【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス) 作:家葉 テイク
『
木原数多から生み出された、全く新しい魔導書の『原典』。その異常性は凄まじいが、それ以前に、この場において最も重要な問題が一つある。
それは。
「……んで。マジでテメェ、これでネタ切れなわけ?」
最悪にして無敵、陰謀の最奥にて蠢く黒幕を前に、
「………………、」
アレイスターは、何も答えない。
右手を四原色の渦に変換させた
「何もねえなら、これで終わりだ。じゃあな、黒幕未満」
王手。
意外なほどにあっさりと、
そこで。
「──この因果は捻転する!」
ボチャ!!!! と派手な水音があたりに響く。
『失敗』。
「ン、だァ──!?」
目を剝いたのは、今まさに王手をかけていた
思わず左手で右肩を抑える
「ああ、言い忘れていたな。
『失敗』は、それに留まらない。
四原色の光と化した右手は攻撃が『失敗』したにも関わらず、元の形にさえ戻らない。それどころか、右手が変化した四原色の渦は徐々に浸食していくようにその範囲を広げていく。
「クソ、が──!! テメェ、
「アナタは……木原、数多さん? 何故……、脱獄したというのですの?」
「チィッ!!」
ゴキィ!!!! と
「……ケッ、その右手、『再起』を否定するかよ。皮肉なもんだな」
そう言い残し、四原色の竜巻に飲み込まれた。
驚いたのはその場に現れた、右手を水の枷で戒められた金髪緑眼の令嬢──シレンの方だ。とりあえずアレイスターがいると聞いて
助けに入ったら木原数多は勝手に右手を切り落とすし、明らかに魔術サイドめいた挙動で消滅するし、いい加減何が何だか分からない。
「……そもそも、何故レイシアちゃんがアナタの傍にいないんですの?」
ただ、そうした異常を全て振り払って、真っ先にシレンの口を突いて出たのはその疑問だった。
あるいは、自分の暴走などよりもそちらの方がよほど重要とでも言わんばかりに、シレンは片膝を突いたアレイスターに詰め寄る。
それに対しアレイスターが何か言う前に、シレンは前提を開示するように言う。
「わたくしにとって、レイシアちゃんとの合流こそが至上命題。それを阻害されることは、下手に負傷するよりもわたくしの存在を毀損致しますわ」
つまり、レイシアと自分を離されることこそ自分にとって最も痛手になるという提示。
自らの弱みを開示するのは、ある面から言えば愚かともいえるが──正直シレンの弱みなどアレイスターにとっては先刻承知の上だし、それに
こうやって先手を打って『こうされれば自分は困ります』というのを相手に認識させれば、そこであえてその行動をすることは『シレンを困らせてやろう』という意識をどうしても帯びてしまう、というわけだ。
「……それで私の害意をコントロールできると? 考えたようだがまだまだ青いな。いざとなれば私は害意など関係なく保身に走れる人間だぞ」
「…………く」
はたから聞けばあまりにも情けない物言いだが、シレンからしてみれば牽制が無駄に終わったということである。
流石に、悪意を司る『木原』の手管にはまだまだシレンは及ばない。そもそも相手の害意の認識に干渉するということは、そこまで簡単な話ではないのだし。
「それより……厄介な枷をつけられたな」
そこで、アレイスターはシレンの右手に視線を移す。先ほどアックアによって取り付けられた水の塊である。アックアから離れれば外れるかとも期待していたシレンだったが、流石に能力と違ってそんなに甘いことはないようだ。
あるいは、単純に能力としても
「……アナタには関係ないでしょう」
「いや。関係はある。……詳細は説明できないが、私は例の彼──『
「もはや外道の陰謀を包み隠そうともしませんわねコイツ……」
ここまでストレートに言われてしまうとむしろ感心できる領域である。
