【完結】とある再起の悪役令嬢(ヴィレイネス) 作:家葉 テイク
その瞬間、俺達は迷わず空を翔けていた。
『マイクローブリベンジ』が爆発したことによって発生した噴火のような爆炎の脇を通り抜けつつ俺達が睨みつけているのは──
《どういう防御力してますの!? あの爆発の中心から離脱して……右腕以外無傷!? いえ、右腕はもともとなかった……と考えると、完全に無傷っておかしいですわよね!?》
《いや……どうやらフレンダさんが爆破する寸前に、離脱していたらしい。おそらく緊急脱出装置みたいなものが備わっていたんだと思う。随分周到だよ、あの人。……あるいは、爆発すらも想定内の展開なのかも》
俺の中では、そんな推論がだんだんと出来上がっていた。
根拠は単純。副砲すら備わっていない急造の機体に
もしかしたら、ほどほどのところで自分からあのデカブツ兵器を起爆するつもりだったのかもしれない。学園都市による追跡を振り切るためとか、爆発そのものによるダメージ狙いとか……。
何にせよ、脱出することをもともと考慮に入れていたということは、もう一人の操歯さんの策がこれで終わりとは限らなくなったということだ。
《仮にそうだとして、いったいどういう意図で爆発なんてものを?》
《…………》
問いかけられ、様子を探る意味で気流探知でもう一人の操歯さんの方を探索した結果──俺たちは、ある事実に気付いた。
機体の構築に利用された、大量の砂鉄。
それはこの爆発によって学園都市の上空一帯を覆い尽くす。──といっても、肉眼では確認できないくらい微細なものでしかないけれど。
それでも砂鉄は砂鉄。太陽風と干渉すれば、当然磁気の乱れが発生する。そして磁気に乱れが発生すれば──ある種の光学迷彩機能にも、支障が発生する。
もちろん、俺達にその微細なブレを捉えることはできない。
でも、気流感知は確かに上空に
《理由は分からない。でも間違いなく──操歯さんの目的はあの飛行船だ!! おそらく、最初の最初から!!》
紫電の衣を纏う天女様のような姿の操歯さんを追って、俺達は『亀裂』の翼をはためかせて空を舞う。
もう一人の操歯さんが、何故あの飛行船を狙うのかは分からない。あの飛行船がどういうものかも分からないし、何のために光学迷彩で姿を隠しているのかも分からないが──しかし、学園都市中を巻き込んだ策謀の中心にいるもう一人の操歯さんの狙いなのだ。このまま放置しておくのは、よくない気がする。
もう一人の操歯さんの目的自体が無害なものだとしても、どうももう一人の操歯さんは目的のために副次的被害を黙認する傾向があるからな。フレンダさんの友人である微細さんしかり、マイクローブリベンジの自爆前提の運用しかり。
これまでの戦闘の経緯から考えても、もしもあの飛行船に何かしらの細工を施すことが彼女の目的だったとしても、その過程で学園都市に少なくない被害が発生する可能性はかなり高い。
「お待ちなさい、操歯さん!!」
『…………シレン=ブラックガード。お前は未だに私のことを操歯涼子と呼ぶのだな』
すい、と。
高速で飛行船の方へと向かいながら、もう一人の操歯さんは顔だけをこちらの方へ向ける。
……反応してくれた。対話の余地がある?
