【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス) 作:家葉 テイク
──正直なところ、ここが地獄かとシレンは思った。
車内は意外にも広かった。三列シートのワゴンは大勢が乗っていても居心地よく乗車することができる。
では何が地獄かと言えば──車内の空気に原因があった。
運転席に浜面が乗り、三列目に絹旗と滝壺が既にスタンバイしている──即ち『アイテム』勢揃いで挟み撃ち状態なのは良い。シレンとしても、絹旗と滝壺に悪感情がある訳でもないし、苦手意識もない。
問題は助手席に鎮座している麦野沈利様が先ほどからバックミラー越しにシレンのことをおガン見になられている点だった。
「あ、あのう……。危ないところをお助けいただき、まことに……」
「勘違いすんじゃねえ。こっちの主目的は勝手に組織から外れて行動していた馬鹿二人の確保よ。お前はそのついで。……なぁ、フレンダ、浜面」
「ヒィ!! こっちに来た!!」
黙っていれば槍玉に上がるのはシレンじゃね? 的打算によって存在感を極限まで消そうとしていたフレンダだったが、当然ながらそんな浅はかな企みが実を結ぶはずもなく。
顔面を真っ青にしながら慌てふためくフレンダと浜面に、ついついシレンは口をはさんでしまう。
「お二人は別に『アイテム』としてわたくしに手助けしてくださったわけではありません。わたくしの個人的なご友人として、要請に応じてくださったまでですわ。責められる謂れはないはず」
「『アイテム』の構成員がテメェと個人的に連絡を取り合ってるって事実が既にふざけているに決まってんだろうが」
「そ、そんな……」
取り付く島もなかった。
とはいえ、麦野がフレンダと浜面を粛清するつもりならこんな風にシレンを車に乗せたりはしないだろう。ついでに、先ほどは『大ボスのところまで連れていく』というような発言もしていた気がするし。
「…………まぁ別に、『アイテム』の作戦情報を勝手に漏洩しなけりゃオシオキ程度で勘弁してやるけどね。裏切ったらブチコロシだけど」
さらりと血なまぐさい未来を提示しつつ、麦野は続ける。
「で、
「え゛っ」
どう考えてもシレンのウィークポイントなのでできる限り隠していたい情報だったのだが、それを麦野という『戦闘していない暗部組織の人間』──言うなれば部外者が知っているというのはどういうことだろうか?
『──どうやら情報戦の結果のようだな』
と、シレンが疑問に思ったタイミングで、苦渋を声に滲ませた馬場からの通信が入ってきた。
『当然、シレンの情報についてはこちらも相応の強度で秘匿している。だが、何者かがシレンが
「…………アレイスターかしら?」
『まぁそうだろうな』
一瞬で下手人が分かる始末だった。
情報源と動機と拡散手法を考えれば、そこしかいないだろう。
「わたくしはそもそも最新の
『ああ、その通りだ。だが、これについてはあまり上手くいっていないらしい。「暗部」を焚きつけようにもこの神の右席騒ぎだ。先ほどのヒーローや悪党の活躍を見ても分かる通り、大概の戦闘要員はそっちに向かってしまっている』
つまり、アレイスターとしてはアテが外れた形になる。まぁ、あの『人間』に限ってこの程度の計算違いは日常茶飯事なのだが。
しかし、そうなると不明になるのが麦野沈利の行動理由だ。アレイスターがシレンの弱みを拡散したとして、それによってシレンにさしたるリスクが生まれないのであれば、麦野沈利がわざわざこうやってシレンを確保するメリットがない。
「……麦野さんは、どうしてわたくしを助けてくださったのです?」
「おい、さっきも言った通り私は、」
「ついでであっても、です。こんなことをしたって麦野さんにメリットがありませんもの。わたくし、さすがに麦野さんに自分が嫌われている自覚くらいはありますわ。まして、特段問題がない形とは言え部下と勝手に連絡を取っていたのも事実なのですし……」
「…………はぁ、マジで言ってんのかしら、お前」
……シレンとしては当然の疑問だったのだが、麦野から帰ってきた答えは呆れ一色に染まっていた。
流石に今のはよくレイシアちゃんに言われるお花畑とかそういうのじゃないよな? とシレンは内心で首を傾げるが、麦野からの回答は当然ながら殺伐としたものだった。
