【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス) 作:家葉 テイク
──気付くと、ベッドで横たわっていた。
身体を起こし、周辺を確認する。俺達はどうやら、『メンバー』のセーフハウスの一つに身を寄せていたようだ。カラオケボックス程度の広さの一室には、ショチトルさんと那由他さんとインデックスと当麻さんがいた。
当麻さんはどうやら隣のベッドで眠っているようだ。その横にはインデックスが丸椅子に座っていて、その傍らに那由他さんがいる。少し離れたところの壁際で、メイド姿のショチトルさんが体重を背に預けていた。
……とそこまで現状を確認したところで、ショチトルさんが俺の覚醒に気付いたようだった。
「……目が覚めたか」
「レイシア! よかった、すぐに目が覚めて」
「徒花さん、インデックス……。わたくしは……」
そう呟いたあたりで、徐々に記憶が戻ってきた。
俺は確か、相似さんと戦闘をしているときに、『亀裂』を展開して……あれ、その後覚えてない。結局あのあとどうなったんだ?
「相似お兄さんの罠でね。白黒の『亀裂』を展開したときに発生する電磁場の乱れを利用されて、電撃を受けて失神していたんだよ、
…………!
《……不覚を取りましたわね》
《レイシアちゃん》
おそらく、完全に相似さんの策にハマった形だろう。
そう考えると、完全に相手の術中に陥ったのに今も俺達が囚われの身になっていないのは…………多分、那由他さんのお陰なんだろうな。
「借りができましたわね、木原那由他。礼を言っておきますわ」
「ううん、大丈夫。それより、悪い報せが一つ。……実は、
…………!!
さっきセーフハウスの中にいなかった時点で、少し嫌な予感はしていたけど……!
「……それで、どうしますの? このままでは食蜂は廃人になって、科学と魔術のバランスは崩壊してしまいますが。そもそも、まだ間に合う段階ですの?」
「それは大丈夫。……いかに数多おじさんでも、読心対策のバリケードを何重にも張っている私の
読心対策って……当たり前のようにとんでもないこと言うなあ。
でも、そのお陰で首の皮一枚は繋がったわけだ。あとは、数多さんのところに乗り込んで食蜂さんを救出すればいい。
…………あ、でも。
「数多さんの居所は分かっているんですの? 向こうがわたくし達の襲撃を嫌って本拠地を別の場所に移してしまったら、探すところから始めないといけませんが……」
「それも平気だよ。この義体はドッペルゲンガーと同じ技術を使っていてね……。
そう言って、那由他さんは手を握ったり開いたりする。
……あ、つまり。
「今も、私は本体のAIM拡散力場を受信している。本来はそのくらいじゃ位置は分からないものなんだけどね、一応これでも、私の能力はAIMに干渉する能力だから。ちょこっと細工をすれば、本体の居所くらいなら把握できるんだよ」
現在地の問題もこれで解決。
本格的に、懸念点はこれで解消だな。宙ぶらりんになった相似さんの動向が気になるところではあるけど、相似さんの手札も既に割れている。今度は同じ轍は踏まない。
さあ、どう攻略すべきか……。
「…………ただ、問題があるんだ」
と、そこへ思考を巡らせ始めたところで、那由他さんは俯きながらそう話を切り出した。
「……問題?」
「うん。…………結論から言うね」
那由他さんは視線を上げて俺達の目を見据えながら、
「……今回の戦い、
…………何だって?
「相似お兄さんは、
「………………、ということはつまり、木原相似の目的は木原数多と同じ食蜂さんの捕獲ではなく……わたくしそのもの、ということですわね」
……考えたくないことだったが、そうとでも思わないと辻褄が合わないのだ。
いかに俺達が警戒を怠ったとはいえ、最初の一撃で昏倒するようなピンポイントな戦略を練ってくるというのはおかしい。相手の目的があくまで食蜂さんであるならば、俺達との戦闘はイレギュラーで、対策のしようがないからだ。
にも拘らず完璧な対策を練ってきたということは……
「そう。具体的な目的までは読めないけど……間違いなく、相似お兄さんは
那由他はそう言って、
「でも……逆に言えば、相似お兄さんは対
「…………、」
逆に言えば、戦場に出れば、高確率で俺達は相似さんとぶつかり…………そして、成す術もなく負ける、と。
那由他さんの推測は俺達の目から見ても理に適っていて、そうすることで盤面が有利に進められるならそうした方が良いだろうというのは明らかだった。
戦力の面で言っても、『メンバー』の博士とかを投入すれば俺達が抜けた分の穴はけっこう簡単に埋められるだろうしね……。
「それに……一番の問題は、とうまの方なんだよ」
そう言って、今まで口を噤んでいたインデックスが当麻さんの服を捲る。
学ランの下のポロシャツの下に見える当麻さんのお腹は包帯をグルグルに巻かれた痛々しい様相を呈していた。……眠っているあたりで何となく察していたけど、当麻さんも負傷していたのか……。
そこでようやく、壁に背を預けていたメイド姿のショチトルさんが口を開く。
「……私達は、木原数多の襲撃を受けた。善戦していたのだが、途中で第五位が
