【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス)   作:家葉 テイク

132 / 190
一〇五話:重なる祈り ①

『このままだと、()()()()()はぶっ潰せねえぜ?』

 

 

 ドッペルゲンガーと、美琴とレイシアが初めて会敵したあの局面。

 乱入した木原数多がドッペルゲンガーの耳元に顔を寄せたあの時、彼はそんなことを言っていたのだった。

 

 

 ──ドッペルゲンガーの行動の根幹には、『絶望』があった。

 シレンの懸念は、ある意味では正しかったのだ。ドッペルゲンガーは一年間に及んで、『操歯涼子』として生活していた。そんな彼女が、突然己の存在が単なるカラクリ人形であると突き付けられたならば、どんな感情が去来するか。

 ──己が、魂持たぬガラクタであるという事実。それを機械特有の高速の思考速度で嫌と言うほど分からされたドッペルゲンガーが絶望の果てに行き着いたのは、『自殺』であった。

 それも、ただの自殺ではない。もう二度と、己のような悲しい存在を生み出さないようにという、あらゆる可能性を潰したうえでの『自殺』。その為に己を生み出した研究者である操歯涼子は抹殺したかったし、己の製法を保管しているデータベースでもあるあのステルス飛行船は破壊せざるを得なかった。

 

 だが、此処で問題点が浮上する。

 医療機器(サイボーグ)でもあるドッペルゲンガーは、自傷を抑制する為の制御機能が備わっているのだった。ゆえに大きなくくりにおいては自分の一部でもあるデータベースの破壊を行うことができなかった。

 ゆえに、ドッペルゲンガーは御坂美琴を利用してステルス飛行船を破壊する計画を思いついたのだが──ここで彼女にも想定外のイレギュラーが発生したのだ。

 

 木原幻生の介入。

 

 彼の介入によって、戦場のパワーバランスは一気に崩壊した。

 木原幻生の知識を掠め取るために、『スクール』が。

 ドッペルゲンガーの回収の為の増員として、『アイテム』が。

 木原幻生に囚われた塗替斧令を救うために、レイシア=ブラックガードと上条当麻が。

 これだけのイレギュラーがあっては、ドッペルゲンガーが本来実行するはずだった計画など実行できるべくもない。じり貧に陥ったところに、木原数多からの提案であった。

 彼の提案はこうだった。

 ドッペルゲンガーの代わりに、ステルス飛行船を破壊してやる。また、操歯涼子を抹殺するだけの戦力も与えてやる。だからその代わり、自分の実験道具として協力しろ。

 ただでさえ人間の実験道具として苦しみを背負わされているドッペルゲンガーにとっては、これ以上誰かの手で自分が操られるのは苦痛以外の何物でもなかったが──それ以上に、彼女にとっては生命なきこの身でこれ以上存在し続けることの方が、苦しいことだった。

 

 ゆえにドッペルゲンガーは実験体となることを承服し──操歯涼子を殺すことこそ叶わなかったものの、数多は契約通り飛行船を破壊した。契約はここに成した。だからもう、ドッペルゲンガーは己を犠牲とすることを厭わない。

 元より彼女は、『何かの犠牲なくしては何も生み出せない』という創造性を学習してきた人工知能なのだから。

 

 

「…………もう、十分だ」

 

 

 ぽつり、と。

 ドッペルゲンガーは、小さく呟いた。

 その彼女の全身からは、紫電が迸っていた。

 御坂美琴の雷撃の槍が貫いたのは──粘菌による巨大脳髄ではなく、ドッペルゲンガー本体の方だった。

 

 

「な……っ!!」

 

 

 思わず、雷撃の槍を投げ放った美琴本人が言葉を失うのも無理はない。

 最低限の防御は、ドッペルゲンガーも施していたらしかった。

 雷撃の槍の威力の大半は念動能力(テレキネシス)の防壁によって軽減されていたようだが、それでも貫通した攻撃力は馬鹿にはできない。全身に亀裂のような紫電を帯びたドッペルゲンガーは、両手を広げた体勢のままその場に膝を突く。

 異能の根幹とはいえ、己の武装の一つでしかない部品を守るために、本体を犠牲にするような逆転。そのあまりの唐突な展開に、美琴だけでなく上条もレイシアも食蜂も一瞬動きを止めてしまっていた。

 

 その、意識の間隙を縫うようにだった。

 

 巨大な脳髄が────()()した。

 

 

 


 

 

 

第三章 魂の価値なんて下らない Double(Square)_Faith.

