【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス) 作:家葉 テイク
──そうして到着した俺達の目の前にあったのは、殆ど神話の世界かと見紛うような戦闘風景だった。
「らァァああああああああああああああああッッッ!!!!」
まず目についたのは、雷の嵐の中心に立つ美琴さんの姿。
その姿は常盤台の冬服──のようだが、ところどころが電撃と同化して、羽衣のような装束を形成している。おそらく磁力によって巻き上げられた前髪と、そこから伸びるツノは大覇星祭のときと同じだが──目の色は普段と変わらないし、瞳の光も彼女の意思を感じさせるものだ。
「あれが……」
「そ。私の能力で暴走しないように制御している、御坂さんの新たな領域力ってところかしらねぇ。私は
到着してから『亀裂』の籠から出た食蜂さんが、得意げに説明する。
概略については、移動中に食蜂さんから聞いていた。
あの大覇星祭の時と同じように、あえてミサカネットワークに一定の指向性を与えることで、大きな力を美琴さんに流入させていく技術。
そして、その時に生じる美琴さんへの負担を、指向性を与えたときにミサカネットワークに混入させた食蜂さんのサポートパッケージで軽減させ、暴走を抑制する──という作戦。
もちろんこれだけでは完全ではなく、食蜂さんが実際に戦場に乗り込んで、直接美琴さんに能力を使うことで戦力としては完成するらしいが……。
「でもぉ、こうしてこの戦場に私を連れてきた時点で、こっちの勝ちは決まったも同然よぉ」
「……どうしてだ? 御坂とドッペルゲンガーの戦い、けっこう五分五分に見えるぞ。ちょっとパワーアップしたくらいで勝敗が決定的になるようには見えないんだけどさ。アンタやレイシアや俺が参戦するにしても」
当麻さんの言うことももっともだった。
勝敗が戦力の足し算で決まるなら確かに俺達の勝ちは確定的だけど、実際にはそうじゃない。美琴さんは生身だからドッペルゲンガーさんに比べて疲労によるパフォーマンス低下が存在するし、食蜂さんを守る分俺達の動きにも制限が生まれるからね。
それに、まだ数多さんがいる。一応帆風さん達が倒したという報告は聞いてはいるものの、気絶まではしていなかったらしいし、まさか数多さんがマイクローブリベンジの戦闘の余波で死んでいるはずもなし。つまり、回復したあと普通に戦場に復帰している可能性もあるわけで……。
そっちからの介入も考えると、勝ちが決まったというのは早計な気もするけど……。
「だって、『綱引き』にはもう勝っているしぃ?」
ピッ、と。
そう言って、食蜂さんがリモコンを美琴さんに向けた直後のことだった。
ゴギン!!!! と、まるで世界の歯車が外されたかのような異音が、あたりに轟く。
ふと上を見上げてみると────天空を覆う黒い亀裂のような稲妻が、先ほどまでの倍以上に増えていた。
これは……。
「そもそも、ドッペルゲンガーは自前であの電撃力を生み出しているわけじゃないわぁ。アレはあくまで、御坂さんの能力の『噴出点』になることによって実現しているもの。だからこそ御坂さんは一時期能力が弱まっていたわけだしねぇ。つまり、御坂さんが
その言葉の続きを奪うかのように、美琴さんがひときわ激しい雷光を迸らせた。
天空を駆けるドッペルゲンガーさんが躱しきれずその雷光を浴びると──彼女が身に纏っていた羽衣が半分ほど抉れるように消し飛び、黒い炭のように焦げ落ちた粘菌の羽衣だけが残った。
「……フム、綱引き……か。どうやら既に、
「こんな状況じゃなければ、アイツの手を借りるのは勘弁したいとこなんだけどね」
趨勢は、ほぼ完全に決していたようだった。
能力の出力が綱引きによって確定するということは、この時点でドッペルゲンガーさんはほぼ無力化できたも同然ということ。たとえ数多さんが盤面に出てきたとしても、数多さんVS
