【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス) 作:家葉 テイク
「うまくやったわね!」
大爆発による爆風を、シレンが何とかやり過ごしていると。
その爆風の中を平然とした調子でかいくぐってきたフレンダが、涼しい顔でシレンに声をかけた。
シレンが『光の処刑』の影響を受けずに済んだトリックは、いたってシンプル。
敵を拘束する際、アックアと共闘しているテッラは『大気』と『人体』を指定してしまうと仲間の身動きまで制限してしまうことになる。それを回避する為には対象の個人名を使ってしまえばいいのだが……ここで一つ認識の齟齬が発生する。
シレンの中にレイシアの魂は存在していない為、今の彼女は一〇〇%『シレン=ブラックガード』なのである。この状況でレイシア=ブラックガードを対象に指定したところで、目の前にいるのはシレン=ブラックガードなのだから術式が通用する道理はない。
……一度きりしか通用しないトリックではあるが、それでも『必殺』を無効化し、一撃を入れる隙を生むことのできる一手だった。
「何をっ……言っているのです! ギリッギリですわよ! 都合よく爆風を回避できる場所がなければ死んでましたわ!!」
「はぁ? 計算してたに決まってるじゃない。私を誰だと思ってんの???」
噛みつくように言い返したシレンだったが、フレンダはあっさりとした調子で答えるだけだった。……『正しい歴史』を小説の形で読んでいたシレンはイメージが薄いものの、あの暗部の大抗争に登場していた人物たちは誰もかれもが『暗部』と呼ばれる領域の中でも上澄み中の上澄みであり、常人離れした『異能』を持っている。
普段は頼りなさMAXなフレンダも、ふとした拍子に信じられない技術を当たり前のような顔で披露するのだ。
「…………、」
そこはかとなく微妙そうな表情を浮かべるシレンだったが、そこに拘泥していても仕方がない。気持ちを切り替えると、立ち上がって爆風が収まったあとの戦場の様子を伺う。
「……凄まじいですわね」
粉塵爆発、という現象の被害を見誤っていたかもしれない。シレンは素直にそう戦慄した。
二車線の車道はコンクリートがめくれ上がり、その下の砂地すらも焼け焦げている。両側に面しているホームセンターに至っては、爆発の影響で装飾類は焼け落ち、真っ黒に焦げている。
率直に言って、今の一撃で大火災が発生していないのが奇跡というレベルの惨状だった。──いや、あるいはそれすらも、フレンダが制御したものなのかもしれないが。
「ま、でもこれだけモロに爆発を浴びせることができたなら、結局少しくらいダメージが、」
「……いいえ」
フレンダの言う通り、通常の常識で考えれば消し炭すらも残っていないと考えるのが自然だ。
だが、シレンには一寸の油断もなかった。だからこそ右手を構え、じっと目の前の相手を見据えていた。
「全く、自陣だというのに随分破壊に躊躇がありませんねー。ですが『爆発』そのものを対象にすれば、それに付随する衝撃波や火炎、瓦礫、酸欠その他諸々の影響全般も無効化できるんですよー?」
左方のテッラは、傷どころか埃一つ浴びることなく、爆心地に当たり前のように佇んでいた。
それだけでなく。
「──まさか先の失策も布石にするとは。流石に驚かされたのである」
そのさらに向こう。
爆風でへし折れた風力発電機の上に、後方のアックアは佇んでいた。
「…………!」
「安心しろ。私も流石に至近距離で爆発を浴びて無傷で居られるほど人間離れはしていないのである。単純に、
その回答がむしろ何よりも絶望を煽ることを知っていて、アックアは事実を告げる。
つまり、完全に虚を突いて至近距離で粉塵爆発を起こそうが、後方のアックアは殺せない──という不都合極まりない事実を。
「──風向は計算通りです、フレンダさん!!」
その事実を前にして、シレンは不敵な笑みを崩さなかった。
ボバババッ!! と、シレンの声を号令にするように、フレンダとアックアまでを繋ぐように空間そのものが爆発していく。──いや、そうではない。
「ハッハァ! 結局、粉塵爆発はそれによって大規模な空間全体の気流をこっちの制御下に置くための布石! 本命はこっち──学園都市特製の気体爆薬・イグニスって訳よ!!!!」
流石のフレンダも、爆発そのものを制御することはできても気流の動きまで読むことはできない。
だが、それについては気流操作の専門家がすぐ近くにいる。その知見を以てすれば、気体爆薬を操ることで狙った空間を起爆することは造作もない。
まして、ド派手な攻撃を切り抜けた直後の油断した相手であれば────!!!!
