【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス)   作:家葉 テイク

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一二九話:たとえ誰と相対しても

 アレイスターとレイシアは、気絶した垣根をその場に横たえて移動を開始した。

 当初は垣根も連れて行こうとしたレイシアだったが、アレイスターの『気絶した未元物質(ダークマター)を抱えたまま、今のシレンの追撃を受けるのは危険』というもっともすぎる反対によって断念したのだった。

 一応、救急車を呼んでおいたので垣根にこれ以上の危険が降りかかることはないと信じたいが……。

 

 

「それより、今はどうやってシレンの守りを崩すか、だな」

 

 

 気を取り直すように、アレイスターはそう言った。

 

 

「シレンの右手の能力は、幻想殺し(イマジンブレイカー)のそれとは違う。魔術だろうと科学だろうと、おそらく相手の意思に反応してはたらく異能だ。私の意思が介在している限り、たとえ大陸を両断するような威力であろうとシレンは指を鳴らすだけで失敗させられるだろうな。……そして最も厄介なのは、単純に『打ち消す』のではなく『失敗させる』という点だ」

 

「……()()()失敗させられたならまだマシ。最悪、手ひどく暴走するような失敗もあり得る、ということかしら」

 

「その通り。先ほどは魔術を失敗させられた影響で、術式が暴走して臓器の幾つかにそこそこなダメージが発生した」

 

「地味にとんでもないダメージを食らっていますわね……」

 

 

 土御門が魔術を使ったのと似たようなダメージだろうか、とレイシアはぼんやり考える。

 ただし、大ダメージのようだが、実はこれでもマシな部類ではあった。大昔のバチや祟りといった普通に人死にを伴う概念が魔術の失敗による現象だと言えば、だいたいのスケール感は分かるだろう。

 

 

「とはいえ科学で攻めても結果は同じだろう。衛星軌道上からレーザービームを撃とうが、指を鳴らした領域では『失敗』するわけだからな。失敗した結果、レーザービームが私を焼けば一巻の終わりだ」

 

「どうしようもないではありませんの! ……でも、先ほど白黒鋸刃(ジャギドエッジ)が突破口になるみたいなことを言っていましたわよね?」

 

 

 首を傾げるレイシアに、アレイスターは我が意を得たりとばかりに頷く。

 

 

「音を介して意思を無効化する能力ということは、即ち()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということだ。つまり……」

 

白黒鋸刃(ジャギドエッジ)のファイブオーバーを使えば、気流操作で音を遮断することができる。……そういうことでして?」

 

「その通り。正解だ、白黒鋸刃(ジャギドエッジ)

 

 

 レイシアの問いかけに、アレイスターはあっさりと答える。

 白黒鋸刃(ジャギドエッジ)の脅威は、当然物質の硬度を無視した『亀裂』そのものの攻撃によるところが大きいが、レイシア=ブラックガードを超能力者(レベル5)たらしめている大部分はその副産物である気流操作の応用性だ。

 そして、気流操作によって気圧を操作すれば、当然空気の振動である音の影響もある程度軽減させることができるだろう。

 即ち、シレンが扱う奇想外し(リザルトツイスター)は、白黒鋸刃(ジャギドエッジ)によって封殺できる可能性が高いということである。

 

 

「…………わたくしとシレンが手を取り合えていれば、さらに奇想外し(リザルトツイスター)を強化できていたのですわね」

 

 

 その事実を知り、レイシアは少し悲しそうに呟く。

 空気の密度を操作することで音を遮断することができるということは、逆に言えば気流操作の程度によっては奇想外し(リザルトツイスター)をより便利に取り回せるということである。

 

 

「意味のないIFを想定しても仕方がない。それよりもまずは、再び君達が手を取り合う為の方策を練るべきだろう」

 

 

 アレイスターの提言はあまりにも情け容赦のない正論だったが、レイシアは思わず口を出そうになる反発の言葉を飲み込む。

 もう一度シレンと共に生きたければ、たとえ一度は対立してでもシレンの問題を解決すべき。それは、『正しい歴史』において上条当麻もやっていたことだ。

 ならば、レイシアだってこの世で最も大切な者の為にそのくらいはやってやらねばお話にもならない。

 

 

「分かりましたわ。……もう一度、シレンと共に歩むために」

 

 

 レイシアは、決意を固めながら断言する。

 

 

「わたくしはこの手で、シレンを倒してみせます」

 

 

 


 

 

 

最終章 予定調和なんて知らない 

Theory_"was"_Broken.   

 

一二九話:たとえ誰と相対しても 

Versus_Anyone.

 

 

 


 

 

 

 ────今より数時間前。

 

 泣きじゃくっていたシレン=ブラックガードは、白井黒子と御坂美琴のとりなしによって泣き止むと、照れ臭そうに微笑んだ。

 目元は赤く腫れているが、今はもう先ほどまでのような当惑の色はない。それを見て、白井と美琴はひとまずほっと一息つく。何やら異常が起こっているようだが、当の本人からきちんと話を聞けないと何も始まらない。

 

 

「…………すみません。お恥ずかしいところをお見せしました」

 

「いや、それはいいんだけど……。レイシアのヤツがいないって、どういうことなのよ?」

 

「ええ。……あの、その前に、これから話すことを聞いて引かないでほしいのですけれど」

 

 

 シレンはそう前置きをして、

 

 

「レイシアちゃんの魂が、わたくしの中から抜け落ちてしまった。……事態を簡潔に説明すると、そういうことになります」

 

 

 と、きっぱり断言した。

 これに対して、美琴と白井の反応は綺麗に二分した。

 

 

「は……はぁ…………?」

 

「……なん、ですって?」

 

 

