【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス) 作:家葉 テイク
さて、『本題』――――つまり『派閥』のメンバーとの接触を決めた俺だが、流石に手ぶらで行くのは戸惑われた。
というか、行くと決めた時点で現在時刻はまだ一〇時。派閥のメンバーはまだ集まってもいない時間帯である。
『派閥』メンバーは年齢層が幅広い為、基本的にはお昼過ぎくらいからぽつぽつと集まり始める――らしい。はっきりと断言はできないけど、日記の記述を見る限り全員が集まるのは大体お昼過ぎ、特に二時から三時くらいということらしい。
レイシアちゃんの『派閥』――『
『派閥』の構成人数は、レイシアを含めて実に一〇人。
…………少ない、とか思ってはいけない。
何せ、常盤台中学校の全校生徒は全員合わせても二〇〇人弱しかいないのだ。一クラス分――五〇人とか普通に超えていそうな食蜂の『派閥』が化け物なだけで、一〇人でも全体の五%以上はある相当な大派閥ではある。多分。レイシアちゃんの日記にはそう書いてあった。
それに、『GMDW』は分子レベルの科学に特化している。これだけの規模で特定の分野に特化した研究をしているってのは、相当な研究力に直結するだろう。
しかも、『GMDW』には
ちなみに、人数の内訳は『GMDW』の初期メンバーがレイシアを除いて二人、『刺鹿派閥』が四人、『苑内派閥』が三人という感じになっている。
もちろん、『学内』はその程度が限度だが、常盤台中学の『外側』の協力者になれば、学生、研究者合わせて派閥メンバーの軽く二〇倍はいる。協力者の協力者になれば、さらにその三倍はいるかもしれない。
あくまで、常盤台中学にいるのは『中核』ということになるな。
で、時間を潰す意味でも、俺はケーキ作りを始めた。
大体、作り終わるのはお昼過ぎくらいになるだろう。作業の合間の時間でご飯でも食べようかな…………などと思いつつ、調理を始める。
渡せるのは、大体三時くらいになるだろうかね。そのくらいには、多分派閥メンバーも大体集まっている頃だろう。『GMDW』が目指したのは『レイシアちゃんの権力の象徴』であり『研究チーム』だったが、今も集まっているところを見ると『それ以上の集まり』……つまり『仲の良い集団』としての側面も生まれつつあるみたいだし。
彼女達については、俺もこれまでの間にある程度調べていた。調べていたといっても、日記の記述や論文の情報などで名前と顔と主な性格やエピソードを一致させたり、罰掃除プログラムの合間に交友関係を若干チェックしていた程度のうすぼんやりとした活動だが。
ただ、お蔭で彼女達の性格についてはけっこう把握できたと思う。少なくとも、レイシアちゃん以上には。
まず、今の彼女達の中で中心となっているのは、『GMDW』になる前は最大人数だった『刺鹿派閥』の長、
反面、レイシアちゃんより一歳年上の一五歳であるにも拘わらず、体躯の方はちんまりとした幼児体型。ボリューミーな縦ロールと相まって、小ささが余計に強調されているのだが……本人としては、ボリューミーな縦ロールによって自分を大きく見せているつもりらしいので救えない。
お嬢様としてはかなりフランクな部類だが、派閥を作り始めてすぐレイシアちゃんの派閥を潰そうとしたことからも分かるように、わりと好戦的な一面もあるようだ。派閥の中でもレイシアに反抗的な態度をとっていた人物の筆頭だったらしく、最終盤は殆ど敵対しているような間柄だったことが、日記からも見て取れた。
次に、そんな彼女をサポートする立場にいるのが『GMDW』になる前に『苑内派閥』の長を務めていた
夢月さんとは打って変わってすらっとした体型だが、こちらは全体的に『空気抵抗が少なさそう』という形容が当てはまる。スタイルは良いのだが、胸は小さめ。日記によると、(自費で)バストサイズアップの研究にも手を出そうとしては『本来の研究を蔑ろにして趣味に走るとは何事か』とたびたびレイシアに『オシオキ』をされていたようだ。
こっちは夢月さんと違って慎重派で、わりと俗物っぽい一面ものぞかせる、夢月さんとは違った意味でお嬢様らしからぬ一面を持っている。まぁ、慎重派ゆえにレイシアちゃんの派閥を先んじて潰そうとして返り討ちにあったらしいが。
