【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス)   作:家葉 テイク

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一二六話:右席の第一

 ──そういうわけで、レイシアとアレイスターと垣根は学舎の園に潜入してきたのだった。

 

 もちろん、レイシアはともかくアレイスターと垣根はどこからどう見ても男性なので、二人はあからさまに学舎の園のセキュリティに引っ掛かろうものなのだが……、

 

 

「どうしてアナタ達普通に正面から学舎の園に入れてますの……」

 

 

 恰好が恰好なのでAIM思考体としての身体能力を使って何とか侵入したレイシアとは対照的に、アレイスターと垣根は当然のようにゲートを通過していたのだった。

 レイシアの方が本来はゲートを通過できる身分のはずなのに、全体的に理不尽である。

 

 

「…………というかいい加減、何故学舎の園まで来たのか説明してもらえますかしら?」

 

 

 早朝で少ないとはいえ、学舎の園には既に学生たちの行き来が始まっている。

 休日にも拘らず朝練の為に早起きした学生達が疎らに行き交う学舎の園の表通りを一本奥に進んだ路地裏にて、レイシアは息を潜めるようにアレイスターへ問いかけた。この状況だって、レイシアからすればヒヤヒヤものである。

 何せ、この状況を誰かに見つかれば、レイシアは男性を学舎の園に引き入れた共犯者。顔も平時のままだから、その時点でレイシアの社会的地位は破滅である。相手が統括理事長とかは、全く関係ない。というか先ほどその牙城は崩れ落ちたので、統括理事長の印籠を振りかざすこともできない。

 ぶっちゃけた話、できることならさっさと距離を取って無関係アピールをしたいし、さらに言えばとっとと学舎の園から追い出して此処が魔術サイドからの襲撃を受けるリスクを少しでも早くなくしたい。基本的に薄情なレイシアだが、それでも自分の居場所を守りたいという真っ当な気持ちくらいは存在していた。

 

 そんなレイシアに対し、アレイスターは特に気にした様子も見せず、

 

 

「決まっているだろう。シレンを回収する」

 

 

 端的に断言した。

 

 

「常盤台の外部寮にシレンがいてくれれば話は早かったのだがな。スマホのGPSを追跡したところ、外部寮にはおらず学舎の園内部に反応があった。超電磁砲(レールガン)心理掌握(メンタルアウト)の反応も同位置に確認できたから、おそらく行動を共にしているのだろう」

 

 

 ──おそらく、レイシアが自分の裡にいないことを察知して独自に行動を進めているのだとレイシアは考えた。少し嬉しいが、今に限ってはただただ間が悪い。

 

 当然、レイシアとしてもシレンとの合流は本来であれば望むところだ。なんだかんだいって夏からずっと、レイシアはシレンと共に歩んできた。文字通りの一心同体だ。彼女の魂が自分の裡に感じられないということに、どうしようもない不安感をおぼえたりもする。

 そういう意味で、レイシアはさっさとシレンと合流してこのAIMの肉体から元の状態に戻りたい──と思っている。しかし一方で、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 まず、前方のヴェントの存在。

 レイシアは、自分の人格がお世辞にも良いとは言えないことを自覚している。シレンであれば、ヴェントの正体に感づきつつそれでも敵意を一切持たずにヴェントと戦えるかもしれない。アレはそういう類の善人(バカ)だからだ。

 しかし、レイシアはそうとは限らない。というか、『正史』で開陳されたあらゆる同情的な要素を揃えた上で『知るかボケ、こっちはお前らのせいで迷惑してるんですのよ』と切り捨ててしまえる精神性である。

 つまり、確実に『天罰術式』の対象になる。

 この場合、『天罰術式』の対象にレイシアの魂だけが該当するか、二重人格が対象選択の際にうまく働いてレイシアの敵意が対象外になるか、いずれにせよ『天罰術式』が不発になってくれればいい。だが、もしそうでない場合はシレンも巻き添えに『天罰術式』の餌食となることになる。

