【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス)   作:家葉 テイク

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一〇七話:重なる祈り ③

 破局の足音は、その場にいた全員の耳に届いた。

 

 最初にそれに気付いたのは──ツンツン頭の少年、上条当麻。

 今まさに、二人の少女の魂が救われたことに感じ入っていた上条は、背筋を走る何かの怖気のような『悪い予感』に押し流されるように視線を上空へと向け──そして絶句した。

 

 

「な、んだ──!?」

 

 

 口が動くと同時に、足も動いていた。

 翳した右手が、ゴキン、という音と共に『何か』の直撃を受けて大きく後方へと弾かれる。

 

 

「……っ、がァァあああああああああああああああ!?!?」

 

 

 肩口を抑える上条だが──右腕は繋がっている。単純に肩の関節が外れただけらしかった。

 しかしそれでも彼の眼は死んでいない。睨みつけるような視線の先には────『力の塊』。

 先ほどまで菌糸による巨大な脳髄があったあたりの上空に……真っ黒い『何か』が巨大な塊を作り出していた。

 

 考えなくても分かる。アレは、ヤバイ奴だ。

 

 

「当麻さん!!」

 

 

 次の瞬間に反応したのは、レイシアだった。

 即座に超音波性念動能力(テレキネシス)で上条の肩をハメたレイシアはザンゾンサンバンガン!!!! と『亀裂』を無数に展開し、今まさに頭上で蠢いている『何か』に対する盾を形成する。

 

 ズッドォォオオオオン!!!! という爆音で、上条達がひっくり返ったのはその直後のことだった。

 

 

「……ちょっとぉ、御坂さぁん。もうちょっと静穏力高くやれないわけぇ?」

 

「仕方ないでしょ。あんなの、手加減できるような手合いじゃなさそうだし」

 

 

 迸る紫電。

 音の正体は、美琴が空気中の塵を砂鉄に巻き込んで纏めて、音速の五倍の速さで打ち出した音だった。

 それはあくまで美琴にとっては小手調べの一撃であったが──

 

 

「……でも、これで無傷ってことは物理攻撃じゃ破壊されない感じなのかしら?」

 

 

 頭上に浮かび上がる『力』は、未だに不気味に渦を巻きながら徐々に巨大化していった。

 

 

「…………木原数多だ」

 

 

 ドッペルゲンガーが、その様子を見て喘ぐように呟く。

 

 

理想の能力(アイデアル)が暴走しているのを感じる。あの男、私が思い通りに動かないことを察したのか──いや、最初からこうなることを予測して、理想の能力(アイデアル)が自爆するように時限式で設定していたんだ」

 

「え、えぇッ!? 大丈夫なのかい!?」

 

「…………この女……」

 

 

 あくまでも冷静に状況を分析するドッペルゲンガーに、あまりにも能天気な不安を表明する操歯。

 思わずドッペルゲンガーはイラッとするが、これは無理もないことだった。ドッペルゲンガーと操歯はもともと同じ精神性を持った存在だが、ドッペルゲンガーの場合は機械特有の高速演算によって、絶望の中で人間の数百倍、数千倍の思考を重ねてきた。言うなれば、今の彼女はただ操歯涼子と同じ精神性を持っているというだけでなく──『数百年もの間絶望の檻の中に閉じ込められた操歯涼子』とでもいうべき存在なのだ。

 当然、人間的な経験値も天と地ほども差がある。

 

 

()()()()。アナタの方でどうにか制御できないんですの!?」

 

「ドッペルゲンガーで良い。自虐に満ちた名前だからいずれ再考するが、今の状況ではそんなことより個体識別のしやすさが優先だろう」

 

 

 ドッペルゲンガーは何てことなさそうに言い、

 

 

「悪いが、アレに対する制御権は完全に奪われている。どうやら木原数多は最初からある程度データが収集できた時点で私のことを自爆させるつもりだったようだな」

 

「な、んて酷いことを……!!」

 

「酷くはない。もともとそういう契約だ」

 

 

 憤慨するレイシアにもドッペルゲンガーはどうということもなさそうに言う。

 確かに、ドッペルゲンガーも最初は死にたがっていたし、木原数多との契約もそういう前提で結ばれていた。その事実から考えると、木原数多はあくまでもドッペルゲンガーの望みを叶えてやったにすぎない──そう言えるかもしれない。

 もっとも、正史における木原数多の『活躍』を知るものであれば、契約を全うしたなどという殊勝な可能性よりも、一連の流れを読み切って踏み躙る為に事態をセッティングしたという『悪意』によるものと考えるのが自然な流れだが。

 

 

「………………無理だな」

 

 

