【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス) 作:家葉 テイク
『木原数多』からの脱却。
その目的が分かった以上、シレン達の取るべき行動もまた明確になった。
木原の書は現状、『木原数多』から離れた行動をとろうとしていたということ。つまり、その行動を予測するためには『木原数多』が取るだろう行動を熟知している人材の意見を仰げばいい。
「……というわけなんですけど、相似さん、何か心当たりはありませんの?」
『うーん、こういうのはどっちかというと円周が向いてるんですけどねぇ……』
シレンが連絡をとった相似は、そう言って言葉を濁した。
──木原相似。数多と行動を共にし、彼の薫陶を身近で受けていた稀有な『木原』である。そしてその性質上、相似は木原一族の中でも特に数多と性質が近しいとシレンは睨んでいた。
『そもそも、僕も僕で数多さんのデッドコピーじゃありませんからねぇ。特にシレンさん達に執着するようになってからは、明確に「木原」として分岐した実感がありますし。ただ…………』
言葉を選ぶように、相似は続ける。
『数多さんの特徴として、「継承」する力がありますね』
「…………継承、でして?」
相似の言葉に、シレンは首を傾げる。
『正しい歴史』における木原数多の登場場面はかなり少ないが、それでも言及自体はそこそこある。ゆえにシレンもうろ覚えなりに木原数多を特徴づける要素は知っているつもりだったが──相似の言葉は、そんなシレンをして全く耳なじみのない評価だった。
『ええ。僕との関係もそうですけど、数多さんって意外と木原の中だと顔が広いほうでして。那由他とか、乱数君とか……あとは病理さんもか。それって、数多さんが人に何かを教えたり、教えられたり……そういうのが得意だからだと思うんですねぇ』
「……なるほど……」
シレンは言われて、納得したように頷く。
『正しい歴史』の中では特に解説されていなかったが、確かに木原数多は(最初に登場した『木原』というのもあるだろうが)いろんな木原と繋がりがあったように思える。シレンとしても、この分析は納得がいく話だった。
『それにそもそも……数多さんは、かの第一位の「開発」を担当した張本人ですしね』
「………………そういえば、そうでしたわね」
言われてみれば、という事実だった。
そういう意味でも木原数多の有能さは証明されているし、『暗闇の五月計画』をはじめとした派生計画の数が、学園都市が
『他にも色々逸話はありますけど、とにかく数多さんといえば「継承」っていうのが僕のイメージですね。そんな数多さんが今までの自分からの脱却を目指すなら……やっぱり今までの自分とは違う方向性の技術の「継承」じゃないですかね?』
「今までの自分と違う方向性の『継承』……あっ」
そこまで話を聞いて、シレンの脳裏に突如閃くものがあった。
何故かアレイスターと戦闘を行っていた、木原の書の姿。あれは、つまり──
「…………まさか、あれって……木原の書がアレイスターさんの技術を『継承』しようとしていたということですの?」
そう考えれば、あくまで『木原数多からの脱却』が目的のはずの木原の書がわざわざアレイスターとの戦闘という脇道に逸れた理由にも説明がつく。
アレイスター自身に狙われる理由がありすぎて背景がぼやけていたが、あの戦闘はアレイスターの殺害が目的なんかではなかったのだ。あの戦いにおける真の目的は、アレイスターの技術の『継承』。そしておそらくアレイスターは、その技術を『継承』されてしまったことで劣勢に追い込まれていたのだろう。
「……アレイスター=クロウリーは、特別な才能や体質みたいなものに頼っていた様子はありませんでした。あるいは持っていても頼れない状況なのかもしれませんが…………『継承』との相性は、確かに最悪でしょうね」
シレンは知らないことだが、アレイスターはただでさえ『失敗』する宿命を背負っている。
もしも木原の書が『継承』によってアレイスターと同じ手札を得ることができるならば、『失敗』がある分アレイスターの方が徐々に分が悪くなっていく。そうなればアレイスターが勝利できる確率はゼロとなるだろう。
『ってことは、アレイスターがシレンさんに木原の書の始末を押し付けてきたのは、自分との相性が悪いからなんでしょうねぇ。自分はどう頑張っても相性的に勝てないわけですし。その点シレンさんなら指パッチン一つで消せるわけですから、当然の判断ですねぇ』
「お陰でこっちはいい迷惑ですわよ……」
そもそも、話を聞いている限りだと別に木原の書とシレンの利害は共存できるのだ。特に何かされたわけでもないのに攻撃を仕掛けるのだって釈然としないし、こうなってくるとやはりアレイスターの思惑から外れる為にも、積極的に術式の解除を模索した方が良いような気さえしてくる。
『……いえ、そうとも言えないと思いますが』
しかし、電話口の相似の言葉は力が抜けたシレンとは対照的に、何とも言えない緊張感を保っていた。
警戒している──というよりは、不都合な事実に思い至ってしまったというような調子で、
『もし仮に木原の書が今までとは違う系統の技術──魔術を「継承」する為にアレイスターを襲撃したのだとしたら、次の行動だって読めてきますよ』
相似はシレンに──というよりは、その場にいる全体に向けて警告するように言う。
『分かりませんか?
