【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス) 作:家葉 テイク
「…………落ち着きましたかしら?」
「う、うん。ありがとう……」
その後。
とりあえず冷静さを失っているらしき少女を連れて喫茶店で一息つかせた(食蜂さん達の監視はショチトルさん達にお任せした)俺は、そう言って目の前の少女を見る。
年のころは小学生程度。ただ、妙に大人びた雰囲気のある少女だった。なんというか、ただの学生とは違う価値基準を持っているような。……暗部、ってほどスレている感じではなさそうだけど……。
俺はちらと横目で隣に座るインデックスを見る。
インデックスの方は、最初の剣呑な切り出し方の時点で既にシリアスモードに入っているようだった。……うーん、木原数多に食蜂操祈、どこをどう切り取っても科学サイド。インデックスを巻き込みたくは……、…………いや、ここからインデックスを盤面から退場させるのは無理だなぁ。仕方ない。いざって時は俺達がインデックスを守ろう。
……あれ、待てよ? よく考えたら今日って九月三〇日だから……一二巻と一三巻! 美琴さんとのデートとヴェントさんの方ばかり意識していたけど、
そう考えると、数多さんが食蜂さんを狙っている……? なんかもうこの時点で、本来の流れからは大分変わってしまっているような……。
いや、そもそも数多さんが
……あっ!!
《レイシアちゃん!》
《なんですの? 何か困ったことでもありまして?》
《…………、……いや》
よかった、まだ大丈夫だ……。
もし仮にヴェントさんが天罰術式を発動していたら、きっとレイシアちゃんが『正史』の知識由来で持っているヴェントさんへの敵意も反応しちゃうからね。
二重人格の俺達がどういう判定をされるのか分からないけど、無用なリスクは避けた方がいいし……。……っていうか、そうなるとちょっときついな。レイシアちゃんに上手くヴェントさんのことを誤魔化しながらこれからやっていかないといけないのか……。
「…………
「ああ、いえ。少し考え事を」
ともあれ、現状最大の情報源は目の前にいるんだ。
「アナタ、名前をお伺いしても?」
そう言って、俺は目の前の少女と目を合わせた。
『数多おじさん』という言葉からして、おそらく木原の関係者。だが、その割に食蜂さんを救おうとしているということは、加群さんや脳幹先生みたいな木原の例外みたいな存在……なのかもしれないな。
「那由他」
少女──那由他さんは、短く答えた。
「木原那由他。先進教育局、特殊学校法人RFA所属の──
木原。
その言葉を耳にしても、俺は身を強張らせることはあっても、驚愕はしなかった。
半ば予想できていたことだ。問題の本質はそこにはない。重要なのは、何故数多さんが今更食蜂さんを狙うのか、そして何故那由他さんがそのことを知りえたのか、だ。
「私ね」
紅茶で喉を潤してから、那由他さんは開口一番にそう切り出した。
「もともとの肉体は、もう殆ど生身じゃないんだ」
「…………、サイボーグ、ということですの?」
幻生さんも、もともとはサイボーグだった。
あの人は途中からさらに訳の分からない存在に進化してたけど、那由他さんはまだそこまでではないんだろう。
「正解。実験で色々あってね……。たとえば、
その一言で、俺達とインデックスの二人が同時に息を呑んだ。
……ま、魔術!? いや、確かにかつては学園都市とイギリス清教が手を組んで能力者が魔術を使う実験をしていたとかなんとか、そんな話があったような気がするけど……この子が、その当事者!?
「知ってる? 能力者が学園都市の外の異能を使おうとすると、血管や神経がはじけ飛んでしまうんだよ」
那由他ちゃんは、本当に世間話をするような軽い調子で言う。
……それが、どれほどの苦痛を伴うものなのか、俺には到底分からない。でも彼女は、研究者の一族の末裔のはずの少女は、
一流の科学者は、実験体としても超一流。
なんというか、そんな言葉が脳裏をよぎる少女だった。
「……能力者と魔術師では、回路が違うから」
そんな那由他に痛ましいものを見るような視線を向けながら、インデックスは言った。
「能力者は、能力開発によって脳の回路を拡張しているからね。私は門外漢だからこれは想定だけど、おそらく魔術師とは違うシステムで
「……あれ? もしかしてシスターのお姉ちゃんは外部の関係者……?」
那由他さんは不思議そうにしながらも、
「うん。その通り、かな。つまり、能力者はAIM拡散力場を持っている限り安全に魔術を使うことはできない。
「…………、」
身体が、二つ……?
