってねえとか、どういう身体構造してんだ?」
とはいえ、初めての大打撃だ。垣根の表情にも幾分か明るい色が戻る。
そしてそれを成し遂げた立役者は──戦場の後方にて息を潜めていた。
「んで。よく戻ってきたな────弓箭」
弓箭猟虎。
かつての事件においてレイシアによって保護され、『表』の世界へと帰還したはずの少女だった。
「えへへ……。……食蜂さんから、話は聞いていますから」
弓箭猟虎の参戦。そこには、食蜂操祈の関与が強く関係していた。
そもそも垣根は元々『暗部解体』という食蜂のテーマについて一定の協力をすることを約束している。これは杠救済に関する情報を提供した見返りとして、上条当麻との衝突を経て
となれば食蜂としては、『スクール』から無理に猟虎を除外する必要もなくなる。むしろ、遠隔地からの精密な狙撃と能力によらない完璧な隠密という弓箭の戦力は、垣根帝督や誉望万化といった派手な戦力を抱える『スクール』を盤石にする上で絶対に必要な駒である。
だから、食蜂は秘密裏に猟虎を『スクール』に復帰させるように手を回していた──というわけなのだった。
「それに、やっぱりブランクの影響は拭い切れませんでしたね。脳天を撃ち抜くつもりだったんですけど、ちょっと狙いがズレました」
「いや、結果的にはアレで良いよ。それに、あの野郎が銃弾程度で身体に穴が空くかもいまいち不安だしな」
「……ったく。これも全部あのご令嬢のせいだ。『メンバー』に続いてこっちまで仲良しごっこになりそうだぞ」
「あらぁ? 誉望さんってば、わたくしが戻ってきて実は内心とっても嬉しいくせにぃ」
「だからなんでお前は俺に対してだけそんなに当たりが強いんだよ!?!?」
ナメられているだけである。
「乳繰り合うのはそこまでにしてろ『スクール』。周りに浮かぶ水はまだ消えてねえ。つまり、まだ終わってねえどころかあの野郎はピンピンしてるってことよ」
麦野はそう言いながら、垣根の横に並び立つ。実際、戦場を漂う大量の水については今もセレストアクアリウムの奥へ吹っ飛んでいったアックアのもとへとゆるやかに移動中だ。戦闘はまだ何も終わってはいない。
と、
『──麦野さん。砲撃要請ですわ!』
このタイミングで、シレンからの通信が届いてきた。それも、麦野をじきじきにご指名である。
寝耳に水の通信だったが、それでも真っ先に麦野が牙を剥くように反応する。
「……あァ!? ふざけんなよ! こっちはそれどころじゃねぇんだ!! テメェらで勝手にやって……」
『あら? ひょっとして、第二位の力を借りているのに
「ちょちょちょちょっと待ってよシレン結局そんな麦野を煽るようなこと言わないでよ……」
「ああ……分かったよこの流れ。どうせこの後紛れない苛立ちのやつあたりに俺かフレンダあたりが理不尽にどつかれるんだ……」
効果は、覿面だった。
麦野はこめかみにつまめそうなくらいぶっとい青筋を立てながら、
「……上等だ。テメェのAIM拡散力場は滝壺に記憶させている。そのド
『そこから二メートル右にズラしていただけますと、大変助かりますわ』
そう言い残して、シレンはさっさと通信を切ってしまう。
怒号が、一つ飛んだ。
「滝壺ォッッッッ!!!!!!!! 座標ォッッッッ!!!!!!!!」
『……一一時の方角に一六三メートル、……下方五メートル修正。あとむぎの、耳が痛い。物理的に』
返事代わりに、破滅の極光が一本飛んだ。
ゴバオッッッ!!!! とアスファルトをめくりながら突き進む
そもそも浜面やフレンダといった工兵は戦場に潜り込んで細工をして初めて活躍ができるのだ。せっかくアックアが引っ込んでくれたのだから、この機会に存分に暗躍すべきである。
「つっても、結局どうすんのよ? さっきは『スクール』のスナイパーのお陰でどうにかなったけど、流石に向こうもプロなんだから結局同じ手は食わないでしょ。さっきから液化爆薬をしこたま流してやってるのにどういう理屈なのか知らないけど水に変えられて起爆できなくなっちゃうしさー……」
「俺に聞くなよ『アイテム』正規構成員。こちとらスキルアウト崩れだぞ?」
浜面は頭を掻きながら言って、
「……いや、そう言われてみれば一つ妙な点があったな」
と、足を止めた。
「妙な点?」
「あの大量の水だ。確かにセレストアクアリウムの中の水を大量に利用してるっていうのはスゲェよ。でも、そんなことができるんならそもそも最初から別で水を持ってくりゃあ良い話なんじゃねえか? そしたら『スクール』のスナイパー……弓箭とか言ったっけ。アイツがどうの以前に、連中が合流する前に『アイテム』は潰れてた……っつーか、その前の緑の奴との共闘の時点で全部終わってただろ」
「…………」
言われて、フレンダも頷く。
