【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス) 作:家葉 テイク
「御挨拶じゃないか、
「垣根帝督だよ。吠え面かくついでに叫ぶ準備はいいか、統括理事長」
直後、垣根帝督の三対の翼がはためいた。
轟!!!! と一万を超える法則を束ねた暴風がアレイスターを強襲する──が。
「生憎、この程度の
キュガッッッ!!!! と。
天空から降り注いだ光の柱が衝突したことによって、一万を超える法則は一気に吹き散らされてしまう。
「…………なんだと?」
これに、垣根は怪訝な表情を浮かべた。
言葉にすると単なる殺人的な暴風でしかないように聞こえるかもしれないが、垣根が放った暴風には
防御はおろか、相殺ですらままならない。そんなド級の一撃のはず──なのだが。
「確かに、
大地に突き立っていたのは、円柱状の人間大のコンテナ。伝説の聖剣のように堂々と聳え立ちながら、しかしそれ自体は剣の鞘や空薬莢のような空虚な印象を与えるその物体には、こんな文字が刻まれていた。
Five_Over OS
Modelcase "JAGGED_EDGE"
「……なん、ですの……それ……ッ!?」
たまらず声を上げたのは、垣根ではなくレイシアの方だった。
無理もない。科学的な再現が難しい分子間にはたらく力を扱う能力。『正しい歴史』の未来を知るレイシアも『ファイブオーバー』という技術が己を脅かす存在であることは理解していたが、その魔の手が自分に及ぶ可能性までは想像していなかった。
自分の独占技術が、強みが、根幹が、知らず知らずのうちに普遍化していく恐怖。
頂点から、凡俗へと転げ落ちる予感。
元より上昇志向の強いレイシアが受けた衝撃は、おそらく美琴のそれとは比べ物にならないものだろう。
「なに、原理的には分子間力を直接操る君のそれとは別系統だ。カシミール効果を応用している……といえば、君ならば分かるかな。
アレイスターはそこで言葉を区切り、
「そして、威力だけならば折り紙付きだ」
轟!!!! と。
返す刀で、人工の『亀裂』が解除されることによる暴風が垣根を襲う。垣根はそれをあえて受けたりはせず回避していくが──
「おや、躱すか。てっきり受け止めると思っていたがね」
「抜かせよ。風そのものに
──垣根が回避した暴風が衝突したビル。
その壁面が、まるでスポンジか何かのように穴だらけに腐食されていたのだ。まるで、
──オジギソウ。
電気信号に従って物質をむしり取るナノマシンだが、アレイスターはそれを暴風に乗せていたのだ。
「ハッ、流石は科学の街の王ってか? よくもまぁこんなゲテモノ揃いで身を固めたもんだ! 確かに並の雑魚どもじゃあ太刀打ちできねえだろうな。だが、この程度で俺を封殺できるとか思っているようなら、テメェが生み出した化け物ってヤツの脅威をチト甘く見過ぎているんじゃねえか!?」
続いて、垣根は大量の羽根を空間全体に撒き散らす。
外は朝焼け。光は十分。──
しかしアレイスターは曖昧に笑って、
「いいや、正しく理解しているよ。
暴風を地面に叩きつけ、破壊によって発生した石ころを垣根目掛け弾き飛ばした。
ただ弾かれただけの石ころ。
頭にモロにぶつかれば右ストレートを食らったような衝撃が飛ぶだろうが、逆に言えばその程度。そんなものが、
当然、垣根は苦も無く翼を振るい──
──しかしその翼はアレイスターの弾き出したちっぽけな小石を防ぐことはできず、結果として小石はまんまと垣根の頭蓋を揺らした。
「ご、あッッッ…………!?」
「君が身を委ねている能力開発の技術が、いったいどこの誰に生み出されたものだと思っているのかね?」
アレイスターは、呆れたように言う。
こんなものは、当たり前の結果だとでも言うかのように。
「たとえ垣根帝督が一万の法則による防御を敷いたとしても、その根幹となる能力開発の基礎技術は私が生み出したものだ。つまり、一万の法則の始点となる『一点』は私が抑えている。君の
「……………………ッッッ!!!!」
第二位の能力を以てして──それでも尚。
否、それゆえにこそ、高み。
本来であれば学園都市の裏の奥に潜む『人間』は、戦慄する垣根を見ても得意げな表情一つ浮かべず、淡々としていた。
アレイスター=クロウリーの本領。
魔術を使わずして、それでもなお圧倒できる。
科学サイドの『頂点』──その片鱗であった。
「上等じゃねえか、テメェのその薄っぺらな常識、俺が残らず呑み込んでやるよ……!!」
「お待ちなさいッッッ!!!!」
こめかみに青筋を浮かべた垣根帝督が次の行動に移ろうとした、その一瞬の間隙。
そこに滑り込むように、レイシアが声を張り上げた。
あまりに想定の外の事象に、アレイスターと垣根、両者の動きが止まる。
「確かにそこの銀髪は文句ナシのクソ野郎。いずれ確実に報いを受けさせることについてはわたくしも異論ありませんわ。ですが! 今は非常事態でしてよ。コイツという一大戦力を失うのはあまりに惜しい」
