【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス) 作:家葉 テイク
一〇九話:ヒロインは女王
──様々な願いが交差する夜が終わった、その翌日。
九月三〇日。
俺は、一人の少女と向かい合っていた。
「私を止める権限力は、アナタにはない。そのことは分かっているわよねぇ?」
勝ち誇るような笑みを浮かべる彼女に、俺は何も言えなかった。
その少女は。
常盤台の女王の座に君臨している彼女は、次にこう切り出したのだ。
「『取り立て』の時間よぉ。上条さんとのデート、セッティングしてもらうからねぇ☆」
…………。
……まぁ、そんな話をしていたりもしたしね。
いやいやいやいや。
うん、そのくらいならやるのは吝かでも、ね。
………………。
……………………。
ほんとにやるのぉ……?
確かにあの夜、食蜂さんは垣根さんの為に幻生さんの技術情報を抜き取るのと引き換えに、当麻さんを好きにする約束を交わしている。
とはいえ、当麻さんは根本的に食蜂さんのことを覚えていることはできない。その事情を知っているのは(大覇星祭のときに彼女の救出に関与した)俺達くらいなので、当麻さんに食蜂さんとの『約束』を果たさせるには、必然俺達が動かなくちゃいけないわけなのだが……。
「……ねぇちょっとぉ。あまりにも渋々力が高すぎないかしらぁ?」
「そ、そんなことはありませんわよ。おほほほ」
……いやまぁ、ね。
俺が嫌というよりは……レイシアちゃんがどんな反応をするか怖いところがあってね。今日もさっきからずっとレイシアちゃんはこの件についてノーコメントを貫いているし。こんな露骨な『食蜂さんの為のイベント』に協力させられるなんて、ヒロインレースガチ勢のレイシアちゃんからしたら業腹もいいところだろうしね……。
ともあれ、食蜂さんの事情は俺達も分かっている。食蜂さんが望むというのなら、それを実現させることに異議がないのは本心だ。
で、実際にどうするかという問題だが……、今日は九月末日、明日から衣替えということもあって学園都市全体が午前授業だから、午後からの当麻さんの予定を抑えることはそう難しくないと思うが……、
……あ、そういえば今日は美琴さんが大覇星祭で当麻さんを罰ゲームと称して連れまわす日だったような!? ……と思ったけど、アレはぶっつけ本番で宣言したヤツだっけ。なら先に予約とっとけばいいか……。それに美琴さんに連れ回させるのも食蜂さんに連れ回させるのも一緒だしな……。
「あ、もしもし。レイシアです。当麻さん、今大丈夫ですか?」
「え、えぇっ!?」
というわけで電話をかけてみると、食蜂さんが目を丸くしていた。
……何をそんなに驚くことがあるのだろうか……?
「(で、電話番号を交換してるの……? な、なんて手の早い……)」
ともあれ、まずは当麻さんの予定を抑えなくては。
まだ時間的には家にいると思うんだけどなー。
『おう、どうした? なんかあった?』
「いえその……。ちょっと今日、放課後にお付き合いいただけないかなと、」
『「テメーっ!! 何を月末に女の子からお誘いを受けてるんだぜいこのリア充がっっっ!!」「ぐあーっ!? やめろ馬鹿!? レイシアはただの後輩だっつの!!」』
「……一応名目上は婚約者ですのよ、当麻さん……」
……どうやら、電話先には土御門さんもいたらしい。そういえば土御門さんは当麻さんの隣人だったっけ。ということは、意外と一緒に登校することも多いのかもな。
『ぜーはー……、で、放課後? 別にいいけど、何か用事でも?』
「他意はありませんわ。最近色々と一緒に事件解決することも多かったので、お疲れ様会でもと思ったまでですわ。インデックスも連れてきてよろしくてよ」
『いいのか!? アイツ凄い食うと思うけど……』
「あのですねえ当麻さん。わたくしだってインデックスの一件の関係者なんですのよ? 本人が当麻さんと一緒にいたいと思っているからそれを尊重しているだけで……。本来なら、インデックスの分の食費をわたくしが負担したっていいくらいなのですわ」
『いや、それは流石に……。後輩の中学生に生活費を補助されるほど上条さんは落ちぶれておらん!!』
「ならせめて、たまにご飯くらい奢らせてくださいな。……一応は婚約者、なのですから」
『う……、……まぁ、そういうことならお言葉に甘えさせていただきますよ上条さんは。いいか、あとでインデックスの食いっぷりを見た後で前言撤回しても俺は一緒に皿洗いくらいしかできないからな?』
「望むところですわ。では、学校が終わった後に地下街の入り口で待ち合わせでよろしくて?」
『分かった。じゃ、またあとで』
ピッ、と話がまとまったので通話を切った俺は、そこで食蜂さんの方を見遣る。
食蜂さんは胡乱げな視線で俺達の方を見て、
「……あの、なんだか流れるように『家族ぐるみ』の予定力が構築されたような気がするんですけどぉ?」
「そういう方便ですわよ。アナタを一緒に連れて当麻さんに紹介して、わたくしはインデックスを引き取ってアナタを二人きりにするよう立ち回る。ご要望には沿えていますでしょう?」
それに、たまにはインデックスにご飯を食べさせてあげたいっていうのも紛れもなく本心だしね。俺だってインデックスの件の当事者なんだから。
…………というのはもちろん建前で、実際にはインデックスを巻き込んで当麻さんと食蜂さんの動きを監視するつもりだ。いやいやいや、確かに食蜂さんの境遇には同情してるし、彼女を取り巻くあれそれの『ハンデ』は如何ともしがたいと思っている俺ではあるけど、完全にフリーハンドで食蜂さんに好き勝手やらせるのは流石に、ね?