多分、半分くらいは自分の落ち度だと思っているのだろう。
ショチトルさんの状況説明は、どことなく負い目を感じている雰囲気を伴っていた。
「応急処置は済ませたが、傷口は深い。何せ脇腹を貫かれているんだからな。激しい運動をすればまず傷口は開くだろう。絶対安静だ」
そこで、ショチトルさんは俺の方を見て言う。
「だから、ブラックガード嬢には此処でそいつの様子を見ていてほしい」
「…………、」
なるほど、そう繋がるわけか。
単純な戦略的意味に加えて、大切な人である当麻さんの保護。そこまで言われたら、俺達も考えなしに反対するわけにはいかない。
というかそもそも、少なくとも俺に関しては那由他さんが提示した作戦については一定の理があると思っているからね。
「…………分かりましたわ」
なので、俺は頷いて、ベッドに横たわる当麻さんへ視線を向ける。
激化する戦いの中で、当麻さんはこうして事件の途中で病院送りにされることもあったっけ。そのたびに当麻さんは病院を抜け出して戦場に舞い戻っていたけど、今思えばそれは恐ろしい話だ。今の俺の立場だったら、絶対にそれは阻止したいと思う。
だから、俺は言う。
「こちらは任せてくださいまし。……那由他さん、ショチトルさん、インデックス。あとは、お任せしましたわよ」
俺の言葉に、三人は頷くとそのままセーフハウスを後にした。
俺達は、そのまま三人の背を見送るのだった────。
「「────で」」
三人の背を見送り、扉が閉まった直後。
俺とレイシアちゃんは、全く同時にそう口を開いた。
「「これからどうしましょうか?」」
呼びかけた相手は、今まさにベッドで横たわっている重傷患者。
見るも痛々しい負傷を抱えたツンツン頭の少年は、今も目を閉じている。当然だ。脇腹を貫かれる重傷。まだ傷口も完全には塞がっていない。意識だってないと考えるのが自然だろう。
「当然、行くに決まってんだろ」
にも拘らず、ツンツン頭の少年は一秒も待たずにそう答えた。
…………ま、当麻さんはそうだよねぇ。
「それがどれほど危険か、分かっているんですの? 当麻さんは、これから助けに行く女の子のことなんて全く知らないでしょうに」
目を開けて身体を起こした当麻さんに、俺は問いかける。
まぁ、こんなのはただの意思確認でしかないんだけどさ……。
「行かない理由がない」
そう言って、当麻さんはベッドからゆっくりと降りていく。
やはりその動きはぎこちなく、負傷の影響があるのは誰の目にも明白だった。
「確かに、食蜂ってヤツがどこの誰だかは知らねえよ。顔も性格も思い浮かばないし、会話だってしたこともない。だけど、何となく、分かるんだ」
当麻さんが、拳を握りしめる。
よろめきながらも、二本の足でしっかりと立ち上がる。
「怪我の衝撃で記憶が飛んじまったみたいだけど……それでも俺は、きっとそいつのことを本気で守りたかったんだと思う。それが何となく分かる。……理由なんて、それだけで十分だろ」
…………ああ。なんというかこう……やっぱりこの人は、上条当麻なんだなあ。
記憶の連続なんか問題にならない。
そんな小さな引っ掛かりなんて、とうの昔に踏み越えている。もっと魂の根幹で、自分が戦う理由を定められる。
そういう、少年なんだ。
俺達もまた、ベッドから降り、当麻さんの横に並び立つ。
そしてよろめく当麻さんに、肩を貸した。
……確かに、本音を言えば当麻さんには此処で安静にしていてほしいさ。
でも、上条当麻がこういう人間だって、俺はずっと前から知っているんだ。そんな彼だからこそ、俺は大切に想えるんだから。
惚れた弱み……っていうのはちょっと違うけど、だからこそ、俺には彼のこういうところを止めることはできない。
でも、止められないなら止められないなりに、この人を守る方法は他にもある。
傍にいて、支えてやるって形で、とか。
「……お前達の方こそ、いいのか。絶対に勝てないとまで言われたんだぞ。このまま行っても一〇〇%負けるだけだろ。何か勝算でもあるのか?」
「ありませんわね」「というか、あるわけないでしょうが」
お返しとばかりに問いかけられた当麻さんの言葉に、俺達は一緒になって答えた。
「確かに、木原那由他が一〇〇%負けるというのなら、それはきっとそうなのでしょう。冷静に考えて、
確かに、那由他さんの分析は理に適っている。俺は
……でも。
やっぱり、ここまで言われちゃったら黙って引き下がるのは、ちょっと違うよな。『絶対勝てない』と言われたからって、ハイソーデスカと友人の危機を前に後ろに下がって黙っているようなのは……それは絶対に『違う』。
そういうのは、『レイシア=ブラックガード』としての矜持に反する。
それに。
「…………どいつもこいつも、勘違いしていますわ」
吐き捨てるように。
あるいは、世界の全てを敵に回すように。
あくまで不敵に、俺達は言う。
「わたくし達は、
たかがスペックシートの相性優劣ごときで全てが決まったかのように言われちゃあ。
流石の俺も、覆してみたくなっちゃうじゃないか。
クソったれな下馬評ってヤツをさ。
宣戦布告の言葉は、それだけで十分だった。
互いに互いを支えながら、二人の敗北者は戦場へと旅立つ。
二つの逆襲劇が、今幕を開けた。