【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス)   作:家葉 テイク

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一二七話:たとえ離れていても

 まずレイシアの脳裏をよぎったのは、敵前逃亡であった。

 

 アレイスターと垣根がレイシアと別行動をとったのは、見方によっては好都合である。二手に別れた分、アレイスターはレイシアの行動を感知することができない。だから、右席を抑えに行ったと見せかけてそちらの方はガン無視してシレンのケアをしに行くという選択肢だってもちろんある。

 当然、その場合学舎の園は右席の被害をモロに受けて大変なことになると想像できるが、そんなものはもとをただせば全然信用できないアレイスターが悪いのである。どこの世界に、相棒を生贄に捧げて計画を進めようとしていましたなんて白状した巨悪を放置する人間がいるというのか。世界とシレンなら迷いなくシレンを選ぶレイシアとしては、そんなの一秒も迷わずアレイスターの裏をかくべきだと判断する。

 

 しかし。

 

 

(アレイスターや垣根が使えない以上、それは……本当に本当の意味で、学舎の園の壊滅を意味しますわ)

 

 

 レイシアも、シレンと学舎の園なら間違いなくシレンを選ぶ腹積もりではあるが、一方でその為に大量の人死にが出るとなれば話が変わってくる。

 アレイスターを神の右席に当てることができるのであれば、学舎の園に被害が出るといってもそれは小規模だっただろう。精々、ある程度の店舗が破壊される程度か。

 だが、アレイスターが使えない以上、その前提は通用しない。この状況でシレンを優先するということは、大量の犠牲者が出ることを承知の上でシレンを救いに行くということは、シレンに大量の犠牲の十字架を背負わせるにも等しい行為だ。それは、かつてレイシアが否定した垣根と同じ過ちを犯していることになる。

 

 それに。

 

 

(…………シレンなら、きっと学舎の園を優先しろって言いますわよねぇ……)

 

 

 相棒がそれを望まないことくらい、レイシアはとっくの昔に理解していた。

 シレンならこういう場合、俺のことは構わずにとにかく街の方を何とかしてくれと言うだろう。もちろん学舎の園の犠牲を無視してシレンの方を優先したって、別にシレンはレイシアのことを怒ったりはしない。むしろ、『俺のことを優先してくれたんだから』とか、『レイシアちゃんにそんな重い二択を背負わせてしまって申し訳ない』とか、そんなことを言ってレイシアのことを慮るだろう。

 そして、破壊された街並みや斃れた人々を見て、少しだけ悲しい表情をするのだ。『俺がもっとちゃんとしていれば』なんて、見当違いな自責の念を抱えながら。

 

 

「…………あ、有り得ませんわ」

 

 

 その横顔を想像した瞬間、レイシアは愕然としていた。

 どうしてこんな自明の理にも気づかなかったのだと、自分の不明を恥じる勢いだった。

 

 

「あのお人好し(バカ)にそんな顔をさせるような結末、許せる訳がありませんわ。当たり前のことではありませんの! このレイシア=ブラックガードが考えるべきは! 街を守り、シレンを守って、そして最後の最後に『わたくし今回はとても頑張ったんですのよ』と自慢げに胸を張れる! そんな結末を手繰り寄せる為の策しかありませんわ!!」

 

 

 神の右席がなんだ。

 天使の術式がなんだ。

 そんなヤツら、『正しい歴史』では端役もいいところだったではないか。僧正に轢かれて救急車を呼ばれるようなヤツがトップにいる集団、何を恐れる必要があるというのか。前方だろうが左方だろうが後方だろうが関係ない。何が立ち塞がろうと、残らず叩き伏せて、

 

 

 

「あっらーん? 随分面白げなのが転がってるわねーえ?」

 

 

 直後。

 女の声が、レイシアの鼓膜を叩いた。

 

 

「…………!!」

 

 

 振り返ると──そこにいたのは、一人の年若い女性だった。

 

 

「何だよ何だ、()()()()。分からないとでも思ったってコト? あの野郎……舐めやがって」

 

 

 ただし、その容貌は極めて奇異だ。

 

 その女は。

 

 黄色を主体とした、ワンピースのような衣装を身に纏った女は、剥き出しの殺意を隠そうともせずにレイシアを睨みつけた。

 有刺鉄線で戒められたハンマーを片手に携え、臨戦態勢を作り出す。

 

 

「まーだ他にも天使の出来損ないなんざ用意していやがったのか、アレイスター=クロウリーッ!!」

 

 

 ()()()()()()()

 そこにいるだけで敵対者を尽く無力化する、悪夢のような女がそこに立っていた。

 

 

 


 

 

 

最終章 予定調和なんて知らない 

Theory_"was"_Broken.   

