【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス) 作:家葉 テイク
駒場利徳という戦力だけを見れば、俺達に恐れる要因はあまりない。
確かに駒場さんは
その圧倒的な身体能力と、相手の能力に対するメタ戦法。それに注意を配って外堀を埋めるように戦っていけば、決して苦戦する相手ではない。
だが……それはあくまで駒場利徳さん本人を相手にしていた場合の話だ。
「Insert/オラッオラァどうしたクソガキぃ!! さっきっから逃げてばっかでちっともバトルになってねぇじゃねえかぁ!!」
──木原数多。
円周さんをして、『金槌レベルの破壊を電子顕微鏡レベルの精密さで制御する』男に、駒場さんの膂力が加わった場合、どんな極悪な現象が発生するのか、想像もできない。
正直、殴ったときのエネルギーが奇怪に変換されて電流が発生したりしても俺はちっとも驚かない。だから、数多さんの手札を見極めてから勝負に出たいわけだ。
「Insert/それとも何か……? 天下の
「ほう……? 見ないうちに随分と安い挑発を、」「
レイシアちゃん、それもしっかり挑発に乗っちゃってるからね……。
「Insert/随分弱腰だなぁオイ。ビビりすぎて時間が有限だってことまで忘れちまってんじゃねぇだろうな、ああ?」
「忘れていませんわ。ですが、アナタを相手に焦燥に気を取られることは下策。その程度の揺さぶりでわたくしがその初心を忘れることはなくってよ」
「……、Insert/チッ、めんどくせえな」
数多さんはそう言って、腰を低く落とした。……来るか!
「Insert/コイツが本来使っていたのは
『木原』特有の露悪だ。多分本心から言ってるんだろうけど、それはそれとして敵対者の冷静さを奪う為の言動。これ自体に意味はない。
分かっているからこそ、俺は数多さんの一挙手一投足をつぶさに観察していた。だからこそ、俺は一瞬早く動くことができた。
「Insert/アホらしいよなあ。馬鹿正直に運動性能の向上に使わなくたって、こういう使い方もできるのによぉ!!」
『亀裂』の翼を展開した俺達が一瞬前にいた場所を、『何か』が高速で通り過ぎて行った。
……多分、先ほどまでの攻防で発生していた研究所の瓦礫だろう。そしてそれを俺達の方へ飛ばしてきたのは……駒場さんだ。
──見ると、駒場さんの姿は異形と化していた。
腕や腹から、触手のように薄っぺらい『何か』が伸びている。……あれは……
《
……厄介だから切断したいところだけど、数多さんの動きが自由なままだと『自滅狙い』の動きをされてしまうからそれもできない。
ただ、駒場さん本人はあくまでも普通の人間だ。能力や術式によってよく分からないバリアを張っているわけでもない。
「これは……どうでして!?」
ドヒュウ! と、展開した『亀裂』の繭を解除することで、暴風を駒場さんに叩きつける。
直撃すれば車もひっくり返すほどの威力だ。駒場さんがまともに受けたら、当然ひとたまりもないわけだが……、
「Insert/こっちのスペック確認か? まぁ見せてやるけどよ」
この一撃は、
口笛一つでこちらの気流を乱してきた数多さんだ。そのくらいはやってきてもおかしくない。
…………。
…………待てよ?
そうだ。何故今まで気付かなかったんだ?
俺達は既に暴風攻撃や『亀裂』の翼による高速移動まで、さまざまな部分で気流操作を行っている。もしも数多さんがドッペルゲンガーさんの件でやったように気流を乱す攻撃をしてきていたら、俺達は高速移動や気流操作抜きで駒場さんと戦わざるを得なくなっていた。
『亀裂』に対する自滅行動も相まって、俺達の手札は極端に制限されていたはずだ。
にも拘らず、数多さんはそれをしなかった。数多さんの性格上、使えるなら思う存分使ってきているはずだ。それをしてきていないということは……。
《……なるほど。流石にラジコンまで精密操作できるわけではない、といったところかしら》
レイシアちゃんの言葉に、俺も頷く。
《ああ、多分そうだと思う。もちろん十分精密な動きにはなるんだろうけど……操作の結果出力される駒場さんの肉体の動きは、やっぱり数多さん本人の精密な動きには届かない。だから、気流操作を乱す波長の音波を出したり、あるいは
それを俺達に悟らせないための、あの異形の
……しかしだとすると、先ほど俺達の暴風攻撃を弾いたのは……。
「Insert/そろそろ気付いた頃か? ああそうだよ。このモルモットは優秀だが、俺本来の精密な動きまでトレースできるわけじゃねえ。能力者だったら演算性能の関係で能力だけなら精密操作はできたかもしれねえが、まぁこのへんはタラレバだ。だが……触手みてえな
ゆらり、と。
数多さんの言葉を象徴するような不気味さで、ゆっくりと四対の
──そのシルエットに一瞬、オリアナさんの姿が重なる様に
(……な、んだ、今の……!?)