「──テッラならともかく、私がこの程度で油断すると思っているのなら、それ自体が既に油断である」
──フレンダがそう思考したその瞬間には、後方のアックアは既に動いていた。
その場の何者が動くよりも早く、アックアはシレンの横を通り過ぎてフレンダに肉薄し、
「……っ、舐めないでくださいまし!! 自信家な相方の尻拭いなら、こちらだって慣れているんですのよ!!」
そしてパチン、というフィンガースナップによってぐりん、と一気に態勢を崩してフレンダのすぐ横を超音速で吹っ飛んでいった。
見てみると、爆発の衝撃で吹き飛んだのだろう、化粧品らしいクリームがフレンダの足元に転がっていた。これを踏みつけてバランスを崩したと同時、体内の魔力の制御を失敗して吹っ飛んだ──理屈を説明するならば、これはそういうことになる。
ただし、当然見る者が見ればそんな間に合わせの理論の奥底にある『別の異能』に気づくこともできる。
「……なるほど。その右手、『幻想殺し』の亜種のようなものですねー」
白い小麦粉を刃の形に成形しなおしたテッラは、それを振るいながら言う。
「そしてその異能に頼っているということは──アナタの根幹たる『能力』の方は使用できない、と」
「……さて、なんのことやら」
「別に隠す必要はありませんよー?
言われて、シレンは咄嗟に呼吸を忘れかけた。
考えてみれば当然である。神の右席は、一人ではなく三人で学園都市に攻めてきた。一人でも天使の術式を携えているローマ正教の最終兵器が、三人まとめてやってくるということは──その構成員全員が、『自分一人では勝てない』と考えている証拠である。
ならば、目下最大の標的に対して何の備えも用意していない訳がなかったのだ。まして、テッラは『正しい歴史』でも部下を使ってC文書の術式を駆使して世界中を騒乱に巻き込んだという実績がある。そうした形で、部下を使いレイシアの
「我々神の右席は原則的に人間用の術式を扱うことはできませんが、天使が人間に知恵を授けるように、我々のインスピレーションを与えること自体は可能ですからねー。信徒を正しき方向に導くのも我々の役目というわけです。……もっとも、無駄になってしまったようですがねー」
成形した小麦粉を鎖鎌のように振るうテッラは、話しながらも攻撃に転じる様子を見せない。
シレンの右手の能力に気づいたからこそ、迂闊に手が出せないのだ。
だが一方で、迂闊に手を出せないのはシレンとフレンダも同じだった。絶好のタイミングで発動した粉塵爆発ですらも防がれた以上、ただ爆撃を行うだけではらちが明かない。それどころか、大きな音を伴う爆発はその瞬間、シレンの右手の音をかき消してしまうリスクがある。
仮に爆発を無力化されたうえで同じタイミングで攻撃された場合、シレンはそれを失敗させることもできずに成す術もなく倒されてしまう可能性があるのだ。
それを知ってか知らずか、テッラは楽しそうに笑いながら言う。
「右手の干渉を媒介にして、歴史を均している──なるほど、最後の審判に向けた辻褄合わせというわけですねー。しかしそれにしては、
「……? 何を……、」
「さて、何でしょうねー?」
直後、シレンは自分の失策に気づく。
(しまった! 今のは……俺の意識を誘導するための話術だ!)
証拠に、テッラは既に動いていた。
鎖鎌のように振るわれる白の
(あの動き……違う!! アレは……俺たちを攻撃する動きじゃない!?)