なるほど、食蜂さんの言っていたのはそういうことだったってわけだ。確かに……ここからなら、もう戦闘的な問題はなくなったも同然。あとは──
ゴォオン!!!! と。
次に打つべき手について思考を巡らせていると、戦闘地点のすぐ傍で突然に爆発が起きた。もちろん、美琴さんやドッペルゲンガーさんの戦いのスケールに比べれば小規模なものだが……しかし俺達の目に留まったのはそこではなかった。
真に注目すべきは──爆発した場所に
「あれは……飛行船……!?」
そこにあったのは、巨大な飛行船の残骸。
もともとはH型の形状だったであろう機体は墜落の衝撃で真っ二つに圧し折れ、さらに大小様々な機体部品がバラバラに飛び散っている。爆発炎上していないのが不思議なくらいの破損具合だったが、アレではもう本来の機能の復元など望むべくもないだろう。
──俺達には分かる。アレは、先ほど気流感知で全貌を把握したステルス飛行船だ。
ドッペルゲンガーさんは、そんな有様を横目に見ながら、
「……、……
そう、寂しそうに呟いた。
その呟きに答えるように、だった。
「おい、
男の、声がした。
その声は、とても研究者とは思えないくらいに粗暴な声で、ちょっと聞いただけではチンピラかと思ってしまうくらいに卑近な凶悪さで──でも、俺達にとってはこの世の終わりにも匹敵するくらいに、重大な凶兆を孕んでいた。
その男は。
何故か飛行船の墜落地点にいて、なおも平然と機体の上に佇んでいた──
金色に染められた髪を逆立てた、刺青の研究者は、嘲るようにドッペルゲンガーさんに言った。
「契約は果たしたぞ。さっさと俺の実験道具になりやがれ」
そんな、木原数多の号令と共に。
この夜を飾る最後の『最悪』が、産声を上げた。
「なあ、クソガキども。
「…………、」
俺たちはもはや、そんな見え透いた挑発にも反応する余裕はなくなっていた。
何故なら、美琴さんの
「ま、既に聞いたことはあるだろ。そうだよそうだ。インディアンポーカーの応用で『
……それは、知っている。
俺達も実際に過去の計画の資料を見てその概要は知っている。だが……おそらく、数多さんがやっているのは
彼が実行しているのは、先日蜜蟻さんが行った計画の方。インディアンポーカーによって生み出したAIM拡散力場のネットワークを
何故分かるか?
「ま、そんなモンじゃあ安定的な
それは──
「せっかくだから、『継承』させてもらったぜ。
──それを達成するだけの『材料』が、この場にあったから。
「アナタ……まさか、木原幻生が
アレはもともとの
数多さんがそれを知っているなら、彼の言う『俗物』という自嘲にも納得だ。何せ、何でも好きな現象を起こせるってことは、ストレートに『万能』ってことなんだから。
「あぁ? そんな驚くようなモンでもねぇだろ。ジジイの脳波に合わせてチューニングされてたんなら、外付けの機材でもなんでも使って変換機にかけて俺でも使えるようにしちまえばいい。こんなもんは一〇分でできる日曜大工未満の工夫だよ」
当たり前のように、数多さんは自分の首元を指でつつく。
そこには、まるで
「あとは単純だ。ドッペルゲンガーを使って幻生との戦闘を経てAIM拡散力場の動きを調整すればいい。戦闘の繰り返しっていう『マクロな流れ』が
……アレで幻生さんが束ねていたAIM拡散力場の制御権を乗っ取ったのであれば、確かにAIM拡散力場のネットワーク全体に一定の指向性を与えることができる。
そしてその出力先にドッペルゲンガーさんを指定すれば、ドッペルゲンガーさんを
「よぉ、『偽装憑依』に『巨大兵器』に『簒奪雷神』からの、病理ちゃんもびっくりの第四形態だ。とくと味わえよ、
音も、なかった。
ドッペルゲンガーさんの全身から萌芽するように伸びた真っ白い粘菌の塊が、樹のように巨大化していく。
そしてそれはやがて──一つの大きな脳髄を形成していた。
「あ、れは……
それを見て、食蜂さんが真っ先に声を上げる。
言葉の意味は分からないけれど……今度は食蜂さん関連の技術を『継承』したってことか!?