見えたのは、十字架に磔にされたオリアナさんのイメージ。……でも、その姿は先ほどまで同行していた彼女の煽情的なそれではない。学園都市でよく見る『普通』の衣装に身を包んだ、普段着姿の彼女だ。
これは……、
「Insert/それじゃあ問題です!
直後。
駒場さんの周囲に、四色からなる『渦』が生まれた。
「こ、れは……!?」
四色。
赤、青、黄、緑。原色が入り混じった、しかし溶け込みはしないその力の奔流を見て、俺はすぐさま悟った。これは……魔術だ。
原色ということは、四大属性による魔術。だとすると……俺は魔術は『読んだ』程度の知識しかないけど、たぶん基本的なカバラ……? とか、アレイスターや『黄金』系の結社が使うオーソドックスな魔術なんだろう。
オリアナさんは、文字やその色などで属性を調整した術式を使っていたはず。『原典』と化したオリアナさんも、基本的にはその枠組みからは出ていなかったから……先ほどのイメージと合わせて考えると……、
「数多さん、アナタ……それは、オリアナさんの……!?」
「Insert/おー、分かるヤツには分かるか。流石は魔術サイドの『窓口』。まぁそうだな、白状しちまうと、別に俺は魔術の知識を修得したわけじゃねえ。ま、インターフェースを整備しただけだな」
あっさりと答えるのは、数多さんにとってそれはそこまで重要ではないということ。
そして……俺達には、どうしようもないと考えてるってことだ。
《インターフェース……つまり、あの術式自体はオリアナを介して発動しているってことですわね! 考えてみれば、魔術なんていう異界の知識を取り込むのはモルモットの仕事とか、いかにも『木原』が考えそうなことですわ……!》
レイシアちゃんはそう言って、術式に対して対抗する能力の演算を始める。
確かにレイシアちゃんの言う理屈なら、数多さんが突然当麻さんの右手を考慮に入れた結界を作り出したり、こうやって魔術を行使したりするのにも説明がつく。でも……それとはまた別で、何かある気がする。
いつもなら、とりあえず捨て置いて目の前の攻撃に対して意識を集中させる程度の、そんな些細な違和感。
でも、何故か俺はそこで今抱えている違和感を捨て置けなかった。何か、重大な過ちを見落としている気がした。そしてそれを放置することは、取り返しのつかない事態を引き起こすような気がして──。
「……Insert/ああ? テメェ、その眼……」
──その瞬間、俺の脳裏に電流が走った。
そうだ!!
駒場さんは確かに能力を持たないが、それは能力開発をしていないということじゃあない。駒場さんは
だから、たとえ能力が使えなかったとしても、能力者はその時点で肉体の回路が別物になっている。それは土御門さんが証明しているわけで──当然、駒場さんも魔術を使えば相応のダメージを負うことになる。これ自体は、考えればすぐに分かることだ。
では、この局面においてそれが何を意味するのか。
それを考えれば、数多さんの目的は想像できる。
──魔術を使用し、すぐに治療しなければならないほどの重傷を負った駒場さんを前にしたら、俺達はどう動くか。
《駒場さんを使って…………俺達を戦線離脱させようとしているのか…………!!》
この戦法ならば、俺達が駒場さんの使う術式に対してどう対応しようが関係ない。
魔術を扱うインターフェースたるオリアナさんさえいれば、適当な術式を使うだけで駒場さんは自爆する。そして俺達は、そんな駒場さんを見捨てることができずに彼を病院に連れていく。どんなに急ごうと、此処から病院まで行けば戻ってくる頃には結界崩壊のタイムリミットには間に合わないだろう。
かくして俺達は、
「Insert/その様子じゃあ、気付きやがったようだなぁ? ヒャハハハ! そうだよそうだ、大正解!! 武器はコイツ、
「…………!!」
ヤバイ、これは本当にヤバイ……!
土御門さんが今まで生き残ってこれたのは、
くっ、なんとか『亀裂』で空間を遮断することで、数多さんからの操作を切り離せないものか……!
シュドドド!! と『亀裂』を展開しようと試みるものの──『亀裂』で密閉したにも関わらず、徐々にその間に隙間が生まれてしまう。
「……こ、これは……!?」
「Insert/おいおいもう忘れちまったかあ!?
う、わ……! しまった……! 色々ありすぎてそのこと完全に忘れてた!
くそ、それじゃあどうしたら……!
「──んでもって。お前なら、コイツを人質として提示した時点で慌ててそのことしか考えられなくなるって信じてたぜえ? クソ
──一瞬、だった。
いや、油断していたわけじゃない。むしろ最大限に警戒していた。たぶん、警戒していたからこそ……俺は、数多さんの繰り出す戦略に対してきちんと思考を巡らせることができなかった。
そしてその一瞬の失策のツケは、すぐに来た。
虚空にきらめくのは、風属性を示す黄色の文字。
刻まれるのは、『Wind Symbol』という言葉。
その意味は──
「Insert/『
何の因果か、放たれたのは透明な風の槍。
血を吐きながら叫ぶ駒場さんの姿に、魔術行使をなんとか妨害しないとと考えていた俺達は対応が遅れ──
そしてその一撃が、俺達の胸に突き刺さった。