【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス) 作:家葉 テイク
――その翌日。
俺は、朝から第七学区にあるとある公園に足を運んでいた。
ちなみに、目立つのが嫌なので髪型はポニーテールでTシャツにジーンズ、伊達眼鏡(修理はしてある)装備のいつもの変装スタイルだ。
特に目的があるわけじゃない。ただ、寮に籠って考え事をしていても結論は出ないだろうなと思ったのだ。
だからといって、公園にやって来たから答えが見つかるわけでもないけど…………何にせよ、気分転換は大事だ。
うーん、どうしたものか…………。この間の様子だと下手に声をかけたりするだけじゃ酷いことになりそうだし、行動で自分が変わったことをアピールする、っていう方針にしても……少なくとも美琴と交流したりする程度じゃ無意味なんだよな。
…………とりあえず悪感情がまだマシそうな、派閥の外の生徒と交流してみる、とか? …………うーん、今の俺の立ち位置からして、そういうことを迂闊にするとなんか取り返しのつかない誤解を生みそうな気がして怖い。具体的には、『新たな手駒を作ろうとしている』とかなんとか『GMDW』の面々に誤解されかねない気がする。
でも、信頼を得る為には美琴と交流したりする程度じゃ無意味…………。
…………堂々巡りじゃん。
………………あー、駄目だ。結局考え込んでるじゃないか。これじゃ、気分転換に公園に来た意味がない。一旦、このことは忘れよう。頭の中をリフレッシュさせて、それから考えれば何かいいアイデアが浮かぶかもしれない。
そう考え、俺は顔を上げた。
「あ」
そして、アイス屋さんの前で見覚えのある人物たちを発見した。
が……。
………………やれやれ、なんかいつも通りというか、まぁ、そうそう変わらないよなぁ、こいつらは。
心中で呆れながら、俺は二人の方へと近づいて行く。
口元に、笑みさえ浮かべながら。
「…………上条さんと、インデックスさん。久しぶりですね」
格好が格好なので、お嬢様言葉ではなく普通の敬語で。
……俺の目の前には、アイス屋さんの前で半泣きになっている上条と、ぷりぷり怒っているインデックスの姿があった。
…………なんかもう、既に不幸の内容が予測できるんですけど…………。
「えっと………………誰?」
「は?」
と、そんな風に近寄った俺だったが、上条達との久々の邂逅はそんな予想外の一言と共に始まったのであった――――。
***
***
「いやあの、上条さん?」
――と言いかけたところで、俺はハッと気づいた。そういえば、この上条はこの格好の俺を見たことがないんだった。
……………………。
というわけで、俺は伊達眼鏡を外して素顔を見せる。これで分かるかな? まだ気付かないかな――――と、
「あ! レイシア!」
インデックスの方が反応してくれた。
流石は完全記憶能力の持ち主って感じだ。俺はこっちに駆け寄って来るインデックスの頭をぽんぽんと撫でる。あー……可愛いな、妹ができたみたいだ。こちとら前世の時から筋金入りの一人っ子だったしなぁ。
「レイシア、どうしてそんな格好してるの?」
「ああ、インデックスさん
その言葉に、上条はギクリと身体を震わせる。
…………。そりゃまぁ、自分も覚えてないから仕方あるまい。……ここは変に上条に話は振らず、インデックスに説明する体で上条に俺と最初に会ったときのことも教えておいてやるか。
「……この格好でお嬢様言葉を使うと浮いてしまうので、違和感については目を瞑ってくださいね」
俺はそう断りつつ、
「元々は、節約の為です」
「節約?」
「はい。学舎の園――私の生活拠点周辺は、お嬢様学校ゆえに物価が高すぎるんです。だから無駄な出費を抑える為に買い物をするときはこっちまで来ているんですよ。それで、常盤台の制服だと目立ちすぎるから……。上条さんと初めて会ったのもこの格好のときで、インデックスさんの一件までの二週間、特売の度に何度となく会っていたんですけど…………」