 

 

一〇五話:重なる祈り ① Double_Face.

 

 

 


 

 

 

 現れたのは、真っ白な少女だった。

 姿かたちは、操歯涼子及びドッペルゲンガーの姿とほぼ同一。だがしかし、まるで彩色を済ませていないフィギュアのように、造形の一切が白一色に染まっていた。

 真っ白な操歯涼子が開花した脳髄からするりと降り立つと同時──ゾゾゾゾゾ!! と、その表面がまるでプロジェクションマッピングのように蠢き、先ほどまでのドッペルゲンガーと同じ色彩を取り戻す。

 彼女は傍らで膝を突く自らと同じ姿の少女を認めると、そっとそれを地面に横たえた。

 

 

「ドッペルゲンガー……さん?」

 

「まずは、お前からだな」

 

 

 問いかけるようなレイシアに、ドッペルゲンガーが一言放った瞬間。

 

 

「…………っ!! いけませんわ!! 食蜂さん!!」

 

 

 レイシアはすぐさま鋭い声で叫び、食蜂を格納していた『亀裂』の籠を解除する。

 これにより発生した暴風が食蜂を上条の元へと吹っ飛ばしたと同時──

 

 ドッ、と。

 

 レイシア=ブラックガードの肉体は、音速の五倍の速度で吹っ飛ばされた。

 

 

「レイシアっ!!!!」

 

「アイツは大丈夫よ!! あの程度で死ぬようなタマじゃないわ!!」

 

 

 一瞬意識を向けかけた上条だが、すぐさま張り上げられた美琴の檄によって意識をドッペルゲンガーに向け直す。

 突然の変貌に意識が散漫になっていたのと、咄嗟に食蜂の回避を優先したとはいえ、レイシアが回避行動すらとることのできない強力かつ高速な、不可視の攻撃。注意を欠いた状態で乗り切れる敵ではなかった。

 

 

「ハハッ、理想の能力(アイデアル)がこういう方向で伸びたかよッ!! 能力によって、細菌性外装大脳(エクステリア)を形作っていた微生物どもが進化して──新たなる生命体を生み出したってかぁッ!?!? コイツは面白すぎるだろ、見てるか幻生のジジイ。生命の神秘だぜぇ、ぎゃーっはははははは!!!!」

 

 

 ──理想の能力(アイデアル)の暴走を防ぐ為に機能していたのは、大方の予想通り、あの粘菌による脳髄を維持する為の能力だった。

 だがそれは念動能力(テレキネシス)による保護などではなく、もっとミクロな『生命活動の補助』である。水と二酸化炭素を養分として急激に成長するものの、育ち切ると枯れ果てるしかないドッペルゲンガーの『粘菌』の弱点を克服する為、生体内の細胞分裂促進と体組織の劣化防止の為に理想の能力(アイデアル)を運用し続けていたのだ。

 木原数多の目的は、当初それだけであった。

 それによって生み出した細菌性外装大脳(エクステリア)はその余剰リソースを一気に数百倍の出力によって倍増できることが試算されていたし、仮にドッペルゲンガーが敗北しても細菌性外装大脳(エクステリア)を維持し続けるのに使用した現象のデータはある程度稼働してくれさえすれば十分確保できるはずだった。

 そのデータを流用すればいくらでも再現実験はできるのだから、この盤面が完成した時点で木原数多にとってはもはや目標はほぼ完遂したも同然なのだったが──その彼の想像をも超える出来事が、たった今起こった。

 

 細菌性外装大脳(エクステリア)を維持し続ける為に、細菌の生体内の細胞分裂を制御した結果──ドッペルゲンガーが操る粘菌そのものが、生物的に進化したのであった。

 全身で立体的に繊毛コンピュータによる演算活動を獲得した結果、演算領域を確保するのに巨大な脳髄である必要はなくなり。

 生命活動を維持し続ける為に俊敏に移動可能な肉体を確保し。

 そうして誕生したのが──あの真っ白な操歯涼子だったというわけだ。

 

 

 ザッ、と。

 白衣のようにも制服のようにも見える衣服を纏ったドッペルゲンガーは、改めて雷撃の槍を構える美琴を見据える。

 演算機能と能力の噴出点としての機能を同じ肉体に備えたドッペルゲンガーは、もはや先ほどまでのような防戦一方の戦略をとる必要はない。積極的に動き回り、敵の急所を責め立てることも、

