【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス) 作:家葉 テイク
それから十数分後。
俺達と当麻さんは、肩で息をしながら『T:GD』三機がかりで取り押さえられた相似さんを見下ろしていた。
俺達と当麻さんと馬場さんが合流しても抗戦を諦めなかった相似さんだったが────やはり、三人がかりでも手強かった。
おそらくは俺達に対する初見殺しとして用意した策を分解再構成した相似さん相手に、右手が通用しない手負いの当麻さんと油断すれば初見殺しで即死する俺達。正直、馬場さんがいなければ二人がかりでもかなり勝率的には厳しかったと思う。
結果的に、一〇機いた『T:GD』のうち七機を犠牲にしたのと引き換えに俺が相似さんの身動きを止め、当麻さんが顔面をぶん殴って気絶させることに成功した。本当に、過酷な戦いだった……。
「…………で」
そうして、相似さんが意識を取り戻した後で。
俺達は、相似さん相手に尋問を行っていた。
ちゃんと身体検査も(馬場さんが)したので、安心して情報を搾り取れるというものだ。
「結局、アナタは何が目的でわたくしの身柄を狙っておりましたの? 木原数多とは違う事情で動いていた──と那由他は推測しておりましたが」
「フフ……喋ると思いますかぁ?」
「………………、」
にやり、と。
地面に座り込んだ相似さんは、底意地の悪い笑みを浮かべて俺達のことを見上げた。レイシアちゃんは、無言で馬場さんに視線を向ける。
「死なない程度でしたら構いませんわ」
「分かりました分かりましたぁ!! ちょっと拷問のトリガーが緩すぎませんかねぇ!?」
レイシアちゃんの言葉に、相似さんは降参とばかりに声をあげた。
……まぁ、実際のところ拷問みたいな血なまぐさい手法は俺が絶対に許可しないんだけど、相似さんはまだ俺達のそういう事情には疎そうだったからね。都合のいいことに、相似さんみたいな暗部の人間からしたら俺達は『自陣に暗部の組織を引き込んだ人間』なわけだし。
「まぁ、別に隠すようなことでもないですしね。僕の目的なんて」
ただ、この手はハッタリとしては十二分だった。相似さんはあっさりと白旗を挙げてくれる。
「──そもそものところとして。別に僕は数多さんと別の目的を掲げて動いていたつもりは全くありませんよ?」
……そして、開口一番にそんなことを言い出した。
「……? どういうことですの。今回の木原数多の目的は、食蜂でしょう? 実際にわたくし達の方には目もくれずに当麻さん達を襲撃して、実際に食蜂を奪ったではありませんの。那由他の本体も回収していますし」
「…………あー、なるほどぉ。インプットが足りてなかったみたいですね。確かに、前提が共有できてなければそう考えるのも当然ですか。ですが、ちょ~っと違うんですよねぇ。数多さんの目的は、
………………何だって……?
前提の崩壊。今までの成り行き全てが無に帰すような言葉に呑まれかけている俺達をよそに、相似さんは当たり前の前提を共有するような軽い調子で言う。
「我々の目的はですね、
科学サイドと魔術サイド。
長らく分かたれていた二つの世界、その境界を打ち砕く──そんな宣言を。
「な……そ、そんなこと!?」
「ここ最近、学園都市では様々な先進技術が現れましたよねぇ。
職業柄、そういうのも気にする人がいるんで、
……確かに、ヒューズ=カザキリとかドラゴンとかが出てきたら、疑問に思うのも当然だ。ああいう領域は、間違いなく普通の科学からはかけ離れたところにある技術だろうし。
超能力が科学的に解明されたからといって、科学がファンタジーと化したわけじゃない。だからこそ、その線引きからかけ離れたモノは科学者から見たら歪に見えるのだろう。
だから、相似さんと数多さんは調べた訳だ。その技術の近縁を。そして──
「見つけた訳です。この街の『外』にある異能──いわゆる、『魔術サイド』をね」
掴んでしまった。世界の『裏』に潜んでいたものを。
……それはある意味、
木原のあの反則的な科学技術のレパートリーに魔術まで加わってしまったら、本格的にどうしようもない。
「ただまぁもちろん、そんな横紙破りをこの街の王が許すはずもないわけでして」
あはは、と相似さんは困ったように苦笑する。
……そりゃそうか。とすると、今回の件──アレイスターもそれなりに動いているのだろうか? アレイスターというより、アレイスターの手の者って感じだと思うけれど。
「
「なんでそう繋がりますの?」
しれっと俺達を巻き込んできた相似さんに、俺は真顔でそう問い返してしまった。
いや……本当になんで!? 此処までの流れに俺達全く関係なかったよね!?