そこで、俺は上条にジトーっとした視線を送ってみせる。上条はもう戦々恐々といった感じだ。……安心しろ、ボロが出るようなことは言わないから。
「上条さん、
と、呆れ混じりの溜息を吐いて、『追及しないよ』という意思表示をする。一気に上条の警戒が緩んだのを感じた。……多少無理やりっぽいけど、まぁ俺がそういうことで納得しているとなれば上条もわざわざ掘り下げようとはすまい。
「い、いやぁ、ははは。そういえばそんな格好もしてたっけ、なんか懐かしいくらいだわー」
「…………で、まぁこれが意外と着心地がよくって。それで、外に出るときは目立たないようにする為にもこういう格好をしているんですよね」
常盤台の制服は、学校のブランドイメージもあってかなり目立つ。
何せ、駅のホームで見かけようものなら雑踏の中でもぱっと見分けがつくくらいとまで言われたりするくらいなのだ。そんなのが公園にいたら悪目立ち不可避である。
「…………それで、上条さん達はどうして此処に? 朝から公園なんて……」
「それについては、聞くも涙語るも涙の……、」
「とうまの自業自得でしょ!」
「……………………不幸だ」
あー、やっぱりそういう感じなんだなぁ……。
「つまり、インデックスさんを怒らせることをしてアイスを買って怒りを鎮める必要があると」
「聞いてよレイシア! とうまってばひどいんだよ! 私が着替えてる時に覗き見して、あろうことか『お前の
「そ、そんな言い方、」
「してたんだよ! 私の記憶力は『完全』なんだから!!」
そりゃそうだ。
…………っつか、上条もラッキースケベしただけならまだ許されたんだが……照れ隠しとはいえ、つるぺた呼ばわりはいかんだろう、つるぺた呼ばわりは。
紳士たるもの、女性を胸で判断してはいかんよ。
「……上条さん。人の体型を悪し様に言うのはよくないですよ。大体、胸の大きさなんてどうでもいいことじゃな……、どうしたんですか二人とも? ……なんで私の胸を見てるんですか?」
ぐあー!! 面倒
確かにおっぱいが大きいのは素晴らしいことだよ! それは認める! 俺も元々は男だった人間だ! グラビアアイドルはおっぱいが大きい方が人気出るし、
……でもな、だからって
………………なんて下品トークは(レイシアちゃんの身体では)できないから、内心で毒を吐くにとどめるわけだが。
「ともかく! そんな訳でとうまが私の為にアイスを買って謝罪するのは当然の流れであって、どこにも横暴はないんだよ!!」
「……直後にやられた
「あれは着替えを覗き見した分!!」
「だからそこからしておかしいんだよ! 覗き見じゃねえ! あれは事故だっっ!!」
「上条さん、諦めましょう。今回はアナタが悪いです」
逆につるぺたいじりがアイスで済むなら安いものだと思うが。
これが他の小説の世界とかだったら、冗談抜きでギャグ補正がないと死にかねないデスコンボの応酬になったりするからなぁ。
「…………それについてはいいや。それで、レイシアの方はどうして公園に来たんだ?」
「ちょっと考え事というか…………気分転換ですね」
「……煮え切らないな」
「まぁ、私にも色々とあるんですよ」
曖昧に笑うと、上条は真面目な表情になった。……あ、これアカン。ごまかしきれなかった。
「そんなに大したことはなくて、友人関係で、」
「レイシア、何かあったね?」
言いかけたところで、インデックスが俺の目を見ながらそう言った。
…………う。
これは、言い逃れできるような雰囲気じゃない。
「相談なら乗るぞ」
「私も、力になるんだよ!」
「…………ありがとうございます」
…………ここは、素直にお言葉に甘えるかなぁ……。
「……実はちょっと、友人関係で悩んでいて……」
肩を落としながら、俺は白状するように言った。