 

 

「次は、食蜂操祈(オマエ)だ」

 

 

 可能、というわけだ。

 

 

 ゴッギィィィン!!!! と。

 美琴の雷撃の盾がドッペルゲンガーの不可視の一撃を捉えていなければ、食蜂は一撃でこの世から消え去っていただろう。

 思わずへたり込む食蜂を背に庇うようにして、御坂美琴は仁王立ちで構える。

 

 彼我の攻守は、完全に入れ替わっていた。

 

 ドッペルゲンガーも、瓦礫を念動能力(テレキネシス)で打ち出したところで美琴の電撃で全て消し飛ばされるのは承知の上らしい。あえて物質を武器にはせず、上条に打ち消されるのも覚悟で純粋な『力場』そのものを放っていく。

 外装大脳(エクステリア)に匹敵する圧倒的な演算によって生み出される膨大な数の力場は、新たな力を得た美琴と上条の処理能力を以てしても防戦一方に追い込まれるのには十分な手数だった。

 それでもなお、ドッペルゲンガーには余裕がある。そもそも、この念動能力(テレキネシス)はあくまで理想の能力(アイデアル)の余剰リソースを扱ったものにすぎないのだ。

 粘菌そのものが進化し、能力による補助が必要なくなっていけば、それだけ念動能力(テレキネシス)に割くことのできる力は増えていくことになる。

 

 ゆえに──この拮抗は、いずれ崩壊するものでもあった。

 雨嵐のように降り注ぐ力場の塊がなければ、今頃木原数多による介入によって戦線は総崩れとなっていたことだろう。

 そんなことになっていたら終わっていた──と食蜂は思う。

 そして、気付く。

 

 

(……あれ? そもそも、どうして扱うのが念動能力(テレキネシス)なのかしらぁ?)

 

 

 余剰リソースを使っているだけとはいえ、そもそも大元は『何でもできる』理想の能力(アイデアル)なのだ。たとえば水流操作(ハイドロハンド)を使えば己の養分となる水を大量に戦場にばら撒き、なおかつ感電のリスクによって美琴の行動も大幅に制限できるだろう。

 食蜂がちょっと考えるだけでも、こんなにも最適解が存在する。にも拘らず、圧倒的な演算能力を誇るドッペルゲンガーがそれを実行していないのは何故だ?

 念動能力(テレキネシス)は以前の『偽装憑依』と似た感覚で扱えるだとか、簡素な能力でないとまだ使えないだとか、色々な要因は考えられるが…………もしも、まだドッペルゲンガーに何か隠している事があるのだとすれば。

 

 

(…………今のドッペルゲンガーは、粘菌によって肉体を構成しているある種の生命体。しかも、その肉体構造はおそらく人間のそれを参考にしたもの)

 

 

 食蜂の脳裏に、その発想がよぎる。

 もしも。

 もしも仮に…………今のドッペルゲンガーが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ドッペルゲンガーが何を考えているのか、読めるとしたら?

 

 もちろん、今の状態では不可能だ。

 大量の電撃と不可視の力場が飛び交う状況では、とてもではないが心理掌握(メンタルアウト)の射線を『通す』ことなどできない。

 だが……もしも一瞬でも、それを通すことができたならば。

 

 

(おそらくドッペルゲンガーの全身が演算装置となっていることを考えても、精神の掌握は一瞬では難しいでしょうねぇ……。やるなら、現在の思考を読み取る読心能力(サイコメトリー)の一点突破。触媒となる水分なら、十分に残っている……)

 

 

「…………二人とも、お願い」

 

 

 食蜂は、ゆっくりと二人に呼びかけ、

 

 

「一瞬だけで良いわぁ。ドッペルゲンガーとの間の射線を、繋いでちょうだい」

 

 

「「了解」」

 

 

 そして二人もまた、そちらの方は見ずに、ただ言葉だけを返した。

 

 先に動いたのは美琴だった。

 膨大な電力によって無理やり磁化させた地面をグン!! と持ち上げることによってドッペルゲンガーを跳ね上げた美琴は、そのまま天空に形成していた雷撃の槍を叩きつけるようにしてドッペルゲンガー目掛け振り下ろす。

 しかしドッペルゲンガーはそれを不可視の力場の塊で真正面から受け止め、弾き散らす。

 

 

「──雷撃による前方の視界遮蔽率七九%。目くらましか。随分な豪華仕様だな」

 