 肩の力を抜くように、だった。

 ドッペルゲンガーは、おそらくは機械の頭脳ではじき出した高速演算の結果を、小さく呟いた。

 彼女の演算能力は、ここから自爆を未然に防ぐことなど不可能という試算を叩き出している。理想の能力(アイデアル)の暴走は少なくとも一学区に及び、美琴たちや上条、レイシアが命を投げ捨てて暴走を抑え込んだとしても、ドッペルゲンガーも操歯も逃げ切れるようなものではない。

 それに、彼女自身それを看過できるような精神性ではもはやなかった。

 

 

「最後まで聞いてくれ。……理想の能力(アイデアル)の暴走はもう止めることができない。おそらく被害を最小限に抑える方策は、私が此処に残りなんとか爆発を抑え込み、その間に収縮した破壊範囲からお前達が逃げることだ」

 

 

 ドッペルゲンガーは、眉一つ動かさずに言う。

 私が死に、お前たちは生きる。それこそがこの場で考えられる最善の未来なんだと。

 たった一つの機械さえ使い潰せば、全員が生還できるハッピーエンドが作り出せるのだと。

 

 

 確かに、この場において考えられる最善はそれなのかもしれない。

 機械の頭脳がはじき出した最も確実性の高い『安全で幸せな未来』は、そのたった一つに収束してしまうのかもしれない。

 

 そして。

 

 

「だが……だが、私は、死にたくない」

 

 

 それを理解した上で。

 

 もうこれしか最大多数が幸福になれる未来がないと分かった上で。

 きっと大量の人々を危険に晒してしまうと分かった上で。

 

 ドッペルゲンガーは、たった一つの身勝手(ささい)な望みを口にした。

 

 

「もう、諦めたくない。こんなことを言うのは間違っているのかもしれない。所詮微生物の群れがたまたま人間の思考ロジックを学習しただけの存在など、人間に比べれば価値のないものなのかもしれないけれど、それでも」

 

 

 ぐ、と。

 操歯が握りしめた手が、僅かに力を増す。

 その手は、少しだけ震えていた。

 

 

「頼む、みんな。私を……私を、助けてくれ」

 

 

「無論ですわ」

 

 

 ──抱きしめるように。

 レイシア=ブラックガードは言った。

 

 

 微生物? だからどうした。それが何か考慮の結果を変えるに値するのか?

 『救われるべき存在』の定義など、最初から崩壊していたではないか。

 

 自業自得の結果、自暴自棄になって自ら命を捨てた馬鹿な少女。

 

 当たり前の流れで死んで、そのことに納得していた馬鹿な青年。

 

 それだけじゃない。

 本来消えて当然の記憶を持つ少年も、一体十数万円で製造可能なクローンも、婚約者を社会的に殺そうとした悪人も、その誰もが万人に『救われるべき』と思われる魂の価値を持っているかといえば、そんなことはない。

 

 むしろ、そんなものは下らないと、世界の摂理に歯向かうようにしてに戦ってきたのが、これまでの彼女達の旅路。

 

 だから当然の流れとして、レイシアは言う。

 

 

 まるで、世界全体を敵に回すような不敵さで。

 

 ()()()()()()()()()()()に、力いっぱいの意思を込めて。

 

 

 

 

「そんな幻想を押し通すために、わたくし達は此処にいるのですから!!!!」

 

 

 


 

 

 

第三章 魂の価値なんて下らない Double(Square)_Faith.

 

 

一〇七話:重なる祈り ③ Square_"Faith".

 

 

 


 

 

 

「大前提として。理想の能力(アイデアル)の暴走力を私達で抑えることはできないわぁ」

 

 

 太陽のコロナ放出のように散発的に噴き出る『力』の火花に対処する面々の後ろで、食蜂は言う。

 

 この中で、唯一過去に理想の能力(アイデアル)の暴走を食い止めた経験のある食蜂の口調は、あまりにも厳然としていた。

 確かに彼女はかつて理想の能力(アイデアル)の暴走を止めたことがある。だが、そこには理想の能力(アイデアル)の方向性をコントロールしていた核となる幽体連理(アストラルバディ)の協力があったことが大きい。

 今回の理想の能力(アイデアル)は幻生が作り出したAIMネットワークによって形成されており、幻想御手(レベルアッパー)を応用した脳波変換機によってネットワークの管理者権限をジャックした木原数多がそれを制御しているような状態。

 ネットワークと接続していたドッペルゲンガーも今は接続を切られており、菌糸の肉体だってこのままだとあと一〇分としないうちに維持できなくなるような危機的状況である。

 

 

