【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス)   作:家葉 テイク

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一三三話:相棒は互いに似る

 アレイスターが消えた後の戦場で、シレンは一人取り残されていた。

 一度は追い詰め、そしてほとんど倒しているところだった巨悪を取り逃し──挙句の果てに、相棒や協力者すら取り零す。その事実は、シレンの精神に非常に重たい自責の念を与えていた。

 

(……迂闊だった。降って湧いた右手の力で、錯覚してしまっていた! アレイスターに勝てるって!! 此処でアイツを倒して、諸々の悲劇に終止符を打てるって!! 甘かった……全部甘かった。そのせいで、レイシアちゃんも垣根さんもいなくなってしまった)

 

 

 学園都市統括理事長。世界の半分をたった一人で切り盛りする『人間』の前に、シレンは敗北したのだ。その油断によって。

 

 

「──元気出してくださいよぉ、シレンさん」

 

 

 と。そんなふうに落ち込んでいたシレンの耳元で、少年の囁きがあった。

 

 

「ひゃわっ!?」

 

 

 驚いて飛び退くと──そこには、黒いシャツの上に白衣を羽織った、短髪の少年が。

 

 

「そ……相似さん!?」

 

「そんなに驚くことないじゃないですかぁ。僕だって黄色い魔術師──前方のヴェントでしたっけ? そいつを倒しに学舎の園(ここ)までやってきたんですから、シレンさんとかち合うのは当然だと思うんですけど?」

 

「な……、え!? 学舎の園にいるんですの!? ヴェントさんが!?」

 

 

 これまでアレイスターにばかり注意が行っていたシレンだったが、もちろん神の右席もまた無視できない脅威である。しかもそれが女学生の集まる学舎の園にいるとなれば一大事である。『天罰術式』だけでどのくらいの学生が昏倒してしまうか、分かったものではない。

 それに、シレンは自分が天罰術式の対象になるものとして行動している。タイムリミットがあと二時間足らずしかない状況で昏倒などしようものなら、もうゲームオーバー一直線である。

 

 

「ど……どうしましょう。実はわたくし、臨神契約(ニアデスプロミス)が暴走しておりまして……あと二時間以内になんとかしないと全く別の存在に変質してしまうらしくて……天罰術式の対象になんてなったりしたらもう一巻の終わり……」

 

「なんでちょっと目を離した隙にそんな面白いことになってるんですかぁ?」

 

 

 楽し気に嗤う相似だが、目はあんまり笑っていなかった。流石に彼も、まだシレンに──臨神契約(ニアデスプロミス)に変質されては研究したりない、といったところか。

 突然気弱に齎された衝撃の新事実に対して、相似は気を取り直しながら、

 

 

「まぁでも、シレンさんは大丈夫でしょう。話に聞く天罰術式とやらの影響は、まぁ受けないんじゃないですかねぇ?」

 

「……え、どうしてですの?」

 

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 当たり前と言えば当たり前のことを、相似は指摘した。

 というか、なんでこんなことにも気づかないのだと半ば呆れたような調子で。

 

 

「…………あ」

 

「はぁ。何をそんなにパニックになっているんだか知りませんけど、少しは落ち着きましょう? 『木原』に常識を説かれるようになったら、本格的におしまいですよぉ?」

 

 

 その点については、深く頷くしかないシレンだった。

 

 

 


 

 

 

「……なるほど、統括理事長アレイスター=クロウリーが。まぁ、それならあの動揺っぷりも納得ですかねぇ……」

 

 

 というわけで、ヴェントと交戦している操歯──もといドッペルゲンガーのもとへ向かう道すがら、シレンは相似に事のあらましを軽く説明していた。

 アレイスターが接触をとってきたこと。協力者である垣根がダウンしたまま連れ去られ、合流できそうだったレイシアもまた離れ離れとなってしまった。降って沸いた右手の能力はあるが、アレイスターにも能力を伝えてしまったから対策されてしまうかもしれない、と。

 

 

「……うーん、能力を教えてしまったのはまずかったかもしれませんね」

 

 

 相似は、少し困ったように言う。

 シレンもそこは自覚していたので、やっぱりか──としゅんとしてしまう。しかし、相似が次に告げてきたのは、単なる戦略上の理由など吹っ飛ぶくらいの衝撃を──シレンにとっては──伴っていた。

 

 

「僕がアレイスターなら、まずはレイシアさんを焚きつけますからね」

 

「………………は?」

 

「いや、害意を検知して発動する異能なんでしょう? なら、シレンさんに対してどう足掻いても害意を抱きようのない人物を対立させれば良いわけじゃないですか」

 

 

 シレンは、愕然とした。

 確かにその通りだ。あの局面、シレンはレイシアに何かしらの誤解を生んでしまった可能性が高い。そしてそんなレイシアに対して、アレイスターが虚偽の説明をしたとしたら? たとえば、誰かに洗脳されているだとか、誰かに攻撃性を高められているだとか。

 ……当然、レイシアはそんな状態のシレンを放ってはおかない。一時的に敵対することを覚悟の上で、シレンの事を救おうとするに決まっている。

 

 そしてその時に彼女が抱えている意思は、『害意』なんて言葉で表現できるか?