 

一二七話:たとえ離れていても 

Surprising_Helper.

 

 

 


 

 

 

(考えなさい!!)

 

 

 その瞬間、レイシアはヴェントのことを見据えていながら、しかし意識においてはヴェントのことを眼中から外していた。

 考えるべきは、ヴェントを完封して勝利することではない。もはやレイシアに求められているのはそんな次元の話ではなくなってきている。

 ヴェントを無力化し、いかに一刻も早くシレンのもとへ辿り着くか。それが、今のレイシアに求められている最低条件だ。

 

 

(この身は風斬のそれと同じ組成をしている。それは今、ほかならぬヴェント自身から証言されましたわ。『天使の肉体』に近づけるよう調整している人間の台詞ですもの。一定の信頼性があります。……ならば、必然的にわたくしは『第三次世界大戦』で風斬が見せたのと同様のポテンシャルを秘めているはず……!!)

 

 

 神の力(ガブリエル)と、真っ向から撃ち合える戦闘能力。それを解放することができれば、前方のヴェントなど鎧袖一触だ。此処でレイシアが望む未来を掴むには、それしかない。

 だが。

 

 

(……そんなやり方なんて分かるわけがないではありませんの……!!)

 

 

 そもそも正史からして、ヒューズ=カザキリの力は彼女自身の内側から出るものではなく、外部からお膳立てされて発揮されるものだったはずだ。レイシアがいくら気合いを入れたからと言って、それだけで第三次世界大戦時の出力を発揮できるはずもない。

 だが、それをやらなければヴェントの打倒はともかく、アレイスターとシレンの接触を防ぐことはできない。

 

 ……だが一方で、相手はこの身体の不死性を把握していない。

 その上、明らかにこちらを優先的に狙おうとしている。

 

 

(……死んだふりからの、奇襲。これしかありませんわ!!)

 

 

 もちろん、この肉体がどこまで不死かなんてレイシアにも分からない。頭の中にある三角柱まで風斬と同じだった場合、流石にアレを破壊されれば死んでしまうかもしれない。

 だが、それでもやらないよりはマシだ。相手だって人間なのだし、最後の最後まで諦めなければ勝ちの目を拾うチャンスだって生まれるはず。

 

 レイシアが覚悟を決めた、その瞬間。

 

 

 

 ゴン!!!! と。

 

 

 

 爆音とともにレイシアとヴェントの間に()()()()()()()()()()

 

 

「…………今度はなーに? いい加減イラつくことが多すぎて私もブチギレそうなんだけど?」

 

「やれやれ。シレンから緊急連絡(エマージェンシー)が来たと思ったら、随分と窮まった状況じゃないか」

 

 

 がらがらと。

 崩れ落ちる瓦礫の拳の向こうに佇んでいたのは──一人の少女だった。

 継ぎ接ぎの肌に、学生服。白衣のような外套を纏った少女は、得体のしれない魔術師を前にしても落ち着き払った態度を崩さなかった。

 

 

白黒鋸刃(ジャギドエッジ)。手助けが必要か?」

 

 

 白い『何か』を羽衣のように纏った少女。

 操歯涼子。

 いや──正確には、ドッペルゲンガー。

 

 ある意味で──当然の帰結だった。

 シレンだって、この状況に対して何もしていないわけがない。彼女だってレイシアと同じく『レイシア=ブラックガード』の片翼だ。であれば、この異常事態に対して独自に動いていない方がおかしい。