「能力を生み出す源ってのはまだ人工的には作れねえけどよぉ、それを制御する大脳ならいくらでも『機械化』できるんだぜ。こんな風になぁ!!」
シュドォ!! と。
砂すらも巻き込んだ
おそらく──咄嗟に発現した『亀裂』や、当麻さんの右手では防ぎきることはできなかっただろう。美琴さんが生み出した雷撃の槍がなければ、今の一撃だけでその場の全員の上半身と下半身がバラバラにされていたかもしれない。
「……聞きなさぁい、ブラックガードさん」
と。
そこで、背後に庇っていた食蜂さんが俺達に声をかけてくる。
「…………なんですの、わたくしこれから高速機動に入るつもりなのですが」
「なら猶更今聞きなさぁい!! 高速機動に入ったら私、もう絶対に解説力なんて発揮できないからぁ!!」
食蜂さんは切実な声色で言う。……あ、一緒に飛ぶのは前提なのね。そりゃそうか。この状況で食蜂さんが生身で放り出されたら、死ぬしかないもんね……。
「……良い?
……今は、そんな様子は見られない。つまり、通常なら暴走していなければおかしいってことだ。
でも、実際に暴走はしていない。そう考えると、今も目に見えていないどこかで何らかの能力を発揮している可能性は高い。今の
「おそらくその点は、あの脳髄の形成に意味があるはずよぉ。そもそもドッペルゲンガーの扱う粘菌はそこまでの強度力も機能力も備わっていなかったわぁ。なのにああして演算力を担っているってことは、おそらくその強化に大部分のリソースが割かれているはず。尤も、それだけじゃ終わらないだろうけどねぇ」
「………………、」
そして、そこまでして作り出しているあの脳髄は、間違いなく今のドッペルゲンガーさんの強化には必要な機能。
異能によって支えられた、敵戦力の根幹。……なるほど、ここまで話を聞けば、俺達の取るべき作戦は自ずと見えてくる。レイシアちゃんの方も、食蜂さんの言いたいことを察したらしい。
「
「さっすが『同類』。理解力が高くて助かるわぁ」
《何が同類ですの。わたくしアナタほど性悪ではありませんわよ……》
《まぁまぁレイシアちゃん……》
多分、同じ当麻さんを愛する者って意味だろうしさ……。
……いやいやいや、あくまで今のは食蜂さんの認識の話をしただけで俺が愛しているってわけではないけどね!? まだ分かんないんだけどもね!?
「……さっきからあのマッドサイエンティストの頭を操ろうと頑張ってるんだけどぉ、なんかアイツ、私の能力に対して防護力をかけてるみたいなのよねぇ……。以前メッセージを送ったせいでこっちの『レシピ』がバレてるっぽいし……だから正直もう、私は御坂さんの援護力を発揮するしかできることがないわぁ。私の身の安全は任せたわよ、ブラックガードさん」
「そこはお任せください。絶対にみんなで生還しますわよ!!」
言葉と同時に、俺は美琴さんと呼吸を合わせて『亀裂』を展開する。
脳髄目掛け放った『亀裂』は当然のように
その一瞬を使って、俺達は食蜂さんを『亀裂』で確保して空へと飛び上がった。
「~~~~~~~~~ッッ!?!?」
早くも背後から食蜂さんの声にならない悲鳴が聞こえてくるが、俺達はあえて黙殺する。
一刻も早く決着をつけるから……食蜂さん、耐えてくれ!!
とはいえ──俺自身にできることは少ない。暴風も『残骸物質』も、おそらくドッペルゲンガーさんの扱う
つまり、この戦闘においては俺達は『亀裂』による直接攻撃しか使えないということになる。
まあ────だからといって、じり貧になるほど
ブワァッッッ!!!! と。
俺達の背後から、発現最大数──九八対の『亀裂』が伸びる。それらは天空に一度飛翔してから、ドッペルゲンガーさんの背後にある脳髄目掛け雨のように降り注いでいった。
「……陽動か? この程度ではいちいちリソースを割くまでもないが……」
それに対し、ドッペルゲンガーさんは頭上を覆うように
……やっぱりだ。あの状態のドッペルゲンガーさんは、先ほどまでのような高速機動を扱うことはできない。どうしても脳髄を守るような動きを取らざるを得ないんだ。
そして、わざわざ天井を作って防御を行うということは、あの脳髄自体に
「陽動? いいえ、アナタの手を確実に削いでいく一手ですわッ!!」
直後、九八対の『亀裂』の群れの中から、音もなく色もなく俺達が忍ばせた魔手が伸びる。
──光すらも切断する、白黒の『亀裂』。これは強度においてはかなりの頑丈さを誇るが、透明の『亀裂』の上位互換というわけではない。
透明の亀裂の方が隠密性に優れるし────
「これならどうです!!」
「……不可視の『亀裂』か。想定していないとでも、思ったか?」
ガンガンガガンガンガガガガン!!!! と。
透明の亀裂が、不可視の壁に阻まれる。諦めず『亀裂』は地中に潜り込もうと動くが──しかしそれを先回りするように、
「──透明の『亀裂』も捨てたもんじゃないわよ。だって、
バヂッ、と。
あえて牽制程度に攻撃を留めていた美琴さんが、そこでフルパワーを発揮する。その手に、雷撃の槍が形成されていく。
これをドッペルゲンガーさんへ放てば──
ドッペルゲンガーさんは今は能力のリソースを『亀裂』の抑え込みに割いている。この二正面作戦なら、完全破壊までは難しくとも脳髄にダメージを与え、当麻さんが接近するだけの隙を作るくらいは──!!
