【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス)   作:家葉 テイク

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一一六話:辻褄合わせの着地点

 研究所の壁を白黒鋸刃(ジャギドエッジ)で破壊して内部に侵入した俺達は、研究所内部を見て愕然としていた。

 

 

「こ、これは……!?」

 

 

 当麻さんが目を剥くのも無理はない。

 外部からは学校の廊下くらいの道幅しかなかった研究所の通路が、実際に中に入ってみると、体育館ほどの広さの空間に変貌していたのだから。

 

 これは……魔術?

 っていうか、神殿になっているってことなんだろうか。……だとするとインデックスがさっさと突破していそうな気がするんだけど……。

 

 

「うーん、これはちょっとヤラれちゃったかも?」

 

「……どういうことですの?」

 

 

 唇に人差し指を当てながら言うオリアナさんに、レイシアちゃんが問いかける。

 オリアナさんはちょっとだけばつが悪そうにしながら、

 

 

「そっちの彼の右手。触れるだけで魔術を壊しちゃうんでしょう? ……おそらく、この異常な空間の拡張は、彼がこの神殿を形成していた術式を殺した『結果』ね」

 

「は……?」

 

「『場を区切る』という行為は、儀式魔術の基礎中の基礎。おそらく、本来この研究所に付与されていた術式は『神殿』と呼べるようなレベルに至る前の、そんな基礎中の基礎だったはず。ただ、そんな出来損ないの『神殿』でも、正規の手順を踏まずに乱暴に破壊されてしまえば」

 

 

 ……内部の空間が、こんな風に歪んでしまう……ってことか……!? いやでも、そんな都合の良い事態が発生するか!?

 しかも、『幻想殺しで消した結果の方が明らかに歪んだ形になる』なんておかしいだろ!?

 

 

「何か勘違いしているようだけど、もちろんこれだけでおしまいじゃないと思うよ? これは言うなれば、津波の前兆。広がった空間は、その分反動で収縮して──おそらく、儀式場全体がミクロの単位まで一旦圧縮される」

 

「!!」

 

 

 『場を区切る』……という行為が不正に終了したから、区切った場が一旦めちゃくちゃにされる……ってことか!? なんだその即死トラップ!?

 いや……もしかしたら、ここまでが数多さんの作戦? 当麻さんが乱入した時点で神殿が破壊されることを見込んで、ドミノ倒しみたいに『壊された後の形』を想定して術式を組んだってことか……!?

 

 

「ど、どうしますの!? 猶予はどれほど残っていますの!? こんな……!」

 

「安心してちょうだい。そんなに緊張してたら楽しめるものも楽しめないよ。言ったでしょ? お姉さんは魔道書の『原典』。つまり──」

 

 

 オリアナさんの言葉と共に、オリアナさんの右腕を水平に伸ばす。

 すると、ブワァと彼女の右腕が蓮の花のように『開花』した。

 

 瞬間。

 轟!! と赤色にも青色にも黄色にも緑色にも見える光がオリアナさんの右腕から放たれ、空間そのものを()()()と掴んだ。

 

 

「……な、何をしたんだ?」

 

「今のお姉さんは、色と文字と頁と角度の制約を超えて五大元素にソフトタッチできちゃう状態だからね、エーテルを介して空間そのものに手を伸ばして、崩壊をちょっと遅らせてみちゃったの」

 

「……ってことは……!」

 

「でも、安心はしないで。それでも制限時間は一〇分程度。しかも右腕は術式の維持に遣いっぱなしだから、お姉さんの右腕はもう死んだものだと思ってね」

 

 

 ……それに、現状既に、看過しがたい状況も発生しているしな。

 

 そもそも、何故研究所が神殿化しているのか?

 此処が神殿化しているということは、誰かが魔術を行使したということだ。そしてそれは先行したショチトルさんやインデックスでは絶対にない。ということは、必然的に容疑者は数多さんに絞られることになる。

 

 そう。()()()()()()()()()()()使()()()()()()()

 

 十中八九オリアナさんを何かしらの形で利用しているのだと推測できるが、数多さんが魔術を行使できているとすると、かなりマズイ。ただでさえ、外装血路(ブラッドサイン)の完成まで既に秒読みというくらいに猶予はないんだ。魔術的な方面からのアプローチを仕掛けられれば、さらに猶予は短くなっていく。

 ……もしもあの技術が完成してしまえば、その時は本当に科学サイドと魔術サイドの全面戦争になってしまう。それだけは、絶対に避けないといけない。

 