「……話にならねえな。そりゃテメェの都合でしかねえだろうが」
「
一言。
レイシアが切った
「発動は問答無用。外見・人物情報を認識しただけで終わりです。例外は
「…………随分と多い例外だな」
「アナタやアナタの守りたい人物がその中に該当しないことくらいは、分かりますわよね?」
レイシアが、人の悪い笑みを浮かべる。
これについては、垣根も何も言えなかった。
「…………、」
そんなレイシアの横顔をアレイスターは黙って見ていた。
レイシアはそのことに気付きつつ、あえて黙殺しながら言葉を続ける。
「ちなみに、わたくしは現在人間を辞めている為、対象外となります。分かります? 今この街を襲っている『外敵』に対して立ち向かえる戦力は、わたくしと、シレンと、当麻と、あとはこの諸悪の根源くらいなのです」
まぁ、『虚数学区』の顕現があったとはいえヴェントは正史では当麻一人で倒せていたし、アレイスター一人が死のうが問題ないとは思いますけれど──とは、話がややこしくなる為言わないレイシアだったが。
無論、今言ったような話は真実を織り交ぜつつ両者に矛を収めさせる為の論点のすり替えである。
実際にはこちらの戦力をヴェントに削られなければあとはテッラとアックアだけであり、アックアはともかくテッラはこの街の科学で飽和攻撃を行えばすり潰すことができる。
レイシアとしては、この街の戦力でアックアを倒せる領域にいるのが
「…………停戦には応じてやる。そっちが矛を収めるならな」
「願ったりだ、
「ナチュラルに煽るような言い方をするんじゃありませんわこのボケッ」
ボゴッ。
人体が出していいギリギリの殴打音を響かせつつ、ひとまず両者の衝突は小康状態となった。
「さて、めでたく共闘関係を築けたわけだが……」
「…………おい。勘違いしてんじゃねえぞ」
そこで、垣根は待ったをかけるように口を挟んだ。
余裕そうな表情をしていたアレイスターが突然の垣根からの横槍に視線を向けると、視線を受けた垣根は笑みを浮かべながら腕を組み、路地裏を構成している煉瓦造りの壁に背を預ける。
暗がりの中でもらんらんと輝いているように見えるその瞳の中には、確かに野望の色が踊っていた。
「究極的な話、俺はテメェがどうなろうが知ったことじゃねえ。街が壊滅したり、『外敵』によってメチャクチャに荒らされるのは困るが、勝手に対等な立場にすんじゃねえ。テメェは俺の協力を勘定に入れていやがるようだが、何の見返りもなく協力してもらえるとか思ってんのはムシが良すぎねえか?」
統括理事長との、直接交渉権。
垣根帝督は、かねてからそれを望んでいた。そして今、それが目の前にある。
ならば、ここぞとばかりに条件をとりつけ、今後の学園都市における重要ポストを手に入れるべきだ。それが、垣根の悲願にも繋がってくる。それに実際、戦力が欲しいのはアレイスターの方であって、垣根の方は最悪学園都市から一時的に離脱するという選択肢だってあるのだし。
もっとも、相手は海千山千の学園都市統括理事長。
そこで話がスムーズに進むとも思っていないし、アレイスターが反発してくることだって想定できた。だが、それを踏まえてもなお垣根が有利に交渉を進められる程度には状況は逼迫している。
垣根には、その確信があった。
「ああ、何か欲しいものでもあるのかね? しかし困ったな。私にはもう用意できるような権限はないのだが」
──もっとも、アレイスターはそんな垣根の当たり前な算段などまるで問題にしていなかったのだが。
「……、あ?」
「だから、何か望みがあるのだろう? 悪いが、この状況に陥った時点でもはや学園都市の制御が私の手から離れる確率は九八%以上だ。いやはや、
「……な、」
垣根は、思わず激高した。
最も、それは今までよりもよほど『どうしようもない』色を含んだ激高だったが。
「何言ってやがんだテメェ!? この街は、テメェにとっても利用価値があるものだろうが!? だから今までこの街の王として君臨し続けてきたんじゃねえのかよ!? それをこんなあっさりと……!?」
「なあに、心配は要らんさ。先ほど
それに、とアレイスターは涼し気な表情で続け、
「この程度の『失敗』は日常茶飯事だからな」
と、なんだか暗い笑みを浮かべていた。
それは言うなれば、分かりやすい敗北宣言だった。
アレイスターは──この街の王は、今まさにこう言っているのだ。
『自分は敵にいっぱい食わされてこの学園都市の王の座から転げ落ちたが、この程度の失敗はよくあることなので問題ない。それはそうと王の座から転げ落ちたので褒美は確約できないが、協力しないとそもそも褒美が出てくる未来はやって来ないよ?』と。
「………………」
毒を食らわば、皿まで。
垣根帝督は、腹をくくることにした。
「…………分かった。良いだろう、やってやるよ! その代わり! テメェが学園都市の王座を取り戻したら、その分の見返りはもらうからな!!」
「ああ、もちろんだ。
「なんかヤケクソですわねぇ……」
────そういうことで、この三人が行動を共にすることになったのだった。