【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス) 作:家葉 テイク
先手を打ってきたのは、相似さんの方だった。
相似さんが右手を振ると、その動きに応じて袖の陰から現れたUAVから電撃が放たれ──天井に直撃する。
「……?」
レイシアちゃんがその意図を掴み切れずに怪訝そうな表情を浮かべたのも束の間。
ブシャアアアッ!! と、電撃が命中した消火スプリンクラーから、大量の水が放たれた──その直後。
ゾゾゾゾ……と。
スプリンクラーから放たれた大量の水が独りでに集まり、相似さんの傍らにひとかたまりとなった。
……
「あぁ、ご安心を。
相似さんは、まるで自分の研究結果を発表するような晴れやかさで言う。
「なぁに、原理は単純です。水道水に擦った下敷きを近づけると水が曲がる現象は分かりますよね? アレの発展形です」
相似さんは簡単そうに言うが──そのありきたりな現象を、ゴボボゴボ!! と音を立てて蠢く水の塊のレベルまで昇華するには、どれくらいの科学を積み重ねる必要があるのか。
おそらく思わせぶりに登場したあのUAVがそれらの技術の核を担っているんだろうけど…………。
《……
《……あ、そういうこと?》
そもそもファイブオーバーがどういう仕組みで水分を操っているのか疑問だったけど、静電気による水分操作というのならある程度納得はいく。
アレ自体が食蜂さんの能力を再現する為の機構の一部でもあるわけだ。つまり……相似さんを食蜂さんに近づけてしまうと、その時点で何らかの方法で相似さんが
『正史』ではおとなしくさせた食蜂さんをわざわざファイブオーバーの中に取り込む必要があったけど、『木原』相手にそんな事前情報が役に立つか分かったものじゃないからな。
ということは、ひとまずは──
「これ見よがしに『タネ』を見せたのは、わたくしに対してプレッシャーをかけるつもりだったのでしょうが……聊か迂闊だったのではなくて? 『水流操作』がそれによって成り立っているなら、真っ先に壊せばいいだけのことでしょう!!」
言いながら、俺は白黒の『亀裂』でUAVを攻撃する。
もちろん、これで相似さんの策が終わるとは思っていない。おそらく機械を破壊した先にさらなる手があるんだろうけど、そっちについてはレイシアちゃんが意識を集中させている。
相似さんが放った反撃に対し、俺達が適応する。そうした策の積み重ねなら、これまでだってずっと──
「と、まずは考えますよねえ。
──その、次の瞬間。
全身を走る衝撃と同時に、俺達の意識は断絶した。
「れ、レイシア!?」
「
それは、一瞬の出来事だった。
レイシアがUAVを破壊しようと白黒の『亀裂』を展開した瞬間、『亀裂』の表面を走るように稲妻が走り、それがレイシアの身体を貫いたのだ。
「
水流すらも精密に操れる静電気操作能力。
それを『木原』の科学と悪意によって扱えば──電子的に不安定な力場に一定の指向性を与え、具体的な電流として発露することだって、可能かもしれない。
「…………!!」
力なく崩れ落ちたレイシアを抱きとめた那由他の行動に、迷いはなかった。
サイボーグの膂力によってレイシアとインデックスを一気に両脇に抱えると、そのまま陸上選手のスタートダッシュのような瞬発力で相似から距離をとる。
流石に、いかに木原といえど全力で逃走するサイボーグを射程圏に納め続けることは難しい。
追いに徹することで敵に反撃の隙を与えても面白くない。
「……ま、これで証明できましたしねぇ。
「まさか、相似お兄さんがあそこまで
その場から逃走を成功させた那由他は、焦燥の色を声に滲ませながら、そう呟いた。
あの一戦におけるレイシアの敗因は油断によるものと考えられるかもしれないが──実際には、そうではなかった。
なぜならば、あの攻防の前に相似はわざわざ電撃によって消火スプリンクラーを誤作動させている。それを見ている以上、電撃への防御性能のない透明の『亀裂』は心理的に展開しづらくなっているというわけだ。