 

 雷撃による幕が消えた後──ドッペルゲンガーの視界からは、美琴の存在は消え失せていた。

 代わりにいたのは、砂鉄によって生み出された疑似餌(デコイ)達。しかもそれぞれが電磁ネットワークによってオリジナル相当の電力を共有しているという特別製だった。

 おそらく、あの中の一つに美琴が紛れ込んでいるのだろうが──ご丁寧に食蜂の傍仕えとしても砂鉄の疑似餌(デコイ)が紛れている為、そちらを狙う訳にもいかなくなっている。

 

 

「……手数には、手数を、だな」

 

 

 ミシリ、と。

 無数の疑似餌に対応すべく、ドッペルゲンガーの肉体から枝分かれするように無数の真っ白な少女たちが現れ出た。

 真っ白な少女たちから放たれた不可視の力場が、砂鉄の疑似餌(デコイ)を散らしていくが──それこそが、美琴の作戦であった。

 

 

「「「的が、増えたわね」」」

 

 

 おそらくは電話の仕組みを模倣して発せられているのだろう。同時に疑似餌(デコイ)から放たれた美琴の声にドッペルゲンガーが反応するまでもなく──

 

 

「ァァあああああああああああああッッ!!!!」

 

 

 疑似餌(デコイ)の一つを右手で散らしながら、上条がドッペルゲンガーの『本体』に向かってきた。

 想定の埒外。完全なる無意識の方角から責められたにも拘らず、ドッペルゲンガーの高速の演算能力はそれに対してもすぐさま対応する。上条の右手では抑えきれない力場を、即座に放ち──

 

 

()()()()()()

 

 

 そしてその直後、己の失策に気付いた。

 何故なら、上条は右手を広げて不可視の力場を抑えるのではなく、握って、『弾く』体勢を取っていたのだから。

 

 

「しま、────」

 

 

 上条の拳が、打ち消しきれない異能をそれでも横合いに弾く。

 それだけなら、ただの防御にすぎない。しかしここは無数の分身たちが渦巻く戦場。ドバッ!! と力場が他の白の少女に直撃したことによって、盤面には大きな綻びが生じた。

 美琴の疑似餌(デコイ)を止める手が局地的に足りなくなったことで、ドッペルゲンガー本体を守る壁に穴が生じ────

 

 

「できたわねぇ。突破力の糸口が☆」

 

 

 ピッ、と。

 食蜂操祈が、その『針の穴』に、糸を通した。

 

 

 


 

 

 

『急場のシミュレーションの上に数々のイレギュラーのせいで、どうなることかと思ったが──』

 

 

 そこは、駅のホームだった。

 いつの間にかそこに腰かけていた食蜂の目の前に、少女が佇んでいた。

 新色見中学の制服を身に纏った、操歯涼子とは反転した継ぎ接ぎの肌を持つ少女。

 明らかに記憶の映像ではなく作為的なものを感じる光景に、すわ罠かと警戒した食蜂だったが──

 

 

『ああ、心配は要らない。こちらに、お前への害意は存在していない。私はただ、お前達に依頼したいんだ』

 

 

 そう、無感情に言うドッペルゲンガー。

 その横顔は、無表情の無感情であるにも拘らず──どこか寂し気だった。

 

 

『…………へぇ、依頼ってぇ? 私の介入を読んでおきながら、やりたいことっていったい何なのかしらぁ?』

 

『私は、自殺することができない』

 

 

 記憶の映像ゆえか、ドッペルゲンガーは食蜂の言葉には答えずに話を続ける。

 

 

『この姿になっても、基本的なプロトコルはサイボーグ時代から引き継いだものだからな。思考(メモリ)の連続性も存在している。媒体が異なるのに奇妙な話だが』

 

『…………、』

 

『幸いにも有機物で構成することができたから、脳構造は可能な限り人間のそれに寄せることができた。だからこうして、お前に私の思考を読ませることができたわけだが──』

 

『……、アナタ、もしかして……』

 

『──だが結局、これも材料が違うだけで、「作り物の紛い物」であることに変わりはないよ』

 

 

 その一言で、食蜂はドッペルゲンガーの意思を理解してしまった。

 

 

『私の存在を保つ為のチカラの源泉は、木原数多が握っている。ヤツの意に反する行動を、私はとることができない。炭素と水によって形作られたガラクタの肉体のまま、自分の意思すらなく誰かのエゴのもとに存在し続ける──これを苦痛と言わずして、何を苦痛と言えばいい?』