「その、詳しい事情は省きますけど、仲違いした友人達に謝って、できることならもう一度やり直したいのですが…………上手く伝えられなくて。その、どういう風にすれば気持ちが上手く伝わるのか、やり直すことができるのか、考えているところだったんです」
そう言って、俯く。
「んー」
上条は、困ったように頭を掻きながら、
「…………なんか、意外だ。レイシアもそんな風に悩むんだな」
そんな風に呑気なことを言った。
そんな…………って、なんで上条が俺のことを知っている風なんだ? ……あ、そういえば俺はインデックスと上条(先代)の数少ない共通の知人だったか。日常生活で話題に上ったりしてたんだろう。多分。
「上条さん、私は今真面目な話をしているんですよ……?」
「分かってる、分かってるけどさ」
上条は真面目な顔つきになって、こう切り出す。
「そもそも、レイシア……お前のやりたいことはもう決まってるんじゃんか」
「やりたい、こと…………?」
「お前さっき言ってただろ。『もう一度やり直したい』って。なら、そうすれば良いじゃねーか。謝ったりとかって、それからついてくるモンだろ」
「え、と……………………」
思わず、言葉が詰まる。
きちんと伝えていなかった弊害だな……。『やり直したい』からってそんなの虫がよすぎる。まず反省して、自分が変わったってことを見せないとダメだろう。
「ええと…………ごめんなさい。説明を省いていましたが、私は友人達に酷いことをしてしまっていたんです。それも、一年間ずっと。いえ……そもそもあの関係性が友達と言えたのかどうかすら……」
「そんなの、関係ねーだろ」
上条は、そうバッサリと斬り捨てた。
「……え?」
「友達とは呼べないかもしれなくたって、これから仲良くなりたいんだろ。なら一番に考えるのはそういうことじゃねーだろ。自分がどれだけのことをやったとか、友達じゃないかもしれないとか、酷いことをしてしまったとか、そんな難しいこと考えて色々計算してできるのが『友達』じゃねーだろ」
「それは…………、」
……その通り、だ。
「だったら取り繕うなよ! 小難しい義理だとか理屈なんか全部投げ捨てて、一〇〇%の本音でぶつかれよ! 我儘だからって尻込みする必要なんか一ミリもねえ! 逆に聞くぜ、レイシア。テメェが仲良くなりたいと思った連中ってのは、そんな一〇〇%の本音をぶつけても冷たく拒絶するような、そんなつまんねえ奴なのかよ!?」
………………。
「…………それは、違いますね」
俺は、そう結論付けた。
……もちろん伝え方は工夫が要るだろう。馬鹿正直に友達になりたいと言ったからって、伝わるとは思えない。それだけじゃ、一〇〇%の本音にはならない。
でも、きちんと伝える努力をして、それでも伝わらないような子達じゃない。それだけは、はっきりと言えると思う。
問題を解決する――なんて上から目線の他人事みたいなやり方じゃなく。
『GMDW』のメンバーの想いを引き出せるような、そんな『一〇〇%』でぶつかることができれば。
「頑張って、レイシア」
インデックスが、上条の言葉に添えるように言う。
「…………とうまは正直デリカシーがないから、言うこと全部極端だけど……でも、レイシアならきっとできるよ。だってレイシアは、私とかおりやステイルの間を取り持ってくれたもん。…………私を幸せにできたんだから、きっとその人達だって幸せにできるはずなんだよ!」
「………………ありがとうございます、インデックスさん」
やっぱり、公園に来てよかった。
気分転換は正直失敗したが、それでも、もっと大事なことに気付かせてもらった。
「私、行ってきますね」
「おう」
「うん」
二人に背を向け、俺は歩き出す。
…………現在時刻は、大体一一時くらいか。
諸々のことを考えると、けっこうギリギリになりそうだな。
でも、もう迷いはない。
俺は、俺の幻想を貫き通させてもらおう!