【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス) 作:家葉 テイク
──気が付くと、俺達の頭上で渦巻いていた漆黒の塊は跡形もなく消え失せていた。
おそらくは、エネルギーを供給していた
……
《……どうせ消えるなら、わたくし達の為に使うように塗替のことを誘導すればよかったですわね》
《………………、》
《……あの、シレン? ここはわたくしの我欲に塗れた発言にシレンがツッコミを入れるところではなくて?》
あーいや、俺も同じようなこと考えてたからどうにも強く出づらくてね……。
っていうか、レイシアちゃんの黒い発言って俺のツッコミ前提で言ってたんかい。
「あ、あの!」
と、そこで操歯さんが不安そうに声を上げた。
見ると、ドッペルゲンガーさんは少し疲れたように地面に片膝を突いていた。……まぁ、そうだろうね。現状のドッペルゲンガーさんは、
魂があるといっても、それはあくまで本質の話。木原数多の呪縛は解いたけど、彼女はまだまだ全然救われていない。ドッペルゲンガーさんの救済は、これから始まるのだ。
「ど、どうしよう。このままじゃ、ドッペルゲンガーが……」
「その答えは、わたくし達に求めるものではありませんわ」
ぴしゃり、と。
俺は、心を鬼にして操歯さんのことを突き放した。
彼女を救う方法は、正直俺なら何通りか思いつく。きっと、それこそ操歯さんでは絶対に思いつかない方法だってとることができるだろう。
でも、それでは駄目なのだ。
「で……でも。まさかこんなに早くなんて……! せめて、症状を軽減させる方法はッ?」
「…………」
「た、頼むよ……! 私は、私には……何かを犠牲にするような方法しか選べない。母を救う為にサイボーグ技術を生み出したときも、魂を消す方策を探す為にインディアンポーカーをばら撒いたときも、いや、そもそも魂を消すという方策に辿り着いたのもそうだ。私は、根本的に……何かを犠牲にしてしか、物事を成し遂げることができない人間なんだ。でも、君達なら、きっと、もっと……」
「ふざけてんじゃねえぞ、操歯涼子!!」
この期に及んで怖気づいたみたいに縮こまる操歯さんに、上条さんが牙を剥く。
「お前が、言ったんだろ? ドッペルゲンガーを
困惑に揺れる操歯さんを後押しするような上条さんの言葉に、操歯さんの目が見開かれる。
あの時自分が言った言葉を思い返しているのだろう。
……操歯さんにとって、今言った言葉はずっと心の中に残っている呪いのようなものなんだと思う。何かを犠牲にしてしまうことが。最高のハッピーエンドに、犠牲という翳りを残してしまうことが。操歯さんには恐ろしく感じるのだろう。
なまじここには当麻さんや美琴さんといった超ド級のヒーローが揃っているから、余計に『自分が下手に手を出すより、他の人員に任せてしまった方がいいんじゃないか?』という弱気が出てきてしまうのだろう。
自分なんかが出張らなくても。
それで綺麗に収まってくれるなら、それがきっと最善の未来なんだって。そんな考えに囚われていたことがあった。
でも、それは違うんだ。
たとえ失点があっても、何かしらの犠牲があったとしても、
何の力もない臆病者のくせに、ドッペルゲンガーのことを自分の手で救いたいとあの状況で啖呵を切った操歯涼子。アナタ自身が提示した未来だからこそ救われる存在がいるということに、きちんと向き合え。
『最善』なんて綺麗な言葉を盾にして、困難と向き合うことから逃げるようなチキン野郎には、絶対にハッピーエンドなんて訪れないんだから!!
