【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス) 作:家葉 テイク
とある研究所にて。
「だああああっ!! クソ! 一体どうなっているっていうんだ!?」
上条当麻の悲鳴は、豪雨の音のような銃声によって空しくかき消された。
通路の角に飛び込むようにして横殴りの銃弾の雨を既の所でやり過ごした上条は、隣にいる同行者に向かって噛みつくように言う。
「聞いてないんだけど!? なんだって突然めちゃくちゃに銃撃されなきゃいけないんだよ!!」
「私だって知らないわよ! あーもう、足手纏いがいなけりゃまだもうちょっとは安全に切り抜けられたのに!!」
「何よぉ!? 私だって連中が
上条と同じく物陰に飛び込むようにして隠れているのは、二人の
何を隠そう三人はとある少女を救う為に事件に巻き込まれていたのだった。その少女というのが──
「…………
「当たり前なのかもしれないけどさ。頼みの綱の
──蜜蟻愛愉。そもそもの発端は、彼女だった。
上条当麻から認識されるようになった食蜂操祈が着手した新たなる計画、『暗部解体』。当然ながらそれは、学園都市の上層部にとっては目障りなものである。食蜂も警戒はしていたが、それでも彼女も完璧ではない。蜜蟻愛愉の暗躍によって拉致され、あわや『ファイブオーバー』の部品にされかけるというところまで追い詰められてしまった。
そこを上条によって救われたのが、つい先ほどの話。
しかし蜜蟻を倒し、食蜂を『ファイブオーバー』から救出していたところで、突如謎の集団によって倒れた蜜蟻が攫われてしまう。
遅れて合流した美琴によると、今の今まで起きていた食蜂操祈にまつわる事件は、全て『とある黒幕』が自分の陰謀から注目を逸らしたいが為に起こしていた事件らしい。
暗部解体の妨害を巡る大事件をも隠れ蓑に使う巨大な陰謀の正体。それは──学園都市の『王位簒奪』。
『……学園都市の王位とか、そんなくだらねえモンはどうだっていい』
上条当麻はその時、そんな壮大な陰謀を一言で切って捨てた。
その座を手に入れることができたならば、掛け値なしに世界の半分を支配できるというような巨大なチカラを前にして。
『蜜蟻は言っていた。「どうして。私の時は間に合わなかったのに」って』
それは上条当麻にとっては、深い意味を持つ言葉だった。
『俺にはもう思い出せない過去の時間でだけど、アイツはきっと俺の助けを求めていた。俺は、アイツのことを助けてやらなきゃいけなかったんだ』
明確な、失敗。
しかもその上で、上条当麻はもはやそのことを思い出すことすらできない。実際に思い出すことすらできず、失敗した後の彼女をこんなにも長く放置してしまった。あんなにも闇に身を浸すくらいに。
『絶対に、救ってやる』
だからもうこれは、確定事項なのだ。
上条当麻は彼女を見捨てることはできない。決して。
『暗部だの王位だの、そんなくだらねえモンに足を引っ張られるのはもうたくさんだ。しみったれたクソジジイどもの惨めな幻想なんざ、この右手で残らずぶち殺してやる!!』
──そこまでを『再生』し終えた食蜂は、リモコンを鞄の中にしまって言う。
「弱音力もいいけれど、初心は忘れてないわよねぇ?」
「……当たり前だろ」
初心を思い出させるという意味では、今の回想は無駄だったかもしれない。
しかし上条のギアが、確実に切り替わっていく。立ち上がり、確かな意思を持って拳を握り締める。
「でも実際問題どうするのよ? あの兵隊達自体も
「食蜂が見せてくれた『回想』で思い出したことがある」
上条はそう言って、物陰を確認する。
やはり銃弾の雨は継続していて、とてもではないが生身で突撃などできそうもない状況だ。
しかし、上条の横顔に焦りはなかった。
「
「だから? まさかとは思うけど、この前のアンタみたいに失血死すれすれの大量出血を起こそうって訳じゃないでしょうね?」
「それこそまさかだろ。むしろ逆だよ」
「?」
「
「……しかし、こうして見るとゾっとしねえ光景だな」
その光景を、『ブロック』のリーダー・佐久辰彦は退屈そうに見ていた。
彼の目の前には大きめのモニターがあり、そこでは簒奪した