どちらも
他にも、レイシアちゃんが無理やり巻き込んだ実家が運営している会社の子会社に親が務めているとかの二人とか、夢月さんと燐火さんの派閥のメンバーとか、各々の個性は千差万別だが、今の時点で確実に俺が断言できる全員の『共通点』が一つだけある。
それは、現時点での彼女達の俺への好感度は、間違いなく最低だってことだ。
***
***
完成したケーキをカゴに入れた俺は、そのまま彼女達――『元GMDW』のいるところまで向かう。
日記によると、本来『GMDW』が集まる場所にはレイシアが用意した研究室が宛がわれていたらしい。…………が、今彼女達がそこを利用していないことは分かっている。
例の一件以来、彼女達がそこを利用する様子はなく、結果、中庭の一角をたまり場にして利用しているらしい。
自分達が追い出したのだから、その人の設備は何であっても利用してはいけない――――という意識が働いているのだろう。俺としては、追い出されたというよりレイシアちゃんが
中庭に行ってみると、何やら夢月さんが見知らぬ人と話しているところだった。派閥の人の顔と名前は完全に一致させている(レイシアちゃんの脳のスペックのお蔭だと思う)ので、多分派閥ではない人なんだろう。
話が終わる前に俺が乗り込むとややこしいことになりそうなので、物陰に隠れることにした。何やら、夢月さんと派閥外の人はだいぶ話し込んでいるようだが…………バヂッ! と夢月さんの目の前で火花のようなものが散る。
派閥外の人はそれに怯んだのか、青い顔をしたままそそくさと立ち去ってしまった。
…………あまり面白そうな話をしていたわけではないようだな。
………………タイミングめちゃくちゃ悪いが、行くか。
そう考え、俺が物陰から姿を現すと、派閥メンバーの人達全員が俺の方を見た。…………感じられる感情は、概ね警戒。ずぶの素人の俺でも分かっちゃうくらいだから、もうなんかどうしようもないね……。
「ごきげんよう」
俺は、何か言われる前に先んじて派閥メンバー全員に挨拶する。何人かは怯んだように後退りして、殆どの人は険しい顔つきのまま俺を見ている。
…………んー……? ちょっとこう……一度倒された悪玉(彼女達視点)を目の前にするにはちょっと怯えすぎているような……?
いや、こんなもんなのか?
彼女達からすれば、消えた後は沈黙を貫いていた元ボスが突然接触してきた、という感じになるわけだからな……。
美琴達は、俺が派閥メンバーに謝りたいと思っていることを知っているが……彼女達は、それを知らないのだ。最近料理を始めて、美琴との関係も修復されたってことは知っているだろうが、それは美琴を懐柔して返り咲きをもくろんでいるのでは、くらいに考えたって何も不思議はないか。
「…………ごきげんよう」
誤解を解く意味を込めて、もう一度、笑顔を意識して挨拶する。
最近自覚してきたのだが、レイシアちゃんの表情筋には皮肉っぽい表情が染みついてしまっているようなのだ。これも多分手続記憶の一部だろうが、常に悪そうな顔をしていた後遺症だろう。意識しないと、どうにも感じの悪い雰囲気になってしまうのだ。
…………美琴や黒子、上条、インデックス、それに魔術師の面々はいちいち相手の表情とかを気にするタマじゃないが、やっぱりそれって特別なんだよな。普通は、相手が悪そうな顔をしてたら警戒するもんだ。
が、そんな配慮が裏目に出たらしい。
俺がもう一度挨拶した瞬間、ザザザザ!!!! と『派閥』のメンバーが一気に準戦闘態勢に入る勢いで身構えた。夢月さんや燐火さんなどは眉を吊り上げたりして威嚇を始める始末だ。…………どんだけ怖がられてるんだよ、レイシアちゃん。
俺は元の身体の持ち主の前科にもはや呆れすら抱きつつ、
「そんなに怖がられてしまうと、いっそ可愛らしく見えてきてしまいますわ。もう少し、楽になさってくださいな」
今度は茶目っ気を意識しつつ言うと、今度はさらに身を縮こまらせてしまう始末だった。……なんだろう、想定していたアプローチと違う恐怖の与え方をされてます、みたいな感じなんだけど……。レイシアちゃんが話すだけで何でも恐怖に変換されてしまっている感じなんだろうか?