「おいおい、その程度で
ぴゅい、と。
そこで数多さんは、軽く口笛を吹いた。
そこで俺は、己の失策に気付く。
《しまッ、そうだ、数多さんは口笛一つで気流を──!!》
直後、俺達の手から、気流が離れた。
「ちょッ? ばッ、待──!」
背後で食蜂さんが慌てた声を出すのも無理はない。
風の制御を失った俺達の落下地点は、ちょうど美琴さんの射線上で──
《ざッ、『残骸物質』を──!!》
……あ、駄目だこれ。『残骸物質』を出すしか手が残されてないけど、出したら当麻さんの右手で消せない重量物を生み出しちゃうことになる。一〇〇%逆用されて詰む。
で、でもこれ以外に現状で生き残る方法って……!?
「ォォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!!」
逡巡した一瞬。
俺達が見たのは、ツンツン頭が全力で俺達と美琴さんの間に入る光景だった。
「…………ッ!!」
一瞬、駄目だと叫びそうになる自分を、俺は必死の思いで抑えつけた。確かに一見すると、その身を挺して俺達を守ろうとしている行動に見えるが……そこにある僅かな違和感に、気付いたからだ。
まるで、美琴さんの雷撃の槍を、バトンでも掴むみたいに待ち受けている、その腕の動きを。
「…………っ!! 全くもう、アナタはいっつもそうやってぇ……!! 突貫工事すぎて、全然精密さが足りないんだゾ!!」
食蜂さんが、リモコンで当麻さんの脳に
おそらく、彼女もまた当麻さんの意図を汲み取ったのだろう。ならば俺も、俺達も、やるべきことをやるだけだ……!!
ドウッ!!!! と。
白黒の『亀裂』を背後から大量に生み出し、ドッペルゲンガーさんと数多さんに攻撃を仕掛ける。当然これらは全て防がれてしまうが──これで準備は整った!! 『道』は──出来上がった!!
グン、と当麻さんが勢いよく踏み切り、跳躍する。
それはまるでトップアスリートがするような完璧な跳躍で、とてもどこにでもいる普通の高校生には発揮できないものだった。
そして、その手に美琴さんの雷撃の槍が着弾するも──やはりそれは打ち消しきれず、しかし当麻さんの右手に命中したことでその軌道を捻じ曲げる。
そして捻じ曲がった雷撃の槍は、俺達の生み出した白黒の──
これこそ、俺達がたった今編み出した連携技だ。
食蜂さんのサポートで精密に『反射』する角度を調整した雷撃の槍を、『亀裂』でさらに乱反射させる。
しかも、『亀裂』のせいで視界を奪っている数多さん及びドッペルゲンガーさんはこの攻撃の出所を見ることができない。数多さんがわざわざ俺達を人質にしたってことは、今の状況でドッペルゲンガーさんが美琴さんの一撃を受け止めることはできないということ。
こうやって防御をできなくした上でなら──!!
「…………おいおいマジかよ。こいつは想定外だぜ」
役目を終えた『亀裂』達が音もなく空気に溶けた直後。
ズバチィィッッッ!!!! と。
美琴さんの雷撃が、ドッペルゲンガーさんの最後の守りを、貫通した。