「操歯さん」
だから、俺は簡単に告げる。
作戦なんかじゃない。知恵ですらない。ただ一言、彼女の心のエンジンを点火する為の言葉を。
「大丈夫。本来のアナタなら無理だったかもしれない。でも、この夜を経たアナタにならきっと──答えは見つかるはずですわ」
アドバイスにもならないその一言。
混乱を極めた操歯さんは──膝を突いたドッペルゲンガーさんのことを、力いっぱい抱きしめた。
「……オマエ、何をして……、」
「わ、私にだって分からないよぉッ! 一番簡単なのはきっとお前を機械の身体に戻すことだ。でも、そんなことできるわけがない! 私に分かるのは……
ぎゅっと目を瞑って、自分の中の熱をドッペルゲンガーさんに伝えるようにして、操歯さんは言う。
「だから、私にはこれしか思いつかない。菌糸生命体としてのドッペルゲンガーをこの身に宿して、
それから、操歯さんはゆっくりと目を開けた。
許しを得るようにして、おそるおそるドッペルゲンガーさんの表情を伺う。
「駄目……だろうか。こんな私と一緒に生きるのは……」
「……フン。結局は、私の苦痛を和らげる器を恒久的に用意できないから、急場として一番身近で使いやすい器を用意したというわけだな。見方を変えれば、それはお前自身を犠牲にしているともいえるが……その自覚はあるのか?」
蔑む様に。
あくまで冷たく言い放つドッペルゲンガーさんだったが、今度は操歯さんの瞳は揺らがなかった。眉は相変わらず頼りなさげな八の字を描いているが、それでもその瞳には、確かな意思の光が宿っていた。
「いいや。私はお前と共に生きることを、『犠牲』なんかとは思わない」
「…………、」
氷が解けるように。
何かのわだかまりのようなものが解けるような優しさで、ドッペルゲンガーさんはゆっくりと、操歯さんの背中に手を回した。
「……ありがとう、操歯涼子」
「……なんだよ、今更水臭いじゃないか。
「あ、あ、あぁぁあああぁぁあぁああァァああああああああッッ!?!?」
悲鳴があった。
振り返るとそこには……キノコみたいな髪型をした、痩せぎすの中年男? あ、この人はあれか。操歯さんがもともと所属していた研究所の所長さんだ。
所長さんは……ああ、そういえば数多さんが生身で飛行船を撃墜してたね。アレ、多分大切なものだったんだろうし……そりゃあこうもなるか……。
ドッペルゲンガーさんの件は悲劇だったと思うけど、正直所長さんのことは悪いとは思わないんだよねぇ。
だって、色々な想像力を巡らせなければ、ドッペルゲンガーさんはただの機械なわけだし。ただの機械を使って色々実験しようが、それは別に普通のことだしねぇ。
これが人体実験とかだったらまずかっただろうけど、操歯さんは自分で志願しているわけだし。
「いやいやいやいや。まぁまぁ、落ち着きましょう所長さん。諸々の事情はわたくしが説明いたしますから……、」
「うぅううう、うるさいうるさいうるさいッ!!」
ガチャリ、と。
朗らかに歩み寄ったところ、眉間に拳銃を突き付けられてしまった。
《……シレン。このバカ。追い詰められた人間の見分けくらい、つけなさいな》
《レイシアちゃんだって何も言わなかったくせに……》
『わたくしはシレンが見抜けるように経験を蓄積させてあげただけですわよ』なんて言いながら、拳銃を突き付けられた俺はとりあえずそのまま所長さんに背を向け、後頭部に銃を突き付けられた状態となる。
ついでにもう片腕を首元に回された。息がちょっとだけ苦しい。
「これはッ、どういうことだッ!? どうして飛行船が破壊されている!? ドッペルゲンガーが機能を停止している!? お前たちがやったのかッ?」
え……と思って視線を向けてみると、既にドッペルゲンガーさんは菌糸の束となって操歯さんの中に入り込んでいた。残るは、バラバラになった飛行船の残骸と中身が抜けて崩れ落ちているドッペルゲンガーさんの抜け殻。
あれ、特に気にしてなかったけど抜けるときにドッペルゲンガーさんは内部機構とかちゃんと破壊してたんだろうなあ。もうあそこに戻る気はなかったとしても、少しでも戻る確率は減らしたいだろうからね。
「あー、えーと……」
「君は黙っていてくれッ!」
説明しようとしたところ、所長さんに怒鳴られてしまった。
う、う~~~~ん……。今回は本当に所長さんは不幸な被害者だから、なんかこう、加害者の悪者みたいなムーブをさせたくないんだけど……。
《レイシアちゃん、どう思う?》
《まぁ、被害者はわたくし達だけですし、拳銃を突き付けられたこととかは揉み消してあげればよいのではなくて? 罪の揉み消しは悪役令嬢の特権ですわ》
《確かに》
