【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス) 作:家葉 テイク
一二三話:結局いつもの大失敗
「レイシアちゃんっっっ!?!?!?」
──一〇月九日、朝。
常盤台中学の外部寮にて、とある令嬢の悲鳴が響き渡った。朝六時二〇分。就寝及び起床の時刻にはうるさい常盤台中学でも十分に『朝早い』といえる時刻だ。隣室の住民らしからぬ絶叫に、御坂美琴は思わず飛び起きた。
「な、なに!? どうしたの?」
跳ね起きてルームメイトの白井黒子の様子を伺ってみると、どうやら彼女の方も寝耳に水の事態だったようだ。美琴と同じように跳ね起きて目を白黒させている。
しかし、彼女の方は流石に
「ブラックガードさん!! 何がありましたの!?」
──すぐさま自身の能力である
美琴の方も、普段落ち着いた隣室の住民らしからぬ悲鳴にただならぬ気配を感じていた。パジャマのまま部屋の外に飛び出すと、流れるように磁力を使って扉を開錠する。
レイシア=ブラックガード。
美琴と同じ
常盤台でも有数の派閥の長も務めている彼女は、常に落ち着きを持った、美琴からしたらそのプロポーションも相まって『本当に同い年なのか』と疑問に思ってしまうような性格だった。
その、彼女が────。
「レイシアちゃんが……レイシアちゃんが……」
モノクロトーンのパジャマを身に纏い、ぺたんと床に座り込んだ状態で。
「…………
ボロボロと瞳から大粒の涙を零して、途方に暮れていた。
「──どうしてくれるんですの。今頃あの子、こんな感じで泣いていますわよ」
同日、朝。
煉瓦造りの街並みの路地裏で、白黒のナイトドレスを纏った金髪碧眼の令嬢──レイシア=ブラックガードは不機嫌そうに呟いた。
彼女の神経質そうな蒼眼の先には、一人の『人間』がいた。
男のようにも女のようにも、子供のようにも大人のようにも、聖人のようにも囚人のようにも見える人物。手術衣を身に纏ったそいつは、悪びれる様子もなく肩を竦めた。
「なぁに、この程度は些細な誤差にすぎないよ」
床につきそうなほどの長さの銀色の髪。
何を見ているのかも判然としない翠の瞳。
我々は知っている。
たとえるならば、RPGで始まりの街に魔王がやってくるようなもの。
その状況自体が逆説的にこれ以上ない異常事態であることを如実に示すような構図。
にも拘らず、その『人間』は確かに此処にいた。
0と1では割り切れない形だとか、そんなおためごかしではなく。
純然たる実体を持って、そこに存在している。
それは、とある歴史の決定的な破綻を意味していた。
────学園都市統括理事長。
────アレイスター=クロウリー。
諸悪の根源が、平然と佇んでいた。
彼の一挙手一投足で、歴史が変わる。あらゆる事件や計画の裏側の奥の奥で鎮座する黒幕。そんな彼の一言を前にして、
「どこがですの!! こうして無様に落ち延びているこの現状のどこが些細な誤差だと言うんですの!?!?」
……普通にキレた。
「窓のないビルはあんなことになっていますし! そもそもどうしてこんなになるまで事態を放っておいたんですの!? 馬鹿なんですの!?」
相手がかなりの大物だとか、下手したらまだラスボス路線あるとか、そういうことは一切気にせず。
レイシアは、目の前の銀髪に向かって思いの丈をぶちまけていく。なんというか、既にそれが許されるような距離感になっているのだった。