「御自覚ないんですか? 自分が、アレイスター=クロウリーに特別視されていることを」
「…………え?」
相似さんのきょとんとした台詞に、俺はきょとんとしてしまう。
と、特別視……? ど、どこが? 俺達は今の今までアレイスターに何もされてこなかったんですけど……。
「
当惑する俺達の逃げ道を潰すように、相似さんは短く切り出す。
その計画の名を言われて、はじめて俺にも心当たりができた。
「あの時数多さんがアナタのことを襲った理由については? 何もしなければ、おそらくアナタはあの実験には介入しなかったはずです。
「それは……、」
「ですが、数多さんの干渉によって事件を強く意識し、介入に至った。あの指示も、数多さんは統括理事会の上層部──統括理事長によるものだと話していました」
………………。
そう言われてしまうと、アレイスターに俺達がマークされている可能性は確定的になってしまう。
でも、だとすると俺達の周りはかなり平穏なような気がするんだけれども……それはどう説明がつくんだろう。当麻さんみたいに、意外とふわふわした管理体制なんだろうか……。
「要は、統括理事長に対する人質って訳です。レイシア=ブラックガードを手中に収めていれば、アレイスターも迂闊な手出しはできないだろうということで。ですから僕の行動指針自体は、数多さんのそれからはそう外れたものじゃないんです」
はー……なるほどな。
《……でも、それなら当麻さんが対象でも良かったんじゃないかな? 当麻さんだって確か『メインプラン』でアレイスターのお気に入りな訳だし。木原一族の立場なら、それくらいは分かると思うんだけど……》
《おばかシレン。こんなの半分以上は建前ですわよ。コイツ、絶対個人的にわたくし達に執着していますし》
《……えぇー……?》
レイシアちゃん、それは流石に恋愛脳すぎやしないかな? 相似さんは『木原一族』だよ? そんな雑味が判断基準に混じるとは思えないけど。
《まぁ見てなさい。木原一族だって恋くらいしますわ。親戚もいっぱいでしょう?》
言いながら、レイシアちゃんはスッと屈んで相似さんに視線を合わせた。
俺の目の前に、相似さんのきょとんとした表情の顔面が広がった。…………ちょっと近くないかな? あんまり男の人相手にこういう距離感を取るのはよくないと思うよ俺は。ましては当麻さんの前でさ…………。
「当麻を狙っても良かったのに──むしろ相性としてはそちらの方がよかったのにわたくしを標的に選んだということは…………アナタ、わたくしのこと好きですわよね?」
《ちょっ馬鹿レイシアちゃん!?!?!?》
…………咄嗟に肉体の口を使って文句を言わなかった俺の自制心の強さを褒めてほしい。
いやホント、何言ってんの!? ちょっ……っていうかこの局面でその確認をする意味も分からなさすぎるし!!
「……好きじゃありません。過去に一度戦闘をしたことで手の内を分かっていて、勝率が高いから選んだまでです。それにそちらの上条さんは戦闘において不確定要素が多すぎるので、回避した方が賢明でした。実際に一つの能力に頼るブラックガードさんはその能力の起点を潰せばあらゆる手札を封じることが出来、単なる無能力者を相手取るよりも不確定要素が少なく勝率も安定すると計算結果は出ていましたし」
……ほら、あっさり否定されちゃったじゃない。なんだか自意識過剰みたいで恥ずかしくなってきたよ、俺。
「…………
「…………!!」
…………? なんかレイシアちゃんが話の主導権を握ってるっぽいんだけど、なんであんだけストレートに否定されたのに話の流れがあのまま続いてるんだ……?