 

「馬場さん! インデックスの位置は!?」

 

 

 まずは、とにもかくにもインデックスとの合流を優先すべきだろう。魔導書の『原典』にインデックスの知識が揃えばそれこそもう向かうところ敵なしだし。

 そう思って馬場さんに確認しようとしたところで──肝心の『T:GD』が機能停止していることに気付いた。

 

 

「……抜かりましたわ。これほど空間が歪んでいるのであれば、外界からの通信もメチャクチャになっているはずですわね。これは……馬場さんからのサポートは受けられないものと考えるべきでしょうか」

 

 

 これは痛い……。だが、失ってしまったものに拘泥していても仕方がない。

 馬場さんだったら、状況から事態を把握して後追いでサポートを入れてくれるかもしれないし、俺達はやるべきことをやろう。

 

 

「Insert/おー、随分楽しんでもらってるみてえじゃねえか」

 

 

 と。

 そこで不意に、体育館並に空間が広がった廊下の向こうから、男の声が聞こえてきた。

 木原数多──ではない。

 もっと野太い、ガタイの良さを連想させる声色だった。

 

 暗がりから浮かび上がる人影は、ともするとモンスターかと錯覚するくらいに隆々とした力強さをたたえている。

 固唾を呑んで戦闘態勢に入った俺達だったが──その姿を見て、少なくとも俺は、愕然とすることとなる。

 

 

「…………アナタは…………!」

 

 

 


 

 

 

終章 世界全てを敵に回すような Are_You_Ready?

 

 

一一六話:辻褄合わせの着地点 In_October_3?

 

 

 


 

 

 

 その男は、厳つい筋肉を安物のジャケットで覆った、ゴリラのような印象の大男だった。

 髪は刈り上げられた黒。浅黒い肌に眉のない風貌は、気弱な子どもが見たらそれだけで泣き出してしまうような威圧感があるだろう。

 だが実際のところ、俺が受けた衝撃はそこにはなかった。

 俺の受けた衝撃の源泉。それは──

 

 

《駒場、利徳……!?》

 

 

 この場に出現することを予測すらしていなかった人物の登場。そこにあった。

 

 

《どういうことですの!? なんでこのタイミングで駒場が!? というかアイツ、時期的にもう死んで……、》

 

《…………いや》

 

 

 狼狽するレイシアちゃんに、俺は静かに言った。

 そうだよそうだ。というか、なんで俺は今まで全く気付かなかったんだ!?

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!!!

 

 

《絶対におかしいことだったんだ……! 時系列の流れとして、一方通行(アクセラレータ)さんの暗部堕ちと駒場さんの死、浜面さんの暴走、『アイテム』への参入は地続きになっている。なのに、一方通行(アクセラレータ)さんはまだ暗部に堕ちてもいないのに浜面さんと当麻さんは面識があって、浜面さんは『アイテム』に参入していた。これじゃあ、どう考えたって辻褄が合わないんだ!!》

 

 

 つまり必然的に、一方通行(アクセラレータ)さんの代わりに武装無能力者集団(スキルアウト)の解体を行った者がいたことになる。

 だから、本来の時系列よりも早くスキルアウトが壊滅し、浜面さんが『アイテム』に参入するという事態が起きた。それゆえに、あの事件においてもフレンダさんと浜面さんなんていう組み合わせが成立した。

 

 

「アナタ……何故……」

 

「Insert/おっ、流石にこっちの素性まではすぐに分かっちまうか。そりゃそうだよな。()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 そしてそれを成り立たせた立役者は……、

 

 

《木原数多が、その空いたピースに埋まったということですの!? 少しお待ちを! いくらなんでもそれは出来すぎではなくて!?》

 

《確かに出来すぎだと俺も思う。……でもそれは、()()()()()()()()()()()()()?》

 

《…………、》

 

 

 考えてもみろ。

 そもそも、あの絶対能力進化(レベル6シフト)計画だって、数多さんが妹達(シスターズ)を操っていたはずだ。

 俺達が活動を始めてから、本格的に『プラン』に関わるようになってからというもの、数多さんは常に俺達に関わってきていた。まるで、俺達が現れたことによって生じた歪みを一身に受けるみたいに。

 

 

《俺達の行動の余波の裏側には、最初から彼がいた。それがどういう理屈で選定されているのかは分からないけど、とにかく()()()()()()()()()ということは、現状では否定できないはず》

 

 

 自分でも言っていて無茶苦茶だと思うけど、そう思わざるを得ない。

 そして今、数多さんは駒場さんを新たな手駒として、俺達に攻撃を仕掛けてきた!