…………単純に軽蔑されるよりも、よっぽど根深いよな、この状況。
「……なんで、ここに…………?」
と、そこで夢月さんがやっとという感じで俺に問いかけてきた。
それでも、かなり無理をしていることがありありと分かる感じだ。
「何故、と言われましても――――アナタ達に伝えたいことがあるからですわ」
この感じは、多分長居をしても彼女達のメンタルに余計なダメージを与えるだけだと判断した俺は、とりあえず早めに最重要目的を切り出すことにした。
「……………………今まで、本当に申し訳ないことをしました」
そう言って、俺は頭を下げる。
静寂が、辺りを包む。
「謝って許されるようなことではないということは承知しています。一年間――わたくしは、自らの欲望の為に力づくでアナタ達の時間を奪ってしまいました。……本当に、ごめんなさい」
相手からの返事は、何もない。
少し待って、それでも返答がなかったので、俺は顔を上げる。彼女達は、みな一様に『何が起こっているのか分からない』という感じでポカンとしていた。
…………ああ、俺の謝罪って、そんなに有り得ない出来事だったのね。
料理始めたり、寮監にいじられたりする中で、彼女達の俺に対する苦手意識も少しは薄れているかな~なんて思っていたんだが……そんなのはとんでもなかったようだ。
「な、んで…………」
「?」
「なんで、今更…………?」
震える声で、夢月さんが問いかける。激情の前触れか――と内心身構えた俺だったが、意外にもそうはならなかった。
「どーゆーつもりでいやがるんですか……? 最近の変調と言い、『
…………あ、一応怪訝には思えてもらっていたようだ。よかった、俺の今までの活動も無駄じゃなかった。
ただ、過去の負債がデカすぎたってだけで…………。
「そんなことは……、」
「しっ、信じ……信じられないですわっ!」
声が震えている夢月さんを援護するように、燐火さんが声を上げる。唇は震え、顔は青褪めている――が、それでも目の力だけは十分だった。
夢月さんを庇うように、支えるようにして、
一瞬、何も悪くない俺であっても怯んでしまいそうなほど様になっていた。
「今まで、あたくし達のことをあれほど抑圧しておきながらっ、今更歩み寄ろうと言われたって、本当にそう思っているかなど信じられるはずがないですわっ!」
「…………………………」
そりゃそうだろうな。謝罪して、親しみを見せたところで、そんなのは
一切信用していない相手にそんなことをされても、誰だって疑ってかかるのが当然だ。
でも。
だからといって、諦める訳にはいかない。レイシアちゃんの未来を明るいものにする為にも、そしてレイシアちゃんにこんな生き方もあるんだと見せる為にも、ここで退く訳にはいかない。
……………………それに。
こうやって、初めて話してみて、強く思った。
彼女達にしてみたって、このままレイシアちゃんに与えられた心の傷を残したまま放置して、良いとは思えない。美琴に敗北して、決別してから一か月経ってもこれだ。レイシアちゃんときちんとケリをつけない限り、この心の傷は一生彼女達の心に残り続けるだろう。
この子達はここまで、徹底して『信じられない』と言っている。
『今まで散々好き勝手やっておいて今更こちらにすり寄って来るなんて勝手すぎる』…………ではなく、『過去の所業があるから信じられない』、と。
やっぱり、この子達も根本的にお人好しなんだろうな。
信じられるものなら信じてみたいけど、誰かと敵対することなんてしたくないけど、過去の経験が、レイシアちゃんの所業がそれを許さないってわけだ。