「『なんでも願いを叶えることができる』……そんな莫大なエネルギーの暴走、此処にいる我々だけで抑えるのは物理的に不可能ですものね」

 

「ええ。でも、かといって私達の中にこの理想の能力(アイデアル)への参加者はいないわぁ。つまり、ネットワークの内側から誘導力を働かせて暴走を未然に防ぐっていう『前回』のやり方は使えない」

 

 

 物理的な破壊も不可能。

 内部からの干渉も不可能。

 

 確かに、ドッペルゲンガーの機械の頭脳をして匙を投げるのも納得の窮状だった。

 そこで、雷撃の槍でビル一つは消し飛ばせそうな一撃を相殺した美琴が、息を切らしながら言う。

 

 

「アンタの能力でっ、私達の誰かの脳波をコントロールしてみたらどうなのッ!? そうすればあの! 理想の能力(アイデアル)の中に入り込むことができると思うんだけど!?」

 

「それも考えたんだけどねぇ……。結局、中に入ってもAIMへの干渉力がない能力者じゃ意味がないのよぉ。今の御坂さんならミサカネットワークを使って大きな流れを操作できそうだけど、そもそも今の御坂さんの能力って妹達(シスターズ)との脳波同期ありきだから、幻生の脳波に合わせた時点で強化力が終了しちゃうしねぇ……」

 

 

 そして言うまでもなく、レイシアは心理掌握(メンタルアウト)の対象外である。

 シレンもまたAIM拡散力場を切断することのできる『亀裂』を生み出せるわけなのだし、もしも対象にできるならば望みはあったのだが……、

 

 

「ならさ、俺はどうだ?」

 

 

 そこで。

 ツンツン頭の少年が、口を開いた。

 

 

「俺の右手は、どういうわけかAIM拡散力場のネットワークには含まれないらしいけどさ。でも、流石に脳波を調整すればネットワークには組み込まれるだろ。……異能を殺す、この右手が」

 

 

 その言葉で、全員の表情が変わった。

 確かに、その手はある。幻想殺し(イマジンブレイカー)の異能を殺す能力がネットワークに加われば、当然ネットワークは自壊する。誘導のことなんか考えずとも、それだけでこの暴走状態が解消できるだろう。

 

 

「いけませんわ」

 

 

 しかし、それに対してレイシアが異議を唱える。

 

 レイシアは知っていた。上条の能力を取得しようとした恋査が実際に得たのは、幻想殺し(イマジンブレイカー)ではなかったことを。

 もっと何か得体のしれない力を呼び込んでしまっていたことを。

 もしも上条の脳波をコントロールしてAIMネットワークに組み込もうものなら──その得体のしれない『何か』がアレの中に加えられることは想像に難くない。それだけは絶対にやってはいけない未来だ。

 

 

 パチン、と、また未来が歪んでいく。

 

 

「皆様も先ほど当麻さんの右腕から『何か』が出てきたのを見たでしょう? 当麻さんの能力には未知数の部分がありすぎます。利用するのはリスキーかと」

 

「ならどうするのぉ? 現状、これ以外に方法なんて存在しないと思うんだけどぉ」

 

 

 確かに、その通りだ。

 ドッペルゲンガーが演算しているのだから、この盤面に揃っている駒だけでこの事態を乗り切るのは不可能だろう。

 そういう風に、既に結論が出てしまっている。

 ただしこの結論には、一つだけ欠落している視点が存在している。

 

 ()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という視点が。

 

 

 ネットワークの内部に加わっている者がいないから方向性を誘導することはできない?

 いるだろう、たった一人だけ。

 

 ネットワークの根幹に坐す、ある意味ではこれ以上ない人材が。

 

 

「────徒花さん」

 

 

 レイシアは、ゆっくりと呼びかける。

 返事が来るのに、数秒もかからなかった。

 

 

『ああ、ブラックガード嬢。事態は把握している。……問題ない。()()()は既に目覚めているよ』

 

『いやいやいや、眠り姫ではないんだけどね!?』

 

 

 通話に割り込んでくるのは、軽薄そうな青年の声。

 木原幻生が形成したAIMネットワークを母体とした、理想の能力(アイデアル)

 そこには、たった一人の欠かせない人物がいたはずだ。

 

 塗替斧令。

 

 そもそも、木原幻生は彼の肉体を乗っ取って活動していた。即ち、今形成されているAIMネットワークもまた、彼の脳波パターンを基盤としている。

 つまり彼もまた、AIMネットワークの管理者権限を保有しているというわけだ。

 

 なればこそ。

 

 塗替の力さえあれば、理想の能力(アイデアル)を止めることができるかもしれない。

 

 

『……で、それをやることで僕にメリットはあるのかな?』

 

