【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス) 作:家葉 テイク
「さて、当座の問題だが」
アレイスターは、指揮棒を振る様に銀色の杖を振りながら言う。
「とりあえず、一人にご退場願っておくか」
直後だった。
ゴッッッ!!!! と左方のテッラが吹っ飛ばされる。窓のないビルを破壊した真っ白い刃を振るうような時間は存在していなかった。たったの一瞬で、科学の街の王の居城を破壊した──科学と魔術の両サイドに分かたれた歴史を俯瞰しても明らかな『転換点』を生み出した『神の右席』の一人は戦線から退場する。
「な…………ッ!?」
「呆けている暇はないぞ、
あまりにもあっさりとした退場劇に、さしものレイシアも言葉を失う。
しかし仮にも二〇億の頂点、その一角に立つ魔術師をあっさりと退場させておきながら、アレイスターはあっさりと下す。
「
明確な、敗北宣言を。
「アレイスター!!」
それから、十数分ほどだろうか。
早朝の街中を走りに走り、第七学区の街中まで来たあたりで、レイシアはたまらず叫んだ。前方を行くアレイスターは、此処までほぼ無言だ。レイシアも状況の変化を整理するので精一杯となっており、ここまではただ流されて動いているだけだったが、流石に十数分もあれば思考の整理もできる。
アレイスター=クロウリー。すべての元凶。
彼を前にして、聞くべきことも自ずと浮かんでくる。
「なんだね。まぁ君も当事者だ。走りながらであればある程度の質問には答えるが」
「聞きたいことだらけですわ!
「なんだ、聞きたいことはそんなことでいいのか?」
アレイスターは少し肩透かしを食ったような調子で言い、
「簡単な話だ。
「………………は?」
──意味不明の結論を叩きつけてきた。
理解が追い付かないレイシアをさらに周回遅れにするように、アレイスターは続ける。
「歴史とは、基本的に一本道だ。コルクボードに貼り付けられた一本のゴム紐を想像してみてくれたまえ。並行世界というのは歴史というゴム紐が複数あるのではなく、ゴム紐の一部を引っ張ってピンで留めたようなものというわけだ」
アレイスターは生徒に授業する教師のような滑らかさで言い、
「ある
「……で、ですが! 確かにあの事件は色々なものがおかしかったですけれど、個々の流れはあくまでも当たり前の事象の連続でしかありませんでしたわ。それが何らかの現象の後押しを受けているですって? そんなもの、ただの負け惜しみでしか……、」
「言葉尻が弱くなったな。君には心当たりがあるのではないかね? 特に、君の『同居人』──シレン=ブラックガードを取り巻く運命に関しては」
「……!!」
疑義を呈するレイシアの言葉にも、アレイスターの語調は揺るがない。
むしろレイシアの歩んできた道のりこそが自説を補強する傍証とでも言うかのように、アレイスターは続ける。
「学園都市においても未来を予知する能力はある。
それは、異能に付随する観測能力の存在を知っている高位能力者だからこそ納得できる事実だ。
そして能力として操作できる対象であるなら、当然の帰結として
──問答無用で納得させる。かつて科学と魔術という枠組みで以て世界を分断した
「そして、シレン=ブラックガードには『並行世界を生み出す』──歴史を歪める性質があった」
「…………、」
今度はもう、レイシアも口を挟んだりはしなかった。
否、
「それこそ思い当たる節はあるだろう。
ただし、とアレイスターはそこで付け加え、
「同時に、彼女の生み出す並行世界は極めて小規模なものでもある。精々、私の『プラン』の脇で発生する些細な悲劇を少しずつ潰していくような──その程度の些細な歪みだ」
「………………、」
それは、レイシアにとってはひどく馴染みのある話だった。
確かに、ここまでの彼女達の軌跡は『正しい歴史』を知る者からすれば歪としか表現しようがないだろう。正しい歴史では影も形もなかった小悪党が
それら全てが、彼女の半身──シレンが持つ性質によるものなら、説明がついてしまうのだ。これまでの波乱万丈ながらもどこか平穏な旅路に対して。
「そして彼女の『些細な歪み』は──より大きな歪みをも巻き込んで『均す』ことができる」
レイシアには分かる。より大きな歪み。歴史に対して、容易く干渉できる存在──魔神。
シレンの生み出す『些細な歪み』は、その歪みが元に戻るときに魔神らがAIM拡散力場のように放ってしまう『歴史の歪み』もまとめて均してくれるというわけだ。そう考えると、レイシアにはアレイスターがシレンを重要視していた理由が分かる。
(『
レイシアも、当然不思議には思っていたのだ。
そもそもレイシア=ブラックガードは本来『プラン』には存在していない駒である。浜面仕上の例からしても、『プラン』に存在していない駒が盤面で暴れるのをアレイスターは許容しない。そういう差し手である。
にも拘らずレイシアの台頭を許しているということは、彼女に対して何らかの価値を認めているとしか思えない。レイシアはそれを
そして、先ほど話していた『シレンを召喚しようとしていた』という証言。
『収穫』という言葉。
本来進めている『プラン』が、上条当麻の幻想殺しの成長率を見ていたという事実。
レイシアは、それを以て最終的な結論を導き出した。
「……
「正確には、
「巨大な陰謀が発覚と同時に失敗していますわ……」
それが、アレイスター=クロウリーという男の本質である。
「要因は色々あるが、一番大きいのはシレンが自覚的に歴史を『自分の望む形で』収束させたところにあるだろう。……ドッペルゲンガーの個としての存在維持の経緯などは顕著だったな。いやはや、やはり上手くはいかないものだ」
「アレも、シレンのやったことだと?」