「まあ落ち着け、
まさしく怒り心頭といった様子のレイシアを宥めたのは、目の前の統括理事長ではなく、茶髪の少年。
新人ホストか、はたまたヤクザ候補生か──闇と日常の中間地点に立っているような印象の少年だった。
──学園都市第二位、垣根帝督。
暗部組織『スクール』を束ねる立ち位置にいる彼もまた、何の因果かレイシア達と行動を共にしているのであった。
「ああ、仲裁してくれて助かる
「……それ、実は学園都市はこのレベルの大ピンチが頻発していますって言っているのと同じで、ちっとも安心できる要素ではないのではなくて……?」
言いながら、レイシアは路地裏の隙間から見える空へと視線を向ける。
遠くの空からは、もくもくと真っ黒い煙が天へと延びていた。きっと今頃は、学園都市中が『あの被害』を大々的に報じていることだろう。
頭を抱えたくなる気持ちを必死に抑え込んでいたレイシアだが……、
「……確かに。言われてみればその通りだな」
「このクソオヤジ、実はかなりタチが悪いですわね!?」
平然と居直る統括理事長には、憤慨するほかなかった。
アレイスターはというとやはりレイシアの憤慨など気にせず、どんどんと話を進めてしまう。
「それに、この場には君達もいることだし」
「アナタ自分でこの状況を何とかしようとする気概とかありませんの!? 腐っても統括理事長ですわよね!? 今までの諸悪の根源ですわよね!? もうちょっとこう……何とかならないんですの!? こんなストレート負けがありまして!?」
「悲しいかな、これが『私』だ」
レイシアの糾弾めいた言葉にも、アレイスターはどこ吹く風だった。
それどころか、半ばそちらの方を無視してアレイスターは垣根へと向き直り、
「ああ、そうだ。これからの方針だが、連中は私の魔力反応を感知して襲撃を仕掛けてくるだろう。とっとと移動しないと『学舎の園』が十字教最高レベルの戦力の巻き添えを食うぞ」
「どの口が言ってますのこの駄目ラスボスぅぅうううう!!!!」
頭を抱えるレイシア。
平然と駄目さを露呈しまくるアレイスター。
その一部始終を観察してから、垣根帝督、非常に非常に嫌そうな笑みを浮かべ脱力。
「……俺は今まで、こんな奴との直接交渉権を望んでいたのか……」
統括理事長は、ただ曖昧に笑っているだけだった。
──さて。
ここで一度、喜劇を脇に置いて疑問を整理しよう。
問一。レイシア=ブラックガードの二つの人格はどうして別離を起こしたのか。
問二。レイシアとアレイスター=クロウリーと垣根帝督はどうして行動を共にしているのか。
問三。アレイスター=クロウリーは何故ここまで追い詰められているのか。
その答えの全ては──
一〇月九日。学園都市独立記念日の朝を紐解くことで、明らかとなる。
時計の針は、当日の早朝へと巻き戻る────。
「悲しいかな、これが『私』だ」
「どの口が言ってますの
この駄目ラスボスぅぅうううう!!!!」
「……俺は今まで、こんな奴との
直接交渉権を望んでいたのか……」
──その日、レイシア=ブラックガードの目覚めは奇妙な心持だった。
ふと目を開けると、そこは見慣れた自室の天井ではなく満点の星空。何だこれは──と思考を回転させて、レイシアはようやくそこが『星空』ではなく暗がりに浮かぶ無数のモニタの明かりだと気づいた。
そして、遅れて『体感』する。
──己の裡に、シレンがいない。
(何が……!? わたくしだけ飛ばされた!?)