で、鎮圧も含めてやるのは簡単だ。
簡単なんだけど……。所長さんは、ドッペルゲンガーさんの魂の件とか、機械の肉体に伴う苦しみとか、そういう実験の人道的な問題とか全然分かってないんだよね。
そのへんを説明してあげないといけないからなあ……。
「……所長。ドッペルゲンガーは……自ら機能を停止しました」
「はッ? ど、どうやって!?」
「……ドッペルゲンガーの思考の核。繊毛コンピュータから離脱し、機体の外へと旅立ったんです。……もう、
「そ、そんな……」
あ、上手い。
ドッペルゲンガーさんには自殺防止用機能も備わっていたらしいけど、そういうのの外側にあるやり方で抜け出してしまったと分かれば、所長さんも今回の実験の根本的な不備に気付くだろう。
どうやら所長さんはドッペルゲンガーそのものに対して研究価値を見出していたようだけど、これなら所長さんも諦めてくれるはず。
「な……なら! 今度は繊毛コンピュータを形作る微生物そのものを品種改良しよう! 機体の外では生きられないような条件付けや、そもそも抜け出したがらない生態に調整するんだ! そうすれば……!」
……と思ったんだけど、所長さんはそれでも諦められないようだった。
《……所長さん、諦め悪いね……》
《そりゃあ、当然ですわ。おそらく所長はドッペルゲンガーの研究によって『魂を生み出す技術』を作り出したいのです。もしも魂が作れるなら、医療において革命が起きますからね。……実際、ドッペルゲンガーという魂が生まれているわけですし》
実際には、本当にそれがゼロから生み出されたものかは分からないけどね。
分割した操歯さんの魂がちょっとずつ繊毛コンピュータに移って、それがドッペルゲンガーさんの魂として育っただけかもしれないし。
そういう意味では、魂の生成という技術は成立しているかどうかも危ういものだ。だからこそ、継続して研究する意義は確かにあるんだろうけど……。でも。
「……私は、これ以上実験に関われません。ドッペルゲンガーは、機械としての己の認知に苦しんでいた。たとえどれだけ医療の発展に寄与するとしても、誰かの苦痛を明確な前提にした研究をこれ以上するわけには……いかない」
「そ、そんな……! この成果を諦めるには、とても……!」
もう、頃合いかな。
これ以上放置してると、本格的に所長さんは道を踏み外しちゃいそうだし。
拳銃は……危ないけど、『亀裂』で破壊しちゃうと暴発で所長さんが傷ついちゃうから、俺達の周りに超音波の鎧を展開するだけにして、と……。
「所長さん、もうやめましょう。実験が不発に終わったことの赤字補填ならブラックガード財閥が協力します。だから……、」
タァン!! と。
拘束を無視してぐい、と腕を動かしたちょうどその時だった。急に腕を動かされたためだろう、力み過ぎた所長さんが、勢い余って引き金を引いてしまったのは。
とはいえ、俺達は問題なかった。事前に展開していた超音波の鎧はあっさりと拳銃弾を弾いてしまい──弾いてしまったがゆえに、その危機は別の誰かに及んだ。
そう。
今まさに合一を果たした、操歯さんの脇腹へと。
……
時が、止まった。
広がり散らばった未来が、一つの形へとまとまっていく感覚がある。
めちゃくちゃに散りばめられた駒を元の場所へと戻すように、未来が強引に捻じ曲がっていく。それまでのハッピーエンドも何もひっくり返して、善悪を無視して『あるべき形』へと世界が戻っていく。
…………。
…………
すい、と時の止まった世界の中で、俺は右手を動かした。
指先から、エメラルドグリーンに輝く『亀裂』が空間を走っていく。ピシピシと稲妻のような速さで銃弾に到達したエメラルドグリーンの『亀裂』は、すう──とそのまま銃弾の中へと溶け込んでいった。
これで、よし。
────そう、考えた瞬間だった。
「──
操歯さんの口から、明らかに操歯さんではない口調で言葉が紡がれる。
銃弾が命中したかと思われた操歯さんの脇腹。見るとそこでは、真っ白い菌糸が蔓延って銃弾を受け止めていた。
「あ、え、あ……? く、操歯くん…………?」
「……第五位。頼めるか?」
「はぁ……。……仕方ないわねぇ。この人もこの人でなんだか道を踏み外しちゃいそうな瀬戸際力を感じるしぃ……」
茫然としている所長さんに向けて、食蜂さんは静かにリモコンを向け、
「初心を取り戻すところまでは手伝ってあげるわぁ。あとはまあ……そこのお人好しでも頼れば良いんじゃなぁい?」
…………いやまぁ、お手伝いすることはやぶさかでもないんだけどね。
──ん? ちょっと待て。
今俺、なんだかすごいことをしていたような…………???