…………脳裏をよぎるのは、ドッペルゲンガー。でも、これは違うとすぐに気付いた。
ドッペルゲンガーという技術はあくまでも肉体のパーツを機械で代替するためのもので、肉体を『再現』したものではない。つまり、神経や血管といった生体部品を模倣しているわけじゃない。
もちろんやろうと思えば、ドッペルゲンガーという技術の延長線上にはそれがあるだろうけど……。神経回路の再現なんて、ミリ単位の精密な操作が必要なんじゃないだろうか。ミリ単位で、血液や電気信号を精密操作するような技術なんて……、
「…………なるほど。それで食蜂さんというわけですわね」
そこまで考えて、俺は得心がいった。
確かに、本質的に水分を操る能力である
……でも……。
「ただ、納得がいきませんわ。仮に食蜂さんの能力があったとしても、彼女の能力は万能であって全能ではなくてよ。魔術──『もう一種類の異能』用の回路を形成するなんて芸当、不可能ではなくて?」
「うん、そうだね。確かに
そこまで言って。
那由他さんの説明は、最悪の方向性へと捻じ曲げられていく。
「
…………!!!!
「『代替』は相似お兄さんの専売特許なんだけどね……。ドッペルゲンガー、って言えば、
「……つまり」
「そう。つまり、現状だと数多おじさんは『ヒント』を持っている。私という、学園都市とは異なるチカラを封入した記憶をね」
だんだん話が読めてきた。
つまり、数多さんは食蜂さんに那由他さんの記憶を読ませて、
……でも。
「それって……、」
「うん。記憶を俯瞰するだけでは、おそらくレシピは手に入れられない。記憶の中の私と同化して、全身が爆裂する経験をしないと……それも、一度や二度じゃない。何度も繰り返さないといけないと思う」
……当然ながら、そんな激痛を何度となく味わえば、精神にどんな変調をきたすか分かったものじゃない。
いや……そんな最悪な体験、当麻さんレベルのメンタル強者でもない限りまず間違いなく廃人確定だ。
「……それだけじゃないんだよ。暴発しているとはいえ、魔力を練っている時点で大なり小なり魔術の知識を参照している。長髪の能力がどんなものか分からないけど、魔術を──異界の知識を何度も繰り返し反芻するなんて、どう考えても危険かも」
……まずいことに、科学と魔術で見解が一致してしまった。
食蜂操祈が木原数多の手に堕ちるようなことがあれば、確実に彼女の精神は崩壊する、と。
「おそらく、数多おじさんはそれすらも織り込み済みだと思う。そうして能力を吐き出すだけの装置になった
……『新約』の事件を鑑みても、
「……、ともあれ、事情は分かりました。高確率で食蜂さんが数多さんに狙われるということは確定なのでしょう? なら、わたくしとしては那由他さんと手を組むのに是非もありません。……今回ばかりは、インデックスも手伝ってくれますか?」
ことが魔術に関係してくるとなったら、インデックスの協力は百人力だ。
実際に術式と能力の併用を企んでいる以上、もしかしたら数多さんはいくつかの術式を保持している可能性すらあるわけだからね(どのタイミングで手に入れたんだよということはさておくとして……)。
「…………、ひとまず安心したけど、どうやらそう簡単に話は進まないみたいだね」
と。
そこで、那由他さんはすっくと立ちあがり俺達の後方へ視線を向ける。おそらく、サイボーグの感知機能が何かを感じ取ったのだろう。
俺達も遅れて気流感知で確認してみるが──俺達の後方から、一人の少年がゆっくりと歩いてくるのを感じた。
「──
口が勝手に言葉を紡ぐ。
レイシアちゃんが立ち上がり、振り返る──そこにいたのは、ショートカットの少年。
紺色のジャージの上に白衣を羽織った、『あえて粗暴な色を塗りたくった』知性を感じさせる研究者──。
「流石に意外性がないので、さっさと潰しますわよ? 木原相似」
「釣れないですねぇブラックガードさん。ちょおーっと自分と遊んでくださいよぉ!!」
原型制御くんが、どっか行きました。