よい兆候に思わず警戒を緩めた俺だったが──おそらく、人格が俺一人だったら次の瞬間にレイシア=ブラックガードは絶命していたことだろう。
もう一人の操歯さんは、眉一つ動かさずにこう宣言したのだ。
「……
《馬鹿、シレン!!!!》
相手が誰であれ、一定の警戒を忘れないレイシアちゃんがいたからこそ、俺達は命を長らえることができた。
その一言が発せられる直前に、レイシアちゃんは既に演算の準備をしていたらしい。もう一人の操歯さんが右手をこちらに向けるのとほぼ同時に、俺達ともう一人の操歯さんの間の空間に次元をも切断する『亀裂』が展開された。
直後。
ズバッチィィッッッ!!!!!! と、俺達の眼前に現れた『残骸物質』目掛け、単なる電流の領域を超えた『力』の奔流が迸った。
『残骸物質』の盾を以てしてもその威力は軽減することしかできず──咄嗟に全身を『亀裂』の盾で覆った次の瞬間、盾として展開した『残骸物質』が、俺達を目標に音速の数倍ほどの速度で飛んできた。
座標の起点を俺達に設定した『亀裂』で身を守っていなければ、『亀裂』が粉砕して俺たちは死んでいただろう。盾として生み出したものが一歩間違えば死を齎すという極限状況を追認するしかないという高速環境の戦場で、俺達は成す術もなく吹っ飛ばされるしかなかった。
しかし──その中で俺の胸中にあったのは、もう一人の操歯さんの苛立ちを露にしたような捨て台詞だった。
《……操歯さんと同一視されるのが、不愉快? もう一人の操歯さんは、あくまでも『操歯涼子』としての自意識をよりどころにしているんじゃなかったのか……? 俺は、何かもう一人の操歯さんについて、いや──ドッペルゲンガーさんについて、勘違いしている……?》
《シレン! 考えるのはあとですわ! それより吹っ飛ばされる先に意識を向けなさい!》
言われて、ハッとする。
そうだ。もうドッペルゲンガーさんは完全に距離を離されてしまったし、俺達はドッペルゲンガーさんの一撃で一旦戦線離脱をしたという状況。
ところどころで散発的に戦闘が起こっているこの盤面では、吹っ飛ばされた方向にも意識を向けないとまずい。数多さんあたりなんかは、そろそろ復帰してそうな頃合いだし──。
そう考え、俺は改めて自分が向かう先へと意識を向ける。
そこには──。
「……やれやれ。随分と遠くまで飛ばされてしまったねー。そろそろブラックガード君が向かっている頃か……。これはいい加減に、急がないとマズイかもねー」
「…………行かせはしねえよ」
──先ほどまでレイシア達が戦闘していた山の麓。
そこに発生した
暫しの沈黙。その後で、罅割れた青年の顔面が老獪な笑みの形に歪む。
「
キュガッ!!!! と。
その直後、幻生の頭上に光の環のようなものが突如発生した。それはよく見ると電子基板のような薄い板が幾つも集合した土星の環のような構造体だった。
それがまるでドーナツ型の歯車のような形を形成して、まるで機械か何かのようにギチギチと蠢いている。まるで塗替本来の脳髄を真綿で締めているかのような、そんな不吉さを孕む音だった。
「テメェ……! そいつの身体をこれ以上どうしようってんだ!」
「うん? 別に、この身体についてはもう潮時かなと思っていてねー。精々壊れるまで使い潰そうかと思っているんだけど、本当に壊れるまで使い潰したら僕もゲームオーバーだから。早いところドッペルゲンガー君を手の内に収めたいのだが……はてさて、困ったものだねー」
言っている間にも、幻生の──否、塗替の身体は変化していく。体表はまるで布でも貼り付けるみたいに真っ白い物質を纏い、全身の右半分を覆われていた。上条はそれが何か知らないが、シレンであればこう表現しただろう。
『まるで
「…………ッ!」
ともかく、事は一刻を争う。それを改めて理解した上条は、すぐさま走り出して幻生へと接近していく。
対する幻生は、右手をすいと振るうだけだった。
次の瞬間、ズガッバァッッッ!!!! と、その腕の軌道の延長線上に真っ白い光の刃が展開された。
世界全体を引き裂くような巨大な刃で上条の上半身と下半身が泣き別れとならなかったのは、その一瞬前に上条が野球選手がするような足からのスライディングで致死圏を潜り抜けていたからだ。
死のラインを潜り抜けた上条は、そのまま飛び跳ねるように上体を起こして幻生へと向かう。今までの経験からして、幻生は接近戦を回避しようとする傾向が強い。直前にドッペルゲンガーに手痛いダメージを受けていたこともあり、接近戦は分があるであろうと踏んだのもあり、上条はここで決着をつけたいと思っていた。
そしてその狙いは、幻生側からしても容易に推察できるものだった。
(上条君としてはここで決着をつけたいところだろうねー。実際、僕もドッペルゲンガー君から受けたダメージのせいで本調子ではない。今なら、接近戦に持ち込めば上条君に軍配が上がる可能性は高いだろう。だが、学園都市の『闇』に身を浸して半世紀以上も生き残ってきたこの僕が、その程度の戦略も読めないわけがないんだよねー……!)