 そして彼女にとって最大の強みとは、これまで歩んできた道のりで築いてきた縁そのもの。彼女の求めに応じて、これまでの道程で出会ってきた強者達が呼応してくるのは、当たり前の流れだったかもしれない。

 

 

「何よアンタ。私の術式が効かないの?」

 

「ああいや、ちゃんと効いているよ。原理は不明だが、操歯涼子()あっさり気絶している。だが、私自身はヒトではなく、微生物の集合体なのでな」

 

 

 ──微生物による、スプリング式コンピュータ。

 粘菌知性体であるドッペルゲンガーは、『天罰術式』の範疇には含まれない。……シレンが操歯に連絡を送ったのであれば、きっとそれを計算に入れてのことだったのだろう。

 

 

「では、この場はアナタに託しますわ!」

 

「は? いや、共闘……」

 

「大丈夫! そいつ単体戦力では大したことはありませんわ!!」

 

 

 呆気に取られているドッペルゲンガーを置いて、レイシアはさっさと走り去ってしまう。

 少しだけぽかんとしていたドッペルゲンガーだったが、状況は彼女に構わず進展していった。

 

 

「あはッ、もしかして、捨て駒にされちゃったってコト? 堕天使野郎は堕天使野郎に相応しい冷酷無慈悲な性根だったってコトね。デーモー、アンタもアンタで同情する価値もないくらい生命を冒涜しきったクソ野郎みたいだし……ココで私にプチっと潰されてくれないかしらァ!!」

 

 

 ジャララララァ!! と。

 ヴェントの口から、蛇の舌じみて細長い鎖が伸びる。先端に十字架が取り付けられたチェイン。それを振り回しながら、ヴェントは叫ぶ。

 目の前の存在の価値を、鼻で嗤うように。

 

 

「揃いも揃って人間未満の冒涜野郎どもが!! どこまで私達をコケにすりゃあ気が済むんだ!!!!」

 

 

 轟!! と。

 

 

「なるほど、これは確かに、ピントがズレているな」

 

 

 ハンマーの振りと共に放たれた大気の礫に対しても、ドッペルゲンガーは身動き一つとることはなかった。

 ──否。

 その一撃は、地面から伸びた真っ白な掌によって包み込むようにして完全に防がれていた。

 

 

「…………何だ、ソレは」

 

「疑問に思うようなものか? さっきも言っただろう。微生物の集合体だと。もっとも、昆虫を操る寄生菌や呼吸だけで筋組織を成長させる霊長類の性質をかけ合わせたりと、ちょっとした品種改良は施しているがな」

 

 

 己の研究成果を開陳するドッペルゲンガーの表情に、翳りはない。むしろ研究者特有の、己の知能に誇りを持つ堂々たる態度だった。そんな彼女に対し、ヴェントは吐き捨てるように言う。

 

 

「この街のガキは、その歳でも研究者のカオをするのね」

 

「当たり前だ。私も、一応は研究者だぞ」

 

 

 言葉のやりとりを断ち切る様に、ヴェントは風の礫を振るう。

 一発、二発、三発。立て続けに繰り出される風の礫に対し、ドッペルゲンガーは空中を滑るように移動して回避していく。──不可視の粘菌によって、自身を動かしているのだ。肉眼では見えないが、この一帯は既にドッペルゲンガーが操る粘菌が至る所に張り巡らされていた。

 

 

「……ハンマーの動きはブラフ、と見せかけて、礫の生成はハンマーの動きに対応しているのか」

 

 

 そして。

 ドッペルゲンガーは、じいっとヴェントを見据えながら、無表情に言った。

 

 

「…………あん?」

 

「ハンマーが風の塊の生成に対応し、舌の鎖が射出のベクトルに対応している。それがお前の能力だろう。操作方法は空力使い(エアロハンド)というより風力使い(エアロマスター)原理(それ)が近いな。流体力学のスケールでベクトルを操作しているわけか」

 

「……黙れ」

 

 

 ヴェントは睨みつけるように言い返して、

 

 

「私の術式を、科学で語るな!!」

 

 