爆発的に膨張した白の
「──優先する。人体を下位に、大気を上位に」
逃げなくては。シレンがそう考えるよりも早く、死刑宣告にも似た言葉がシレンとフレンダの身体を戒める。
傷つける意思がないのであれば攻撃ではないから、害意は必要ない。……もちろん、通常であればそんな理論は成り立たないだろう。『巨大な小麦粉の手で相手の動きを拘束しようとする』というのは立派な害意である。たとえそれは害意ではないと思い込もうとしたところで、常人に自分の意思をそこまでコントロールすることはできない。自分の好きに捻じ曲げられる本心など、その時点で『本心』ではないからだ。
だが、異教徒を極端に蔑むテッラにとって、むしろシレンやフレンダは即座に殺害して当然。そのラインで初めて害意が発生するのであり、拘束程度などいかにも『生ぬるい』──害意すら必要ない行為という判断になる。
(……すぐさま殺す気がない『拘束』だからこそ、
どうにか動けないか──とシレンは思案するが、優先された大気は人体では一ミリも動かすことができない。それどころか、呼吸すらもできない。まだ窒息はしないが、このままでは窒息してしまう──そこまで考えた時だった。
突如、全身を戒める大気の檻が解除されたのは。
「──ッ、あああァァああああ!!!!」
動けると分かった瞬間、シレンはフレンダと一緒にとにかく走る。
飛び込むようにして焼け焦げたホームセンターの中に転がり込むと同時、彼女達の背後で巨大な小麦の掌が空を切った。
とりあえずホームセンターの奥、カーテンやらの家具製品売り場へ移動したシレンは、そこでようやく一息つき……そして疑問に思う。
(……でも、なんでテッラさんは急に俺たちの拘束を解除したんだ? あのままなら確実に二人まとめて拘束できただろうし、俺はそれを失敗させられなかったのに……)
そう考えながら横にいるフレンダの様子を見て──シレンはすべてに納得した。
「ぜはっ、はっ、はっ……! け、結局……! 死ぬかと思ったって訳よ……!!」
横のフレンダは、凄まじく息が荒かった。
無理もない。大気が人体に優越するということは、人体のあらゆる動きによって大気を動かすことができないということ。つまり呼吸によって大気を動かすということもできなくなるので、呼吸そのものができなくなることと同義である。
シレンはたまたま息をひそめているタイミングで動けなくなったから良かったが、たとえば呼吸の途中で動けなくなってしまった場合、呼吸ができないパニックとか息苦しさで、一気に窒息までのタイムリミットは短くなる。そして、隣のフレンダは不幸にもそうなっていたわけだ。
……結果として、テッラは窒息によって自分が『生ぬるい』と思っていた方法で害が発生することに気づき、それによって『止めない害意』が発生するリスクを嫌って術式をいったん解除したのだろう。なんというか、非常に締まらない展開だが……一応九死に一生を得たといっていいかもしれない。
「……フレンダさん、ありがとうございます」
「……んぇ? 結局、何よいきなり。お礼なら生きて帰った後現金でたんまりもらうからね!」
当の本人がそれに気づいていないのも、あまりにも締まらないが……。
「──優先する。小麦粉を上位に、家屋を下位に!!」
一方で、左方のテッラは息つく暇も与えなかった。
声を聞いたシレンとフレンダは、防御も考えずに飛び込んでいたホームセンターから駆け出していく。
先ほどの暴走から復帰して無傷で戻ってきているアックアと、
(────)
一見すれば、絶対絶命。
だが、この状況は捉えようによってはチャンスにも映る。テッラもアックアも、これより確実にシレンとフレンダへトドメの攻撃を敢行する。そしてそれは確実に害意を孕む。ならばシレンは、それを失敗させてやればいい。それだけで、神の右席の必殺は彼ら自身にも牙を剥きうる脅威と化す。
もちろん、テッラとアックアも一筋縄ではいかない強敵だ。それを理解したうえで何とか
「この因果は、」
右手を構え、指を弾こうとした瞬間。
シレンは視界の端にある自らの右手を見て、ぎょっとした。何故ならその右手は──いつの間にか、小麦粉で覆われていたのだから。
──フィンガースナップの原理というのは、結局のところ指が手とぶつかるときの音である。親指と中指を強く抑えることで勢いを蓄積し、その勢いを使って中指を親指の付け根にぶつけることで、その時の衝突音を響かせているのだ。
だが実践してみると分かるが、この時人差し指と中指の
(そうか……!