上条当麻の目的は、右手による塗替斧令の解放。
即ち絶対にその決着は右の拳でつけねばならず、それゆえに上条の攻撃のタイミングは簡単に読み取ることができるのだ。
(歩数にして一〇歩。秒数にして〇・二秒後。上条君の攻撃タイミングは既に読めている。僕はただ、その時間に間に合うようにして攻撃を放てばいいだけだ)
おそらく前兆の感知を使って上条も対応してくるのだろうが──一手割かれるのに違いはない。攻撃と同時に移動を開始してしまえば、『一旦攻撃を受け切るか受け流す』上条にその対応は難しい。
そう考え、幻生が計画を実行しようとした次の瞬間──
上条は、おもむろに携帯電話を取り出し、幻生に向けて構えた。
直後、完全に思考の埒外の行動をとった上条に対し、幻生の思考が瞬く間に閃いていく。
(携帯電話? 通話? それとも擬態したガジェット? どのタイミングで? ブラックガード君の差し金──いや、カメラ機能によるフラッシュ!!)
幻生の脳裏に蘇るのは、弓箭入鹿によって誘発された光過敏性発作。さすがに携帯電話のカメラ機能によって引き起こされるような代物ではないが、それでも幻生の──否、塗替斧令という生命体の肉体にはその苦い記憶が刻まれていた。
幻生の思考に反し、塗替の肉体の運動が一瞬強張る。ギチギチと筋肉が軋むような錯覚を感じて、幻生は己の現状に気付いた。
(これ、は……
レイシア=ブラックガードであれば、むしろ長所になりうる特徴。しかし片方の人格を道具としてしか見ない幻生にとって、それは弱点にしかならない。歪な形で実現した
上条がカメラのフラッシュで幻生の視界を潰そうとした、その直前。
「僕にかかずらうのも良いけれど──僕だけを意識していていいのかな?」
すい、と幻生が指を差す。
しかし上条はその指が指し示す先を見るまでもなく、幻生の意図している事柄が何なのか理解できた。
何故なら、ご丁寧に
「……っ!! 当麻さんごめんなさいっ!! わたくし、幻生さんの攻撃を躱す余裕がありません!!」
レイシア=ブラックガード。
おそらく、ドッペルゲンガーとの戦闘で吹っ飛ばされてしまったのだろう。なんとか体勢を整えるので精いっぱいらしいレイシアに対し、幻生は追撃を仕掛けようとしているわけだ。
当然、天使級の一撃を防御するほどの能力はレイシアにはない。躱す余裕のないレイシアは、確実に幻生の一撃によって死に至る。つまるところ──これは幻生にとって人質なのだ。
とはいえ、レイシアが自分から声を上げてくれたのは、上条にとってはこの上ないサポートだった。それがなければ上条は自分で状況を確認せざるを得なくなり、おそらく幻生の前でそれは致命的な隙になりえたからだ。
幻生が、空へ向かって手を構える。
レイシアを狙う確殺の攻撃に対し、上条は幻生への攻撃を中断し、全力で飛び上がり、ちょうどバスケットボールで相手のシュートを阻止するときのように右手を高く構える。
──その瞬間、上条の背筋に極大の悪寒が走った。
その予感を裏付けるように。
「っっ!!!! 当麻さん、駄目ですわっ!!」
「──もう、遅いよー」
────上条当麻の右腕が。
音もなく、切断された。