パニックになりかける精神を捻じ伏せて平静を保つことができたのは、先だっての戦いで木原相似に極大のトラウマを刺激された経験によるところが大きい。一心同体の相棒がいない精神的動揺──それを認めたうえで、
「…………なるほど、そう来たか」
そのまま、通常のレイシアの思考回路であれば、まず周辺の探索を行っていたことだろう。
此処がどこか分からないにせよ、まずは事態を把握しなければならない。頼れるシレンがいない以上、目標を明確にするためにも、リスクをおしてでも情報収集を行う必要があるからだ。
だが、彼女は探索に向ける意識のリソースを、その声を耳にした瞬間全て警戒にあてた。
何故なら、声の主は彼女のすぐ近く──モニタの明かりに照らされて、佇んでいたからだ。
人工の灯りに照らされる、銀髪の男。
即座に飛び退き、その場にあったごちゃごちゃした機材の影に隠れ、そこでレイシアは改めて自分の状況に気が付く。
身に纏っているモノが、パジャマじゃない。
そんなことかと思うかもしれないが、レイシアはシレンたっての要望で、三日に一回は薄い生地の透けたモノクロトーンのネグリジェではなく薄手の生地のパジャマを身に纏うようにしており、昨晩は確かにその生地のパジャマを身に纏って就寝していた。それが今は、全く違う衣装になっていた。
白と黒のドレスグローブまではいつも通りだったが、白と黒のレースカーテンを巻きつけたようなオフショルダーのナイトドレスを身に纏って長い金髪を黒のリボンで結い上げた髪型は、さながら夜会に出席した貴族のご婦人といったような風体である。
同じく白と黒のタイツの足先を包む真っ黒なアンクルストラップつきのハイヒールは見るからに動きづらそうだったが、何故だかレイシアは全く動きづらさを感じていなかった。
当然のことだがレイシアはこんな格好をした覚えはないし、何ならこんな服は今まで一度も着た事がない。服装という危機には直結しないファクターだが、だからこそレイシアの思考は事態の把握と共に一気に混乱の極致に叩き込まれた。
『この状況は、一体何なのだ!?』と。
そして彼女が混乱する最大の要因は服だけでなく──機材の向こう側にいる男にもあった。
それは、『人間』だった。
男にも、女にも、大人にも、子供にも、聖人にも、囚人にも見える。
あらゆる可能性が内包されたかのような容貌は──もはや『人間』としか言いようがなかった。
手術衣を身に纏った『人間』アレイスター=クロウリーは、何か杖を振るような
「これは、かなりマズイな」
直後だった。
ドガガガガガガガガ!!!! と大気そのものが破裂したかと錯覚するような爆発音が炸裂し、世界全体が揺れるような振動がその場を支配する。
レイシアはとっさに身を屈めて衝撃に耐えつつ、大声を出して叫んだ。
「なんっ、なんなんですの!? これはいったい何が起こっているんですの!?」
「心配いらない。この襲撃自体は想定の範囲内だ。むしろ遅すぎたくらいだと言ってもいい。……もっとも、君がこの場に現れたことは想定外だがな」
そう言って、アレイスターは右手を振る。
ただそれだけの動作だったはずなのに、何故かその手には
「レイシア=ブラックガード。悪いが、此処──
……………………。
「はァあ!? 何言っていますのアナタ!? 既に耄碌しておりますの!?」
「溜まっていた分がまとめて来ただけだ。おそらくこれまでの『時の組紐』の捻じれがまとめて降りかかった形だろうが、流石にこの事態はこの街の許容限界を大幅に超えている。まだこの時点で都市機能が停止することは避けたいからな……。『連中』については一旦警備機構を素通りさせる必要があったわけだが、まさか此処を直接狙ってくるとは」
アレイスターは楽しそうに笑い、
「それに、事態の収拾のために
「もしかしなくても、わたくしが此処に飛んできたのもアナタが元凶ですのね!?」
「ハッハッハ、いかにも」
「こ、この野郎……!!」
頭を抱えたくなる情報の連続だったが、とりあえず状況は理解できた。
現状、とんでもない戦力の敵が学園都市に攻めてきているとのこと。
そしてその敵は、まともにぶつかれば学園都市の都市機能が丸ごと壊滅してしまうような凄まじい戦力を持ち合わせているらしい。都市機能の損耗を嫌ったアレイスターが『普通の警備』を素通りさせたところ──その敵は『窓のないビル』を直接攻めてきたというわけだ。
その対抗策としてシレンに宿る『何かしらの力』を使おうとしたアレイスターだったが、結局それには失敗し──レイシアが召喚されてしまった。アテにしたチカラが使えなくなってしまったアレイスターは万事休す、というところである。
「何もかも裏目ではなくて!? この後どうするつもりですの!?」
「無論、脱出するさ」
アレイスターはそう言うと、銀色の杖をくるりと手の中で回転させ、
「とはいえ、此処の外壁を破壊するような出力の魔術を使おうものなら、間違いなく巻き添えを食って私も死ぬ。全く困ったものだな」
ズジャドドドドド!!!! と。
暗がりを星々のように照らしていたモニタから、無数のレーザーが窓のないビルの壁へと叩き込まれた。
「な…………ッ!?」
「私はこれでも科学の街の王でもある。魔術師としての私で足りない部分は、科学者としての私で補えばいいわけだが……」
……ただし、壁は微塵も破壊されていなかったが。
「しかし困ったな。このビル、堅牢に作りすぎて手持ちの『科学』では破壊できないぞ」
「自前の防御が逃走を妨げる牢獄になっているじゃありませんの!! あーもうわたくしがやりますわ!