良い子達だな、と思う。
俺が女で、普通にこの学校に通ってたなら、是非とも友達になりたいなって思うくらいには。レイシアちゃんの事情抜きでも、そう思う。
これまでは……正直、レイシアちゃんへの義務感だけで交流を持とうとしていた節があったことは、否定できない。
でも、今は違う。彼女達の人間性を直接間近で見て、『黙って見てはいられない』と、そう感じた。
だから。
「それなら、信じてもらえるまで歩み寄り続けますわ」
そう言って、派閥のメンバーの前にバスケットを置く。
「ケーキです。わたくしが焼きました。最近、料理に凝っているんですのよ」
「……………………何か入れていやがるんじゃねーですか? 開発に使う催眠導入の為の薬品だとか……」
「わたくしのプライドに誓って言いますが、小麦粉と砂糖と卵と生クリームとイチゴと少々の真心以外のものは入っていませんわ」
暗唱するように言うと、またしても派閥のメンバーはぽかんとしてしまう。俺自身にプライドなんてものは(頭下げまくっていることから分かるように)あんまりないが、レイシアちゃんの言う言葉としてはかなり強度の高い約束だろう。
「……懐柔する意図はございませんので、安心して受け取ってくださいまし」
派閥メンバーの目を見て言うと、そこでようやく夢月さんの震えが止まった。
少し落ち着いた彼女は、少々の間熟考していたが、やがて徐に口を開く。
「………………いえ、やはり遠慮しておきます。私達としては、やっぱ貴方のことが信用できねーですから。薬が入っていないとしても、このケーキを受け取るという行為がどういう結果に繋がるかも分かりやしません。ひょっとしたら、受け取った時点で私達がどーしよーもできねー展開になるのかもしれねーですし。そんな決断をすることは、暫定的にこの『派閥』の長を務める私にはできねーですよ」
「…………、……なるほど。道理、ですわね」
…………その言葉には、『お前は一度派閥を捨てて逃げたんだ』、という意図があるように感じた。
………………今日のところは、これ以上は無理だな。
「分かりました。結論を急ぐ必要はありません。……今日のところは、お暇させていただくとしますわ」
「い、いやにあっさりとしてるですわねっ……?」
「……いえ、これ以上此処にいても、いたずらにアナタ達を苦しめるだけだと思いましたので」
見てみると、『派閥』のメンバーはみな一様に顔を青くしている。…………ここまで苦手意識が残っているのは、正直予想外だった。
俺は一歩後ろに下がる。
『間合いから出た』というサインだ。
それから、最後に俺はもう一度だけ頭を下げた。
「突然お邪魔して、嫌な思いをさせてしまったことをお詫びしますわ。申し訳ありませんでした。…………では、また。ごきげんよう」
ただ、それは彼女達との関係修復を、彼女達の心の傷を癒すことを諦めたわけではない。
最後に『また来る』と暗に言ってから、俺は踵を返してその場から立ち去る。
結局、一度も向こう側から挨拶が帰って来ることはなかった。
…………いやー、やっぱり、謝り通しっていうのはなかなか精神的にキツイものがあるな。それだけのことをレイシアちゃんがやったってことだし、それ自体は仕方ないことなんだが…………。
ケーキを受け取ってすらもらえなかったというのは、ちょっとショックだったかな……。
まぁ、忘れたフリしてバスケットはあの場に置いてったし、仕方ないからって食べてくれる可能性にくらいは期待してもいいよな?
みなさんもうお分かりかと思いますが、中の人はそんなに頭がよくありません(三回目)。