レイシアちゃんの反応が怖いというか。だからせめて、外から監視してあまりに食蜂さんが暴走するようだったら止めに入ろうというわけなのだ。食蜂さんも俺達がそういう動きをしていると分かれば、あまりやりすぎたりはしないはずだしね。
「……そ。分かったわぁ。じゃあ、本番では上条さんに紹介よろしくねぇ」
「ええ、お任せくださいまし」
俺がそう言って頷くと、食蜂さんは話はおしまいとばかりにさっさと歩いて行ってしまう。
基本的に食蜂さんって派閥の外の人とは馴れ合いませんよって感じのスタンスだよねぇ。美琴さんなんかは特に顕著だけど。
「……………………ありがと」
そんな彼女だからこそ、こういう『素直じゃない』感謝は黙って受け取っておくんだけども。
ふんふんふん。
まぁ、良い傾向なのではないかしら。
レイシアちゃんの反応が怖いから。
レイシアちゃんのことを考えると。
実際には、わたくしはな~んにも言っていません。
にも拘らず、シレンは勝手にわたくしの言葉や行動を予測して、それを理由に行動している。その根底には、自分の心の動きがあることにも気づかずに。
こういった行動の正当化はある面では他者を理由に自分の欲望から目を逸らすあまり良くない傾向として捉えられたりもするでしょう。しかしこの自分度外視の博愛主義自己犠牲脳内お花畑童貞に限っては例外ですわ。
そもそも普段から自分の欲望を表に出すことが少ないですし。これは、シレンが自分の欲望に素直に生きる為の補助輪になりえますわ。
だいたい、シレンはまだまだ自分の欲望を表に出すことに罪悪感を抱いている節がありましてよ。
あれだけ散々色々あってもこの有様なのだから、これはもう多分
わたくしも色々と反省しましたので、シレンがそういう素振りを見せないなら無理にそういう勝手はしないようにと心に決めておりましたけど……、
たとえわたくしを言い訳に使ったとしても。
実際にそういう動きをすると決意したのなら、わたくしも思う存分手助けしてあげますわよ。
『本来のヒロイン』がなんですか。
たった一つの歴史で影も形もなかったからといって、挑戦権まで失われるなんて馬鹿な話はありませんわ。
シレン、準備はよろしくて?
さあ、世界を敵に回した戦いを始めましょうか。
というわけで、午後一時。
俺達と食蜂さんは学園都市の地下街にやってきていた。
ただでさえ土地不足の学園都市では、土地不足を解消する為の地下空間活用が当たり前のように行われている。
駅やデパートの地下階を迷路のようにつなぎ合わせた『地下街』もその一環。これはレイシアちゃんが寝ている間の社会勉強で知ったのだが、学生たちはこうした場所で遊ぶことが多いらしい。俺はまだ遊んだことないけど。
「遅いですわね、当麻」「まぁまぁレイシアちゃん。きっとまたぞろ不幸に見舞われているのでしょうし」
「……にしても遅くないかしらぁ? 何か事件に巻き込まれてたりするんじゃ……」
「というか、三〇分前からスタンバっているわたくし達が早く来すぎなんですのよ。そのあたりで詰ったら『楽しみにしてたの?』みたいな感じで自爆するのでお気をつけあそばせ」
約束の時間である一時よりも三〇分早く到着した俺達はこうして地下街の入り口で待っているのだが、そろそろ約束の時間になるというのに肝心の当麻さんが一向に来ないのだった。
しかし、俺達にしろ食蜂さんにしろ、美少女というのはどうしても目立つ。
しかもお誂え向きに俺達も食蜂さんも中学生離れした体躯の持ち主だから、それはそれはナンパの声が引く手数多だった。いやいや、ホントにナンパなんてあるんだね……。俺達も食蜂さんもあんまりそういう経験をしたことがないから、思わず感心してしまった。まぁ、全員食蜂さんに洗脳されてたけど。
「ほらとうま! 急いで! ごはんなんだよ! ごはん! オゴリなんだよお腹いっぱいなんだよ!?」
「お前はもうちょっと欲望を抑えられないのか暴食シスター!?」
と、賑やかな話し声が遠巻きに聞こえてきた。
ようやく来たか……と視線を向けると、そこにはツンツン頭の少年と純白のシスターの二人組が。
「遅いですわよ当麻。五分遅刻です。レディを待たせるとは紳士失格でしてよ?」「まぁまぁ、五分くらいは……」
「いやーすまん! 待たせた! ちょっと土御門──ああ、隣人のヤツと揉めてさ……」
人差し指を立てて言うレイシアちゃんに、頭を掻きながら苦笑する当麻さん。
まぁ、今朝の電話の話で揉めたのだろう。
「あれ?