痺れを切らしたレイシアが、白黒のナイトドレスをはためかせて手を翳して見せる。
暫定第四位に数えられる
その適用範囲は彼女『達』が戦闘経験を積むにつれて拡大していき、今や三次元よりも上の次元をパラメータとして入力することによりただの物質であれば問答無用で切断することができるようになっているのだった。
それは、向かってくる衝撃に対して最適な波をぶつけて威力を相殺する
「……あれ。どうして能力が出ませんの? 『亀裂』が! 出ないのですが!?」
「それはそうだろう。気付かなかったのか? 私は君を『召喚』したと言ったんだ」
当たり前の事実を話すように言うアレイスターの言葉を聞いて、レイシアは改めて自分の様子を見た。
視線を落とすと、平時のそれと変わらない己の掌が見える。透けているわけでもないし、ぼやけているわけでもない。ただし。
「…………えい」
試しに小指の端っこを指でつまんで毟ると、異常が分かった。
「君、よくやるな。それ」
呆れを滲ませるアレイスターの声など、耳にも入らなかった。
そもそも指の力で肉を毟れるというのが異常事態だが──最大の異常は、その傷口にある。
「……ってこれ、風斬と同じじゃありませんのぉぉ────っっ!!!!」
べしん!! とレイシアは勢いよくちぎった自分の破片を地面に叩きつけた。
毟られたレイシアの小指の傷口は、卵の殻のように内部が空洞になっている。その中にパソコンの基盤のような模様が走っており、彼女の記憶が正しければ一〇〇%かつての風斬氷華の傷口と全く同じそれとなっていた。
……なお、この歴史においてレイシアがその傷口を直接見たことはないのだが、かつてシレンの復活パーティにやってきた風斬から事情を聞いている為、レイシアはその事実を
つまるところ、現在のレイシアは風斬と同じ──AIM思考体となっているというわけだ。
そして、
単なるAIM思考体である今のレイシアは、
「何ですのこれ!?」
「だから言っているだろう、『召喚』だと」
アレイスターは気軽に言って、
「大したことはしていない。君達は自覚していなかったようだが、誰かの肉体に全く別の魂が外付けされているような状態、霊的にいくらでも茶々を入れることができるのだぞ? たとえば生霊。日本では生霊伝説が大量に存在しているが、その理論を応用すれば、逆に『生きながらに魂を引きずり出す』ことも容易だとは思わないかね?」
「そ、そんな馬鹿な話が……」
そんな話がまかり通るのであれば、レイシアとシレンは魔術サイドの敵には完全な無力ということになってしまう。
……よく考えなくても、そんな無法を通すことができるのはこの最悪の魔術師だからだと考えるのが筋である。
「……その理論を使って、鍛えた
「何もかも話が分かりませんわ!? そもそも
「せっかくだ。いちいち説明してやってもいいが──そろそろ時間のようだ。ヤツらが来るぞ」
アレイスターの言葉で、ようやくレイシアは思い出す。
そういえば、この『窓のないビル』は正体不明の『敵』に襲われていて、もう間もなく陥落しそうな勢いなのだ、ということを。
そして。
バガァン!! と。
アレイスターの言葉の通り、堅牢なはずの『窓のないビル』が何かによって切り裂かれた。
そこに、いたのは。
「どうしましたー? まともな防備も寄越さずに無血開城とは! 今更罪を悔い改めたところで、
真っ白な刃を振り回す緑の聖職者。
左方のテッラ。
「ああ、そうそう。今回学園都市に攻めてきた『敵』について話していなかったな」
本当に、楽しそうに。
自らの牙城が崩れ落ちたのを目の当たりにしたアレイスターは、外界から降り注ぐ朝日の陽光を背にしながら、レイシアに向き直って言った。
「前方のヴェント。左方のテッラ。後方のアックア。……『神の右席』お買い得パックのお出ましだ。これで、現状がどういったものか理解してもらえたかね?」