「
「あ、ハイ。そうですわね」
つまり、『レイシア=ブラックガードから
「いいか。私はまだアンタらの方が上だと認めたわけじゃないわ。そんな状態で片方の人格が消えたので能力もなくなりました、はいもうリベンジは不可能ですなんて理屈は通らねェのよ。分かるかしら?」
「諸々の意図についてはご勘弁願いたいですが、ご協力には素直に感謝しますわ」
「…………チッ。そういうわけで、こっちも『アイテム』の情報網を使ってアレイスターの野郎の居所を探ってみたわ。その結果……第一五学区の
「……
シレンも、その施設名は耳に覚えがある。
『正しい歴史』にて登場していた──というのもあるが、それを除いてもデートスポットとして有名な場所だ。確か、総ガラス張りの水族館という触れ込みだったはず。この前レイシアに強制的にデートスポット探しに付き合わされた際にも確認したので、記憶に新しい。
とはいえ、これから悪の親玉が襲撃を仕掛けるにはふさわしくないようにも感じるが……。
「お前の相方、アレイスターとデートにでも行くのかしらね」
「──
「おい、ちょっとした冗談でしょ。前後の協力関係とか完全に無視して突然マジギレしてんじゃないわよ」
秒でこめかみに青筋を立ててキレるシレンに、麦野は若干ヒきながら答える。この種の地雷は刺激してもあまり楽しいことにならない。麦野は早々に話題を変えることにした。
「しかし、情報によると別で妙な能力が右手に宿っているらしいじゃない」
「…………もうそこまで知っていますの?」
『……かなり仔細にばら撒かれているな。アレイスターのヤツ、よほどその右手のことを警戒しているらしい。今が非常事態じゃなければその右手狙いの研究者が現れそうなレベルだぞ』
「……情報アドバンテージはないものと考えた方がよさそうですわね……」
アックアやテッラを倒した──とシレンは思っている──以上、早晩この街の『暗部』も調子を取り戻してくるだろう。
早ければあと一〇分としないうちに襲撃が始まるかもしれない。そうなれば、タイムリミットまでにアレイスターからレイシアを奪還することすら難しくなってくる。 となると、今が最大のチャンスなのかもしれない。
アレイスターの狙いは分からないが、
……きっと、麦野もそう考えているのだろう。
「とはいえ、別に私はお前の味方じゃねェ。だからお膳立てはそこまでだ。そこまで誂えてもらっておきながらしくじるようなら、その程度の雑魚だったと判断するわ」
「十分でしてよ」
突き放す麦野だったが、シレンはそこに宿る麦野の最大限の譲歩と善意を感じていた。
絶対に、不倶戴天の敵のはずなのだ。リベンジだのと色々理由を並べ立てても、自分が許せる最大限の手助けをしようと考えた部分には、屈折はしていても善意が含まれている。麦野沈利は、そういうものを持てる下地があるはずだ。
そう考えるだけで、すっかりシレンは麦野に心を許していた。
その様子を見て、三列目の絹旗は呆れたように呟く。
「なんというか、超敵に回したくもないですけど味方にも超したくないですね……。なんだか勝手に善意でこちらの行動理由を超舗装されて、その気にされそうな勢いを感じます。我々の天敵というか……」
「うーん、電波が不安定です…………」
「…………滝壺さんはそうでもないようですが」
ともあれ、目的地は明白である。
神の右席襲撃の影響で車道はがら空き。ワゴンはスムーズに進み──やがて、高層ビルを視界に収めるに至る。
ワゴンを路肩に停めた浜面は少し楽しそうに笑って、
「へっ、さっすがデートスポット。路駐がしやすいぜ」
「とにかく急ぎましょう。アレイスターに姿をくらまされないうちに!」
そう言って、シレンがワゴンから降りた直後だった。
ズドンッッッ!!!! と、彼女の目の前に一人の人間が着地したのは。
「…………ッッ!?!?」
息を呑んだのは、人間が降り立ったからではない。
その男が筋骨隆々の威圧感に溢れた外見をしていたからではない。
彼が、後方のアックアだったからだ。
「ッ、この因果は──」
「まずはその右手からである」
