【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス) 作:家葉 テイク
「ええ!? どうしてですの!?」
前方のヴェントを倒した後。
一人も欠けず、消耗もせずに戦場を切り抜けたシレンだったが──そんな彼女に、新たなる困難が降りかかっていた。
というのも、
「ですからぁ……申し訳ないとは思ってるんですけどねぇ? 『木原』とその右手、ちょ~っと相性が悪すぎるんですよねぇ」
──木原相似の離脱宣言。
「『木原』の行動原理は、基本的に悪意に依ります。どんなに崇高な理念を掲げていようと、途中で絶対に悪意が混じる。それが『木原』ってものなんです。気付いてました? さっきの戦闘でも僕、けっこう棒立ちしてた時あったんですよ?」
先ほどの戦闘における相似の活躍──ヴェントの『害意』を拡大させたりとか──は目覚ましいものがあったが、それでも彼の判断能力が万全であったなら、ヴェントが行動を失敗させて防御術式が解除された瞬間を狙って電撃を浴びせたりなどして、もっと簡単に決着がついていただろう。
だが、実際にはそのタイミングには相似自身も思考そのものを『失敗』させられて行動できなくなっていた。音を遮ることで
つまり、これ以上の相似との共闘はデメリットの方が大きくなりかねない。
それに加え──
「ですから、僕に関しては別動隊として動いた方が絶対に良いんですよ。そちらのドッペルさんについては──」
「──話した通りだ。ヴェントを倒したことで涼子が目覚めたのだが……彼女の意思が思いのほかノイズだった。これでは気絶してもらっていた方が良かったかもしれない」「その言い草はひどくないかッ?」
──『天罰術式』の消滅による、操歯涼子の復帰。
元が機械であるということを除いても高速演算による思索の結果、色々と小器用な思考をすることができるドッペルゲンガーと違い、操歯涼子は良くも悪くも擦れていない。害意のコントロールが全くできないのだ。
それを除いても普通の戦闘行動ですら、操歯は恐慌状態に陥る。もしも無理にドッペルゲンガーが肉体の制御を奪って戦闘を続行しようものなら、操歯の心には消えないトラウマが残ってしまうだろう。
(……もっとも、この女のことだ。のっぴきならない状況になれば勝手に覚悟を決めてしまうのだろうが……)
その『覚悟』に必要なプロセスを用意するのが己の役割であると考えているドッペルゲンガーにしてみれば、シレンとの共闘は難しいと言わざるを得ないのが現状だった。
「うう……お二人の仰っていることは分かりますけど……しかし……」
二人の話していることが理解できるがゆえに、シレンの語調も弱まっていく。
あらゆる害意に基づく行動を失敗させる右手。
こう説明するといかにもチートな無敵の能力のようにも聞こえるが──この右手は、絶望的なまでに他者との共闘を苦手とする異能なのだ。
そしてその異能は、シレン個人の長所──協力できる仲間との多さ──との食い合わせがすこぶる悪い。まるで、プラスとマイナスで打ち消しあってゼロになるかのように。
(レイシアちゃんがいれば……
内心で歯がゆく思うシレンだが、レイシアはアレイスターの計略によって引き離されてしまっている。そして彼女自身も、これ以上二人に己との共闘を強いるのが間違いであることを理解していた。
「…………分かりましたわ。というか、まだ助けていただいたお礼をしていませんでしたわね。申し訳ありません。お二人のお陰で、ヴェントさんを止めることができたのに……、」
少し俯きがちに言うシレンの肩に、慌てた様子の操歯が手をかける。
「や、やめてくれブラックガード氏。私は何もできなかったけど……でも、ドッペルゲンガーも私も、お礼してもらいたくて協力したわけじゃないんだ。むしろ私のせいで共闘できなくて申し訳ないと思ってる……」「──勘違いするな。私は隣に立っての共闘ができないと言っただけだ」
「僕も同じく。というか、『木原』の本領は遊撃ですからねぇ。シレンさんの目の届かないところで、きっちりしっかり『木原』らしく、アナタ
「……この野郎がハッピーエンドへの道筋を台無しにしないか、しっかりと監視しないといけないしな」
「じょ~だんですよぉ、いやだなぁ。そんなに信頼ないです? 僕」
「ない」「な、ないな……」
ケラケラと笑う相似に対して、操歯とドッペルゲンガーの意見が一致した頃には、シレンはもう前を向いていた。
「……お三方の尽力、決して無駄にはしません。必ず、レイシアちゃんを救いましょう!」
シレンはそう言って深々と頭を下げると、今度は俯かずに学舎の園の外へと駆け出していく。
その後ろ姿を見送りながら、二人の科学者達は互いに顔を見合わせ、
「……さて、それじゃあ平和に『木原』を遂行するとしますか。本来はこんなことを言っている時点で、『木原』として大切な何かが機能不全になっている気がするのですが…………」
「別に構わないだろう。決められたシステムなど、乱れて当然なのだからな」
「それは、ご自身の実体験で?」
「…………………………ヒトハラやめろ。訴えるぞ」
彼らもまた、彼らの闘争へと身を投じていく。
助けたい人の為に。
──勢い込んで学舎の園を出たシレンを待ち受けていたのは、『天罰術式』から解放されて活動を再開し始めた学園都市の街並みではなく。
「な、なんですの……この有様は……」
立ち上る黒煙。
あたりに響く爆発音。
ひとりでに倒壊する建物。
炎色反応で虹色に煌めく豪炎。
そこは、『学園都市らしい』戦場と化した第七学区の姿だった。
(ば、バカな……!? 学園都市の治安維持組織は天罰術式によって無力化されているんじゃないのか!? 確かに『正しい歴史』の方ではそうなって……、……いや、まさか、アレイスターがそれをさせなかった、とか……?)