確かに、そこは妙な点だった。何も戦闘中に何もかも準備を整えなくてはならないなんてルールはないのだ。敵がいない安全な状態ですべての準備を整えておいて、万全の状態の戦力を敵にぶつけるというのは当然の話の流れのはずなのに、アックアはそれをしていない。これは明らかにおかしなことだった。
「あの野郎さっき言ってたろ。半径数キロの水はその気になれば掌握できるって。……アレが言葉通りなら、そもそも最初から大容量の水を操ってなきゃおかしいんだ。それをやってなかったってことは」
「…………大量の水を操るには、幾つかの条件が存在する」
フレンダは、確信をもって呟いた。
「たとえば、何らかの容れ物に入っている水は操作できない、とか。結局、これならわざわざ操作の前にセレストアクアリウムの破壊を挟んだ理由も説明がつくって訳よ。水族館として安全に密閉された水を操るには、一度容器を破壊しなくちゃいけなかったって訳ね」
とはいえ、この制限については既にセレストアクアリウムが破壊されてしまった後なので、もう考察しても仕方がない。
「……んー、でも、これ以上は分かんない。というか、こっちだと『水を生み出すスキル』と『水を操るスキル』は別物な訳よ」
この辺りは魔術サイドと科学サイドの違いと言えるかもしれない。
そもそも『一つの能力』のくくりが全く違うのだ。水素と酸素を化合させる能力と水分を操る能力は科学サイドでは全く別物だが、魔術サイドではこれが両立している。そのカラクリすら理解できないのでは、弱点を突くどころの話ではなくなってしまう。
となると、残る手がかりも限られてきてしまう。
「……あとは、あの明らかに趣味って感じじゃない天使スタイルかね」
「あーあれ、第二位もそうだったけど結局自分じゃどうにもならないのかしらね?」
「そりゃ、どっちもあんなスタイルになるキャラじゃねえしな。オカルトらしい縛りみたいなのでもあるんじゃねえの?」
浜面が適当に言うと、しばしフレンダが沈黙した。
「……おいどうしたフレンダ? はっ!? もしかして第二位に聞かれてたとかか!? いや違うんですメルヘンでクソ似合ってねえとか全然思ってません!!!! 荘厳で神秘的な能力だと思ってましたッッッ」
「……………………それだわ」
勝手に土下座モードに移行するバカの横で、フレンダは世界の真実に辿り着いたみたいなシリアスさで言う。
「でかした浜面!! そうよ、『オカルトらしい縛り』!! そこを全然考えてなかったわ!!」
がしっと両肩に手を置いて、フレンダは興奮しながら言う。
「考えてみれば、あの順序にも意味があった。アックアが水を操りだす前段階、自分が生み出した水しか操っていなかった時に、最後にやった行動は何?」
「……あー? 確か、使ってた水をめちゃくちゃに圧縮して天使の環に……あっ!」
「
「そういえば、さっき弓箭が天使の環を撃った後、隙が生まれていたのは……アレは突然の狙撃で一瞬驚いただけかと思ってたが……」
「アレも、制御装置にダメージが入ったせいで水の制御に一瞬ノイズが走ったとかかもしれない」
「ってことは…………そいつをぶっ壊しちまえば!」
「──場違いなメルヘン物語も、一掃できるかもしれないわね」
とはいえ二人の表情は優れない。
ひりついた笑みに、余裕のない冷や汗。
それもそのはず。敵は
それでも。
二人の
「それじゃあ行くか、ヒーロー。列聖されに行く準備はいいかね?」
「冗談。私ら悪党は死後の名誉より生前の不名誉って訳よ」
アックアの頭上に浮かぶ氷の環。
これを破壊するという方針が決まったと言っても、事態が何か好転したというわけではない。
依然としてセレストアクアリウムの水はアックアの力になっているし、アックアの負傷もさしたるものではない。
「オラァ吹っ飛べェ!!!!」
轟!! と、遠方では麦野が
これは先ほど同様にアックアによって捻じ曲げられるが……しかし屋内という戦場が麦野に味方していた。
「ぐ……中々に、戦いづらい手を打ってくるである……!」
捻じ曲げた熱線は施設に着弾し、爆発を巻き起こす。そうして発生した高熱の空気ですら、本来であれば人体をローストできてしまうほどの殺傷力を持っているのだ。これはアックアにしても同じことで、アックアはその都度爆風を防ぎ、高熱の空気を冷却する為に手数を使わざるを得なくなっていた。
とはいえ、
(……まぁ、いつまでも続く均衡じゃねェがな……。セレストアクアリウムの設備をあらかた吹き飛ばして空間を確保されちまえば、爆風や高熱の影響は弱まる。そうなれば向こうはまた攻めっ気を取り戻してくるだろう。そうなりゃ、いい加減こっちもヤバイ……)
それまでに何か作戦を立てなければならないのだが──何せ相手が相手である。現状の戦闘をこなす演算以上に脳のリソースを使っている余裕がない。これが第一位になれば、超音速の戦闘をしながらでも盤面を調整するような離れ業ができたりするのだろうが……。