つまり、フィンガースナップで音を出すことはできない。
致命的な一瞬の隙が、発生する。
その空隙に滑り込ませるように、二人の右席が動いた。
「──優先する。小麦粉を上位に、人体を下位に」
「悪く思うな。せめて苦しまないように終わらせてやるのである」
その刹那。
シレンとフレンダはせめてもの抵抗として、アックアとテッラから少しでも離れる為に背を向けて走り出していた。
そして。
『でも、大丈夫。神の右席は苦も無く倒せるわ。──ヤツら自身の能力でね』
戦闘の前。
フレンダ=セイヴェルンは、自信満々にそう言い切った。
この発言には、シレンも浜面も思わずきょとんとせざるを得なかった。ヤツら自身の能力で? 神の右席が? ──自滅を誘うということか? ……でも、どうやって?
『あの。一応言っておきますけど、わたくしの右手は相手の害意に基づく行動を失敗させることはできますし、相手の行動段階によって失敗にもある程度傾向はありますが、『失敗の仕方』を制御することまではできませんわよ?』
『んなこたぁ分かってるわよ。結局、別にアンタの右手でやる作戦じゃないわ。まぁ、そこに至るまでの攻防はアンタの右手がないとやってられないと思うけど』
フレンダは心外そうに言って、
『小麦粉』
ぽつり、と。
地面に残る白い戦闘の痕へと視線を落とした。
『あの緑の僧侶が使ってるのって、妙な薬品とかじゃなくて、普通の小麦粉よね? 確かアンタと合流する前、攻撃するときは小麦粉を優先するとか言ってたよーな気がするし』
『? ……え、ええ。確かにその通りですわ。確か、単体では威力が低いから、人体に致命傷を与える為には人体よりも小麦粉を優先する必要があるという弱点もあったはずですが……、…………まさか』
『その、まさかよ』
ピッと人差し指を立てて、フレンダは笑って見せる。
『緑の僧侶──テッラの野郎は、相手にトドメを刺すときには必ず『小麦粉を上位に、人体を下位に』設定する。なら、そのタイミングでこっちが小麦粉を使って攻撃してやれば? 結局、ルールは平等なんでしょ。なら、向こうは自分の能力で決定された優先順位に従って大ダメージを負うはずって訳よ』
『おいおいおいおい。待て、待てよ向こう見ず』
ドヤ顔全開で言うフレンダだったが、それに待ったをかけたのは彼女の相棒の浜面だった。
『テメェの立てた作戦が一歩間違えばそのまま断頭台行きの命知らずのそれなのは別に良いよ。そんなもん今に始まった話でもねえし、俺の命が危険になるわけでもねえしな。だが、そもそもテメェの策にある小麦粉ってのはどこから調達すんだ? 俺たちはパン屋じゃねえんだぞ』
『は? 決まってんでしょ。アンタが調達してくるのよ』
『クソったれ!! 出たよお約束の丸投げだ!!!!』
けろっと言い切ったフレンダに、浜面は速攻で頭を抱えた。
だが現状、
『……分かりました。では、その作戦で行きましょう。浜面さん、よろしくお願いしますわね』
『結局、しくじったら承知しないからね、浜面』
『ちくしょう!! ヒエラルキーがいくらなんでも低すぎる!!!!』
──かくして、計画は始動したのだった。
そして。
「Ha det Bra……ってか」
白の濁流が、アックアとテッラを襲った。
その正体は、総量五トンにも及ぶ真っ白な小麦粉の塊だ。だが、当然の摂理として、ただの
──そもそも、浜面仕上はどうやってそれだけの量の小麦粉を確保したのか。
「助かったぜ。ええと……」
「名乗るほどの者じゃありませんよう☆ 何せヒーローですからね! なーんちゃって!」
「……はぁ、何だってこんな正義露出マニアの手助けなんか……」
紙袋バニーと、縁日のような着こなしの白衣少女。
それだけじゃない。
彼らの背後には、軽く一クラス分はいるであろうヒーローや悪党が集結していた。
浜面仕上は、何も特別なことはしていない。そもそも、特別なことができるような才能など一切持ち合わせていない。
その誠意はヒーローを、悪党を動かし、そして結果的に五トンにも及ぶ小麦粉の確保と、それを制御するための技術の確立に至った。
なんの技術もないくせに。
ただの人間として持ち合わせている当たり前の行動だけで盤面をひっくり返すピースをかき集めた、紛れもない一人のヒーローは、やりきった笑みを浮かべながら言う。