アレイスターは、その気になれば学園都市の情報網を自由にコントロールするだけの権力を持っている。『正しい歴史』においてアレイスターが『天罰術式』を持つヴェントに対して情報封鎖を行わず、
『虚数学区』の顕現により上条当麻でも倒せるレベルまでヴェントを弱めることができる確信があり、なおかつ『虚数学区』の顕現を衆目の前に晒すのは都合が悪かった。だからアレイスターはあえて情報封鎖を行わなかった。こう考えると筋が通るのだ。
翻ってこの歴史では、木原幻生などの介入によりミサカネットワークを悪用されすぎたため、
さらに、神の右席との戦闘によって
それが、あっさりと窓のないビルが陥落した原因である。
つまり、現時点で
しかし──戦場に集っているのが、彼らだけとは限らない。
(いや……
この街には公的機関が動けなくとも、とある要素が働くことがある。
彼らを突き動かすのは、義務や職責ではない。動かなくたって誰からも糾弾されるわけじゃない。必要性もない。にも拘らず、本人の信条によって善行を出力する存在。
(『ヒーロー』!? 公的機関じゃない、個人の善性によって巨悪を覆しうる戦力が個別に戦っているっていうのか!? まるで病原菌に対抗する白血球みたいに!!!!)
シレンが状況を理解した、次の瞬間だった。
ドボア!!!! と、水の刃がビルを両断する。細切れに分断されたコンクリートの塊がぐずぐずと泥のように腐り落ちていく。
「……ちょおーっと。あなたさん、私の『タマ』を腐らせるってどういう了見ですかぁ? 共闘してくれるんじゃなかったでしたっけ?」
「あーやだやだ。過愛とも離れ離れになった上に正義露出マニアと共闘なんてやってらんないわ。あの野郎を殺したら次はあなたにしてやろうかしら」
「にゃーっはっはっはぁ! 今はそれでも構いません!! 最終的に夕日の河原で友情を確かめ合えれば完璧ですね☆」
ズガガガガガガン!!!!!! と。
水の刃が、ひっくり返った車や崩れたビルをバラバラにする。……いや、バラバラにするだけではとどまらなかった。破壊されたパーツは水によって操作され、一つの塊へと組み替えられていく。
そのままでは組み替えに邪魔な部分は、ぐずぐずに腐って崩れ落ちる形で成形されていく。
明らかに、複数の異能が関わっている攻撃の光景だった。
「なんにしても、数奇な縁ですねえ! まさか悪党と手を組むなんて!」
「こっちにしてみれば一生の不覚よ。まさかヒーローと共闘だなんて」
戦闘の中心に立っていたのは、二人の少女だった。
一人は、紙袋を被り薙刀のようなホースを構えたバニーガール衣装の少女。
もう一人は、毒々しい染みの残る白衣と、頭に引っ掛けるようなガスマスク。科学の材料で縁日を楽しむ姿を構成したような少女。
先ほど、シレンはこの戦場に現れた要素のことをヒーローと形容していたが──
一人はヒーローで、一人は
本来、この二人は絶対に交わることはない。きっとほかの三千世界の可能性を見渡したところで、道端ですれ違うことすら考えられないだろう。それは、住む世界が違うからだ。善人と悪人。そもそもの『系』が異なるから、出会うことも、まして共闘することなんか絶対にありえない。
だが、そんなセオリーは破壊された。
彼女たちの他にも、野外ライブみたいなノリでヒーローをやる少女だとか、銀髪袴の鬼みたいな拷問マニアの少女だとか、
前提条件は、ここに覆った。
予定調和は、もはや存在しない。
この盤面は、攻め入った『神の右席』や──この街の王であるアレイスター=クロウリーですら制御はできていないのかもしれなかった。
対して。
「ぴーちくぱーちくと、この程度で神の右席を超えられると思われては、こちらとしても敵わないんですがねー!!!!」
ドバオッッッッッ!!!! と。
白い爆発が、車両や瓦礫によって組み替えられたオブジェごと二人の少女を吹き飛ばす。その中心にいたのは────
(左方の、テッラ…………!!!!)