「……まぁ、研究対象としては一戦交えたこともあって興味を惹かれていましたし、それを手中に収められるならまたとない機会だと考えていたのは事実ではありますけど、それ以上に他意はありませんよ。ええ」
「ふぅん……?」
…………??? あれ、なんでレイシアちゃんが押し勝ってるみたいな感じになってるの……? これどういうこと……?
「相似」
周回遅れになっている俺を置いて、レイシアちゃんはさらに話を進めていってしまう。
「こちらに寝返りませんこと? 味方をしてくれるなら、負担の軽い実験くらいなら協力して差し上げてもよろしくてよ?
にんまりと。
レイシアちゃんは、人の悪い笑みを浮かべながらそんな提案をした。
……ああ、なるほど。相似さんの目的が俺達だと印象付けておいて、その筋で協力を取り付けようって考えか。
「それに……わたくし及び当麻の奪取に失敗した以上、アレイスターの手が木原数多に伸びるのは最早必至。そんな泥船に居座るより、さっさと鞍替えした方がアナタの為でしてよ?」
言いながら、すいとレイシアちゃんは人差し指を立てて、相似さんの首筋に当てる。
「応じて、いただけますわね?」
「…………拒否権があるようには、思えないんですけどねぇ」
研究対象に手が届く興奮ゆえか、少しだけ頬を上気させた相似さんの言葉には、言外の肯定が含まれているようだった。
……流石レイシアちゃんだな。やっぱり人間関係(というか利害関係)の調整についてはレイシアちゃんに一日の長があるというか。正直、相似さんの協力を取り付けられるのは本当に有難い。
異能の絡まない純粋な科学サイドの技術は、当麻さんとは相性悪いからね。
《…………はぁ、自分でやっておいてなんだか少し自己嫌悪ですわ》
《? まぁこのくらいの利害調整はしょうがないんじゃないかな? むしろみんなの危険を遠ざけたんだから誇ってもいいと思うけど》
《脳みそお花畑鈍感童貞》
なんか唐突にめちゃくちゃな罵倒を入れられたんだけど!? 今の話の流れ、恋愛関係に全く関係なかったよね!? 俺相手の汎用罵倒としてそれが定着されると非常に不本意なんですけど!?
《ともあれ大ボスの木原数多の前に味方戦力が補充できましたし、バランスを取る為にも当麻とちょっとコミュニケーションをとっておきましょ、……》
と。
立ち上がり、俺達の後ろで交渉を見守っていたはずの当麻さんと馬場さんの方へ向き直った俺達は、そこで思わず言葉を失うことになる。
誰も、いない。
当麻さんも、そして相似さんの拘束に遣っていなかった残り一機の『T:GD』も、誰も何も存在していない。まるでもぬけの殻だった。
「────ッ」
「待ってください!! 僕じゃないですよ!!」
反射的に『亀裂』を展開して振り返り様に構えた俺達に対して、『T:GD』に拘束されたままの相似さんは慌てて言う。
…………確かに、何かやれるならまずは対話しようとしていて隙だらけの俺達の方か……。
……いや、待てよ?
あくまで馬場さんは遠隔操縦なんだから、当麻さんに何かあったら俺達に連絡があるはずだよな?
『…………ん、ああ。話は終わったかい?
「…………そういうことは、耳打ちでもいいので、すぐに伝えてくださいまし」
ほんとに、心臓に悪い……。
っていうか、とある女? まぁこのタイミングなら関係者なんだろうけど……。でもここから新しい登場人物かぁ……。いよいよわけが分かんなくなってきちゃったな……。
『ちなみに』
馬場さんはそこで、さらに付け加えるように、
『その女の素性なんだけどね。なんだかよく分からないけど、「魔導書の原典」とか言っていたよ。──君なら分かるかもとも言っていたけど、どういうことか分かるかい?』
…………………………………………………………………………。
…………いっっっやぁぁ~~…………ちょっと…………分からないですね…………。
なお、登場キャラはミナ=メイザースではありません。
実は既に今までに登場しているキャラだったり。