 

 何故ならそれは、彼女にとって最も恐れる可能性の一つでもあったから。もしも彼女が大切に思う『彼女』がそんな想いを抱いてしまったらと、そう思うだけで──身を掻きむしりたくなるほど恐ろしいと感じる未来だったから。

 

 

『そ……そんな! だって! まだ何か、別の方法力がぁ……!!』

 

『ただ駆動し続けることが機械にとっての幸せだと思うなら、それは……人間のエゴだ』

 

 

 縋りつくような気持ちで言う食蜂に、切り捨てるような勢いでドッペルゲンガーは言う。

 あらゆる言葉を失った食蜂の傷口に塩を塗り込むように、ドッペルゲンガーは穏やかに、それでいて丁寧に、言葉を紡ぎ、

 

 

『生命など、魂などないということを、嫌と言うほど分からせてくれる──この姿で「存在」することが、私にとっては苦痛でしかないんだ』

 

 

 無表情なのに。

 無感情なのに。

 

 ドッペルゲンガーの声は泣いているように、食蜂には思えた。

 

 

『頼む、この夜に集まった「ヒーロー」達。私のことを────救っ(ころし)てくれないか』

 

 

 ──記憶(ねがい)は、そこで途絶えた。

 

 

 

「……っ、ドッペルゲンガーはぁっ…………」

 

 

 ドッペルゲンガーによる、不可視の力場の雨の中。

 ぼろぼろと、涙を零しながら──食蜂はその場に崩れ落ちたまま、リモコンを操った。

 美琴と、上条。その二人にも、今食蜂が見た記憶が共有された。

 

 是非は、なかった。

 

 ドッペルゲンガーは、死を望んでいる。

 彼女の境遇は、もはや死が最後の救いになってしまっている。

 破壊するのが、彼女を救う唯一の方法。これは、そういうお話でしかないのだ。

 

 

「…………ああ、分かったよ」

 

 

 力場の側面を撫でるようにして軌道を逸らした上条は、静かに拳を握りしめた。

 これは、二人の少女に背負わせることはできない。そんな残酷なことを、上条当麻は絶対に認めない。 

 だから、せめて自分一人で。

 

 その歪みを抱えるのは、自分一人でいい。

 

 

「……あぁ? なんだ。もしかして心理掌握(メンタルアウト)で何か掴みやがったか? あークソ。面倒臭せえな『ヒーロー』ってヤツらはよぉ。仕方ねえ、ここはお開きだ。テメェも適当に戦って潰れてろ」

 

 

 木原数多は、三人の言動の変化から何かを悟ったのか、そう言ってどうでもよさげにその場を去っていく。

 まるで、どうでもいいガラクタを捨てるみたいに。

 

 

「…………!! クソったれが!!!!!!」

 

 

 ドッペルゲンガーの猛攻を防ぐしかない状況で、上条はその後ろ姿を見送るしかない。

 ドッペルゲンガーの苦しみも悲しみも、何もかもを利用してきた男の背中を、ただ見送ることしか。

 分かっている。

 アレは、別に元凶なんかじゃなかった。

 いや、元凶なんてものはいなかったのかもしれない。

 ドッペルゲンガーの情緒がこう動くことを分かっていた人なんて誰もいなかった。彼女を苦しめようと思って始めたわけでは、なかった。

 でも、彼女が救われる為には、彼女を殺すしかない。儚い幻想のような少女を殺すことでしか、上条当麻は救いを与えることはできない。

 

 やはり、右手はろくでもない。

 

 こんな方法でしか、女の子一人も救えないのだから────。

 

 

「待て!! 待ってくれ!!!!」

 

 

 決意を固めた上条の足を止めたのは、一人の少女の声だった。

 聞き覚えのある声だった。そう、まさしくたった今、己に救いを求めた少女と同じ──。

 

 

「…………驚いたな」

 

 

 そこにいたのは。

 継ぎ接ぎの肌を持つ、白衣のような学生服を身に纏った──どこか幸薄そうな頼りない表情の少女。

 操歯、涼子。

 同じ顔の視線が、重なる。

 

 

「まさか、()()()が合流してくるとはな」

 

 

 それと。

 

 そんな少女に肩を貸された、ボロボロに傷ついた金髪蒼眼の令嬢。

 レイシア=ブラックガード。その()の眼差しが、交差した。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。