そこで、当麻さんは俺達の陰になる場所にしれっと立ち位置をスライドしていた食蜂さんに気付いた。
声をかけられた食蜂さんはするっと俺達の陰から出ると、にっこりと人好きのする笑みを浮かべて言う。
「初めましてぇ☆ ブラックガードさんの友達のぉ、食蜂操祈って言います。さっきそこで会ってぇ……」
「せっかくですし、お食事でもと誘ったのですわ。良い子ですので、インデックスにも紹介したくて」
「私?」
「ええ、まぁ」
もちろん食蜂さんの合流の為の建前だけど、実際のところ、食蜂さんの事情くらいは伝えておきたいというのもある。『正史』と違ってこれからも食蜂さんが断続的に当麻さんと関わってくるのなら、せめてインデックスとの面識や事情の共有くらいはしておきたいしね。
というわけで、四人合流したので改めて一塊になって地下街を移動。
「にしても、お疲れ様会だっていうのにご馳走になるのはやっぱ悪いな……」
「いえいえ。気にしなくていいですわ。あの局面では、わたくしの事情に当麻さんの力をかなり貸していただきましたし」
「…………とうま、また何かやってたの? そういえば昨日は夜遅くに出かけていたみたいだったけど」
「う。……まぁその、レイシアの元婚約者を助けたり? ……あ、でも他にもいろんなヤツがいて、俺はその手伝いってだけだったっていうか……」
垣根さんとタイマンでぶつかりあったりしててけっこう怪我してたような気もするけどね……。
「むぅ、だから余計に納得いかないかも! 私だってとうまの力になれるのに!」
「まぁ、今回は確かにインデックスの力があれば話が早かった局面もあるかもしれませんわね……」
幻生さんの憑依とか、多分魔術サイドでも説明できる話だっただろうしね。
もしかしたら、インデックスがいたら何かしらの詠唱をするだけで幻生さんが退散して、それで事件が終わったかもしれない。まぁ、たとえそうだとしても当麻さんはインデックスを事件に巻き込んだりはしたくないんだろうなぁ。
「そっちの長髪も、何か隠しているみたいだし」
っ!?
うっ、既になんか関係性について察しがついているみたいだ……。流石に唐突に美少女が現れるのはインデックスからしてみたら『こいつどっかでひっかけてきたな』ってことになりもするか……。
まぁ、上条さんがそのへんかなり疎くて察しが悪いのがせめてもの救いだけど。
「さ、着きましたわよ。ホテル・リストランテ。高級ホテルのビュッフェを学生のお財布でも手が届く値段で再構築したという人気のファミレスですわ」
前にSNSで評判なのを見て、地味に行きたかったんだよね、ここ。
「お二人とも、お昼ご飯はまだでしょう? 積もる話も、まずはお腹を満たしてからにしませんこと?」
と、いうわけで。
順調にインデックスのお腹を満たした俺達は、程よい頃合いでインデックスを連れて席を立った。インデックスも、普段の貧乏飯とは比べ物にならないクオリティの食事に大満足だったらしく素直についてきてくれた。
……さて、第一段階はクリア。あとは、食蜂さんに頑張ってもらうだけだな。
「シレイシア、これどういうことなの? どうしてあの長髪をとうまと二人っきりにしてるの?」
「もともと、そういう約束でこの会をセッティングしているのですわ。あの方には借りがありまして」
「…………む。そういうのはよくないかも。だってこれって、とうまを騙してやっているってことで、」
「まぁまぁ尾行につきもののアンパンでも食べていただいて……」
そう言って、俺は事前に準備していたアンパンを一気に五個くらい手渡す。
もぐもぐという音とともに速やかにインデックスが静かになった。チョロい。
「……それに、これは当麻さんも了承していることなんですのよ」
「もぐもぐもぐ……え? とうまはあの長髪とは初対面だったみたいだけど……」
「あの方は、当麻さんに記憶されない体質なんですの。……いえ、
「!!」
記憶。
そのフレーズを聞いて、インデックスが息を呑む。当然だろう。その痛みは、彼女にとっては一番理解できる種類の痛みだ。
「詳しい事情は知りません。ですが大覇星祭の件で彼女と共闘した際に、大まかな話は聞きました。以前──一年ほど前に、当麻さんと彼女は親交があった時期があると。しかしとある事件を境に当麻さんが彼女のことを記憶できなくなってしまい──それから、二人は疎遠になっていったと」