 

 答えは、NOだ。そんな訳がない。

 つまり、彼女は徹頭徹尾、泣きたくなるくらいに正しい『善意』で以て、シレンに立ち向かおうとするだろう。そしてその行動に対し、奇想外し(リザルトツイスター)は意味をなさない。『善意』の攻撃に対して、右手は無意味だ。

 

 

 いや。

 

 

 そんなことは、重要ではない。

 

 

 

「そ、そんな……!」

 

 

 

 シレンという人間の魂にとって最も重要なこと。

 それは。

 

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「……シレンさん、」

 

「ええ、分かっていますわ」

 

 

 だが、意外にもシレンの声色は冷静そのものだった。

 

 怒りに目が曇ることも、予想できる最悪の展開を悲観することもなく。

 ただただ、彼女は一つのモノを見据えていた。

 

 

「レイシアちゃんだって、操られているわたくしを救う為に敵対する覚悟を決めたのです。アレイスターに騙されていいように扱われているレイシアちゃんを救う為に、敵対する覚悟も決められないようではお話にもならないでしょう。ですが」

 

 

 見据えるのは、銀髪緑眼の『人間』の悪意。

 

 

「──そうなるように絵図を描いた、あの『人間』。彼の策略にだけは、屈しません。絶対に絶対に──わたくしはわたくしの望むハッピーエンドを掴み取って見せますわ。我儘で傲慢な悪役令嬢(ヴィレイネス)らしく、全てを、満額で!!!!」

 

 

 逆鱗。

 

 

(統括理事長は、『害意』を均す右手に対する最善のカウンターを打ったつもりなんでしょうけど──)

 

 

 もしも人体の部位に存在するとしたら、きっと彼女の身体についているそれは、ズタボロに破壊されているのだろう、と相似は思う。

 

 

(それは『失敗』だったんじゃないかなあって、僕は思いますけどねぇ…………)

 

 

 少なくとも、自分ならこの状態の彼女を敵に回したいとは思わない。

 相似は、どこか他人事のようにそう思った。

 

 

 


 

 

 

最終章 予定調和なんて知らない 

Theory_"was"_Broken.   

 

一三三話:相棒は互いに似る

Never.

 

 

 


 

 

 

 常盤台中学の敷地を出て、学舎の園の中央通りを駆けること数分。

 ドッペルゲンガーとヴェントの戦闘地域は、一目見て分かった。

 何故か?

 ヨーロッパ風の煉瓦造りの赤茶けた街並みの一角が、そっくり白く塗り潰されていたからだ。

 

 

「ひやあ~、見事ですねぇ。あれ、全部品種改良した粘菌なんでしたっけ? 戦闘能力だけで言えば超能力者(レベル5)級かもしれませんね」

 

「操歯さん! ドッペルゲンガーさん! 無事ですか!」

 

 

 感心するように観察する相似の横で、シレンが呼びかける。

 返事はなかった。

 代わりに、戦況に変化があった。

 

 ドッ!!!! と。

 

 白衣を纏った継ぎ接ぎの少女──ドッペルゲンガーが、繭のように張り巡らされた白亜の粘菌の壁を突き破って吹っ飛ばされたのだ。

 

 

「なっ……操歯さん!? 大丈夫ですか!?」

 

「……ああ、シレンか。心配するな、痛手はゼロだ。涼子のヤツは早々に天罰術式の餌食になって気絶したがな」

 

 

 特にダメージを感じさせない動きで起き上がった操歯──ドッペルゲンガーは、そう言って口端を拭う。

 どうやら顔面に一撃もらったらしく、口の中が切れているようだった。だが、それ以外に目立つ負傷は確かにないらしい。

 

 ドッペルゲンガーはというと、思わぬ苦戦を強いられていることに苦々し気な表情を浮かべながら、

 

 

「天罰術式と風の礫は攻略できたのだがな。……前方のヴェントとやら、どうやらその地点が戦力の底ではなかったらしい」

 

 

 轟!!!! と。

 暴風が周囲を席巻し、張り巡らされた粘菌の幕が跡形もなく取り払われる。

 ──白黒鋸刃(ジャギドエッジ)の全力の暴風を軽く凌駕する威力だ。今の一撃で学舎の園の町並みが崩壊していないことの方へ違和感をおぼえるほどに。

 

 

「……チッ。結局破壊できないわねー。ったく、ムダに守りが固くてあったま来ちゃうわー。とっととブッ殺されてくれないかしらーん?」

 

 

 黄色のフードを被った、奇抜な修道複の女。

 前方の、ヴェント。

 

 

「…………おっやー? もしかして援軍? ひょっとして私、まんまと時間稼ぎされちゃったのかにゃーん?」

 

「いいや、こちらも想定外だ。シレンと合流する前にお前は倒しておくつもりだったからな」

 