緑色の修道服を身にまとった、異形の僧侶。
「テッラ。あまり街を破壊するのは感心しないぞ。我々はあくまで、アレイスター=クロウリーと学園都市の中枢機能を破壊するのが第一目的のはずである」
──
「ばッッ…………!?!?」
茶色の髪に、白と青を基調とした衣服を身に纏う、筋骨隆々の男。
二重聖人。
後方の、アックア。
「おやおや、忘れてはいけませんよー? 我々の作戦目標には、世界に混乱を招く
ぎょろり、と。
テッラの眼差しが、立ち竦んでいたシレンのほうを捉えた。
「
テッラの哄笑めいた宣言と同時に、二人の『神の右席』がシレン目掛けて天使級の一撃を放つ。
シレンの動きも、俊敏だった。
「っ、この因果は捻転する!!」
直後、ガクン!! とアックアの動きが停止し、テッラが振るう小麦粉の
そこでシレンは間髪入れずに叫んだ。
「わたくしが気流を操るプロフェッショナルということは調査済みでしょう!? 科学に疎いアナタ方でも、
小麦粉の霧の中で、二人の神の右席の身体が強張ったのが分かった。
もちろん、シレンに
シレンは『正しい歴史』の活躍の中で、二人の『防御力』を知っている。テッラもアックアも、粉塵爆発そのものの威力を防ぐことはできても、そのあとに発生する大規模な酸欠を解決するような能力は持っていない。
特にテッラは、一度に複数のものを『優先』することが術式の都合上できないから、ここで粉塵爆発が起これば『爆発』と『酸欠』のどちらかで潰されてしまう。だからそうならないように、回避の為の一手を打つ必要が発生する。
たとえ目の前に作戦目標がいたとしても、一旦そのことを棚上げしなければならない程度の緊急度で。
そして、その時間があればシレンの打つ手も増える。
たとえば、このどさくさに紛れて崩壊した建物の中へ潜り込んで隠れてしまう、とか。
既に神の右席はこの街の『ヒーロー』や『悪党』と敵対している。彼ら彼女らと協力して戦えば、たとえ神の右席が二人がかりでもなんとか倒せるかもしれない。
そう、シレンが考えた直後だった。
「なるほど、粉塵爆発か。流石にそれは困るであるな。──ならば、その策略ごと潰させてもらうとしよう」
ボッゴン!!!! と、水蒸気がまるで爆発のような勢いで広がっていく。それは空間に充満していた小麦粉をあっさりと押し流し、煙幕の効果を失わせてしまう。
シレンがビルの陰に逃げ込むのがあと少しでも遅かったなら、水蒸気の勢いに呑まれてそれだけで戦闘不能になっていたことだろう。
(な……!! わ、分かってはいたけど、ここまで化け物なのか…………!!)
相手からは特に攻撃の意思もない、単なる露払いでこの有様。
格が、あまりにも違いすぎる。
(とてもじゃないけど、一人じゃ勝てない……! っていうかさっきの今であたりにいる『ヒーロー』も引っ込んじゃってるみたいだし、このままだと共闘どころじゃないぞ……!?)
というか、よくよく考えてみればヒーローや悪党が全員フル参加で神の右席に突撃しているのであれば、今頃もっと戦場は混沌としているはずである。
現在動いているヒーローや悪党の大半は、この混乱に乗じて悪事を働いている不穏分子への対応に動いているのかもしれない。どのみち、シレンにしてみれば救援は望めないという絶望的事実を追認するだけである。
(どうしよう。
進退窮まったシレンが、分の悪い賭けに打って出ようとした、そのタイミングで。
ビルの陰に隠れていたシレンの前に、一台の車が止まった。
ファミリー向けワゴンの屋根部分だけが綺麗に切り取られたような、そんな車に乗っていたのは──金髪と茶髪の男女二人組だった。
助手席に乗り込んでいた金髪の少女は、窓枠に肘をかけるようにして身を乗り出しながら、シレンに呼びかけた。
「よう聖女サマ。結局、私達とドライブでもどう?」
ステージ2
アックア&テッラ with浜面フレンダコンビ