『ばっ、ぐは! げほ!!』
同時刻、だった。
第一〇学区の廃墟の中で、一人の老人が『結実』していた。
──木原幻生。
上条当麻の右手によって憑依を強制的に解除させられたはずの老人だった。
本来であれば、憑依が解除させられた時点でその肉体は窓のないビル内部にて幽閉されている肉体のもとへと戻ってくるはずだったのだが……、
『全く、塗替君が
それは塗替がネットワークを解除した段階で自然と散り散りになるはずだった──が、それは即ちあらゆるコントロールを失ったということでもある。
濃淡コンピュータを扱う技術があるならば、そのコントロールを失った流体にとりつくことで己のものにすることだって当然可能というわけだ。
『とはいえ、取り込めたのはほんの少し。これでは安定活動は難しいねー。しばらくは虚数学区の奥にでも潜んで態勢を整えるとするかなー』
「いいや、それは叶わない展望だよ、木原幻生」
ひっそりと。
背後からかけられた一言に、あくまでも朗らかだった幻生の顔色が凍り付く。
振り返るまでもなかった。その言葉を耳にするだけで、その声の主が誰か、幻生には鮮明に理解できていた。
彼の後ろに佇んでいたのは──
長い銀髪を床につくほどまでに延ばした。
エメラルドグリーンの瞳をゆったりと細めている。
男にも女にも、大人にも子供にも、聖人にも囚人にも見える、『人間』。
『アレイスター、クロウリー…………ッ!?!?!?』
「そんなに驚くようなことかね? 此処は学園都市で、私はこの街の王だぞ?」
弾かれるように振り返った幻生の視線の先では、窓のないビルの最奥にて鎮座しているはずのアレイスター=クロウリーが音もなく立っていた。
その表情からは、あらゆる感情が読み取れない。
喜んでいるようにも、怒っているようにも、哀しんでいるようにも、楽しんでいるようにも見えるその眼差しは──静かに幻生のことを射抜いていた。
「ああ、それともこの局面で木原脳幹を出さずに私自身が出向いたことへの疑問か? なあに、アレにも任せられる領域と任せられない領域というものがある。さすがに今回は、
『な、にを……ッ!?』
「端的に言えば、君は『やりすぎた』と言っている」
ゾバンッッッ!!!! と。
木原幻生の右腕と胸半分辺りが、一瞬にしてごっそりと削り取られた。
気付けば、アレイスターの手には銀色の杖が握られている。まるで手品のように虚空から滲み出るように現れたその杖には、核ミサイルなど可愛く見えるくらいの威圧感が備わっていた。
「致命的だったのは、上条当麻の右腕を飛ばしたところかな。ああいや、アレの右腕が処理限界を迎えることまでは織り込み済みだ。だが、それに伴って
『は、はっ』
今まさに自分の一部を抉られて。
おそらく次の瞬間には存在そのものを残らず消し飛ばされかねないこの状況で、木原幻生は笑った。
正確には、アレイスターが口にした『計画の狂い』という言葉で、『木原』の本分である悪意に基づいて行動する余裕を取り戻した。
『そうか、そうかねッ! 計画が狂ったかねッ! それは重畳、ならばその計画の綻びはどんどん広まっていくだろう!