「ところでバニーのお姉さん。ちょっと俺と連絡先を交換してくれませんか?」
「……性癖露出マニアめ。どこかしら腐らせてあげようかしら」
「……うーん、お願いしちゃってもいいかもにゃー☆」
「やめてェェええええええええええええええ!?!?」
その時、シレンとフレンダが一目散に走っていた理由はシンプル。
莫大な小麦粉の奔流に巻き込まれないようにするためである。
人体に優先する小麦粉の一撃を受けるのだ。テッラもアックアもただでは済まないだろうが、それはそれとして莫大な量の小麦粉というのはそれだけで凶器である。至近距離で浴びでもすれば、ただの少女に過ぎない二人はひとたまりもない。
さらに、これでもテッラとアックアは殺しきれないだろう。流石にリタイヤはしてくれるとシレンとフレンダは信じているが、死ぬまではいかないとも思っていた。つまり、『光の処刑』が解除される確証がない。
そして当然、仮に『光の処刑』が解除されなかった場合、人体に優先する小麦粉に押しつぶされれば、神の右席でないシレンとフレンダは一瞬でミンチである。
「ちょ……ちょっと!? なんか量多すぎないアレ!? 結局ほとんど津波みたいな勢いなんですけど!?」
「この因果は捻転するっ! この因果は捻転するっっ!! この因果は、ね……捻転してくださいましっっっ!!!!!! …………うわあああああああん指は弾けるようになってるのに全然失敗しませんわ害意とかじゃなくて単なる事故ですわこれええええええええええ!!!!」
必死に走るシレンとフレンダだが、津波から走って逃げられないように、二人がいくら全力疾走しようと白い煙の波は徐々にその距離を詰めていく。
このままではまずい、シレンが本気で危機を感じ始めたその時──
ゴジュアッッッッッ!!!! と。
白い津波は、青白い極光によって呆気なく消し飛ばされた。
「……チッ、なんだよこりゃ」
純白の死の壁をあっさりと消し炭に変えてしまったその少女は、不機嫌そうに鼻を鳴らして、乗っていた車の助手席の窓から肘をかけるようにして身を乗り出し、こう言った。
「こんなつまんねえとこで死にそうになってんじゃないわよ、
栗色の長髪を風になびかせた少女──
「乗れ。大ボスのところまでは送ってやるわ」
──シレンとフレンダが、麦野の乗るワゴンに乗り込んでその場を後にしてから、数分後。
大量の小麦粉が積もった山から、一本の腕が突き出た。
筋骨隆々な体つきであることが一目でわかるその右腕がひとたび振るわれると、たったそれだけで小麦粉の山が半分ほど吹き散らされる。
「……まさか、テッラの術式を逆用されるとは。流石に想定外だったのである」
後方のアックアも、さすがに無傷とはいかなかった。
人体に優先された小麦粉の大重量は、咄嗟に防御術式を展開したアックアでも完全に防ぎきることはできなかった。脇腹には血が滲んでいるし、頭からも血が流れている。幸いにも骨折は肋骨程度で済んでいるようだが、大ダメージであると言わざるを得ないだろう。
それだけではない。
「…………いやはや、助かりました……よ。命拾い……しました、ねー」
テッラについては、ほぼほぼ瀕死の状態だった。
二重聖人として多少の肉体的防御力があり、さらに咄嗟に防御用の術式を展開することができたアックアと違い、テッラは小麦粉の
それにしたって、すぐさま行動を再開できるような状態ではない。──左方のテッラは、ここでリタイヤと言わざるを得ない。
「すみませんが、回復まで……時間がかかるようです。……私のことは……気にせず、先に行ってくださいねー」
「無理はしなくていいのである。今は休め」
「……クク、アナタに労われるとは、
興味深そうに笑い──それきり、テッラは意識を失った。
白い粉の山の中で眠る同僚に視線をやってから、アックアは前を向き直す。敗北はしたが、彼はまだ斃れていない。斃れていない以上──学園都市との戦いは終わっていない。
「……やはり戦力は集中するに限る。元より、私のような傭兵にはこういった動きのほうが性に合っているのであるな」
そうして。
三人の右席の最後の一人──後方のアックアが、本格的に始動する。