 ただでさえ右席クラスの魔術師が三人も学園都市に侵入しているのだ。仮死状態とはいえ、戦線離脱するという危険は減らしておきたい。

 

 次に、この肉体の利便性。

 AIM思考体という肉体の不死身性は、先ほどレイシアが多少自傷した程度からしか伺うことはできないが──毟った小指の先は、いつの間にか回復していた。

 天使と化した風斬ほどとはいかずとも、今のレイシアはAIM思考体としての基礎スペックだけでまぁまぁな戦力となっている。下手に元に戻って『一人の超能力者(レベル5)』になるより、ある程度シレン側の出力は落ちても『能力者とAIM思考体』のコンビでいた方が総合的な戦力は上がるのでは? という考えがあった。

 

 それに何より、アレイスターを伴ったままシレンと合流するという点。

 先に挙げた二つは、これに比べればオマケの懸念にすぎない。何せこの『人間』は、先ほど『シレンを歴史改変の道具にする』と堂々と宣っているのである。そんな輩がシレンに会いに行きますと言って、そうなんだーとすんなり呑み込めるようなヤツはこの世にはいないだろう。シレンだって警戒するはずだ。

 少なくとも、アレイスターの真意を確認し問題ないと確信できない限り、アレイスターをシレンに引き合わせる訳には行かない。それはレイシアにとって絶対の最低条件だった。

 

 つまるところ──

 

 

(…………仕方ありませんわね。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……)

 

 

 ──そんな、非情な決断なのだった。

 

 

(アレイスターをシレンに引き合わせず、かつわたくしがシレンと合流する為には、何らかの戦闘のどさくさに紛れてアレイスターを出し抜き、シレンを回収するのがベストでしょう。すると、この状況だと一番その役に相応しいのは『神の右席』。…………ま、突っ込んでくるアックアでもない限り美琴と操祈がいるこの街は安泰でしょうし、仮にアックアが来るとしたら、民間人への被害は最低限に抑えてくれるはずですし)

 

 

 一番良いのは、ヴェントが襲ってきてアレイスターが対応しているうちにさっさと戦線から離脱し、シレンと合流することだ。

 問題は、一応チームで行動している状況で、その輪を乱す行為が垣根にどう受け取られるか、だが──

 

 

(……いえ、垣根(コイツ)はどうせヴェントと対面した時点で『天罰術式』の餌食ですわね)

 

 

 おそらくヴェントはさっさとアレイスターに殺されると思われるが、しかし数秒程度とはいえ垣根も不能にはなってくれるはずだ。

 その間なら、レイシアが戦線離脱しても垣根に咎められる心配はない。

 

 

(行けますわ。『正しい歴史』では当麻に救われたはずのヴェントを見殺しにするのは少し気が引けますけれど……いえ、そもそもアイツの『天罰術式』による事故で何人死んだんだかも分からないんでしたわね。ならそんな悪人のことを助ける義理もありませんわ)

 

 

 レイシアは心の裡に芽生えた罪悪感を握り潰すようにして、

 

 

(助けられるならそれに越したことはないですが……それよりシレンの安全のことを考えませんと。この野郎にシレンのことをいいように利用されることだけは絶対に避けなくてはいけませんわ)

 

 

 そんな結論を出したところで──

 

 

「ああ、そうそう」

 

 

 アレイスターは、思い出したように付け加えた。

 

 

 

「ちなみに、私は『敵意に反応して相手を殺す術式』に対する耐性はないぞ」

 

 

 

 ──特大の爆弾発言を。

 

 

 


 

 

 

最終章 予定調和なんて知らない 

Theory_"was"_Broken.   

 

一二六話:右席の第一 

First_Danger.