 

 そこで。

 塗替はぴしゃりと言い切った。

 

 

『君は、僕のことを救ったつもりになっているんだろうが……生憎、僕からしてみれば今回のことは、最初から最後まで君に巻き込まれただけ。単なる災難さ。なんか身体中痛いし、正直に言ってこれ以上巻き込まれたくない。憎い君がそこで死ぬのなら、僕からすれば万々歳だ。その状況を覆してまで、僕が君に協力するメリットは何かな?』

 

『ここで貴様を殺、』

 

「徒花さん! ステイ、ステイ!」

 

 

 ノータイムで暴力を持ち出そうとしたショチトルを通話で抑えながら、レイシアは思案する。

 

 分かっていた。

 

 これは、儀式だ。婚約破棄を完遂し、完全に関係性として崩壊したレイシアと塗替。あの大覇星祭ではレイシアは直接彼のことを救い上げたが──救ったことによってこれまでの人間関係のマイナスが改善されるとは限らない。

 いや、きっとこれからもその印象値が改善することはないのだろう。たとえレイシアがどれだけ塗替のことを救おうと、塗替は生涯レイシアのことを憎み続ける。この男は、そういうどうしようもない──しょうもない男なのだから。

 それを、承知の上で。

 そんなしょうもない男にも、それでも救われてほしいと願うのならば。

 

 

「協力しなければ、アナタも普通に死にますわよ」

 

 

 居丈高になるのでもなく、卑屈になるのでもなく、ただ自然体で、立ち向かえばいい。

 あくまでも、敵同士として。

 

 

「アナタはそれを承知の上でこの機にわたくし達に恩を売り、今後の為に有利な状況を構築しようとしているのでしょうが……この規模です。当然物理的にもそちらに被害は及ぶでしょうし、それに自身が接続しているネットワークが暴走すれば、アナタにもどんな悪影響が及ぶか分かったものではないですわ」

 

『……ぐ……』

 

 

 塗替の言葉が、詰まる。

 『レイシアから要請されて協力する』のではなく、『自分が助かる為には戦うしかない』という状況に、話題が遷移していく。

 そこまでして初めて、塗替の()()が整った。

 

 

『……仕方がない。いやいやいや、結果的に君達の要請を呑む形になったのは業腹だけどね? だが、実際にこの問題を解決しなければ僕の命すらも危ういのであれば文句を言っていても仕方がない。……やるしかない、かあ』

 

 

 呟くような、塗替の声。

 それを聞きながら、レイシアは上空に蠢く力の塊を見上げ、静かに言った。

 

 

「…………ええ、お願いしますわ」

 

 

 


 

 

 

「……といっても、能力については素人である僕にぶっつけ本番でネットワークの制御をしろだなんて無理難題もいいところなんだけどね……」

 

 

 身体のあちこちがヒビ割れた状態で、塗替は溜息のように言葉を漏らす。

 隣にいるメイドの威圧感は相変わらずだが、ああいう風に『お願い』されてしまってはしょうがないだろう。

 実際のところ、塗替にもフラストレーションは溜まっていたのだ。

 思い通りに動かない小娘に出し抜かれて没落し。

 かと思えば得体のしれない科学者に利用されて殺されかけ。

 なんとか生き延びて収監されたと思ったら、今度はその科学者に憑依され肉体を乗っ取られた。

 無事に生還したのはいいもの身体中怪我だらけで痛いし苦しい。『外』の医療ではどう考えても後遺症が残る負傷ばかりで、塗替は踏んだり蹴ったりだった。

 

 

「ただ、生憎肉体を乗っ取られている間に『経験』だけは大量に積むことができたようだしね」

 

 

 だから、いい加減にもう良いだろう。

 

 確かに、自分は小悪党だ。この街の暗部とやらで蠢く化け物共に比べれば実力は大したことがないのだろうし、まともに立ち向かえば一瞬ですり潰されるのは目に見えている。きっと、価値にすれば、塗替の価値なんかそういった強者たちに比べれば吹けば飛ぶくらいに軽い。

 

 

「なら、使わせてもらうとするかぁ……この、クソったれな『遺産』を」

 

 

 でも。

 でも、今だけは。

 

 そんな小悪党が、化け物どもの鼻を明かす、最後のピースになったっていいだろう。

 

 

「うん。それが良い。それを僕の──この俺、塗替斧令の」

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 世界全体に宣戦布告するような不敵な笑みで、塗替斧令は言った。

 

 

「再起の物語の、序章にしてやる!!」

 

 

 

 ────そうして。

 

 重なる祈りが集う夜は、幕を下ろしたのだった。


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