 

 

「Insert/いやあ、実験の為に丈夫なモルモットが欲しかったんだがよお。見ろよこれ! 完璧なスペックじゃねえか! まるでモルモットになる為に生まれてきたみてえな人材だぜ!!」

 

 

 駒場さんが、無表情のままに哄笑する。

 なんだか感じ入っているような雰囲気だけど、木原相手に油断することはできない。こっちには右腕が使えないオリアナさんと上条さんしかいないわけだし、さっさと無力化してしまうしかない。

 

 ドシュシュ!! と。

 『亀裂』を伸ばして駒場さんを捕えようとした俺達だったが、次の瞬間ギョッとする光景を目にすることとなる。

 

 駒場さんは、『亀裂』に構わず前進していた。

 そう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「ばっ……!」

 

 

 慌てて俺は『亀裂』の伸長を止め、先端を丸めて万一にも駒場さんの身体が切断されないようにする。

 

 

「Insert/甘っめぇなあ。相似の野郎はガキだからムキになりすぎて、ちゃーんと相手のことを見れてねえんだよ。大層な技術なんか用意しなくても、クソガキの弱点なんか最初っから目の前にあるだろうが。人ッ子一人殺せねえ甘ちゃんですよって善人ヅラがなぁ!!!!」

 

 

 嘲笑。

 『亀裂』の動きを無理やり抑えた俺達の隙を突くように、駒場さんは拳を引き絞りながら俺達目掛け跳躍する。

 その脇腹に、オリアナさんの踵蹴りがめり込んだ。

 

 

「ぐあっ……!!」

 

 

 ノーバウンドで数メートル吹っ飛んだ駒場さんは、そのまま体育館みたいに広くなった廊下の上をゴロゴロと転がる。……危ないところだった。

 

 

「オリアナさん! 助かりましたわ!」

 

「いーえ。……それよりあのコ。随分おっきいわね……。まともに受け入れたらお姉さん壊されちゃいそう」

 

「木原!! テメェ!!」

 

 

 地面を転がった勢いでそのまま立ち上がった駒場さんを見て、当麻さんが吼える。

 当麻さんも、数多さんが駒場さんを操っているということは理解できたようだ。

 

 

「Insert/あー? 何をテメェら今更この程度でワチャワチャしてんだ。こんなもん『木原』にとっては序の口だってことくらい、とっくに分かってんだろ? 次の瞬間コイツの顔面が花みたいに開いて中からマシンガンが出てきてもおかしくない。テメェらはそういう次元で戦ってんだぞそこんとこ分かってんのかー?」

 

 

 …………。

 

 

 数多さんの身の毛もよだつような挑発を耳にしつつ、一方で俺は冷静に思考を巡らせていた。

 

 このタイミングで、数多さんが駒場さんを盤上に投入してきた理由はなんだ? もちろん、俺達に対する妨害ではあるんだろうけど……逆に言えば、なぜ数多さんは妨害を展開する必要がある?

 当麻さんが現れたことによる空間の崩壊。これは数多さんにとって、計画通りの事象のはず。オリアナさんによって空間の崩壊が食い止められること、これは多分、計算外だろう。

 ……数多さんにとって、空間の崩壊が始まらないまま俺達が研究所に侵入すること、これ自体が計算外ってことになるのか? 数多さんは、俺達をここで足止めさせて時間を稼ぐことで、予定通りの『空間の崩壊』を実行しようとしている……?

 

 ……だとするならば。

 此処で駒場さんに時間を取られるのは、得策じゃない。

 

 

「当麻さん。オリアナさん。お二人は、研究所の奥へお進みください」

 

 

 当麻さんは、駒場さんとの純粋な相性で言えば最悪。

 オリアナさんは多分有利をとれるけど、正直これ以上木原さんに魔術サイドと接触されるのはちょっと怖い。

 つまりこの場を受け持つ適任者は……俺達だ。

 

 

「ここは…………わたくし達が。レイシア=ブラックガードが引き受けますわ」

 

「Insert/ほお? 面白い。楽しませてくれるじゃねぇか、この世界ってヤツはよぉ」

 

 

 …………正直、絶対相手をしたくない相手の一人だったんだけどね。この人。


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