しかしシレンとしても、利害がはっきりしていることで却ってアレイスターのうさん臭さが軽減しているように感じた。狙いが明確ならば、それがこちらの不利になることもあるまい。
味方としてではなく、敵の敵として信頼に値すると判断したシレンは、とりあえずアレイスターの話を聞く態勢に入る。
──
「だが、メインはイギリスにルーツを持つケルト十字系を介したカバラだ。この程度の術式であれば解呪は容易。──解いてやろうか?」
「…………まぁ、アナタの狙いは聞きましたしね。いいでしょう。お願いしてもよろしくて? ……ただし、アナタが解呪するタイミングでわたくしは
「ああ、構わない。先ほども言った通り、君にはもう少し盤面を荒らしてもらわないとこちらとしても目的の達成ができないからな」
シレンも揺さぶりをかけてみるものの、アレイスターはこれにも動じず。仕方がなく、シレンは右手を構え、すぐにでも壁にぶつけられるような態勢をとる。
それに対し、アレイスターが右手を翳し──
──ドチャ!! と、再びシレンが水ごと自分の掌を壁に叩きつける。
フィンガースナップと比べて隙は多いが、タイミングさえ分かっていればこれでも
そしてこのタイミングで、アレイスターの解除魔術も発動し、約束通り右手を戒めていた水の枷は魔術の力を失い、重力に従って床に落下する。
その、直後だった。
──ドシュルルルル!!!! と。
シレンの口元に、解いたはずの水が入り込む。
「な、ガボッ!?」
驚愕したのはシレンの方だ。
「──ああ、すまない。驚かせてしまったらしいな。一瞬呼吸が苦しくなる仕様を忘れていた。これは失敗だな」
が、困惑しているうちに水は一瞬でシレンの身体に染み込むように消え失せてしまった。
後に残ったのは──シレンの喉元から胸元にかけて、まるで絞首痕のように浮かび上がる
「……はっ、はっ、アレイ、スター……!! これは、何のつもりですの……!?」
「即座に害を及ぼすようなものではないよ。先ほども言っただろう? 私は、君の右手で木原数多を倒してもらいたい。その為に水の枷を解除したわけだが、悲しいことに私と君は今は敵対している。馬鹿正直に君が私の望み通りに動いてくれるとは限らない。だからそれは、その為の保険だ」
即ち、呪いのようなものか。シレンは納得できないながらも状況を理解し、アレイスターの言葉の続きを待つ。
「それは、憑依召喚の一種だな。人工精霊──ある種の命令を込めた魔力の塊を君の中に
得意そうに言うアレイスターに対し、シレンは内心歯嚙みしていた。
この『人間』が、ただでシレンの為になる行動をとるはずなどないのだ。十分に警戒はしていたつもりだったが、それでも足りなかった。
それなのに、目下最大の目標を前にして、一刻も早くレイシアとの合流や
そんな様子を見て、アレイスターはさらに続ける。
「……ちなみに。レイシアだが、見ての通りここにはいない。だが安心してくれ。彼女は無事だし、自分の意思で自由に移動しているよ。場所は──窓のないビル。君が
ぶん、と。
それだけ言い残して、アレイスターはまるでテレビの映像がブレるようにその姿を虚空に溶かしてしまう。
後に残ったのは、新たな枷を残されたシレンのみである。
しかも、シレンにはある大きな問題があった。
「…………肝心の、数多さんの居場所が、全く分かりませんわ…………!!」
アレイスターは、
というより、アレイスター自身も居場所が分かっていなかったという方が適切だろう。これではアレイスターの居場所を知っていたとしても意味がない。
「くっ、本当に厄介な呪いを……!」
喉元を抑えながら毒づくシレン。
ともかく、ここで立ち止まっていても仕方がない。今後の方針について判断を仰ぐためにも、とりあえず馬場に連絡をしようと通信端末を取り出しかけたところで──
「あ、レイシア!? ……いや、今はシレン、か?」