 ボバッ!!!! と。

 空中に浮かんだ風の礫が、散弾銃のようにバラバラに散ってドッペルゲンガーへと降り注ぐ。ハンマーで生成した空気の塊に、複数のベクトルを与えることであえて散らばった攻撃として作用しているのだ。一つ一つが瓦礫を穿つほどの威力。それに加え──

 

 

「街ごと破壊してやる。さっきアンタ、私の攻撃に対してあえて『包み込むように防御』したわよね? つまりアンタは、街が破壊されることも敗北条件に含まれているってコトよ」

 

「…………罪のない民間人も狙うのか?」

 

「『罪のない』? ハッ!! 憎い憎い科学に身を浸して、その陰に横たわるギセイの上にノウノウと生きてる連中なんざ、その時点で大罪人であり私の敵だっつーのッ!!!!」

 

 

 ヴェントは嘲りと同時に、手に持ったハンマーを振るう。瞬間、透明な空気の塊が無数に展開され、まるでビリヤードのように方々に散った。

 

 

 ──実際のところ、このヴェントの読みは正しい。

 ドッペルゲンガーは、シレンから依頼を受けてこの場に立っている。微生物の集合体である彼女であればヴェントの『天罰術式』の対象外になるという見込みのもと、ヴェントに対するジョーカーとして起用された形だ。

 そして彼女は、同時に『ヴェントを倒せなくてもいいから、その場に縛り付けて街への被害を軽減してくれ』と依頼されていた。

 

 

(確か……ヤツの持つ能力──シレンの言うところの『術式』は、『敵意を持った人間を、その敵意の段階に応じて行動不能にする』というものだったか)

 

 

 そこのところは、操歯はあっさりと術中に陥って昏倒してしまったものの、ドッペルゲンガーにとってはむしろ戦闘に不向きな人格が早々に退場してくれたという意味でプラスに作用している。

 問題は、『そのほかの特性』だった。

 

 

(シレンの情報にあった風を操る術式は確認できた。詳しい法則性も把握できている。しかし……『防御術式』の方は問題だな)

 

 

 依頼の際、シレンからは簡単な敵戦力のレクチャーがあった。

 それは『前方のヴェント』の外見的特徴であったり、持っている能力であったりしたが──問題は、彼女が持つという『対戦車砲すら無傷でしのぐ防御術式』であった。

 詳しい原理はシレンも分からず、おそらく風を応用しているのではないかとのことだったが、どちらにせよただ瓦礫を叩きつけるだけでは突破できるとは思えない。

 それもあって、シレンは『足止めするだけでいい』と話していたが……。

 

 

 ズガガガガガガガガ!!!! と。

 

 無数の風の礫が衝突したことによる、爆発的な轟音が連続する。

 まるで至近距離で花火が炸裂したような、音自体に命の危険が伴うような爆音を響かせながら────学舎の園は、それでも平時の姿を留めていた。

 

 

「…………なん、ですって?」

 

 

 ヨーロッパの街並みを思わせるような煉瓦造りの家々は、神の右席の一撃を受けてもなお、破壊されていない。

 その事実を前にして、ヴェントは信じられないものを見たように目を瞬かせる。

 直後──ずるりと、まるで街並みがブレるようにして、建物から白くて薄い『何か』が剥離した。

 

 

「これでも超能力者(レベル5)の一撃と張り合える程度の出力はある。威力を散らした範囲攻撃程度なら、()()()()()()()()()()()()菌糸を操作するだけで事足りる」

 

「チィ……!! 面倒くさい!! でも、これだけの轟音を出せば平穏を貪っていた愚かなガキどもも警戒する! 私のことを見る!! そうすりゃあ、被害は加速度的に増していくわ。それだけでも、私の目標は達せられるってコト、忘れてんじゃない!?」

 

「…………ああ、そういえばそうだったな。全く、厄介な性質の能力を携えてくれたものだが……」

 

 

 シルシルと。

 地面から伸びる菌糸の槍を手に取りながら、ドッペルゲンガーは言う。

 

 

「安心しろ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 直後。

 煉瓦造りの街並みから、突如現れた白亜の大波が、神の右席の一人へと襲い掛かる。


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