「つまり?」
「『先達』と、そういうことになりますわね」
インデックスさんの、ね。恋敵と言い換えてもいいかもしれない。
でも、その境遇は悲劇的だ。何回出会っても自分のことを記憶してもらえないなんて、あるいはインデックスのそれよりも辛いかもしれない。
「今の当麻さんは覚えていませんけれど……昨日の一件、彼女のお陰で当麻さんの心はいくらか救われた部分もあるんですの。ですからわたくしは、彼女の望みを聞いてあげているわけですわ」
「……うん、分かった。それなら私も、協力するんだよ。今日という一日を、あの長髪の最高の思い出にするために」
よし。こっちの方は話がまとまった。
あとは、二人がどうなるかだが…………、……ん、二人して席を立った。よし、上手く向こうでも話がまとまったみたいだ。
あ、会計で揉めてる。………………しまった。監視のために外に出てたから会計はしてないんだった!! そして食蜂さんに払わせるわけにもいかないとかって妙な先輩精神を見せた当麻さんが血の涙を流しながらお支払いしてる!!
……ふ、不幸な人……。……いやいや! あとでちゃんとお金は払おうね……。
さて、色々あったがファミレスを出て二人とも本格的に動き出したようだ。
当麻さんは……何やらキョロキョロしているな。建前としては、どっかに行った俺達を二人で探しに行く、みたいな感じだろうか。ならば、俺達も見つからないように立ち回らねば。
「徒花さん」
「これでいいか? ブラックガード嬢」
呼びかけると、群衆に紛れていたメイド服姿のショチトルさんがスッと現れて俺達に小道具を手渡してくれた。内容は、帽子とサングラスとマスクである。
「…………し、シレイシア、この人は……?」
「徒花さん。ウチで雇っているメイドさんですわ」
用を済ませた徒花さんは、さっさと群衆に紛れ直してしまう。
あの夜でも大活躍だった『メンバー』だが、一応今も俺達の護衛任務は続いている。もう一〇月になるし、下準備も整ってきているので、いい加減彼女達を暗部から引き抜く計画も始動しないとなあ……。
……あれ? インデックス、なんでドン引きしてるの?
………………あっ、ショチトルさんの動きか。確かに呼んだらスッと出てくるメイドはシュールすぎるわ。なんか馴染んで気にしなくなってしまっていた……。俺、順調にお嬢様になってるわ……。
「さておき。さあ行きますわよ。当麻さんと食蜂さんは…………う、腕にっ!?」
しょ、食蜂さんがなんか当麻さんの腕に抱き着いてる……! 凄いなあの人、自分のナイスバディを利用することに一片の躊躇もない。記憶が持続しないと分かっている分、後先とか羞恥心とかを投げ捨てているぞ……!
《…………痴女め……》
《ま、まぁまぁレイシアちゃん。落ち着いて……》
憎々し気に言うレイシアちゃんを宥めつつ、あとついでにガルガル言ってるインデックスにアンパンを供給しつつ、俺達は二人の後を追っていく。
あっ、牛乳売ってる。尾行といえば牛乳だよね。買っておこ。
はい、インデックス。牛乳。
…………なんか二リットルの超巨大瓶詰牛乳をインデックスに手渡しつつ尾行していると、食蜂さんは俺達の監視を意識しているのかそこまで大胆な手は取らず、しかしこちらの(特にレイシアちゃんとインデックスの)神経を逆撫でするかのように当麻さんとの距離を詰めてイチャイチャしていた。
まずいな……これはそのうちアンパンと牛乳だけでは怒れるインデックスを宥めきれなくなってしまう。
そろそろカレーパンの力を借りるべきか……と思考を進めていた俺だったのだが。
そんな風に考えていると、不意に目の前に、一人の少女が走り込んできた。
金髪碧眼。
長い髪をツインテールにして、赤いランドセルを背負った少女の明らかな接近行為に、群衆の中に紛れている徒花さんの殺気が膨れ上がったのを感じて、俺は手を伸ばして制止する。
目の前の少女から、俺達に対する敵意が感じられなかったからだ。
そしてその目論み通り、俺達の一メートル手前くらいで立ち止まったその少女は息を切らしながらこう言ったのだった。
「お願い、助けて! このままだと、『