──聞き覚えのある声が、シレンの耳に飛び込んできた。
声の方を見ると、そこには三人の少年少女がいた。
ツンツン頭の少年、上条当麻。
そして、シレンと同じく常盤台に所属する
その姿を認めたシレンは、一秒も迷わなかった。
「当麻さん! これちょっと消してくださいませんこと!?」
言いながら、シレンは冬服の胸元にグイと指を引っ掛けて押し広げ、首元の呪いの紋様をよく見えるように示す。
……が、待ったが入るのにコンマ数秒もかからなかった。
「ちょっと待て待て待て待て待て待てどうした突然!!!!」
「何よぉシレンさんなんでしょぉアナタちょっと見ない間にどうしてそんな色情狂力を上げちゃってるのぉ!?!?」
思春期の少女からしてみれば、一連の行動はどこからどう見ても自分の胸元をさらけ出そうとする痴女そのものである。
女子中学生二人に抑え込まれたシレンは、自らの言動が傍から見たらどう見えたかを遅れて自覚して少し頬を赤らめつつ、
「ちっ……違いますわ!! 恥ずかしい意味ではございません! そうではなくてほら、これ! 首元!」
「あん? ……って、何よこれ」
ようやく異常を認められて拘束を解かれたシレンは、一呼吸置きながら三人に向き直って言う。
「…………実はさきほど、アレイスターに──この街の統括理事長に、『呪い』をかけられてしまいまして」
「は? ……呪い? 統括理事長って……この学園都市の、『科学サイド』のトップにか???」
周回遅れの部分で引っかかる上条だったが、これは無理もない話である。
アレイスター=クロウリーが魔術師であることを疑問なく受け入れられる人間など、魔術サイドの人間を除けばシレンやレイシアなどあらゆる事情を知る人間か、さもなければアレイスター=クロウリーという魔術師が存在していたことを知っている人間のみだ。
「ええ。アレイスター=クロウリーといえば、魔術サイドなら誰もが知っている有名人ですものね。その伝説の魔術師本人が、この科学の街を作っていたということです。すぐには吞み込めないかもしれませんが……」
「はー……そうなんだ。びっくりしたよ」
「驚いたは驚いたんでしょうけど、リアクションが軽いですわね!?」
あるいは、なまじ純粋な科学サイドの常識を持つ上条だからこそこの程度のリアクションで済んだのかもしれない。
これがステイルや神裂ならば、その存在の重さを知っているからこそ驚愕の度合いもすさまじかっただろう。
「……で。今朝もお話しましたが、わたくしは
「事態は刻一刻を争うわけだもんな……それで、その呪いを消してほしいってことか?」
「はい! まぁ魔術であれば、当麻さんの右手で触れば一発だと思いますし。だから、ちょっと触っていただきたくて」
言いながら、シレンは改めて首元を指差す。
「それなら問題ないぜ。どういう思惑でかけられたものか分からないけど、呪いなら簡単に消せるだろ」
それに対し、上条も大して気負うことなく右手を首筋に添える。
触れられたのがくすぐったいのか、シレンはぴくりと身を震わせてそれを受け入れた。
しかし。
「…………あれ?」
触れた部分はうっすらと紋様が薄くなるものの、上条が手を離すとすぐに濃さが戻ってしまう。まるで異能の『核』がどこかにあって、それが紋様を常に生み出し続けているかのようだった。
つまり、
それが半ば分かりかけていたが、それでもシレンは諦めきれなかった。何せ、今から
だからシレンは顔を少し蒼褪めさせて、縋るように言う。
「ちょ、ちょっと、胸元をはだけますのでお待ちくださいますか。あの、首元に出ている部分だけじゃなくて、胸元まで同時に全部触れてくれませんこと? 触れている面積が少ないから効果が薄いのかも……」
「「おい痴女いい加減にしろォ!!!!」」
──なお、大変不名誉な称号を得ることになりかけたので、それに関しては未遂のままに終わったのだが。