 ポカンとして意図を測り損ねたように首を傾げたのが白井。

 眉根を寄せて事態の深刻さの一端を瞬時に掴んだのが美琴。

 

 それぞれ、レイシア=ブラックガードという少女が置かれた状況と──身を浸して来た『科学』の深さ、即ち経験値の差が如実に出たと言えよう。

 美琴の場合、レイシアの二乗人格(それ)があながち科学で全て説明できるわけではないというケースを何度も見てきて、なおかつ天賦夢路(ドリームランカー)事件を経て実際に『魂の離脱』を科学的に見てしまっている為、それが『ありえること』と認識できていたのも大きいが。

 

 

「……それって、あの夜の木原幻生みたいな状況……ってこと、かしら?」

 

「……分かりません。でも、レイシアちゃんが自分からそんなことをできるとは技術・動機両面から見てもあり得ないです。わたくしたちは、二人で一人なのですから。考えられるのは、何者かによって意図的に引き剥がされた可能性のみです」

 

 

 言いながら、レイシアはその原因を特定しつつあった。

 少なくとも、科学サイドでは不可能だ。それが可能そうな木原数多や木原幻生は最早表舞台にはいないし、そもそも科学サイドで魂をどうのこうのして管理下に置くことなど、それこそ大掛かりな機材の中にでもしまわない限り不可能なはず。

 では魔術師なら可能かと言われれば、それもまた首肯しかねる想定だった。何せ、レイシアは一応ローマ正教からマークされてスパイの対象になる程度には魔術サイドにも顔が売れているのである。可能なら、もっと早くに対処されていたはずだ。少なくとも、オティヌスを頂点とした『グレムリン』や神の右席レベルでは手が出ない事象に違いない。

 そして、そういった組織にもどうにもできないのであれば、それはもう個人の魔術師では絶対に不可能と言っても過言ではない。

 

 となるとあり得るのは、世界最悪の魔術師アレイスター=クロウリーか、あるいは魔神達ということになってしまう。

 

 

(…………暫定ラスボスか、世界を簡単にスクラップ&ビルドできる超越者か……あるいは、まだ俺も知らない『未読』の領域の強者か)

 

 

 自分で考えて、頭を抱えたくなってしまう。

 どれもこの時点で相手をするなど想定もできないような化け物である。少なくとも、シレン個人の力ではどうにもできないことだけは確かだった。

 

 

「そんな……そんなことが、ありえますの? だって人格というのは脳の回路の問題でしょう? それが肉体から乖離するなんて……」

 

「有り得るわ。前にそういうヤツとかち合ったことがあるの。流体の『濃淡』で0と1よりも細かい数値を表現する──濃淡コンピュータだっけ? そいつを利用して自分の意識を流体に移したトンデモ研究者がいてね。どうやら幽体離脱って、科学的に証明できるみたいなのよ」

 

「能力の分野でも、食蜂さんの派閥の中にAIM拡散力場を本体から分離させて遠隔操作できる能力者もいますしね」

 

「…………、」

 

 

 半信半疑だった白井だが、二人から具体例を提示されてしまってはどんなに非現実的な事象だったとしても呑み込むしかない。

 『二重人格の一方が肉体から離れて行方不明になる』、それがあり得るという前提で、思考を組み立てていく。

 

 

「……もし仮にそれが事実だとして。おそらく風紀委員(ジャッジメント)は……動けませんわ。そもそも二重人格のうちの一方が欠落していることを科学的に証明することが難しいですし……」

 

「ええ、それは分かっています」

 

 

 眉をひそめて言う白井にも、シレンはあっさりと答える。

 最初から、公的機関を頼るつもりなどなかった。相手がアレイスターにしろ魔神にしろまだ見ぬ強敵にしろ、どちらにせよ表の治安維持組織がどうにかできるような相手ではない。むしろ、下手に協力を取りつければそれが足枷にすらなりえた。

 

 

「わたくしの方で、独自に、」

 

「勘違いなさらないでくださいませ」

 

 

 だから特に気にせず話を続けたシレンに対し、白井はそんな態度が不服だとばかりに言う。

 この街の『正義』は、そんなに酷薄ではない、と。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 こんなことをいちいち言わせることこそが心外だと言いたげに、白井は一息に言い切る。

 

 

「とはいえ、やれることは限られますが。たとえばバンクの照合だとか、それらしい目撃情報の検索だとか。ですが、それでも一個人が闇雲に動き回るよりはよっぽどプラスになると思いますわよ?」

 

「……ええ。その通りですわ。恩に着ます、白井さん」

 

 

 頭を下げるシレンに、白井は満足気に頷く。

 それから、横に座る美琴の方へ視線を向けながら、

 

 

「お姉様はいかがなさいますか? 一般人であるお姉様はわたくしに任せておいてください、と言いたいところですが──」

 

「冗談。アンタだって始末書覚悟の越権行為なんでしょ? なら私だって好きに協力させてもらうわよ」

 

「ですわよねぇ……。……今回ばかりは、お姉様の行動を止められる材料がないのが痛いですわ」

 

 

 やれやれ、と額に手を当てた白井は、それ以上美琴の参戦を咎めようとはしなかった。

 

 

「さあて、鬼が出るか蛇が出るか。どちらにせよ、相当なゲテモノなのはこれまでの経験からして間違いなさそうだけど」

 

「望むところですわ。わたくしのこの世で一番大切な存在を奪ってくれたんですもの。生半可な敵では拍子抜けというものです」

 

 ともあれ、此処に至ってシレンの方針は決まった。

 レイシアを取り戻す。その為ならば──

 

 

(……神様の奇跡だって、乗り越えてやる)

 

 

 誰が目の前に立ち塞がろうと、決して足を止めないと、シレンは誓う。

 それがたとえ、誰であっても。


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