それは、つまり。
『インデックス、でしたっけ? 先日の事件で「原典」となったオリアナ=トムソンさえ何とかしてみせた彼女の知識、数多さんなら絶対に欲しがると思うんですよねぇ』
「……はぁ、どうしてお姉さんがこんなことしてるのかしらねぇ……」
「オリアナ! また位置が変わったかも! ……あーもー、どうしてこんなにぴょんぴょん移動できるのかな!?」
──同時刻。
第七学区の大通りには、サイドカーつきの大型バイクに跨るオリアナ=トムソンとそのサイドカーに座ってやいのやいのと騒いでいるインデックスの姿があった。
身振り手振りを交えて一生懸命に話しているインデックスとは対照的に、オリアナの方はというとげんなりした様子でインデックスの指示に耳を傾けていた。
「いくらお姉さんが運び屋だからって、映画で出てくる意味不明に酷使されるタクシーみたいな扱いは専門外なんだけどねぇ……」
「仕方ないでしょ! 世界最悪の魔術師──アレイスター=クロウリーが敵に回っている以上、その術式の解析は必須事項。万全のアレイスターに待ち構えられたら、とうま達だって危ないもん」
そう言って、インデックスはその瞳に静かな闘志を燃やしてみせる。
普段は事件の蚊帳の外にいがちなインデックスだが、その知識は掛け値なしに魔術サイドの最高峰。その叡智を以てアレイスターの手札を解析することができれば、いかに『黄金』を破壊した魔術師といえど撃破難易度は大きく下がるはずだ。
その為にも、インデックスとしては何としてもアレイスターが準備を整える前にかの『人間』の持つ技術についてある程度の調査はしたいところなのだが……。
「……その為のアシにお姉さんっていうのは、まぁお姉さんの職分を考えれば当然ではあるんだけどねぇ……」
一応、オリアナ=トムソンはフリーの魔術師である。
そういうわけなので、ローマ正教の仕事で学園都市のスパイをやった彼女がイギリス清教所属のインデックスと行動を共にしていても何も不思議はないのだが、インデックスについては当然あるであろう『敵同士と目的が一致しているので一時的に共闘している』という雰囲気すら感じられないのだった。プロの魔術師であるオリアナとしては、どうにも据わりが悪い。
「っていうか、アレイスター=クロウリーの他にも神の右席とかいう連中もやってきているんだよね? 同じ魔術サイドといってもイギリス清教とローマ正教じゃ敵同士みたいなものだし……正直、出会いがしらに消し飛ばされないかの方が心配かな」
「うーん、その点については多少安心してもいいと思うかも。神の右席の魔力は一応健在だけど、アレイスターの反応からは遠いから」
「……魔力の気配? そんなもの、分かるもの……? キミって確か魔術は使えないのよね?」
「ふふん! 正しくは、
「………………けだし便利よねぇ、この子」
魔術結社がこぞって身柄を狙う理由が分かるというものだった。この分なら、厄介な揉め事に巻き込まれることなくすんなりアレイスターのことを捕捉できるかもしれない。
────そんなことを考えていたのが、悪かったのか。
ズゾン!!!! と、オリアナ達の目の前を遮るような黒い斬撃が、大通りを両断した。
二もなくバイクを急停止させたオリアナは、その斬撃の主を見て──そして静かに目を見張る。
「…………嘘でしょ。アナタは確か、レイシアさん達の協力者によって倒されたはず……!?」
──黒い衣服の上に、真っ白な白衣をコートみたいに羽織った男──その在りし日の姿を模した、『原典』。
金色の髪を逆立て、顔の半分を四原色の焔で彩った木原の書はニヤリと笑って、こう返す。
「ああ、確かにそうだったな。んでもって、今の俺は『そいつ』を超える為にここにいるって訳だ!!」
直後、だった。
木原の書の右手が膨張したかと思うと、腕だった部分が四原色のマーブル模様を描き出す。
「……!?
「お姉さんに聞かれても分かんないわよ!!」
カチリ、と。
言い合うインデックスとオリアナをよそに、四原色のマーブル模様の変化が停止する。
「さて、試運転としちゃこれで十分かね」
木原の書の言葉と同時に、膨張した腕が元の人の形を取り戻す。
そしてその右手には──
虚空に、数字のイメージを帯びた火花が散っていく。
「────!!!!」
オリアナが焦燥のままに単語帳のページを嚙み千切り、そして──
「顕現せよ、我が身を食らいて力と為せ──
炎と重油の巨人が、その一撃の間に割って入った。
バシュッ!!!! とあっけなくその攻撃は消し飛ばされるが、しかし炎と重油の巨人が過ぎ去ったその後には、入れ替わるように二人の魔術師が佇んでいた。
「少し、迂闊が過ぎたんじゃないかい?」
赤髪の男。
目の下にバーコードのような刺青をした神父は、煙草をふかしながら嘲るかのように木原の書に呼びかける。
「アレイスター=クロウリーの生存。これが発覚した以上、イギリス清教には動く理由が生まれている。そのタイミングでローマ正教の全面攻勢。此処に旧知の仲であるシレン=ブラックガードからの救援要請が届いたとあれば、イギリス清教は組織として『動く』ことができるようになるわけだ。同盟相手を助ける為に、臨時で少数精鋭を送り込む──といった形で」
一歩、前に出る。
そこに並び立つように、もう一人の魔術師も前に出た。
「そしてその中で、同じく
黒い長髪をポニーテールにし、左右の長さが異なるアシンメトリーなジーンズとジャケットを身に纏った女性は、静かに言う。
腰に下げた二メートルにもなる令刀に手を携えながら。
「組織的な理由だけではなく
ステイル=マグヌス。
神裂火織。
二人の魔術師は、臨戦態勢に入りながら目の前の敵に視線を向ける。
彼らの背後には、純白のシスター。
つまり、もう一つの名を名乗るには十分すぎる。
彼らにとっては、彼女こそがその名を名乗る意味なのだから。
「
「