「
「まあな。……蠢動とかいうマッドサイエンティスト、アイツはなかなかだ。いけ好かねえが、技術力はある」
モニターの前には、一人の作業服の男がいた。
山手と呼ばれた短髪の男は、複数のキーボードを目にもとまらぬ速さで打鍵し、十数人もの兵隊たちを有機的に操っていく。といっても、操っているのは兵隊たちそのものではなく、兵隊たちをリアルタイムでコントロールしている
この場には、『ブロック』の他のメンバー……手塩や鉄網といった人員はいない。
彼らが計画している『王位簒奪』の為の実働隊として蠢動に貸し出している──といえば聞こえはいいが、実際には体よく追い出した形である。
「ただ、手塩の野郎には見せられなかっただろうな。たぶんあの野郎、こんなモン見たら速攻で離反するし」
「そうなのか?」
「……佐久。アンタは人を引っ張る力があるが、人の心ってモンが分かってねえよ。そんなんじゃ今にアイツの逆鱗に触れて、土壇場で離反されちまうぜ?」
「なら、そのへんの手回しはお前に任せるぜ。お前がいるうちは、組織も上手く回る。そうだろ? 『ブロック』の軍師さんよ」
「けっ、調子のいいことばかり言いやがって」
不敵に笑う佐久に、山手は苦笑しながらもキーボードを勢いよく叩く。
それだけで、無数の兵隊は徐々に侵入者を機械的に追い詰めていく。
直後。
モニタの向こうで、突然大量の水が撒き散らされた。
一瞬、原因不明の事象に思考が混乱する山手だったが、優れた彼の情報処理能力はすぐさま答えを導き出す。
「……スプリンクラーか! 水を大量に撒き散らして、何が目的だ……?」
「…………しまった!!」
すぐに気づいたのは、佐久だった。
「
水分に干渉することで発動する
研究所の防火設備を利用することで、侵入者はそこを突いてきたのだ。確かにこの方法なら、兵隊たちの制御そのものを潰すことができるだろう。
しかし。
それでもなお、山手の余裕は乱れなかった。
「考えすぎだ、佐久。確かに
言いながら、山手は徐々に兵隊たちを前進させていく。
侵入者達も、どうやら自分達の策が無意味だったことを悟ったらしい。まず、ツンツン頭の少年が隠れていた通路の角から飛び出した。身を低くして銃撃から逃れようとしていたようだが、問題なく脳天を撃ち抜かれ一撃で死亡する。
それを見ていた少女たちが激高し、二人して無策で飛び出していく。御坂美琴は構わず電撃を放とうとしたようだが、スプリンクラーが災いしたのか、自らの電撃が漏電して二人で感電する始末だった。
当然、彼女達も迅速に脳天を撃ち抜くことで始末する。
「……よかったのか?
「その慢心が命取りだ。それに、
なんてことないように言う山手は、そのまま死体が映るモニタから視線を外す。
ゴミみたいな死に様だった。
劇的なことなど何もない。ただ当たり前の流れで、当たり前のように悪意にすり潰されるだけ。ヒーローだの、主人公だの、そんなものは関係ない。この街の闇は、そんなものが例外になるほど生易しい領域じゃない。半端な覚悟で踏み入れた時点で、どんな無様な死に方をしようと文句は言えないのだ。
そう心中で吐き捨て、兵隊達を手元に戻そうとした段階で、山手は気付いた。
「な……ば……、バカな!? どういうことだ!? スプリンクラーは
『
声が。
モニタの向こう側から、声が聞こえてきた。
それは、先ほど脳天を撃ち抜いて殺害したはずの少年の声だった。
絶対に聞こえてきてはいけないはずの声だった。
「は………………?」
『おかしいとは思わなかったのか。こっちには精神系の専門家である食蜂がいるんだぞ。スプリンクラーで精神系能力をジャミングできるかどうかなんて、アイツが一番よく分かっているはずじゃないのか』
モニタの向こう側の上条は、さらに言う。
『確かに、俺たちはお前たちが扱う
モニタには、今も銃殺死体だけが映し出されている。
それは、つまり。
『お前たち自体は、この場にいない。どこからか映像を受信して兵隊達を操作しているはずだ。そして
山手達が使っていたモニタ映像そのものを、ハッキングされていたということ。
さらに畳みかけるように、上条はこう続ける。