それに仮にレイシアがそこまで読んで透明の『亀裂』を使おうとしても、その場合は他のUAVから返す刀で電撃が放たれていたに違いない。その場合、透明の『亀裂』では防御の手立てがない。
結論として。
レイシアが木原相似と相対した場合に生き残るためには、まず相似の攻撃から生き残る為に白黒の『亀裂』や残骸物質を使って徹底した防御態勢に入らねばならない。
──つまり、木原相似に先手を譲らねばならないということになってしまう。
『木原』相手に、無為に一手を譲る。これがどれほど危険な行為かは、今更説明する必要もないだろう。
(
今回は、純粋に相手の方が一枚上手だった。
どう足掻いてもレイシア=ブラックガードでは勝利を掴めないように調整された戦力を、盤面に投入していたのだ。この結果は必然だったと言える。いやむしろ、あの場でレイシアを鹵獲されなかっただけでも儲け物と言えるだろう。
そして。
そうした現状把握を超えて、悪意と科学を操る一族の末裔である那由他は、盤面の裏にある相似の悪意を読んでいた。
(
そんな殺人的な偶然はあり得ない。
その僅かな可能性よりは、『最初からレイシア=ブラックガードを完封する目的で整えた兵装を、そうと気付かれないように
おそらく、
(でも、これは数多おじさんの目的からは外れると思う。
確定していたはずの勢力図が、また乱れてくる。
ともかく、相似の目的が分からない以上、数多の手先として扱うのも問題だ。とにかく数多の狙いである食蜂と合流しておくのがセオリーだろうが……その場合、相似と数多が結託してさらに厄介な戦力に化けかねない。木原一族は基本的に手を組むと同士討ちし合うのが常というものだが、あの二人は常日頃から行動を共にしているから、その限りではないかもしれないし。
「……た、なゆた!!」
「へ、あっ!!」
と。
そこで、那由他はようやく自分が脇に抱えているインデックスに呼びかけられていることに気付いた。
「ちょっと。もう降ろしてほしいかも。それに、レイシアの様子も診たいし」
「あ……ごめんね。考え事してて……」
謝りながら、那由他はインデックスを床に降ろし、それから気絶しているレイシアを床に寝かせた。
インデックスは速やかにレイシアの傍に駆け寄ると、ぺたぺたと身体を触ってその様子を見る。医学的な診断ではないのは那由他の目から見ても一目瞭然だったが、何故かインデックスはふうと胸を撫で下ろした。
「……大丈夫。
「多分、相似お兄さんは
神妙な面持ちで言う那由他に、インデックスも頷く。
いかにレイシアが強力な能力者だと言っても、結局は一人の人間である。がちがちに対策を組まれてしまっては、どうしようもないということはあるだろう。
それゆえに、現状最大の戦力が事実上無力化されてしまった状況で、那由他は次善の策を打ち出していく。
「一刻も早く、
「その必要はない」
声に振り返ると──そこには、メイド服の少女がいた。
しかし、恰好は無事とはとても言い難い。メイド服は袈裟斬りのような調子で胸元から上が焼き払われ、スカートもところどころが焼け落ちていた。そんな状況でもその下の生身に煤汚れがついている程度しかないのが、逆に不気味な有様だ。
「な、アナタは確か、
「……私だけではない」
そう言う彼女は、よくよく様子を見てみるとひとりの少年を背負っていた。
その顔を見て、インデックスが信じられないものを見たかのように目を丸くする。
「と、とうま!?」
──上条当麻。
ツンツン頭の少年が、あろうことか意識を失ってショチトルに背負われていたのだ。
「こちらも少し、厄介なことになっていてな……」
頭を掻き、ショチトルは心底参ったように言う。
そして、そこで那由他は気付く。上条当麻──絶対的なヒーローが意識を失っているという極限のイレギュラーの中で、約一名、登場人物が足りていないことに。
「…………メイドのお姉さん。
「そのことなんだがな。端的に状況を説明する」
ショチトルは、苦虫を噛み潰したような表情でこう切り出したのだった。
「木原数多の襲撃を受けた。
簡潔に言うと。
事態は、最悪の展開を迎えていた。
レイシア⇒ダウン!
上条さん⇒ダウン!
食蜂さん⇒さらわれる!
木原相似⇒なんか不穏!