一瞬の隙が欲しい。麦野は、切に思う。
と、そこで麦野の耳にさらに通信が入った。麦野はその通信を耳にして──
「………………なァるほどね。乗った」
にやり、と悪どい笑みを浮かべた。
そして。
「……さァて、こっちの『手順』は整ったぞ天使野郎!!」
ギャオッッ!! と、麦野の肩口から電子の巨腕が伸びる。野球の投球のようなフォームで振り回される腕は、そこかしこで爆発を起こしながらアックアに迫る──が、これはあっさりと捻られてしまう。
「──攪乱か」
アックアの読みは鋭かった。
一見すべてを飲み込んでしまいそうなほどの眩さを持つ麦野の攻撃に惑わされず、
その動きを見て、麦野の口元が三日月のように吊り上がった。
「と、思ったろ?」
ガゴン!!!! と。
直後、アックアの頭上の天井が崩れ落ちる。
戦場はセレストアクアリウムの中。であれば全域に天井はある。そこで
この破壊を計算してやれば、アックアの直上に位置する天井を破壊して瓦礫を上から降らせることもできる、というわけだ。
「────!!!!」
頭上。
即ち、天使の環。
アックアは全速力で水の翼ではなく生身の拳で以て頭上から降り注ぐ瓦礫を破壊する。そして──粉々に砕いた瓦礫の陰に、とあるものを見つけた。
「……なるほど、ここまで計算づくであるか……!!」
直後。
アックアを中心とした爆発が数回ほど連続した。
「はっ! やった!! あんだけの爆発を食らっちまえばあの野郎一たまりも────」
「いや違う!! あの野郎一瞬早く躱していやがる!! 上だ!!!!」
一瞬緩みかかった浜面の緊張を、垣根の鋭い声が引き締める。
彼の言葉通り、アックアは今の一瞬で麦野が破壊したことによって生まれた天井の上のスペースへと移動していた。
アックアはさらに返す刀の形で水の翼を蠢かせ、
「ハッハァ!! この瞬間を待ってたって訳よ!! 結局、
そう言って、フレンダは通信機を掲げる。
その通信機からは、こんな声が聞こえてきた。
『────
ここにはいない人間。
シレン=ブラックガードの声。
では、ここで一つ疑問が生まれる。
答えは、『分からない』。
通信越しとはいえ、その通信は『右手が発した音が振動板や電話線を通じた結果』である。水に右手を覆われた状態の
ゆえに一瞬、アックアの動きが鈍る。未確定情報というだけでなく、その瞬間、確かに二人の
その間隙を縫うように、だった。
「──Ha det bra、ですね」
いつの間にかフレンダの背後で待機していた弓箭が、そっと呟くように宣言した。
「な、いつの間に──」
伏兵の出現に対しアックアが反応する間もなく、バスッとガスが抜ける音と共に凶弾が頭上の氷の環に着弾し。
バギン!!!! と、氷の環が跡形もなく砕け散った。
「しまっ」
アックアの言葉が最後まで続くことはなかった。
何故なら、彼が言葉の最後まで言い終わる前に──彼の背負っていた水の翼が、本来の形を取り戻したからだ。
ドッッッッッッ!!!!! と。
まるでナイアガラの滝さながらの勢いで撒き散らされた水によってアックアはどこぞへの吹き飛ばされたが、問題はこちらである。
フレンダも浜面も弓箭も、単なる
「チッ! おい弓箭、こっちだ!」
「誉望さぁん! ありがとうございます助かりました!」
訂正。
さっさと
「「ぎゃあああああああああシレンこの因果を捻転するヤツやってえええええええええええ」」
『いやぁ……というかそもそも通話越しでは発動しませんし……なんか自信満々にブラフ張ってましたけど……』
「「あああああああそうだったあああああああああああああああああああああああああああ」」
馬鹿の自業自得である。
「本当に超馬鹿ですね」
と。
そんな馬鹿二人を抱え上げる、小さな影があった。
右肩に馬鹿、左肩に馬鹿を抱え上げた、その少女は──
「絹旗!?」
「まったく。相手が化け物すぎるから暗殺路線で行こうと思って潜伏したら超勝手に片づけられちゃったもんですから、こっちとしても超後片付けに専念するしかないじゃないですか」
ドヒュ!! と絹旗の足元の空気が鳴動し、三人の身体は奔流の届かない上階へと移動する。
無事に今回も死の危険を回避できた二人は、絹旗に床に降ろしてもらって安全地帯で呼吸をできる喜びを噛み締める。
ともあれ、フレンダ達ですらこれなのだ。
至近距離でアレを食らったアックアは……まぁ死んではいないだろうが、テッラの術式を逆用した一撃に
一段落ついた。
そう判断したフレンダは、未だ繋がっている通話先のシレンに向けて呼びかける。
「もしもし。シレン? アックアは派手に吹っ飛ばしたわ。こっちは終わったっぽいけど、結局そっちはどうよ?」
『あー…………』
それに対し、シレンは非常に気まずそうにしながらこう返した。
『こちらの方は、少々状況が変わりまして。……ええと、