『ついでに言うと、ハッキングの過程でこの映像情報がどこに送られているかも掴んだ。……覚悟しろよ。つまんねえ真似ばっかりしやがって。これからテメェらのところに行って、その薄汚ねえ幻想を残らずぶち殺してやるからな』
その一言を最後に、モニタの映像はあっさりと寸断された。
──御坂美琴。
あの第三位がいれば、映像なんて簡単に改竄できる。ここまでやられて、山手と佐久はようやくその事実に気付いた。
「おい!! どうすんだよ山手!! このままだと、あの
「うるせえな!! 今考えてるところだよ!!」
苛立たし気に両手をキーボードに叩きつけると、山手はすぐさま立ち上がった。
「……無理だ。ここで迎撃したところで勝ち目はねえ。一旦退こう。蠢動と合流して兵装の供給を受けるんだ。アイツだって
「た、確かに……。分かった。そうと決まればさっさと蠢動のところへ、」
「────あ~、テメェらお探しの蠢動ってのは、このシャチのことかね?」
と。
逃げ支度を始めた二人の背中に、一人の男の声がかけられた。
瞬間、二人の身体が固まる。すぐさま振り向かなければならないのに、そうしないと生命の危機に関わると分かっているのに、身体が言うことを聞かない。
それでも、二人は無理やりに体を動かす。ギチギチと、油の切れた機械のようにぎこちない動きで後ろを振り返ると──そこには一人の男がいた。
男は、短く切りそろえた金髪を逆立てるような出で立ちをしていた。
真っ黒い装束の上に、白衣。研究者のような記号を持ちながら、その男はまるで夜の街に屯するチンピラのような野蛮さを兼ね備えている。
最も特徴的なのは、その顔面の右半分を刺青のように覆う、
その男の姿を認めた佐久が、茫然と呟く。
「嘘、だろ……?」
「何が? この局面でテメェらの雇い主が生首だけになってご登場したことがか?」
ぶらん、と、金髪の男は右手を持ちあげる。
どろどろの血に塗れた男の右手には、巨大なシャチの生首が掴まれていた。
しかし、佐久は茫然と首を振る。そんなことは、問題ではなかった。己の雇い主が殺されているという異常事態にも勝る絶対的な異常事態が、今まさに発生していた。
「それとも────木原数多がこの場に現れたことが、か?」
木原数多。
あの日、木原脳幹によって確実に抹殺されたはずの男が、何故かこの場に佇んでいた。
「ったくよぉ。つっまんねー計画ぶち上げやがって。
数多はそう言うと、何かを歓迎するように両手を広げる。
「
「テメェ、死んだはずじゃねえのかよ……!?!?」
そこで、思考が再起動した山手が拳銃を取り出しながら数多に問いかける。
直後、山手の上半身は空間ごと抉れるようにして消し飛んだ。
血煙すら、上がらない。
まるで世界から消滅したような、呆気ない死だった。
「ばッ、山手…………!?!?」
「っつーかよぉ、テメェら」
木原数多は、その男と全く同じ姿をした未知の存在は、つまらなさそうに言う。
「……
もう一人の寿命もまた、山手とそう変わりなかった。
ある事件の黒幕をあっさりと片付け終えた数多は、両手を広げたまま、宣言するように言う。
「『正しい歴史』なら、事件はここで終わりだ」
あるいは、世界全体に宣戦布告するような不敵さで。
「だが、終わらねえ。なぜならこの
かつて、レイシア=ブラックガードがそうだったように。來見田志連がそうであったように。
御坂美琴が、木原那由他が、塗替斧令が、浜面仕上が、フレンダ=セイヴェルンが、操歯涼子が、垣根提督が、木原相似が、食蜂操祈がそうであったように。
「
木原数多は、一つの真実を指摘する。
「惨めに失敗した敗北者が、挫折を経験した者が持つ、諦めずに立ち向かう意志を、もう一度這い上がる覚悟を祝福する物語だ!! そうして正しい良識に喧嘩を売ってでも、望む最高のハッピーエンドを掴み取る──クズ野郎どもの再起の世界だ!!!!」
ならば。
──死という、極大の挫折を経てなお、こうして二本の足で立ち、世界を嗤うこの男の境遇は?
「言ったろ、脳幹、アレイスター。まだ終わりじゃねえ。何も終わってなんかいねえ」
──前提条件なんてものは、既に崩壊している。
「さあ、始めようぜ。最低最悪の『再起』をなァ!!」