ゴポポ!!!! と、シレンが指を弾くよりも早く、彼女の右手に水塊が纏わりつく。それだけじゃない。水圧による縛りで、指一本動かせなくさせられてしまう。音など一デシベルも立てられないように。
直後にシレンがその意識を断絶させられなかったのは、彼女とアックアの間に絶滅の光芒が叩き込まれたからだ。
「チッ。早速無能になりやがって。いいわ。とっとと行きなさい。コイツは私らで引き受けておいてやるわよ」
「させると、思っているのであるか?」
「できると、思ってんのか?」
ゴンッッッ!!!! と、ワゴンが軽く五メートルは投げ出される。
一瞬前にワゴンから脱出していたフレンダと浜面、投げ出された後のタイミングでワゴンの屋根を抉り飛ばして脱出した絹旗と滝壺を尻目に、シレンは
それを横目で見送った麦野は、忌々しそうに舌打ちした。
「結局足止めかよ。……ま、学園都市の『外』で生まれた超能力開発、その『最強』ってのがどんなモンかは、私も気になるトコだけどね」
「……見たところ、全員戦闘者か。これなら、私も気兼ねなく戦えそうである」
右手に氷でできた巨大な棍棒を掴んだアックアに対し、麦野は極めて原始的な笑みを浮かべる。
そして、強者の衝突が発生した。
──同時刻。
一方は、この街の王──アレイスター=クロウリー。
そしてもう一方は──
──木原数多。
「はっ…………! はっ……!」
「チッ。なんだよなんだ、つまんねぇなぁ。こんなあっさりでいいのかよ? もうちょい手ごわいモンじゃねえのか? アレイスター=クロウリーってのは」
アレイスター=クロウリーは、既に片膝を突くような劣勢に陥っていた。
傍らに、白黒のナイトドレス姿のレイシアはいない。どういう経緯を経てか、二人は別行動となっているようだった。
「またぞろなんか悪巧みしてんだろ。わざわざ召喚してたっつーレイシア=ブラックガードの野郎がいねぇのはそのせいか? だが、それでこんな無様を晒しちまってんじゃ意味ねぇよなあ」
「…………木原、数多…………
楽しそうに言う数多に対し、アレイスターは息も絶え絶えになりながら宣言する。
対する数多は──かつてそう呼ばれた男と同じ見た目をした存在は、興醒めしたように顔を顰め、
「まるで俺が騙したみてぇな言い方やめてくれねぇかなぁ。こんなもんは定義論の問題だ。ある面じゃ俺は木原数多と地続きの存在だが、ある面じゃあそうじゃねえ。何せ肉体の死っていう特大のイベントが発生してんだ。そのくらいのイレギュラーがあったって良いだろ。あ?」
「違う」
煙に巻くような男のセリフに対し、アレイスターはばっさりと言い切る。
まるで、答えが分かっているかのような言いっぷりだった。
「木原数多は、死んだ。私の指示で、脳幹が殺した。これは確定した事実だ。死人は生き返らない。もしも生き返ったように見えるなら、それはそれらしい形で偽装されたまやかしに過ぎない」
であるならば、今アレイスター=クロウリーを圧倒しているこの男は、いったい何者なのか?
その答えについても、アレイスターは至っていた。
「木原数多は『継承』を司っている。木原唯一の戦闘術を継承したように。あるいは、
「…………、」
木原数多の顔をした男は、まるで赤の他人の話を聞くように興味なさげな表情でアレイスターの言葉を待っていた。
「私によって科学と魔術の二つに切り分けられた世界においては起きていなかったが──それは魔術の分野においても言える。……そして、魔術において知識の継承を行う術者──魔道書を記述する者を、魔導師と呼ぶわけだが」
そして──実際にこの歴史において、木原数多が最期の最後に到達した領域とは。
「ご名答。そうだ。木原数多には、魔導師の才能があった。そしてほんの一日程度ではあったが、ヤツはそれを覚醒させることができた。お誂え向きに、原典・オリアナ=トムソンっていう最高のモデルケースもあったわけだしなぁ……」
極彩色の焔を顔の右半分で躍らせた男は、感慨深げに言う。
「もっとも、ヤツも狙ってやったわけじゃねえんだぜ? 仮組はしてあったが、自立稼働まで持っていくには知識が足りなかった。俺が動き出せたのは、テメェだ。脳幹を通じて魔力を使い術式を行使した影響で、
つまり。
今アレイスターを追い詰めている、この男の正体とは。
「『
……