 

 

 


 

 

 

 

「……………………………………は?」

 

 

 レイシアは、己の耳を疑った。

 AIM思考体になったことによって音の感じ方が変化し、意味の聞き取りが上手くいかなかったのかとすら考えた。しかし、アレイスターは意味を測りかねているレイシアに対して再度口を開き、

 

 

「だから、私は『敵意を持った対象を問答無用で殺す術式』を防御することはできない。術式の特性からして、おそらく敵意の度合いによって攻撃にも度合いがあるんだろうが、私の場合はまず間違いなく『即死』だろう。『窓のないビル』の中で生命維持装置に繋がれていた状態ならば、生命力を生成していないから対象から外れていたはずだが……今の私は自身で生命力を生成している。平時であれば、相手が術式を発動した瞬間に対象となり、対抗策を練る間もなく即死するだろうな」

 

「アナタ、魔術師としても高名なんでしょう!? もうちょっと何とかなりませんの!?」

 

「神の右席が扱うのは天使の術式だ。私は私の影響を受けた魔術については対応できるが、紀元前の時代の術式に関しては範囲外だな。というか、そもそも高純度の天使の力(テレズマ)を以て運用するような術式など、常人の技術でどうにかなるようなものではないよ」

 

「そ、そんな馬鹿な……」

 

 

 ──と思うかもしれないが、これはある意味で当然かもしれない。

 何せ、コロンゾンが対アレイスター用に用意した術式が『相手への無理解が力になる術式』だ。アレイスターはその人間性ゆえ、己の敵意をトリガーとする術式にはめっぽう弱い。

 ラスボスみたいな顔をしているくせにこういうところであっさり負けかねない──相手にそう思わせるのが、アレイスターのアレイスターたる所以なのだが……それはさておき。

 

 

「案外使えねえんだな、統括理事長」

 

「他人事のようにしているが、おそらく未元物質(ダークマター)も厳しいぞ。周囲を未元物質(ダークマター)で覆えば、ある程度は術式に干渉して被害を軽減できるかもしれないが……『神の右席』と戦いながらそれを行うのは至難だ」

 

「………………、」

 

 

 垣根がヴェント相手にダウンするだろうというのは、レイシアも考えていたことである。

 しかし、アレイスターもまた対象になるとなれば…………。

 

 

「ちなみに、私は君の情報を聞いてから右席の動向を確認していない。もし仮に確認した対象が『敵意を持った対象を問答無用で殺す術式』の持ち主で、私がそれを看破した場合、その瞬間に死ぬことになるからな」

 

 

 さらにアレイスターは付け加えて、

 

 

「……そして、どうやら『鳴子』が反応したらしい。学舎の園に右席のうちの誰かが侵入したみたいだぞ」

 

「……………………、」

 

 

 無言のレイシアに対して、畳みかけるように言う。

 あるいは、お前の企みなど最初からお見通しだとでも言わんばかりに。

 

 

「此処は任せてもいいか? 我々は、シレンとの合流を急ぐ」

 

「………………承知、しましたわ。まぁ何とかしてみせましょう」

 

 

 結果として。

 レイシアは、アレイスターが垣根と共にシレンと接触するリスクと、来たるべきアックアとの戦闘でアレイスターや垣根といったカードを使えなくなるリスクを天秤かけて、後者を重く見た。

 あるいは、そう考えざるを得なくなるように盤面が誘導されていたのかもしれないが──それは、今のレイシアには判断できないことだ。

 

 

(まずい、ですわ)

 

 

 これで、事態は確実に最悪のラインへと進んだ。

 レイシアが神の右席と潰し合い、何のガードもなくアレイスターがシレンと接触してしまう。そんな、シレンの身に何が起こってもおかしくない最悪の事態へと。

 

 

(どうにかして学舎の園に侵入した右席を退けて、早くシレンのもとへ向かわないと……!!)

 

 

 正史の知識があるからといって、世界のありようを一人で塗り替えたその男を手玉にとることは、下手な英雄譚よりも至難の業だった。


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