「で、それがどうかしたか?」
──言葉が。
朗々と紡がれていた木原幻生の悪意が、その一言で以て停止する。
他者の足を引っ張ることしかできないチンケな『邪悪』が、その出力を遥かに上回る『人間』の『邪悪』によって塗り潰されていく。
「
『な、にを……!?』
「おや、ひょっとしてこの私がたった一度の失敗程度で絶望するとでも思っていたのかね? ……ああ、そういえば君は
『…………』
それは。
木原幻生にとっては、致命的な一言だった。
それは木原幻生にとっては悲願ともいえる、安定した
にも拘らず、その試みは失敗した。失敗しただけならばよかったが──それこそが、アレイスター=クロウリーの推し進める『
己の理想、夢を足蹴にしてこの街のどこかでほくそ笑んでいる統括理事長、アレイスター=クロウリーを許さない。その大切なものを摘み取り己が計画の礎とすること。それが、木原幻生の行動原理だった。
だけど。
なのに。
実際に彼が動かしていた計画を台無しにしてやったというのに、木原幻生の願いは成就したというのに。
アレイスター=クロウリーは揺るがない。
鳴り物入りの計画が失敗したとしても、決して俯かない。次の瞬間には前を見据え、己の
他者の足を引っ張ることしかできない煤けた老人とは、対照的に。
『ふッ、ふざけッ』
ボパパパパパッ!!!! と。
幻生が激高しようとした瞬間、彼の周囲で幾つもの光と煙の爆裂が迸った。
起爆地点から光の文様が水面に垂らした油のように薄く広がり、そして幻生とアレイスターがいるその空間を区切った。
「驚かせてしまったならすまないね。なあに、これ自体に殺傷力はない。近代魔術で儀式場を作るのによく使う
『…………何を、言っている』
「はっきり言わないと分からないかね? 生き汚い君が逃げ出さないように、逃げ場を塞いだと言っている」
『貴ッッ様ァあああ!! 言わせておけばこのクソガキがァァァあああああああああああああああああああああああああああああ!!!!』
瞬間、木原幻生の肉体が爆発的に膨れ上がる。
AIMによって形作られた肉体が破損を一瞬にして修復し、ドラゴンの形となってアレイスターの首を食いちぎらんとのたうち回る。
対して、アレイスターはひゅんと手を振るだけだった。
「ブル・ロアラー。振り回すことで音を鳴らす楽器だが……当然、調整すれば超音波を放つこともできる。そう、AIM拡散力場を散らすAIMキャンセラーのような超音波をな」
『が、ばぐわッ!?』
たったそれだけであっさりと存在の根幹を揺さぶられた幻生は、老人の姿に戻って無様に這いつくばる。
それを無感動に見下ろし、アレイスターは言う。
「私はこの科学の街の王だぞ? 科学において君が私に勝てるとでも思っていたのかね?」
『ふざ、けるな……』
対して、木原幻生の回答は。
『木原でもない雑魚科学者がァァああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!』
「断末魔としては〇点だな。やはり浪漫が分かるのはあの犬だけと見える」
木製楽器はいつの間にか先ほどと同じ銀色の杖へと戻り。
そしてそのひと振りで、この世にいつまでもしがみつき続けるみじめな老人の亡霊は、粉々に吹き消された。
──全てが終わった後で、人工の霊場が解除される。
全ての後始末を終えた巨悪は、まるで最初からそこにはいなかったように消え去った。
いや、実際にそこにはいたし、同時にそうではなかったともいえる。魔術を極めた彼にとって、その存在は数字では表せないものとなっていた。〇と一では表現しきれない領域にその座を置いている『人間』にとって、窓のないビルの最奥にいながら此処に存在するのは造作もないことなのだった。
窓のないビルの最奥で逆さ吊りの『人間』は呟く。
きわめて人間臭い感情を隠そうともせずに。
「……さて、困ったな。生命維持装置を出て魔術を使ったことで、魔術世界に私の生存が知れ渡ってしまったぞ」
──そうして、この街の王はまた一歩進んでいく。
地味にシャレにならない失敗を積み重ねながら。