「ああ。本来であればドッペルゲンガーは操歯涼子の負傷を治療することと引き換えに個としての外界への接触手段を失うはずだった。──もっとも、これは『歴史の歪み』から
『歴史の歪み』なるものもレイシアにとっては聞き捨てならなかったが──それ以上に、レイシアにとっては聞き捨てならない発言が、あった。
「……
「そこもまた歪みだな。確かに、正しい歴史では
「…………開いた口が塞がりませんわ」
確かに、レイシアは
まさしく、失敗を利用してさらなる自分の利益へと変換するアレイスター=クロウリーの面目躍如といったところか。この時点で既に、レイシアは何となく目の前の『人間』の本質を理解しつつあった。
「さて、最初の話に戻るが──これまで君達の尽力により、世界は『少しだけいい方』に進んでいた。たとえば、シェリー=クロムウェルがステイル=マグヌスの手によって平和的に捕縛されたことで科学と魔術の軋轢は減り、
「…………、」
言われてみれば、であった。
レイシアやシレンは『正史』の大筋を変えることはできなかったが、それでも確かに何かを残すことはできていたのだ。そしてそれらが積み重なり、歴史は彼女達が知るものよりも『いい方』へと向かっていくはずだった。
しかし、シレンの干渉によって齎された『異なる未来』は、そう遠くないうちに収束してしまう。
十字教と学園都市の対立。それらが少しずつ緩和された結果起きうる未来が正しい歴史の形へと収束した結果、生み出された『反動』は、とある事件を生んだ。
「きっかけは、大覇星祭期間中に顕現したヒューズ=カザキリだ」
アレイスターは、種明かしをするような気軽さで真相を開陳していく。
「アレは、彼らの信仰対象にして最大のパワーソースである『大天使』をこの街の技術で再現したものだからな。簡潔に言うと、存在自体が彼らへの特大の示威行為であり最悪の侮辱となる。まぁ、そうなるよう狙って組み上げたシロモノなのだが」
「最低の人間性ですわ……」
「ああ、よく言われる」
ゲンナリしているレイシアの言葉にもちっともこたえた様子を見せず、アレイスターは続ける。
「さらに、それにその場に居合わせた幻生と、
己の戦力の根幹を模倣したバケモノを見せられるという示威行為にして挑発行為を受けた直後に、そんなバケモノすら霞みかねない戦力を次々と見せられたローマ正教。
……当然、敵のそんな武力の高さを見せつけられれば、本気で潰そうと考えるのが人間の常だろう。実際にはそうとも限らないかもしれないが、とにかくこの歴史では『そういうことになった』。
『そういうことになる』という事象自体が、シレンの持つ性質だから。
「だから、神の右席の三名が学園都市へと一挙に乗り込んだというわけだ。ちなみに、左方のテッラはあれくらいでは死んでいないぞ。おそらく咄嗟に魔術を下位に設定して私の一撃から生き延びているはずだ。
「…………?」
『光の処刑』は当然レイシアも知識だけならある。
だが、レイシアはそれを知っていることにはなっていないのでもちろんとぼける──という点以外にも、首を傾げる部分はあった。自分の術式を防がれたことに対して、侮られたと評している点だ。
──これはアレイスターの扱う『
レイシアがこのあたりの事情を知らないのも無理はない。アレイスターの持つ戦力が開陳されたのはレイシアの知る最後の事件である『上里翔流襲来』よりも後のこと。当然、分かるはずもない。
「もっとも、その気になればそんな上限くらいは突破できたのだがな」
「負け惜しみの気がしますわ……」
「いや、それがそうとも言えない。確かにヤツらは私の命をダイレクトに狙っているが、何しろ私の敵は神の右席だけではない。私が窓のないビルから追われたことを知った時点で、おそらく一定数のこの街の暗部が下克上を目当てに私のことを狙ってくるだろう。殺さなければ、そういう連中に対してこの街の共通の敵でもある『神の右席』をぶつけることができるからな。上手くすれば、普段は隠れ潜んでいる反乱分子を一掃する足掛かりにできるかもしれないぞ」
仮にもこの街の王だというのにあまりにも悲しすぎる発言だったが、それも無理はないか、とレイシアは考え直した。
そもそもこの街の不良は『第一位が
かつてのレイシアのように、『
「たとえば、そう────彼のように、な」
直後、だった。
ヒュガガガガドガガガガガガザギギギギギ!!!! と、レイシア達の頭上で何かと何かが鍔迫り合うような凄絶な轟音が響き渡る。
思わず身を竦めて頭上を確認したレイシアの眼前では──今まさに、空中に大量の火花が散る『何か』のぶつかり合いが行われていた。
否──それは細かな羽根の雨だった。上空から降り注いだ羽根の雨が、正体不明の何かと衝突しているのだ。
「そう心配することはない。今の君はヒューズ=カザキリと同じような存在だからな。生身の私よりはよほど不死身だよ」
「…………不死身云々は別にいいですが、そろそろ軽めに顔面をぶん殴りますわよ。
「了解」
アレイスターが肩を竦めて適当に答えると、凄絶な鍔迫り合いは小康状態に入ったようだった。
そして──空から下手人が現れる。
とはいえ、その場に『彼』の登場を見て驚く者は一人としていなかった。何故なら、彼は『正しい歴史』の頃からして、一貫して『そういう目的』を掲げていたのだから。
「学園都市の非常事態だ。俺も別に、無差別に暴れ散らかして何もかもめちゃくちゃにしてやろうってつもりはねえよ。学園都市ってシステム自体は、まだまだ利用できるからな」
音もなく地面に降り立ったその少年は、三対の真っ白な翼をはためかせ、言う。
──
──
────垣根帝督。
「ただ、テメェについちゃあここでどうなろうと、大して問題はねえよな? アレイスター=クロウリー」
紛れもない怪物が、牙を剥くように笑っていた。