 

 右腕からしるしると粘菌を伸ばして大地に張り巡らしつつ、ドッペルゲンガーは無感情に言い、

 

 

「……シレン。その様子だとレイシアとは合流できなかったようだな。何があった?」

 

「アレイスターに身柄を奪われています。……早く追いつかないと」

 

「分かった。ならば先に行け。この場は私と──そちらの少年だけでも十分持つだろう」

 

「いえ」

 

 

 一刻を争うという状況。

 ドッペルゲンガーだけでも十分戦えている状況で、木原相似まで戦線に加わるのだ。戦力的にも十分だろうし、シレンの目的を考えればここはドッペルゲンガー達に任せるべきだろう。

 だが、シレンはそこでその戦略を選ばなかった。

 

 

「どうした。此処は戦力的には十分だぞ。お前はお前の目的を果たせ。私も、その為に協力しているんだから」

 

「それでは……いけません」

 

 

 確かに、タイムリミットはあと二時間しかない。

 シレンの望むハッピーエンドを掴み取る為には、此処は二人に任せることが正解なのかもしれない。

 だが、大義に注意が向く余り、忘れてはいないか。

 

 今もこの場には、大量の民間人がいるのだということを。

 

 

 確かに、ドッペルゲンガーと木原相似が束になってかかれば、いずれは前方のヴェントにだって勝てるかもしれない。

 多少の負傷こそあれど、さほど大きなダメージを負うことなく無力化できるかもしれない。そしてシレンはその分の時間を自らの望むハッピーエンドの為に費やすことができる。

 だが、その過程で学舎の園にどれだけの被害が及ぶ? ドッペルゲンガーの粘菌が守っているといっても、それだって全てをカバーできるわけじゃない。騒ぎが大きくなり続ければ、高位能力者には事欠かない常盤台を擁する学舎の園だ、いずれは好戦的な生徒が『街を守るために』乱入しようとして天罰術式の餌食になってしまうかもしれない。

 そうでなくとも、護りの隙間からヴェントの姿を一瞥でもしてしまえばそれだけでアウトだ。それに、戦闘終結までドッペルゲンガーが街を守り抜けるかも確定はしていない。現にさっきだってヴェントの一撃で吹っ飛ばされ、暴風によって粘菌が一掃されていたのだ。防御を貫通して街に被害が出る可能性はある。

 まして、戦場には『木原』がいる。戦力として相似は極めて優秀だが、『木原』の戦闘が敵対者にだけピンポイントで集中すると考えるのはあまりにご都合主義すぎる。その過程によって少なくない破壊が齎されることは、当然覚悟すべきだ。

 

 

 ……冷静に戦況を俯瞰してみるだけで、これだけの危険が転がっている。

 その危険を認識しておきながら、『自分がハッピーエンドを掴めるか否かの瀬戸際だから』という理由で、それを放置するのか? 天罰術式は効かないと分かっているのに。害意を失敗させる右手を持っているのに。此処で戦いに加われば、被害を最小限に抑えられるかもしれないのに。

 レイシアとの未来の為にと、ヴェントの襲撃によって発生するかもしれない被害者達のことを、見捨てるのか?

 

 言い方を変えよう。

 

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「…………ありえませんわね」

 

 

 奇しくも、シレンの下した決断はレイシアと全く同じものだった。

 

 

 その身に渦巻くアレイスターへの怒りは、微塵も消えていない。

 レイシアを利用されることによる憤りは、シレンが今まで抱えてきた怒りの中でも最大級に分類されるだろう。

 

 だが、それでも。

 だからこそ。

 此処で見え透いた犠牲を前に自分の都合を優先するようでは、此処にはいない相棒に対して顔向けができない。アレイスターへの敵意を燃え上がらせるあまり、当たり前に持っている善性を自ら捨てることこそ、レイシア=ブラックガードに対する最悪の裏切りだと知れ。

 

 そのことを意識しながら、シレンは言う。

 

 欲しいモノは全て手に入れる、悪役令嬢(ヴィレイネス)のように。

 

 世界全てを敵に回すような、不敵な笑みを浮かべながら。

 

 

「さっさと終わらせましょう! わたくしの望む、最高のハッピーエンドを掴み取る為に!」

 

「…………チッ、お人好しの聖女バカめ。黙ってこちらの好意に甘えておけばいいものを」

 

「アッハッハッハ! さぁシレンさん、じっくり観察させてくださいよ、その新しい能力(みぎて)を!!」

 

 

 対するは、世界全てを敵に回す術式を振るう女。

 

 神の名を冠する組織の一員とは思えないくらいに禍々しく凄絶な笑みを浮かべ。

 

 

「ドイツもコイツも、私のことは前座扱いって?」

 

 

 前方のヴェントは、吼えた。

 

 

「ちょーっと、神の右席をナメすぎじゃないかしらねェェえええええええええええええええッッッ!!!!」

 

 

 直後。

 街全体を破壊する規模の大気の『壁』が、ヴェントの身体から発せられた。


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